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異端の奇跡でやり直し。~正教会が世界を染める前に、私が潰します~  作者: 綾瀬蒼


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第33話 先に受理


枢機卿府を出た夜風は冷たかったのに、胸の内側だけが熱かった。

恐怖の熱だ。怒りの熱だ。――そして、妙に痛い熱。


「……持てるか」


カイルが半歩前で振り返った。盾の位置のまま、声だけを落とす。

私は封緘(開けたら分かる封印)された謄写の封筒を抱えて、頷いた。


(落とせない)


(これは私の“始まり”を取り返す紙)


ノアが小さく言う。


「敵は明朝、“受理”を取りに来ます。受理を取られると、議題が成立する」


エリオットが即答した。


「だから、こちらが先に受理を取ります。――受領証の番号で盤面を作る」


リュカが鼻で笑う。


「結局、また紙か」


「紙が一番強い」


私は言えないはずの言葉を、ぽつりと出した。

名前じゃない言葉は、まだ出る。


カイルの指が、私の袖口に触れた。軽い固定。逃がさない触れ方。


「……寒いな」


そう言って、自分の外套を私の肩にかける。

布の重みが、胸の痛い熱を少しだけ落ち着かせた。


(守られてる)


それが今は、恋みたいに刺さる。




伯爵邸に戻ると、書斎に灯りが集まった。

机の上には、今日までの“鎖”が並ぶ。


公開鑑定結果。

記憶干渉の予備所見。

拘束調書。入退室記録欠落の口述。

そして、奇跡台帳の謄写。


封蝋、術式印、受領番号。


エリオットが紙を広げ、迷いなく書き始めた。


「緊急申立書。宛先は王城法務官と文書所。内容は三点」


彼は項目を指で叩く。


①告発状の受理は可能だが、同時に添付資料(鑑定結果+台帳謄写)を固定すること。

②誓文原本が提示される場合、本人意思確認の手続き(立会い・読み上げ・拒否権)を必須とすること。

③原本は“証拠物”として一時保全(勝手に動かせない形で預かる)すること


ノアが補足する。


「教会法でも、告発状と誓文は“責任の所在”が明確でなければ無効です。署名・証人・管轄の欄が欠ければ、枢機卿府として異議を出せます」


リュカが私の喉元を見て、短く言った。


「本人意思確認、要るな。匂いで削られたら“拒否”が言えなくなるって台帳にあった」


その言葉で、背中が冷えた。


(名の次は契約語)


(最後は拒否)


私は反射で金属片を握る。角が刺さって、世界が戻る。


カイルが低く言った。


「……だから、明朝は俺がずっと隣にいる。お前が首を振るだけで、俺が“拒否”を言う」


言葉が、胸に落ちた。

熱いのに、痛い。


私はカイルを見上げる。

返事の代わりに、頷いた。


その瞬間、エリオットがペンを止めずに言う。


「ただし。拒否を代弁するには、あなたが“本人である”の確認が要る。――発話阻害がある以上、本人確認手段をもう一つ増やす」


ノアが目を細める。


「筆跡と受領番号の控えはある。だが、それでも足りないなら……」


リュカが、やれやれと息を吐いた。


「首輪みたいなのは嫌だろ?」


次の瞬間、彼は小さな布片を取り出した。薄い銀の糸が縫い込まれている。


「喉に巻く遮断布の改良。匂いの侵入を遅らせる。……触るぞ」


有無を言わせない短さ。

でも、目はまっすぐで、変な欲がない。だから余計に心臓が跳ねた。


リュカの指が、私の喉元に触れる。

冷たい指先。布の端を整える動きが、やけに丁寧で――。


(近い)


息が浅くなる。


その気配に、カイルの肩がほんの少し硬くなった。

気づいてしまった自分に腹が立つくらい、分かりやすい反応。


ノアが咳払い一つで空気を戻し、静かに言う。


「……あなたがあなたでいられるように、支えます」


声が柔らかい。

そして、私の袖を“止める”だけの距離で続けた。


「もし、明日さらに削られても――あなたの名前は、僕が毎日書きます。あなたが見える場所に」


胸の奥が、きゅっと鳴った。


(それは、告白じゃない)


(でも、告白より怖い)


