表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端の奇跡でやり直し。~正教会が世界を染める前に、私が潰します~  作者: 綾瀬蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/50

第30話 発言不要の罠


「発言不要」


紙の上のその四文字は、優しい顔をしていた。

不要。つまり「配慮」みたいな顔。


でも本当は、刃だ。


私の喉の空白を、罪の証拠に変えるための刃。

「名も言えない者が、何を言う」という空気を作るための刃。


私は机の上で指先を握りしめ、木枠の刻みを思い出した。


S・A。○。


(私はいる)


(いると、残す)


「令嬢」


エリオットが紙を覗き込み、淡々と言った。


「これは“禁止”ではありません。『不要』は、こちらが“必要”に変えられる」


必要に変える。


どうやって?


私は喉に手を当てる。言えない。

でも、紙は喋る。


「――陳述書(=本人の言い分を文書にしたもの)を作りましょう」


エリオットはもう結論に着いていた。


「評議会があなたを議題にするなら、あなたの陳述は“必要”です。拒否するなら、『拒否した』を議事録に落とす」


カイルが私の横で低く言う。


「本人を入れないなら、入れない理由を紙にさせる。……紙は逃げない」


リュカが短く吐く。


「ついでに、匂いも持ち込ませるな。会議室は密室だ。香を焚かれたら終わる」


ノアは少し離れた場所に立ち、視線だけで頷いた。


「会議の書記官は、枢機卿府からも出ます。――議事録に落ちたものは、教会も消せません」


私は息を吸って、ペンを握った。


(言えないなら、書く)


(書けるうちに、書く)




陳述書は、長くしない。


“理解できる名詞”で殴る。

そして、相手に答えさせる形にする。


エリオットが項目を並べ、私はそれに沿って書いた。


《本人陳述書》


1. 本日までに確認された事実:

 - 受理簿に聖性触媒混入(公開鑑定で確認)

 - 北塔保護室にて無記録処置、香炉残滓に触媒混入(記憶干渉の予備所見)

2. 異端告発について:

 - 異端認定を議題にするなら、告発状(罪名・事実・証拠・証人・管轄・告発者署名)が必要

 - 告発状がない限り、隔離・拘束・審問の議決は無効

3. 統合議題について:

 - 本日の鑑定結果を添付資料として付議すること

 - 添付なしでの議決は、重要事実の秘匿として異議申し立てを行う

4. 私の出席について:

 - 本評議会が私の権利(身柄・名誉・発言権)に影響する以上、本人出席を認めること

 - 本人発言が困難な場合、陳述書の読み上げを求める


最後に署名欄。


喉が詰まりかけたけれど、書く手は止まらなかった。

私は自分の名前を、紙の上に落とせる。


セレナ・アルヴィス


書けた瞬間、胸の奥が少しだけ落ち着いた。

言えなくても、ここに残せる。


カイルが私の手首を一度だけ押さえた。

「よし」という合図みたいに。


リュカが封蝋を押し、術式印を重ねる。


「剥がしたら割れる」


ノアが低く言った。


「受領証(=受け取った証明)を必ず取ってください。『受け取っていない』が一番便利な逃げ道ですから」


私は頷いた。




王城、臨時統合評議会。


会議室前の廊下は、静かすぎて怖かった。

厚い扉。石の壁。息が吸いづらい。


入口の役人が、招待状を見て言う。


「……代理人のみ。令嬢の入室はできません」


来た。


私は一歩も引かず、封筒を差し出した。


「陳述書です。受領してください。受領証を」


役人が眉を寄せる。


「受領証など――」


「出せないなら、受け取らないのですね」


エリオットが淡々と刺す。


「受け取らないなら、その拒否を記録官に。『本人陳述書の受領を拒否』――評議会の議事録に載せます」


役人の顔色が変わった。


ここで拒否が載れば、“最初から黙らせた”と残る。

政治はそれを嫌う。


役人は渋々、封筒を受け取った。


「……受領証を発行します」


紙に番号が付く。署名が入る。

受領番号。数字。


(数字は消えない)


次は入室。


「本人は入れません」


役人が繰り返した。


カイルが一歩前へ出る。


「本人を議題にするなら、本人の入室拒否は不当だ。拒否理由を書け」


「……書く必要は」


「必要だ」


カイルの声は低い。


「拒否が正当なら、紙にできるはずだ。できないなら、拒否は正当じゃない」


役人が詰まった、その瞬間。


扉が開き、年配の男が顔を出した。

国王名代――議長代行の貴族。


「……騒がしいな」


エリオットが一礼し、即座に言う。


「令嬢本人を議題にするなら、本人の出席を拒む理由を議事録に残してください。拒否するなら、陳述書を読み上げてください」


議長代行の目が、私の喉に一瞬止まる。

そして、封筒の封印に。


彼は政治の目で理解した。

拒否は、今この瞬間、損だ。


「……入れ。だが発言は不要だ」


不要。


また同じ言葉。


私は頷いた。

不要なら、こちらは“読ませる”。




会議室は、豪奢だった。


長い机。高い天井。窓は少ない。

香が焚かれやすい、密室。


私は遮断布を袖に忍ばせたまま、席に座った。


正面には、聖女エレノア。白い外套。慈悲の顔。

その横に、統合派の司祭たち。


さらに奥に、財務大臣、魔術大臣、騎士団長、枢機卿――父親たちの顔が並ぶ。

息子たちが、その背後に控える。


(このための布陣)


