表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端の奇跡でやり直し。~正教会が世界を染める前に、私が潰します~  作者: 綾瀬蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/50

第31話 採決差し止め


「本日、採決に入る」


議長代行が赤い封蝋の文書を掲げた瞬間、会議室の空気が固まった。


長机の上を回る視線。

貴族たちの喉が鳴る音。

誰もが“王家の赤”に弱い。


(ここで押し切れば終わる)


統合が決まれば、教会は国の上へ乗る。

その瞬間、今日までの鑑定結果も、私の被害も――“信仰の裁き”で塗られる。


喉の奥の空白が、冷たく疼いた。


(でも、今日は喋るのは私じゃない)


(喋るのは、添付資料)


エリオットが静かに立ち上がった。


「採決に異議があります」


議長代行が眉を寄せる。


「異議? これは勅令案だ。国王名代の――」


「だからこそです」


エリオットの声は淡々として、刃がない。

刃がないから、折れない。


「統合準備を議決するなら、添付資料が必須です。――今日の鑑定結果、記憶干渉の予備所見、押収調書、入退室記録、すべて」


議長代行が苛立ちを滲ませる。


「配布したではないか」


「配布しました。ですが――勅令案本文に添付として固定されていません」


その言葉で、会議室の空気が一段変わった。


“配った”と“添付した”は違う。

配った紙は、後で抜ける。

添付された紙は、抜けない。


エリオットが続ける。


「添付として固定されない限り、議決後に『見ていない』『知らない』が成立します。――それは、議決の瑕疵です」


財務大臣が、重く頷いた。


「議決の瑕疵は致命的だ。後で無効になれば、国が揺れる」


魔術大臣も続く。


「統合準備は宗教権限の拡張を含む。なおさら審査資料が必要だ」


議長代行は唇を噛み、赤い封蝋を机に置いた。


「……では添付を後で――」


「後では遅い」


エリオットが即答する。


「採決前に固定しなければ意味がありません。採決後の添付は改ざんと同じです」


枢機卿が静かに言った。


「議長。彼の言う通りだ。教会法でも、審議資料は議決前に確定する」


聖女の目が、枢機卿へ向く。冷たい。


(枢機卿府も一枚岩じゃない)


ノアが立ち上がり、淡々と言う。


「統合を望むなら尚更、“不正の疑い”は切り落とすべきです。受理簿の混入が確定した今、資料の確定なしに進めれば、統合派自体が疑われます」


聖女の唇が僅かに歪む。


「あなたは統合を妨げたいだけでしょう、ノア様」


「妨げたいのは、不正です」


ノアの声は揺れない。


その瞬間、議長代行が苛立ちを押し殺して言った。


「……よろしい。添付資料の確定を行う。だが採決は本日中だ」


本日中。


譲らない。

時間で押すつもりだ。


(だから次の刃は――“添付の内容”)


エリオットが、机の上に封筒を並べた。


封蝋。術式印。受領番号。


「添付資料は、封印済みのまま“番号で固定”します」


議長代行が眉を寄せる。


「中身を見ずに?」


「中身は既に公開鑑定で読み上げられ、公告板でも掲示されています」


エリオットは淡々と言った。


「ここで必要なのは“同じもの”を添付したという固定です。受領番号で一致を取れます」


魔術大臣が頷く。


「受領番号で一致なら、改ざんはできない」


議長代行は渋い顔で、書記官へ顎をしゃくった。


「……番号を列挙し、勅令案に添付として書け」


書記官がペンを走らせ始める。

赤い封蝋の横に、黒いインクで数字が増える。


数字が増えるほど、嘘が減る。


私はその様子を見ながら、金属片の角を握った。


(数字は、私を繋ぐ)




だが、聖女は黙っていなかった。


彼女は微笑みを戻し、柔らかい声で言った。


「議長。添付を増やすほど、国は混乱します。統合は“信仰の安定”のためにある。――今は決めるべきです」


決めるべき。


“空気”で押す言葉。


そして、次の刃。


「それに――」


聖女は私を見た。


「対象者は、言葉を失っています。あの者の周りの者が、都合の良い紙を並べているだけでは?」


喉が冷える。

言えない穴が疼く。


(ここで、私を“偽物”にする)


