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異端の奇跡でやり直し。~正教会が世界を染める前に、私が潰します~  作者: 綾瀬蒼


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第40話 内陣停止命令


内陣へ続く回廊は、音が吸われる。


祈りの声も、足音も、呼吸も。

吸われた分だけ、甘い匂いが残る。


(密室だ)


喉の奥の空白が、じわりと冷える。


私はカイルの手を握ったまま、もう片方でエリオットの袖を掴んで走った。

手じゃない、袖。逃げられる距離。


それでも、引かれている感覚は同じだった。


(今の私は、支えがないと崩れる)


ノアが先を走り、曲がり角で振り返る。


「内陣入口は、あの扉です」


そこには、王家の紋章が刻まれた白い扉。

左右に立つのは、護教兵じゃない。王城礼拝堂の内陣係――王家の制服。


係長らしき男が、私たちを見て顔を引きつらせた。


「内陣は立入禁止です。国王名代の――」


「その“許可文書”を提示してください」


エリオットが即座に言った。息が乱れていないのが怖い。


「芯が『内陣係』名で受理されたと、特別保管庫の台帳にあります。なら、内陣係の管轄で動いている。確認します」


係長の喉が動く。視線が泳ぐ。


「そ、それは……聖女様が……」


「聖女の名では足りない」


カイルの声が低く落ちた。盾の声。


「ここは王城だ。内陣の鍵は“王家の赤”で開く。紙を出せ」


係長が唇を噛んだ、その背後――


白が現れた。


聖女エレノア。

笑わない微笑み。


「騒がしいですね」


視線が私の喉に刺さる。


「名も言えない者が、内陣に何の用ですか。ここは神と王家の場。あなたの“異端の奇跡”は――」


「文書で」


ノアが静かに切った。


「異端だと断ずるなら、告発状に『内陣での措置』を明記してください。管轄も、責任者も」


聖女の瞳が細くなる。


「……あなたは、教会に楯突くのですね」


「楯突くのは、不正です」


ノアの声は揺れない。


リュカが床に術式具を置き、鼻を鳴らした。


「中、動いてる。香も焚いてる。……始まってるぞ」


(来る)


喉がきゅっと締まる。世界が薄くなる前兆。


私は反射でカイルの指を――一度、強く握った。

“ここ”。


カイルが同じだけ返し、耳元で低く言った。


「吸うな。俺の方へ」


外套が口元を覆う。布の温度。胸板の熱。

怖いのに、安心が混ざるのが悔しい。




エリオットは一歩前へ出て、書類束を係長に突きつけた。


「立入検査命令(=中を確認する命令書)です。礼拝堂附属区画で香が焚かれ、証拠隠滅の疑いがある。

内陣係の名で受理がある以上、内陣係は説明責任を負う」


「内陣は……!」


係長が声を上げかけた瞬間、エリオットは言葉を足した。


「拒否するなら、拒否理由を文書で。署名で。時刻を入れて。――後であなたを守るのは“口”じゃない」


係長の顔色が変わる。


(守りを提示するタイプの脅し)


ずるいほど強い。


聖女が、そこで笑った。


「書けばいいでしょう。拒否理由は簡単です。『異端対策のため』」


「それ、書けますか」


エリオットの声が冷たい。


「『異端対策』で王城内陣を動かしたなら、国王名代の許可が要る。許可文書がなければ、あなたは“王家権限の詐称”です」


聖女の微笑みが止まった。


止まったまま、柔らかく言う。


「……許可はあります」


「では提示を」


一拍。


聖女は、出せない。


(あるなら、最初に出している)


空気が重くなる。


その重さを割ったのは、ノアだった。


「係長。今、二つの選択があります」


静かな声が、刃になる。


「聖女の“口”に従って共犯になるか。国の“紙”に従って協力者になるか。――どちらが生き残れますか」


係長の喉が鳴る。


そして彼は、震える声で言った。


「……国王名代に、確認を取ります。今、ここで」


(よし)


