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第1章~闇を狩る者~

第1章~闇を狩る者~


◇◇◇


 『――凌、おい凌、聞いてるのか?やつらのいる場所が判明したぞ』

 頭の奥から、自分の名を呼ぶ声が聞こえる。シオンからの無線通信だ。さっきから何度も自分のことを呼んでいるのには気付いていたが、(りょう)はあえてそれを無視していた。

 「うるせえな、ちゃんと聞こえてるよ……で、何人居る?」

 『聞こえてるならさっさと返事をしろ、目標の数だが、おそらく8人だと思われる。ちなみに銃器で武装しているみたいだ』

 「そいつぁ結構なこった。ま、パーティにはそれなりにおめかしして来ないとな」

 皮肉たっぷりにそう言うと、凌は口に咥えていたタバコを、吐き出し、適当に靴底で踏み消した。タバコを吸い終わっても、凌の口から吐き出される吐息は相変わらず白めいている。

 「で、何処にいるって言ったっけ?」

 『○○ホテル、最上階の宴会場だ、確認しろ』

 「了解」

 シンプルにそう答えると、今まで寄りかかっていた大きな貯水タンクから離れ、つかつかと前に歩いていった。

目の前にはまるで宝石をまき散らかしたかのような夜景が広がっている。

 そう、凌が今立っている場所は60階建ての超高層ビルの屋上だった。

 目の前にあった柵を簡単に飛び越えると、凌は屋上の縁へと登り、真下を覗き込む。

 「こっから見ると全部おもちゃみたいだな……」

 そこからは、道行く車や人が米粒以下の大きさで見えている、世界がまるで作り物のジオラマの様であった。

 そのまま凌は縁沿いをするすると歩いていき、自分が立っているビルから、50メートルほど離れた場所に建つ、ここより若干低いビルを見つけると、両手の人差し指と親指で長方形を作り、そのビルの一部分を抜き出すかのように、片目を瞑って目を凝らしていた。

 『あのー、リョーさん。まだ行かないのですが?』

 再び頭の奥からの声、今度はシオンの声ではない。

 「わかってるよミュー……だけどちょい待て。あとその“リョーさん”て呼び方止めろって、どこぞの中年ゴリラ警官みたいだろ」

 そう言うと、凌は左腕に巻かれた時計にすっと目をやる、まさにその瞬間、時刻は午前0時を指し示した。

 「ハッピーニューイヤー…」

 少し笑いながら凌は言った。そう、今この瞬間を持って、世界は新年を迎えたのだ。

 「よし、ミュー行くぞ」

 『アイサー!』

 そう頭の奥で声がすると、凌が先ほどまで寄りかかっていた給水タンクの奥から、1台の黒いバイクがひとりでに走ってきた。そして柵の手前で一旦止まると、ブシュッという音と共に宙に舞い、凌の隣へと降り立った。

 ビルの屋上に、若い男と1台の黒いフルカウルバイクが佇む様子は、どこまでも異質だ。

 よし、と言うと凌は先ほど確認した時計に手をやり、右手で何やら操作する、すると黒く妖しい輝きを放つ凌のクロノグラフの文字盤が赤く光り始めた。

 瞬間、凌の体は、先ほどまでとは全く違う姿へと変貌を遂げた。

 ウェットスーツのごとく、体の線を浮かせるタイトなボディーアーマーは黒く金属的に輝き、それぞれ間接部は赤く蛍光している。頭部は同じような素材でつるりと覆われ、顔面にあたる部分の中心には赤い光点がひとつ煌々と光を放つ。

 「準備OK」

 とだけ、言うと、文字通り“変身”した凌はバイクに跨り、間髪いれずに発進した。

 ブォォォォォンとけたたましいエキゾーストノートを轟かせ、バイクはとてつもないスピードで加速していく、そして勢いそのままにビルの外へと飛び出した。


◇◇◇

 

 バイクは空を飛べない。

 そんなことは常識だ、誰もが知っている。

 バイクというのは、もっぱら陸上を走るために作られた乗り物であり、それを使って空を飛ぶなどということは、空想の世界を除けば完全に“ありえない行為”である。

 そんな“ありえない行為”を凌は実行した。

 地上180メートルから、矢のように宙へと放たれた凌を乗せたバイクは、みるみる70メートルほど離れたこれもまた高層の建造物へと向かっていく。

 正確に言えば、このバイクは飛んでいるのではない。そう、“落下”しているのだ。しかし、駆動系を大幅にチューンナップされた、この大型バイクのスピードと、前後のサスペンションに仕込まれた特殊なギミックが、バイクでビルからビルへと飛び移るという不可能を、可能へと変えたのだった。