だが、エリオットは待っていたように言った。


「なら、なおさら添付が必要です」


会議室が静まる。


「本人が言えないからこそ、国の鑑定官、記録官、受領番号、封印。――第三者の形式で固めた。都合が良いなら、異議は文書で」


鑑定官の名が出る。

記録官の名が出る。

第三者の重みが増す。


財務大臣が冷たく言う。


「都合が悪いなら、あなたも文書で反論しなさい。口ではなく」


魔術大臣が続ける。


「触媒混入への反論も、文書で」


騎士団長が短く言う。


「記録に残らない争いは、秩序を壊す」


聖女の微笑みが、また薄くなる。


(口で勝てない場所を作った)




添付番号の列挙が終わり、書記官が読み上げる。


「統合準備勅令案、添付資料:公開鑑定結果(受理簿)、記憶干渉鑑定予備所見、押収調書控え、入退室記録欠落の記録――以上、受領番号……」


数字が並ぶ。


その瞬間、私は“嫌な予感”を感じた。


(数字が、ひとつ違う)


直感じゃない。

金属片の角を握ると、数字の形が頭に浮かぶ。

私が握ってきた受領番号の刻みと――読み上げの数字が、微妙に違う。


(混ぜた?)


(差し替えた?)


喉が詰まりかける。


私は声を出せない。

指摘できない。


だから私は、指で示した。


机の上の受領証。

私が持っている控え。

エリオットの視線を引く。


エリオットは一瞬で理解し、すぐに言った。


「確認を」


議長代行が苛立つ。


「またか」


「またです」


エリオットは淡々と言った。


「添付資料の受領番号、今読み上げたものと、こちらの受領証に記載のものが一致しません」


会議室の空気が凍った。


書記官が青くなる。


「そ、そんな――」


魔術大臣が机を叩く。


「番号をもう一度」


書記官が震える声で読み上げ直す。


……やはり違う。


議長代行が顔色を変えた。


「誰が書いた」


書記官が怯えた目で聖女を見る――より先に、聖女が微笑んだ。


「些細な誤記でしょう」


誤記。


誤記で済ませれば、差し替えが通る。


エリオットが即座に切る。


「誤記なら訂正手続きが必要です。訂正印、訂正理由、訂正者名、訂正日時。――なしに直せば改ざんです」


枢機卿が静かに言った。


「訂正しなさい。今ここで、全員立会いで」


ノアが淡々と補足する。


「誤記のまま採決すれば、後で議決無効になります。統合派が望むのは“安定”でしょう?」


聖女の目が冷たくなる。


(刺さった)


議長代行は歯を噛み、宣言した。


「採決は差し止める。添付番号の再確認と訂正を終えるまで、議決に入らない」


木槌が鳴った。


――採決が止まった。


私は息を吐いた。

喉の空白が、少しだけ軽くなる。


(勝てる)


(私が喋れなくても)




休会が宣言され、人々が立ち上がる。


その瞬間、聖女が私の横を通り過ぎ、私にだけ聞こえる声で囁いた。


「……数字にすがっても無駄」


冷たい声。


「あなたの“異端の奇跡”は、紙に残らない」


紙に残らない。


その言葉が、胸に突き刺さる。


(真相に近い)


私は金属片を握り、痛みで自分を固定した。


聖女は続ける。


「次は、あなたの“始まり”を奪う」


始まり。


――ループの起点。


記憶が削れる制約。


“異端の奇跡”。


私の中で、点が線になりかける。


そのとき、ノアが私の袖にそっと指を触れた。

人目のある距離で、でも確かに支える触れ方。


「……今夜、枢機卿府で“奇跡の記録”を探せます」


小さな声。


「教会には、奇跡を“記録する台帳”がある。統合派が隠している」


奇跡の記録。


(紙に残らないはずのものが、残っている)


私は喉が動いた。名前は言えない。でも――


「……いく」


小さく、言えた。


カイルが即座に言う。


「俺も行く」


エリオットが頷く。


「今夜が勝負です。次に潰す罠は――“始まりを奪われる”こと」


採決は止めた。

でも敵は止まらない。


私のループが“異端の奇跡”なら――

それを記録した紙が、必ずある。


今夜、枢機卿府でそれを掘り起こす。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