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異端の奇跡でやり直し。~正教会が世界を染める前に、私が潰します~  作者: 綾瀬蒼


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第41話 三鍵封緘(さんけんふうかん)


「今夜の議題に乗せる前に――“形”を作ってしまう」


エリオットは、封緘箱を抱えたまま淡々と言った。


「評議会で揉めるほど、奪われる隙が増える。なら、先に封緘(=開けたら分かる封印)して、受領番号で固定。議題を“後追い”にする」


ノアが頷く。


「三鍵方式で。枢機卿府、庫長、国文書所。……誰か一人が裏切っても開かない」


リュカが短く吐く。


「香、二度と近づけるな。封緘箱ごと遮断する」


カイルは私の手を握ったまま、低い声で言う。


「令嬢、歩けるか」


私は頷こうとして――ふと、胸の奥が薄い。


母の顔。

輪郭が、また一段ぼやけている。


(……今、何を思い出そうとした?)


喉の空白が冷えた瞬間、カイルの親指が私の手の甲を一度だけ撫でた。


「考えるな。今は“ここ”だけでいい」


その言葉が、熱くて痛い。


私は返事の代わりに、カイルの指を一度握った。

“ここにいる”の一度。




王城文書所・特別保管庫のさらに奥。

“国家保全金庫”は、扉そのものが手続きだった。


扉に付いた三つの錠。

三つの鍵穴。

そして、机の上に置かれる三枚の紙。


《国家保全封緘覚書》


* 物件:聖具芯(回帰起点に関する疑義物件)

* 状態:封緘箱入/術式印/受領番号付与

* 開封条件:三鍵立会い+国王名代の文書命令+記録官同席

* 禁止:単独搬出/単独開封/儀式使用

* 期限:評議会決議まで(ただし“決議”は覚書の開封条件を満たす場合に限る)


「“決議まで”の一文が罠になりやすい」


エリオットが言って、最後に一行を足した。


「“決議”の定義を固定する。――紙で」


《決議とは、国王名代の文書命令と一致する議事録を指す》


書記官が頷き、受領証の欄を用意した。


枢機卿(ノアの父)が手袋をはめ、庫長が鍵箱を開け、国文書所長代理が硬い顔で署名する。

最後に、エリオットが代理権の印として署名し、カイルが立会いとして署名した。


私の前にも、ペンが差し出された。


「対象者の意思確認として、印を」


喉が詰まった。

声が出なくても、印は押せる。


私は震える指で、覚書の余白に○を書いた。

“同意”。そして、私は小さく紙に書く。


「わたしが きめる」


国文書所長代理が、その文字を見て一瞬だけ目を逸らした。

政治の人間ほど、“意思”の文字に弱い。


「……よし。封緘開始」


三つの鍵が順番に回る。

箱が金庫に納められ、封蝋が押され、受領番号が台帳に落ちる。


《聖具芯 国家保全 封緘済み》


その一行が書かれた瞬間、私はやっと息を吐けた。

奪われても、“封緘済み”が残る。


(これで、評議会は“後追い”になる)