 けたたましい音をたてて、天窓がぶち破られ、凌とバイクは一体のままホテル内部への侵入に成功した。

 着地する前に、あたりを見渡し瞬時に状況を確認する。

 学校の体育館ほどある広いホールに、幾つも置かれた料理や酒が乗った丸テーブル。

 タキシードや派手なドレスに身を包んだ男女数十人が、ホールの端にぶら下がった大きなプロジェクタースクリーンの周辺に押し固められるように集められ、その団体を囲みこむように、にモスグリーンのコートを着込んみ同色のニットキャップを被った男達が数人見える。

 男達の手には、この空間にはおおよそ似つかわしくない、自動小銃やショットガンといった銃火器が握られている。

 (確かに、8人だな……)

 そう確認し、着地するなり凌はバイクをフルスロットル状態で加速させ、武装した男達へと突っ込んでいく。

 「くっそ!奴だ!奴がきやがった!撃て!ぶち殺せ!」

 男の1人がそう言うと、8人の銃口は一斉に凌へ向かって火を噴く。

 連続するすさまじい破裂音に、パニック状態となったパーティ参加者の男女が、押し固められた常態から、叫び声を挙げながら四散する。

 凌は一瞬でバイクをウィリー状態にすると、放たれた弾丸など意に介さず、武装した男達へと向かっていく。

 両者の間合いは一瞬にして接近し、直立状態のバイクが自動小銃を乱射していた内の1人へと突っ込んだ。衝撃に男はホールの壁面へと吹っ飛ぶ。

 他の連中はバイクに向かって相変わらず、銃撃の手を緩めない――が、先ほどまでバイクに乗っていたはずの凌の姿はすでにそこにはなかった。

 「消えた!?」

 男達がそう言ったのも束の間、バイク衝突の直前に、ホールの天井付近まで高く跳躍していた凌は、両太腿のホルスターから2丁のオートマチックハンドガンを引き抜くと、下にいる男達を襲撃する。

 一瞬にして放たれた数発の弾丸は男達の体を蹂躙し、命中した箇所は割れたスイカのようにはじけて、4人の男達を肉塊へと変貌させた。

 「くっそ!上だ!」

 凌の所在に気付いた男が天井へと銃を向けるが、凌はすでに男の目の前へと移動していた。先ほどまで握られていたハンドガンではなく、今度は日本刀が握られている。

 「やめ――」

 男が言い終える前に、日本刀は男の体を両断していた。

 「…あと、ふたりいいいい!!」

 叫びながら、地面を強く蹴ったダッシュは、コンマ数秒で残る2人の内1人へと移動させ、もはや視認できるスピードを超えてふり抜かれる日本刀はこの男をも、単なる肉片にしてしまう。

 「動くな、動くとこの女をぶっ殺す!」

 残った男は、近くで震えていた紺のドレス姿の女を後ろから羽交い絞めにしていた。どうやら人質をとったようだ。しかし、一瞬の間に仲間を一方的に殺戮した目の前の凌に恐怖したのだろう、男の声は震えていた。

 凌はその様子を、少しも動揺せず、冷静に眺めていた。

 「オレに――」

 そういって一瞬で背中の鞘へと日本刀を納めると、右手で再びハンドガンを握り、男へと照準を定め、躊躇無く引き金を引いた。

 ドン、と乾いた音がホールへこだまする。

 「――人質は通用しねえ」

 膝から崩れ落ち床へ突っ伏した男の首から上は、本来そこに存在するはずの頭部を跡形も無く消し去られていた。

 突然の出来事に、人質にとられた女はしばらく呆然として動かなかったが、ガタガタと震えながらその場所にへたり込んだ。

 「ぐうぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 いきなり凄まじい咆哮と共に男が背後から凌へと飛び掛ってきた、どうやら最初にバイクで吹っ飛ばした奴らしい、死んでいなかったようだ。

