蝉時雨
※虫が苦手な方はご注意ください。
「暑い……」
外は炎天下だった。
アスファルトに落ちた汗があっという間に干上がっていく。
空も山も青い。
山沿いの県道は、青々とした田んぼと畑を横目に曲がりくねって続いていた。
隣県に続く道ならいくつか角を曲がればコンビニくらいあるだろうと踏んだのだが、雑草に埋もれガラスの割れた元・店舗がいくつかあるだけだった。
かといって引き返すにも、もう遠い。
冷たいアイスと飲み物がどうしても欲しくて、俺はつい次の角まで、もう一つ先へと足を延ばしてしまっていた。
あるのは空と緑と電信柱、あとは……
ジジジジジジジジ……
シャーシャーシャーシャー
ミーンミンミンミー……
耳をつんざく蝉の大合唱だった。
行くか戻るか。こんな時役立つのはスマホの地図アプリ……の、はずだったが……
「圏外かよ、くそ田舎っ」
今時山の上でも電波が通じるというのに、俺のスマホはインターネットに接続できないと無慈悲に告げている。
苛立ちまじりに道路を蹴りつけると、石ころが勢いよく飛んでいった。
ヂヂッ
ばたばたと地面の上で蝉が暴れはじめる。
死にかけて転がっていたやつに当たったらしい。
うんざりしながらのたうちまわる蝉をまたいで通る。
また次のカーブに差し掛かった。カーブミラーに映るのは……
「おっ、あるじゃん」
ようやくコンビニの看板が目に入った。
それにしても蝉が多い。
木から追い出されたのか、カーブミラーの柱にまで数匹の茶色い蝉が止まっていた。
樹液も出ない柱の上で、メスをつかまえるべく残り数日の命を謳歌している。
緩やかなカーブを曲がり、雑草が伸び放題の駐車場を突っ切って店へと向かう。
自動ドアをくぐると、空調のきいた空気が迎えてくれる。
「ふぃー、天国天国」
ただ、蝉の声はここでも途絶えなかった。
「うるさいな」
何かのはずみに店内にも入ってしまったのか。
奥の方からジワジワいう蝉の声が聞こえてくる。
さっさと買い物を済ませることにして、ショーケースからアイスとペットボトルを適当にピックアップする。レジには人がいなかった。
セルフレジで会計を済ませていると、
ジジッ
バタバタと蝉が飛び立つ気配。
そして、電気が消えた。
「おっ、停電か?」
真昼間のことだから、ガラス張りの駐車場からの光で暗いというほどではない。
だが、停電になってもカウンターの奥はしんとしていた。
ショーケースの電源も落ち、店内は静寂に包まれる。
ジージージージージー
蝉が再び鳴き始めた。
アイスとか溶けたら大変なんじゃないか。店員はどこに行ったんだろう?
「すみませーん」
奥に向かって声をかけてみる。無反応。
カウンターの向こうでバタバタと数匹の蝉が飛び立つ。
留守なのか?それともたまたま店舗の裏で作業でもしているんだろうか。
それにしてもこの一番熱い時間帯に停電とは迷惑な。田舎過ぎてネズミに配管をかじられたとか言わないだろうな?
俺は買い物袋を提げてドアに向かう。
自動ドアも電源が落ちていた。手でこじ開けて、外に出る。
やはり外は熱かった。
熱気とともに蝉時雨に包まれる。
「うわー暑ぅ……」
聞くだけでうんざりだった。店員に停電を知らせたらすぐに帰ろう。
店舗の角を曲がれば、裏手にはやはりというか、田んぼが広がっていた。
人っ子一人いない。この炎天下なら当然か。
ジジッ ジジジジッ
ここでもやはり蝉の気配がする。
見回すと、店舗横手の室外機のあたりから音がしている。
茶色の配管が、天井付近へと延びていた。
いや、蝉に埋め尽くされた配管が茶色に染まっている。
「うげっなんだこれ」
蜜でも塗ってあるのか?カブトやクワガタ取りじゃあるまいし。
うごめく茶色から距離を取り、そろそろと店の裏手に回る。
ジーワジーワジーワジーワ
店の裏手は、さらに大音量の蝉時雨に包まれていた。
止まり木などない。
ただ多少の商品ケースが積まれているだけの地面。
そこに、小山のような茶色の塊があった。
表面を、蝉が埋め尽くしている。
たかるほどの何かがあるのか。
栄養を含んだ水分をもつ、何か。
その山は、1mちょっとにわたっていた。
そう、ちょうど……人くらいのサイズの。
ジージージージージージージージージージー
1匹、2匹とバタバタと蝉が舞い上がる。
その数が増えていく。
ジジジジジジジジジジジジジッ
すべての蝉がバッと飛び立った。
その後に残されたのは、コンビニの制服に包まれた茶色い何か。
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
視界が蝉で埋め尽くされる。
干からびた、人間。
それが俺の見た最後の光景となった。