エリオットが即座に頷いた。


「その場で文書化してください。口頭確認は、紙に落とす」




係長が使いの兵に走らせた。

戻ってくるまでの数十息。


その間に、香がじわりと濃くなる。


リュカが舌打ちした。


「換気口、塞げるか……」


ノアがすっと壁の装飾に指を滑らせた。


「この裏が換気口です。……ここに香を流す」


聖女が、薄く笑う。


「詳しいですね、ノア様。……だからこそ、あなたは邪魔です」


その言葉が落ちた瞬間、胸がぞくりとした。


(ノアが狙われてる)


私の中の熱が動く。怖いのに、守りたい。


でも私は喋れない。


だから私は、袖の中の紙片を掴み、ノアの名――Nを指でなぞった。

忘れないための、感情の記録。


カイルがその動きを見て、ほんの僅かに指が硬くなる。

でも言わない。言ったら、今ここで崩れるから。


代わりに、彼は私を背に隠す位置を変えた。

“俺の側”に、強く寄せる。


(独占)


その言葉が胸に浮かんで、恥ずかしくて、苦しい。




戻ってきた使いが、紙を持って走り込んだ。


王家の赤い封蝋――ではない。

でも、国王名代の印章が押された短い命令書。


《内陣・一時停止命令》

*儀式準備を直ちに停止し、物件と受領台帳を提示せよ。拒否は国法により処断する。*


係長が震える声で言った。


「……国王名代の命令です。停止……停止を」


聖女の微笑みが、明確に割れた。


「……王家が、信仰を止めるのですか」


「止めるのは信仰ではない」


エリオットが淡々と返す。


「止めるのは“不正な手続き”です」


カイルが扉へ手を伸ばす。

壊すのではない。命令書で“開ける”。


係長が鍵を差し込み、回した。


扉が開く。


内陣の空気が、どろりと甘い。




中には、祭壇があった。


その上に――今度こそ、芯。


小さな円柱。銀の枠。中心に淡い光。

見ただけで胸が痛くなる。


(起点)


(私を戻すもの)


そしてその周囲に、儀式の札と、細い羊皮紙。


羊皮紙の上には、私の名前が大きく書かれている。

署名欄はない。代わりに、血印の皿。


(署名じゃない)


(“血”で固定する気だ)


喉の奥が凍り、世界が薄くなる。


その瞬間、カイルが私の肩を抱くように支え、低く言った。


「見るな。息。俺と合わせろ」


私は頷き、彼の指を一度握る。

“ここ”。


ノアが一歩前へ出て、祭壇を見て顔色を変えた。


「……これは誓文原本じゃない。刻名(=名を刻んで縛る)の式です」


リュカが即答する。


「芯に名を焼き付ける。回帰を止めるどころか――お前の“名”を芯に持ってかれる」


持ってかれる。


つまり、私が“私”でいられなくなる。


エリオットの声が冷たくなる。


「停止命令の範囲外だ。即時、証拠保全」


聖女が、祭壇の前に立って腕を広げた。


「触れないで。これは統合準備の祝福。王家のため――」


「王家のためなら、なおさら“許可文書”が要る」


エリオットは一歩も引かない。


「そして“停止命令”が出た。――動くな」


聖女の瞳が氷になる。


「……では、あなたが止めなさい。止められるなら」


挑発。


同時に、香が強くなる。


(削られる)