 凌はそれを横っ飛びで回避する、男の振り下ろした両手は空を切り、床へと命中する。床に敷き詰められたカーペットがあたった部分だけ千切れ、その下のモルタルごと直径50センチほどの大穴を空けた。

 「ぐるぅぅぅぅ!」

 男が再び叫ぶ。

 凌は男と十分な間合いを取り、男の様子を観察した。

着用していたコートを脱ぎ去り、黒いタンクトップと長ズボンだけの姿になった男の肉体はヘビー級ボクサーの如く筋骨隆々で、所々血管が浮き出ている。その肌は澱んだ土気色で、顔はもはや人間のそれからかけ離れ、怪物じみており、口からは犬のように涎が滴り、目の中心は赤く光っている。

「てめーらじゃ話にならねーよ」

 そう言うと凌はハンドガンを日本刀へと持ち替える。

 「ぶぅるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 雄たけびと共に男が、陸上の短距離アスリート級のスピードで凌へと突っ込んでくる。

 凌は日本刀を正眼に深く構えると、向かってくる男を凌ぐ速さで迎え撃った。

 刹那、凌と男の体が交錯する。

 「――………!?」

 一瞬の静寂が2人の間に生まれたが、次の瞬間、男の四肢は無残に切り取られ、胴体と頭だけを残し、床へと崩れ落ちた。

 「言ったろ?雑魚が粋がってるんじゃねーよ」

 冷たい言い回しで、凌が言い放つ。四肢を失いダルマ常態となった男は傷口から大量の血液を迸らせながら、苦しそうに床でもがいている。

 凌は足元に落ちていた、男達の1人が使用していた自動小銃を拾うと、もがき苦しむ男に向かってフルオートで連射した。

 爆竹のような連続した破裂音が響き、男の体へと銃弾のシャワーが浴びせられる。銃創から血を撒き散らせながら、男の顔が一層の苦痛に染まる。

 「さすがに、この程度じゃ死なねえよな、でも痛みは感じてるんだろ?」

 弾切れを起こした自動小銃を床へ放り投げると、笑いながら男へと近づいていく、右手には長さ20センチ、直径3センチほどの円筒が握られている。

 「ぐふっ……、し、死にやがれ…くそったれが!」

 這いつくばり、もがきながらも男が言い放ち、憎しみに満ちた目を凌に向ける。

 その様子を腕組みして、しばらくの間凌は見下ろしていたが、さすがにうんざりとしてきた。そして、持っていた円筒の横にあったボタンを押すと、円筒の先端から長さ10センチほどの太い針が飛び出す。

 「お前が死ね」

 そう言うと、凌はその凶器を男の頭頂部へと一気に突き刺した。一瞬男の表情が歪み、もだえるが、しばらくすると白目をむきピクピクと動くだけになった。

 「装着した、ミュー、ダウンロード開始しろ」

 『アイサー!ダウンロード開始します、推定終了時間2分34秒!』

 「……これで終わりだな」

 凌は、ふうとため息をつき、周囲を確認する。

 着飾った男女は壁際へと逃げており、一様にしゃがみこんで震えながらこちらを見ている。パニック状態に陥り、泣き叫びながら、封鎖されているらしいホールのドアを必死に叩きながら外へ逃げ出そうとしているものもいる。

 何人かは、凌を撃とうとして放たれた弾丸の餌食になってしまったのだろう、大量に血を流し床に転がっていた。

 (ご愁傷様だな……)

 そんな風に考え、ころがったタキシード姿の無残な男の亡骸を見ながら心の中で呟いた、だがこの程度の被害は幸運だろう、おそらくこの化け物共の目的は、身代金や政治的要求ではない、ここに集まった者たち全員の惨殺だっただろうから。

 『残り時間1分59…58…57…』

 ミューのカウントダウンが続く、さっさと終わってくれと凌は思った。

 ふと壁に掛けられた大型のスクリーンに目をやると、大きな字で「Happy New Year」と写っていた。

 『45…46…よんじゅ…――周辺に強力なベノム反応!!!接近してきます!!!』

 突然のミューの言葉に、身構えるまでもなく凌が立っていた横の壁がぶち破られ、そこから入ってきた何かに凌は吹き飛ばされる。そして20メートルほど離れた床にめり込んだ。着飾った男女の絶叫が一層大きくなる。

 「くっそ、9人いるじゃねえかよ、シオン!」

 そう言って、急いで床から抜け出すと、突然現れた新手を確認する。

 (人体模型野郎か……)

