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異端の奇跡でやり直し。~正教会が世界を染める前に、私が潰します~  作者: 綾瀬蒼


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第46話 公告板の前


王城広場へ向かう道は、いつもより人が多かった。

白い布、白い花、白い祈り。白い声。


(白は、やさしい顔で人を縛る)


私は国医所見(国の診察結果)の写しを胸に抱えて、金属片を握った。角の痛みで、自分の輪郭をつなぎ止める。


カイルの手が、指を絡める形で私の手を取った。

強くないのに、逃げ道がない。


「息、合わせろ」


私は頷いて、一度だけ握り返した。

(ここ)


その返事に、カイルの肩がほんの少しだけ落ちる。緊張がほどける音がした。


前を歩くエリオットが、紙束を抱え直す。


「公告板(公式掲示板)に貼る前に、掲示申請(掲示の手続き)を通します。勝手貼りは、剥がされる」


ノアが静かに続けた。


「剥がした側が罪になる形にする。……今日の主役は紙じゃない。手続きです」


リュカが舌打ちする。


「手続きの前に、匂いだ。群衆に混ぜたら一発で薄くなる」


薄くなる。

胸がひやりとした瞬間、カイルが私の手の甲を親指でなぞった。小さな丸。


「大丈夫」


たったそれだけで、喉の奥の空白が崩れずに済んだ。




王城広場の公告板は、すでに人だかりができていた。

聖女側の白い幕が張られ、祈りの言葉が飛び交っている。


その端で、王城の掲示担当官が机を出し、書類を捲っていた。

エリオットが受領証(受け取った証明)の束を出すと、担当官の目が変わる。


「……国文書所の封蝋。法務官の追補。国医所見。掲示申請の添付として、申し分ありません」


エリオットは淡々と答える。


「掲示期間(掲示する期間)は三日。剥がした場合の処分も明記してください」


担当官が頷き、紙に走らせる。封蝋が押される。


その小さな作業が、群衆より強いのが気持ちいい。

ざまぁは、こういう音で来る。




掲示する紙は三枚。


一枚目。国医所見。

刻名汚染(教会が言う“汚染”)は医学用語ではない、意思理解は保たれている、隔離は不要、香の曝露回避が必要――。


二枚目。移送拒否の記録。

私は筆記で「いいえ」と書き、補助手段の合図も記録された。


三枚目。受理偽装の調査開始。

受領番号の不一致、署名の類似、触媒の疑い。調査中であること。関係者は出入り記録を提出せよ。


ただし、名前や細部は墨消し(黒塗り)されている。

守るべきものは守った上で、嘘だけを晒す形。


エリオットが紙束を私に差し出した。押さない。待つ。


「貼るのは、あなたがいい?」


喉が詰まった。

怖い。群衆の目は刃だ。

でも、私は“守られる側”で終わりたくない。


私は小さく頷いて、紙に書いた。


「わたしが はる」


その字を見た瞬間、カイルの手がわずかに強くなる。

離さない、という言葉の代わりみたいに。


ノアが、私の掌に氏名カード(名前を書いた札)を重ねた。


セレナ・アルヴィス


「薄くなったら、見て。戻れます」


私はカードを握って、公告板の前へ一歩出た。




人の目が、私に刺さる。


「異端の令嬢だ」

「聖女様を侮辱した」

「病なのに逃げてる」


白い声は、白いだけで正しい顔をする。

その正しさが怖い。


(でも、紙は正しさじゃない。事実だ)


私は一枚目を掲示枠に当て、押しピンを取る手が震える。

震えた瞬間、カイルが後ろから私の肩を覆った。包むように、でも邪魔をしない距離。


「……セレナ」


名前。

呼ばれただけで、胸が熱くなる。


(名を呼ばれると、消えない)


私は息を吸って、押しピンを刺した。

次のピン。次の角。

三枚、貼り終えた瞬間――群衆の空気が、ほんの少しだけ変わった。


読む者が出る。

声に出して読む者が出る。


「隔離は不要……?」

「香の曝露回避……香が原因だと?」

「刻名汚染は医学用語ではない……?」


疑いが生まれる音がする。

白が揺れる音。


そのとき、白い外套の男が一人、公告板へ突進した。

紙を剥がそうと手を伸ばす。


「こんな冒涜――!」


次の瞬間、カイルの腕がその手首を掴んだ。

握り潰さない。逃がさない。逃げ道を封じる形。


「剥がすな」


低い声。


担当官が即座に叫ぶ。


「公告板の掲示物を剥がすのは公務妨害! 記録官、記録!」


記録官のペンが走る音が、群衆の怒号を割った。


男の顔色が変わる。

自分が“悪側”になる瞬間の色。


聖女側の白い幕の向こうから、ざわめきが走った。

白い正しさが、一瞬だけ地面に落ちる。


(ざまぁだ)


私は喉の奥が熱くなって、涙が出そうになった。

でも泣く前に、カイルが私の指を一度握った。落ち着けの合図。


(ここ)


私は同じだけ返した。




白い幕が割れて、聖女エレノアが姿を現した。


微笑み。慈悲。

でも目は、公告板の文字を刺す。


「国の紙が、信仰を裁くのですか」


ノアが静かに前へ出る。


「裁いているのは信仰ではありません。香の使用、偽装受理、身柄移送。手続きです」


聖女は私を見る。喉の空白を見透かす目。


「あなたは、文字で隠れるのですね」


胸がひやりとする。

でも私は、震える指で小さな紙を出した。


「わたしが きめる」


その四文字に、聖女の微笑みがほんの一瞬だけ歪む。


エリオットが淡々と告げた。


「あなたが“病”と言うなら、国医所見が掲示されています。反論するなら、反論も文書で。署名で。責任者名で」


群衆が、聖女へ向けて息を飲む。

白い正しさは、署名を嫌う。


聖女は笑みを戻し、声を張った。


「では、ここで示しましょう。神の前で。皆の前で」


広場の空気が高揚する。

祈りは、興奮に変わる。


「夕刻、私が“奇跡”を見せます。国家保全がいかに冒涜か、皆の心に刻まれるでしょう」


刻まれる。

その言葉が、嫌な形で胸を叩いた。


リュカが低く呟く。


「……群衆の前で刻む気だ」


カイルの手がわずかに強くなる。

私は反射で、彼の指を二度握った。


(いや)


でも、今は拒否だけじゃ足りない。

“止める形”が必要だ。


エリオットが私の横で、小さく言った。


「次は、公開の場で“条件”を突きつけます。奇跡をするなら、鑑定官立会い、香の持ち込み禁止、記録官同席。逃げられない形に」


ノアが頷く。


「群衆を敵にしない。……人の目を、こちらの記録にする」


カイルが私の耳元に落とす。


「セレナ。夕刻も、俺が前に立つ」


前に立つ。

それは守りの言葉なのに、甘い。


私は返事の代わりに、合図じゃなく、ただ手を握った。

握るだけで、伝わってしまうのが怖い。


(好きだ)


言えないのに、心が先に書いてしまう。




公告板の前を離れる時、背中に群衆の視線が刺さったままだった。

でも、刺さっているのは“私”じゃなく、貼られた紙だ。


紙が盾になっている。


私は金属片を握り、角の痛みで自分を固定した。

夕刻までにやることは、決まっている。


次に潰す罠は、これだ。


群衆の前で“奇跡”を演出し、条件なしで刻名の空気を作ること。

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