リュカが術式具を祭壇へ叩きつけた。


「遮断、最大。刻名式、停止」


空気がきしみ、芯の光が一瞬揺らぐ。


その隙に、カイルが前へ出る。

盾が、祭壇と私の間に立つ。


「触れるのは俺じゃない。――国の記録官だ」


記録官が震える手で近づき、エリオットが封緘箱を差し出した。


「芯を“保全”します。封緘(=開けたら分かる封印)して受領番号で固定。立会い全員、署名」


記録官が芯に触れようとした瞬間――聖女が指を鳴らした。


甘い匂いが、刃みたいに飛ぶ。


私は反射で、カイルの手を――二度握った。


いいえ。


カイルが即座に叫ぶ。


「令嬢は拒否している! 記録しろ!」


記録官のペンが走る。


それだけで、聖女の香は“祈り”から“妨害”になる。


ノアが静かに追撃した。


「今の香の発動、停止命令違反。告発状に“圧力下”の疑いが付きますよ」


聖女の指が止まった。


止まったところを、リュカが切る。


「今だ」


記録官が芯を封緘箱へ入れる。

封蝋。術式印。受領番号。


《聖具芯 保全》


その一行が書かれた瞬間、内陣の空気が変わった。

勝った、と分かる現実の重さに変わった。




聖女は、笑わなかった。


笑えない顔で言う。


「……それを持ち出せば、あなた方は神を盗む」


エリオットが淡々と返す。


「盗むのではない。保全する。盗むなら令状が要らない。保全は、令状で動く」


カイルが低く付け足す。


「そして、盗んだのはそっちだ。封鎖、偽装受理、香、刻名式。――全部、記録に残ってる」


聖女の瞳が、私を刺す。


「……あなたは、いつまで守られる側でいるの」


守られる側。


その言葉が胸に刺さって、私は息を吸った。


言えない。

でも、言える形がある。


私はカイルの手を離さず、もう片方でポケットから小さな紙を出した。

そこに、震える字で書く。


「わたしが きめる」


そして、紙を聖女に見せた。


喉の空白が痛い。

でも、この痛みは私の意思だ。


聖女の顔が、初めて歪んだ。


「……ふふ。文字遊び」


「文字が国を動かす」


ノアの声が静かに落ちる。


「あなたが一番知っているはずだ」




内陣を出た瞬間、膝が少し笑った。


勝ったのに、怖さが遅れて来る。

香の残りが、神経の端をまだ撫でている。


カイルが私を支え、人気のない柱の陰へ連れて行った。

外套で包む。逃がさない距離。


「……息、吐け」


私は頷いて、ようやく息を吐いた。

涙が出そうで、歯を噛む。


カイルが私の額に、短く口づけた。

唇じゃない。額。――許される場所。


「よくやった」


胸が、焼けるほど熱い。


その横で、エリオットが封緘箱を抱えたまま、私に目を向ける。


「君が×を出す限り、刻名は成立しない。――大丈夫だ」


制度の言葉。

でも、その声の低さが、優しい。


ノアは私の掌に、あの名前カードを重ねた。


セレナ・アルヴィス


「……忘れても、ここにあります」


リュカが鼻で笑う。


「次は喉を守る。香に慣れんな。慣れたら負ける」


ぶっきらぼうなのに、ちゃんと怖さを見ている。


私は、四人の顔を順に見た。

そして、指で小さく――○を一つずつ、空に描いた。


(ありがとう)


(忘れない)




だが、勝利はいつも“次の罠”を連れてくる。


回廊の向こうから、係長が青い顔で走ってきた。


「法務官より! 統合評議会が――今夜、再開されます!

議題は『聖具芯の国家保全の是非』!」


国家保全。


つまり、国が芯を押さえるか、教会が押さえるか。

そこで負ければ、また奪われる。


エリオットが即答する。


「なら、先に“保全先”を決める。三鍵方式(枢機卿・庫長・国文書所)で封印する」


ノアが頷く。


「枢機卿府は協力します」


カイルが私の手を握り、低く言った。


「令嬢。今夜も前に立つ。――お前が“決める”ために」


その言葉が、胸の奥を甘く痛くした。


私は小さく書いた紙を握りしめ、喉の空白の向こうで思う。


(私が決める)


(でも……怖い)


そして、ふと気づく。


さっき、内陣で“刻名式”に触れたせいか――

自分の中の何かが、ひとつだけ薄い。


母の顔。

輪郭が、少しだけ。


(削られた……?)


私は金属片を握り、角の痛みで自分を固定した。


次に潰す罠は、もう見えている。


「芯を“国か教会か”の綱引きにして、私を席から外すこと」

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