 現れた、その“もの”は先ほど凌が殲滅した連中より遥かにグロテスクであった。

 凌が「人体模型」と揶揄したとおり皮膚と呼べるものは存在せず、灰色の筋組織がむき出しの体であり、両手の甲からは大きな鎌の刃のようなものが生えている。そしてなにより、その怪物の両目はむちゃくちゃに縫合され閉じられており、変わりに額には真っ赤に輝く蛇眼が一つそなわっている、そして頭頂部では脳がむき出しだ。

 「遅クナッテ悪カッタナ、下ノ(ごみ)ドモヲ片付ケテタモノデネ――」

 ひどくしゃがれた、感情のこもっていない声でそいつは言った。

 「そのまま“お片付け”に専念してくれてても、よかったんだけどな」

 そう言うと、凌は即座に両手に銃を取り、怪物に向かって乱射する。

 が、発射された数発の弾丸はすべて、瞬くように腕を振り回した、怪物の腕にすべて弾かれてしまった。

 『そいつはフェイズ2だ!凌!気をつけろ』

 頭の中でシオンの声がする。

 「言われなくても、見りゃわかるよ」

 そう言った直後、化け物が瞬時に加速し凌へと詰め寄る。振り下ろされた右手を間一髪かわすと、凌も武器を瞬時に日本刀へと持ち替え、くわえられた左手での2撃目をガードする。

 先ほどの連中との一方的な殺戮とは一線を画する、力と力のぶつかり合いが始まる。両者のスピードとパワーはほぼ互角で、目にも留まらぬ一進一退の攻防が繰り広げられた。

 「サスガダ、噂ニ聞ク通リダナ、闇ヲ狩ル者ノ異名ヲ冠スルダケノコトハアル」

 「お褒めの言葉ありがとよ……」

 そう言うと再び両者はぶつかりあう、怪物の両撃を宙返りでかわした凌は、がら空きの胴体へと日本刀を走らせる、が、唐突に怪物の右足が伸び、日本刀が蹴り上げられる。

 「くっ!…」

 武器を失った凌の胴体へ、怪物の後ろ回し蹴りがお見舞いされ、丸テーブルを数枚巻き込んで凌の体が再び床へと叩きつけられる。

 とっさに立ち上がろうとするが、一瞬のうちに化け物が現れ、凌は馬乗りに組みふされてしまった。怪物の両手の鎌が蟹バサミの如く凌の首にあてがわれ、凌は身動きが取れなくなった。

 「勝負アッタヨウダナ――何カ言イ残スコトハアルカ?」

 怪物がしゃがれた声で凌に言い放つ、口の両端が不気味に釣りあがっている、笑っているようだ。

 「そうだな…じゃあ――“くそ喰らえ”だ」

 そう言って凌は首にあてがわれた2つの刃を、自らの腕でがっちりとホールドした。刃に接触した部位から凌自身の血液がほとばしる。

 「!?ドウイウツモリダ?」

 「こういうつもりだよ……ミュー!!!」

 その言葉に反応し、ホールの端にぽつんと停車していたバイクが突如動き出し、怪物に向かって猛スピードで加速し始めた。

 「何!?クッソォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 そう叫び、怪物は何とか逃げようとするが、凌は化け物の両刃をしっかりと掴み離さないため、身動きが取れない。

 「あばよ」

 凌がそう言い放ったのとほぼ同時に、バイクは化け物へと到達し、ハンドルを若干かしいで一気にフロントブレーキを掛ける。慣性に投げ出された後輪が、凄まじい勢いで男の顔面を捕らえる。

 「グエッ!……」

 気味の悪い一言を残し、怪物の頭部は吹き飛んだ。凌にかかっていたプレッシャーが、一気にぬけていくのが分かる。

 「“お前はもう死んでいる”って言ったほうがよかったかな?」

 そう言って凌は、圧し掛かっていた首無しの体を引き剥がし、床へと放り投げた。

 「残存勢力は?」

 『センサーに反応無し!全員殲滅したと思われます』

 「OK……ダウンロードは?」

 『既に完了しています!』

 「よし、じゃあ――」

 帰ろう、と言い掛けた瞬間、ホールのドアが破られ、黒装束たちがぞろぞろと入ってくる。

 「警察だ!全員床に伏せろお!」

 どうやら機動隊、武装から見るにSATが突入してきたらしい。なるほど、先ほどまであの怪物が“片付けて”いたのはこいつらのようだ。にしても、まだこれだけ残っているとは…人命と税金の無駄遣いも甚だしい。