議長代行が木槌を打つ。


「臨時統合評議会を開会する。議題は二つ。

一、国政と正教会の統合案。

二、異端告発の取り扱い」


二つ目に、私がいる。


議長代行が言った。


「対象者本人の発言は不要。代理人が述べよ」


“不要”が、会議室の空気を作る。


聖女が微笑んだ。


「ご覧なさい。国も、秩序を望んでいるのです」


秩序。

またその言葉。


私は金属片を握った。角が刺さる。戻る。


エリオットが立ち上がる。


「まず、議事進行に異議があります」


会議室が静まる。


「本日の公開鑑定結果と、記憶干渉鑑定の予備所見を、議題の添付資料として付議してください。添付なしの議決は、重要事実の秘匿です」


議長代行が眉を寄せる。


「……添付は後で」


「後では遅い」


エリオットが切る。


「統合を議決するなら、『教会記録の偽装』と『保護拘束中の記憶干渉』は、最重要の判断材料です。今日の事実を抜いて統合を語るのは、議決の瑕疵(=手続きの欠陥)になります」


財務大臣――エリオットの父が、咳払い一つで空気を変えた。


「議長。添付を先に。議決が後で無効になるのは困る」


魔術大臣も頷く。


「鑑定結果を外す理由がない。国の鑑定だ」


騎士団長が低く言う。


「秩序の議題なら、なおさらだ」


議長代行は、口を引き結んだ。


「……よろしい。添付資料を配布」


紙が回る。

“今日”が会議に入る。


聖女の微笑みが、ほんの少しだけ薄くなる。


(効いた)


次に、エリオットは封筒の受領証を掲げた。


「そして、対象者本人の陳述書を提出しました。受領済みです。議事録に載せ、読み上げを求めます」


議長代行が言った。


「本人発言は不要――」


「発言ではありません」


エリオットは即答する。


「記録です。本人の権利に関わる議題を扱うのに、本人の陳述を議事録から外すのは不当です」


枢機卿が、静かに言った。


「読み上げなさい。教会の裁きでも、当事者の陳述は残す」


ノアの父だ。

その言葉が落ちた瞬間、聖女の表情が一瞬だけ凍った。


議長代行が、書記官に顎をしゃくる。


「……読み上げろ」


書記官が封印を確認し、割る。

そして、私の陳述書を読み上げ始めた。


「――異端告発を議題にするなら、告発状が必要。告発状がない限り、隔離・拘束・審問の議決は無効――」


聖女の指先が、机の縁を叩いた。


(刺さった)


書記官が読み終えると、ノアが立ち上がった。


「確認します。聖女エレノア様。あなたは告発者ですか」


聖女が微笑む。


「ええ。私は――」


「なら、告発状は」


ノアの声は淡々としている。


「署名付きの告発状を提出しましたか。罪名、事実、証拠、証人、管轄。――形式です」


聖女の微笑みが止まった。


止まったまま、言う。


「……口頭で十分です」


「十分ではありません」


枢機卿が静かに断じた。


「口頭告発は、責任が曖昧になる。虚偽告発を防ぐため、告発状が必要だ」


聖女が唇を噛む。


(告発状を出せば、自分が責任を負う)


(出さなければ、異端は議題にできない)


エリオットが追い込む。


「よって、本日の異端議題は付議不成立(=議題として成立していない)です。告発状が提出されるまで、審議を停止してください」


議長代行が木槌を握りしめた。


「……」


沈黙が、会議室で重い。


聖女は、ここで空気を塗り替えようとした。


「国が、異端を庇うのですか」


庇う。

また、構図を作る言葉。


しかし今日は、構図ではなく書類だ。


財務大臣が冷たく言った。


「庇うのではない。手続きを守る。告発状がないのは、あなたの不備だ」


魔術大臣が続ける。


「告発するなら、責任を取って紙にしろ」


騎士団長が言った。


「紙にできないなら、拘束は誘拐だ」


聖女の微笑みが、崩れそうで――崩さない。

崩さないまま、視線を私に投げた。


「……あなたは、やはり異端の奇跡を使っている」


私の喉が冷える。

言えない穴が疼く。


でも、その瞬間、カイルが私の前に立つ。


「言いがかりは紙にしろ」


盾の声。


「紙にできないなら、今ここでそれを“撤回”しろ」


聖女の瞳が細くなる。


撤回はできない。

でも、告発状も出せない。


(詰んだ)


議長代行が、苦渋の声で宣言した。


「異端議題は、本日審議しない。告発状の提出があってから扱う」


木槌が鳴る。


――一つ折れた。


会議室の空気が、少しだけ現実へ戻る。


だが議長代行は続ける。


「次、統合案。これは――」


来る。

本丸。


統合が通れば、教会は“国の上”を取る。

異端審問の土台ができる。


私は金属片を握り、遮断布に指をかけた。


(次は統合)


(ここで止めないと、全部が白に塗られる)


議長代行が、封蝋のついた文書を掲げた。


「国王名代として、統合準備勅令案を提示する。――本日、採決に入る」


封蝋の色は、王家の赤。


会議室が息を止める。


(もう用意してあった)


(最初から、決めに来てる)


私の喉の空白が、ひやりと広がる。


――次に潰す罠は、“統合を既成事実にする採決”。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