封緘が終わって廊下へ出た時、リュカが私の首元を見て眉を寄せた。


「遮断布、ずれてる」


「大丈夫――」


言い終える前に、リュカの指が私の喉元に触れた。冷たい指先で、銀糸の位置を直す。


「黙れ。今夜、また来る。香は“ずれ”から入る」


近い。

心臓が跳ねて、喉の空白が逆に痛む。


その気配に、カイルの腕が私の肩を覆った。上から包むみたいに。


「触るなら早くしろ」


低い声。苛立ちじゃない。焦り。


リュカが鼻で笑う。


「はいはい、騎士様」


ノアが、私の掌にそっと小さな紙を滑り込ませた。


「二度握れば いいえ」


そして小さく囁く。


「……薄くなったら、紙を見て。あなたは、あなたです」


その優しさが、胸の奥の“薄い部分”に沁みて、怖さが少しだけ減った。




夜。統合評議会。


扉の前で、係官が冷たく言った。


「対象者本人の入室は不要。代理人のみ――」


まただ。

“いないこと”にする一文。


カイルが一歩前へ出る。


「拒否理由を文書で」


係官が詰まった瞬間、エリオットが受領証を差し出した。


「本人は当事者です。さらに“国家保全封緘覚書”に当事者印を付けた。議題が芯なら、本人の席を外す根拠はない」


受領番号。封蝋。国文書所の印。


係官の顔色が変わる。

紙の前で、口は弱い。


「……入室を認めます」


カイルが私の手を握ったまま、耳元で言った。


「今夜も俺が呼ぶ。お前が言えなくても」


私は一度、指を握り返した。

“ここ”。




会議室は、空気が重い。


議長代行が木槌を打つ。


「議題。聖具芯の国家保全の是非」


聖女エレノアが微笑む。


「芯は聖なるもの。国家が触れてはなりません。教会が預かり、浄化し――」


「議題が成立しません」


エリオットが立ち上がって、淡々と言った。


「芯はすでに“国家保全として封緘済み”です。三鍵金庫。開封条件は覚書に固定。受領番号はこれ」


受領証が、机の上に置かれる。

数字が、会議室の空気を現実にする。


「……何だと」


統合派がざわつく。


聖女の微笑みが、一瞬だけ止まった。


「勝手に……!」


「勝手ではありません」


国文書所長代理が、重く言った。


「枢機卿府立会い。庫長立会い。国王名代の命令に従い、現状保全の範囲で実施した」


枢機卿が静かに続ける。


「教会も“単独で触れない”という形だ。誰にとっても公平だろう」


公平。


その単語は、統合派が一番嫌う。


議長代行が歯を噛み、木槌を鳴らした。


「……よって、国家保全の“是非”を問う議題は、現時点では意味を持たない。開封条件の変更が議題となる」


エリオットが即答する。


「変更は“国王名代の文書命令”が要件です。口頭の勢いでは変えられません」


――ざまぁ。


紙で、議題を無効にした。

暴力じゃなく、入口で止めた。


会議室の空気が一段落ちる。


(勝った)


そう思った瞬間――聖女が、別の紙を取り出した。


「では次の議題です」


微笑みが戻る。


「対象者の“刻名汚染”について。内陣で儀式に触れた者は危険。記憶が摩耗し、意思が不安定になる。よって――」


白い封蝋の文書が掲げられる。


《浄化のための一時隔離要請》


隔離。

また、箱。


喉の奥の空白が、ひやりと広がった。

母の輪郭が薄くなったことが、急に“証拠”にされる気がした。


カイルの手が、ほんの少し強くなる。


「言わせるな」


その握りが、命令より甘い。


ノアが、静かに立った。


「“汚染”という言葉を使うなら、診断書(=医療としての根拠文書)と検査記録が必要です。宗教的な言葉で国の身柄を動かすのは、越権です」


リュカが短く吐く。


「検査なら俺がやる。香で削ったのはそっちだ」


エリオットが、冷たい声で締める。


「そして隔離要請は、本人の意思が最優先。――彼女が拒否すれば成立しない」


聖女の目が、私に刺さる。


「では、本人に答えさせましょう。拒否できますか? 名も言えないあなたが」


喉が凍る。

“拒否”が遠い。


私は反射で、カイルの指を――二度握った。


いいえ。


カイルが即座に言い切る。


「拒否。令嬢は隔離を拒否している」


記録官のペンが走る。

拒否が、紙になる。


でも聖女は笑った。


「……代弁など無意味。本人の意思は不確かです」


そして、ゆっくり言う。


「だから、あなたの“保護婚約”も無効にしましょう。――本人が意思表示できないのなら」


会議室が、凍った。


(そこを切りに来た)


次に潰す罠は、もう決まっている。


「私を“意思能力なし”にして、全ての拒否を無効化すること」

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