 盾を構えた数人を先頭に、サブマシンガンを携え、防弾装備に身を包んだ男達がホールを埋め尽くさんばかりに突入してくる。

 「元日からご苦労なこった、……ん?」

 凌はSATが突入してきたドア付近に、しゃがみ込んだ男が目に留まった。男はがくがくとおびえた様子だが、必死にビデオカメラを構えてこの様子を撮影しているようだ。

 (ずっと居たのか?……なるほど、奴らが惨殺の様子を流すために呼んだか、あるいは拉致したのか…)

 どうにかしようか迷ったが、この状態ではどうしようも無いと判断しバイクへと跨る。

 「待て!止まれえ!」

 SATが凌に向かって叫ぶが、凌は無視して発進すると、バイクをウィリーさせる。すると、バイクのカウルの先端から、ワイヤーフックが発射され、凌が侵入する際にできた、天窓の穴へと吸い込まれる。フックの先端はビルの壁面に突き刺さり固定された。

 そのまま、凌とバイクはワイヤーに勢いよく引っ張られ、そこから外へと消えていった。


◇◇◇


 『――引き続き、○○ホテル占拠事件について、お伝えします。昨日深夜から本日未明にかけまして、○○ホテル最上階のホールで行われていた、△△社主催の年越しパーティが、武装された集団に襲撃され、民間人、警察官を含む多数の犠牲者がでた模様です。えぇ……□□局では偶然にもそのパーティを取材していたスタッフがおり、事件当時の様子が克明に記録された映像を入手しております、ごらん下さい、武装した集団が――』

 テレビでは、どのチャンネルでもさっきからこの事件の話ばかりだ。とりわけ、この局では、終始事件の様子を“偶然にも”撮影していたらしく。武装した男達が、現れる様子が克明に画面に映し出されている。

そして、しばらくすると、天井のガラスが破れ、バイクに跨った黒ずくめが、大暴れする様子が映っていた。

 『ここです!ここで謎の人物が天窓を破って現れ、一瞬にして犯行グループを制圧してしまう様子が撮影されております!』

 アナウンサーの声が一際大きくなる。しかし、これを撮影したカメラマンもこんな至近距離で銃を撃ちまくられながら暴れまわられたのでは、相当な恐怖だったのだろう、画像は鮮明とは言いがたく、あっちこっち画面は揺れまくっている。

 (しかしあの馬鹿…撮られまくってるじゃないか…)

 心の中でそう呟くと、画面の端に映った時計を見る、時刻は午前2時を示している。

 (遅い…何をやっているんだあの馬鹿は…)

 そう思い、テレビを消し連絡を入れようとした矢先、ガレージのシャッターが開く音と共に、バイクの野太い排気音が聞こえてきた。音が止むと、まず甲高い声が後ろに置かれたパソコンのスピーカーから聞こえてくる。

 『ミュー、ただいま帰還いたしました!』

 「随分遅かったじゃないか、大体なぜここに直接転送されて来なかった?何処へ寄り道していたんだ?」

 『えと――……』

 「こいつを買いに行ってたんだ」

 いつの間にか、蒼井凌(あおいりょう)がガレージから、私が居るリビングへ上がってきていた。その手にはコンビニ袋がぶら下がっている、何か丸みを帯びたものが中に入っている。

 「なんだそれは?」

 「年越しソバだよ。……ま、もう越しちまったけどな」

 「トシコシソバ?」

 そう言った私を見て、小馬鹿にしたようにフッと凌は笑った。

 「1年の終わりに食べるんだ。縁起がいいんだと……ま、宇宙人には理解できまい」

 そう言い残し、凌はさっさとキッチンへと行ってしまった。

 まったく、あいつはいつも私が知らないこと、この国…いやこの星の「常識」だの「しきたり」だの「文化」について私が尋ねると、小馬鹿にしたような態度をとるのだ。馬鹿にするのは、自分より馬鹿な相手だけにして欲しいものだ。