エリオットが視線だけで全員をまとめ、淡々と締める。


「夜のうちに、申立書を二通作る。ひとつは文書所、ひとつは法務官。――どちらにも受領証を取る。明朝は“受付開始前”に並ぶ」


「並ぶ?」


私が小さく言うと、カイルが短く頷いた。


「一番前に立つ」


その言い方が、妙に恋だった。

戦場の一番前じゃなく、列の一番前。


“私のために”。




深夜。


申立書は完成した。封蝋が押され、術式印が重ねられる。

受領番号はまだない。明朝、取る。


私は机に残った紙片に、無意識に文字を書いていた。


S・A。○。

そして――


K。N。E。L。


カイル、ノア、エリオット、リュカ。

忘れないための、感情の記録。


(……情けない)


でも、情けなくていい。

残せるなら。


それを見たカイルが、私の手元に視線を落とし、少しだけ声を落とした。


「……それ、俺の“名”か」


私は頷く。


カイルは一拍、黙ってから言った。


「……呼んでいいか」


私は首を傾げる。

何を?


カイルの喉が動いた。


「お前のことを。――いつでも。俺が」


喉の空白が痛む。

私は“言えない”のに、彼が“呼ぶ”と言う。


(独占?)


(でも、今は救い)


私は紙に、震える字で書いた。


「はい」


カイルはその字を見て、まるで誓文みたいに受け取って――私の手の甲に、ほんの一瞬だけ唇を落とした。


熱が走る。

痛い熱が、甘い熱に変わる。


(恋愛だ)


(今、確かに)


ノアが目を逸らし、エリオットは何も言わずに次の封筒を整えた。

リュカだけが「……今じゃねえだろ」と小さく呟いたが、耳が赤い。


私は笑いたかった。

でも笑うと、泣きそうだった。




明朝。


王城文書所の前は、まだ薄暗かった。

それなのに列がある。私たちより早い者がいる。


「……統合派だ」


エリオットが低く言った。


白い外套。護教兵。

そして、木箱。


(誓文原本)


カイルが私の前に立つ。盾の背中が、列の空気を割る。


「抜かせない」


その一言が、恋の言葉みたいに重い。


受付が開く。

窓口が一つ、二つ、三つ。


統合派が動く。私たちも動く。


その瞬間、あちらの司祭が声を上げた。


「国王名代の緊急扱いだ! 先に受理しろ!」


受付官の手が止まる。

列の空気が揺れる。


(先に通す口実)


(“受理”を取られたら、盤面が崩れる)


私の視界が一瞬、白くなった。

胸の痛い熱が戻る。


(……だめ、薄く――)


私は金属片を握る。角が刺さる。戻る。

そして、袖の内側の紙片を指で触った。


K。N。E。L。


(忘れない)


エリオットが一歩前へ出て、封筒を窓口に置いた。


「こちらも緊急扱いです。奇跡台帳の謄写(枢機卿府証明)添付。受領証を発行してください」


受付官の目が封蝋と署名に吸い寄せられる。

“枢機卿府”の重み。


司祭が苛立って叫ぶ。


「そんなものは後で――」


「後でじゃない」


カイルが低く遮った。


「今ここで受け取れ。拒否するなら、拒否を記録する」


記録官が、もう後ろに立っている。ペンを構えている。


受付官は喉を鳴らし、言った。


「……受領します。こちらも、受領します」


紙が動く。

番号が付く。


受領番号。


数字が、私の胸に落ちた。


(取った)


(先に、鎖を掛けた)


だが――。


統合派の木箱が、隣の窓口で開かれた。

中から見えたのは、厚い羊皮紙。


そして、最上段の文字。


《誓文原本》


その下に、既に書かれている。


――私の名前。


喉の空白が、ひやりと広がった。


(署名の場所が、空いてる)


(押し付ける気だ)


受付官が読み上げる。


「告発状……誓文原本……受理――」


その瞬間、エリオットが、凍る声で言った。


「待ってください。本人意思確認の手続きを、こちらが先に受理させました。受領番号はこちらです。――手続きなしの受理は無効になります」


受付官の手が、止まった。


広場じゃない。会議室でもない。

けれどここは、“国の入口”。


入口で止めれば、流れは止まる。


私は息を吸い、言える言葉だけを探して、絞り出した。


「……やめて」


名前じゃない。

でも、確かに私の意思。


カイルが即座に言った。


「本人は拒否している。記録しろ」


記録官のペンが走る。


――明朝の勝負は、ここからだ。


次に潰す罠は、もちろん一つ。


「誓文原本に署名させて回帰を止める」

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