 『あのう、シオンさん?データを持ち帰ったので、メインコンピュータに転送させていただきたいのですが』

 「あ、ああ、すぐ準備するちょっと待ってくれ」

 ミューの声に我に帰ると、私は足早に、隣の部屋へと向かう、部屋はそれぞれが大量のコードで繋がれた巨大な冷蔵庫ような箱が面積の半分を満たしていた。

 「いいぞ、転送しろ」

 そう言うと、シオンの目の前の空間に突然モニター画面のようなものが出現し、データ転送率を示したゲージが表示された。

 「終わったら教えてくれ」

 『アイサー』

 甲高い声が答えると、彼女は部屋を出てリビングへと戻る。

 ふとキッチンへと目をやると、凌がガスコンロの前で手を組んで、火にくべられたヤカンを見つめている姿が見える、どうやら湯を沸かしているらしい。

 (あれだけ暴れまわったあと、よくもまあこんな冷静に飯が食えるものだ…)

 呆れと関心が入り混じった複雑な心境が浮かび、私は深くため息をついた。


 ふと、あることを思い出し、凌に声を掛ける。

 「そういえば、お前、ケータイを忘れていったろ?連絡が来ていたようだぞ」

 それを聞くなり、おう。とだけ答え凌は、買ってきていた“トシコシソバ”なるものに沸騰した湯を注ぐと、足早に自分の部屋へと向かってしまった。あれはたしか「カップ麺」と言うやつだ。私も何度か食したので覚えていたが、商品名までは知る由も無い。

 それを馬鹿にするとは、まったくけしからん奴だ。

 そんなことを考えて、凌の後姿を睨んでいたら、パソコンから小児のようなミューの甲高い声が聞こえる、転送が終わったようだ。

 私は再び隣の部屋へと向かった。


◇◇◇


 『1/1 0:01 結城野明(ゆうきのあ)

 部屋に戻ってからすぐに確認した携帯電話の着信履歴には、そう表示されていた。

 時刻は既に午前二時を過ぎており、着信があってから既に相当な時間が経過していまっている。

 凌は、一度掛け直そうかとも考えたが、止めておいた。

 よく見ると、携帯電話には、メールも1通来ている。

 急いで確認すると、やはり野明からだ。

(律儀なやつだ……)

 すぐさま文面を確認する。

 『凌!あけましておめでとう!電話に出られなかったみたいだけど、どこかお出かけ中かな?私は今日、家族で紅白を観ながらお蕎麦を食べました。明日は親戚の人たちと一緒に餅つきをする予定です!ちなみに今年大学受験の妹の家庭教師みたいことをやらされて、せっかく久々に帰ってきたのに、なかなか遊べません。そっちには、10日に戻る予定です。今年も新年会やるのかな?あんなことがあってから、なかなかサークルの皆で集まることも少なくなっちゃったけど、今年は凌たち卒業しちゃうし、せっかくだからしたいって人が多いみたい…よかったら敬太さんとかに連絡してみてください――』

 (新年会……ね)

 大学で凌が入っているサークルでは、毎年新年会と題した飲み会を1月に行っていた。新年会に限らず、忘年会やら何やら、ことあるごとにメンバーを集めて飲み会を行うのが通例だったが、今年の夏休み明けからぱったりと止んでしまっている。

 確かに、やりたいという人の気持ちは分かるが、難しいと思った。何しろいつもその飲み会の幹事を務めていたサークル長がもう居ないのだ。

かと言って凌は正直幹事と勤める柄ではないし、サークルの皆と顔を合わせるのが、若干気まずかった。

 「ん……?」

 よく見ると、メールには続きがあった、本文から少しスクロールするとP.Sと書かれ、後に短い文章と、写真が添付されている。

 『P.S こっちは凄い雪!東京はどうですか?』

 写真は恐らく野明の実家の窓の外を撮影したのであろう、真っ白に雪化粧した大きな山脈と、降りしきる雪が映っている。

 凌は携帯電話から目を離すと、ふと自室の窓のカーテンを開け放つ。そして窓を一気に開け放った。

 暖房で暖められた空間に外気が侵入し、軽装の凌を肌寒さが包む。

 窓から身を乗り出して、空を見上げると、野明の写真のものよりは小粒だが、雪がパラパラと舞い降りてくる。

 ――野明、こっちも……

 この日、東京は今シーズン初の積雪を観測した。


 第1章 了

 

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