表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端の奇跡でやり直し。~正教会が世界を染める前に、私が潰します~  作者: 綾瀬蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/50

第26話 記憶干渉鑑定


魔術省の廊下は、乾いていた。

祈りの匂いが薄い分だけ、頭の霧が少し晴れる。


それでも――喉の奥の空白は消えない。


(名前)


言おうとすると、舌が止まる。

“そこだけ”が抜け落ちたみたいに。


「無理に声を出すな」


カイルが私の半歩前で言った。いつもの盾の位置。

そして少しだけ声を落とす。


「俺が呼ぶ。必要な時は、俺が呼ぶ」


胸がきゅっと鳴る。

私は頷いて、掌の金属片――受領番号の刻みを握り直した。


数字。角。冷たさ。

私はそこに戻れる。




受付で、エリオットが淡々と申請書を出した。


「記憶干渉鑑定の申請。対象はアルヴィス伯爵令嬢。発生状況は“保護拘束中の無記録処置”。併せて、香炉残滓と空気の保全採取を申請します」


受付官が書類を確認し、眉を動かす。


「……教会絡みですね」


「だからです」


エリオットは一字一句、崩さない。


「密室で処理されたなら、密室で塗り替えられる。ここは国の形式で残します」


受付官が頷いた。


「受領します。受領番号を付与」


札が出る。数字が付く。

その瞬間、私の視界が少し締まった。


(私は、ここにいる)


リュカが短く言う。


「採取班、すぐ出せ。空気は時間が経つほど薄まる」


言い方が命令形で、でも不思議と安心する。

“危険物は俺が持つ”の人だ。




鑑定室に通されると、白い石の箱に机が一つ。

その上に、透明な瓶と封蝋、薄い布袋が並べられていた。


鑑定官はまず、形式を確認する。


「対象者確認。氏名――」


喉が詰まった。


(言えない)


私は口を開いて、音にならない空気を吐いた。


「……」


その瞬間、鑑定官の目が僅かに鋭くなる。


「……本人確認の代替は?」


エリオットが即答した。


「本日朝の王城文書所の口述記録控え。受領番号付き。本人署名もあります」


「提示を」


紙が出される。封印が割られないよう、立会いの下で開かれる。

鑑定官が受領番号を読み上げ、記録官が写しを取る。


「……本人署名、筆跡一致。よろしい」


鑑定官が私を見る。


「発声に異常が出ています。これは“意思”ではなく“阻害”の可能性が高い」


(阻害)


つまり、私が怯えて黙ってるんじゃない。

外から削られた結果だ。


胸の奥が、少しだけ熱くなった。


カイルが背後で低く言う。


「今の一言、記録だ」


記録官のペンが、さらさらと走る。




鑑定は、残酷なほど淡々としていた。


質問が飛ぶ。

私は答えようとする。

答えられるものと、答えられないものが、はっきり分かれる。


「年齢」

「家名」

「今日の日時」

ここまでは言える。


「氏名」

そこで舌が止まる。


鑑定官が頷く。


「特定語彙のみの発話阻害。呪いではなく“記憶と発声の接続”を切っている」


リュカが横で短く言った。


「清め香に混ぜる手口だ。台帳の触媒と同系統」


鑑定官が目を細める。


「……同系統なら、痕跡が出る。採取班」


扉が開き、採取班が入る。

持ってきたのは、封印済みの小瓶と布袋。


「北塔保護室の空気採取」


採取班が読み上げる。


「採取日時、採取者名、立会い名――」


名が並ぶ。

私の味方の名が、紙に落ちる。


(人の目が、鎖になる)


小瓶に空気が封じられ、封蝋が押され、術式印が重ねられる。

剥がせば割れる。


次に布袋。香炉の残滓(=燃えカス)が入っている。


「封印、良好」


鑑定官が匂いを嗅がずに言い切った。


「匂いではなく、成分で見ます」


机の上で、残滓が溶媒に落とされる。

術式盤に置かれ、光が一瞬だけ走った。


その瞬間、私の視界が――少しだけ揺れた。


(……また薄く――)


私は反射で金属片を握る。


角が刺さる。戻る。


カイルの声が落ちた。


「息を吸え」


短い命令で、世界が戻る。


(私は、ひとりじゃない)




鑑定官が、結論を急がずに言った。


「予備所見」


紙に落とすため、わざとゆっくり。


「香炉残滓に“聖性触媒”の混入。台帳に使用された触媒と同系統。加えて、対象者の発話阻害が一致」


エリオットがすぐに問う。


「違法性は?」


鑑定官は躊躇せず言った。


「宗教行為の範疇を超えています。これは“記憶干渉”。許可なく行えば侵害。王城の保護拘束中に行われたなら、なおさら重い」


(……言った)


“侵害”と、国の口が言った。


私は喉が震えた。

嬉しいのに、怖い。これを言わせた瞬間、敵は必ず潰しに来る。


リュカが低く言う。


「公開鑑定の前に、これを“告示”にしろ」


エリオットが即座に繋ぐ。


「予備所見でもいい。『記憶干渉の疑い』として公表し、公開鑑定と同日に“併催(=同時開催)”を申請します」


鑑定官が頷いた。


「可能です。公開の場で読み上げます。――対象者本人の口頭説明は不要」


私は小さく息を吐いた。


(私が喋れなくても、勝てる形)


それが、私の戦い方だ。




そのとき、扉がノックされた。


「鑑定官殿。正教会より“停止要請”が到着しました」


空気が凍る。


(来た)


エリオットが笑わずに笑った。


「停止要請。つまり、止めたい」


鑑定官は封を切り、目を走らせ――淡々と言った。


「却下します」


一言。


強い。


「ここは魔術省。国の鑑定です。宗教組織が止める権限はない」


紙が机に置かれる音が、やけに大きかった。


カイルが低く言う。


「その却下も、記録だ」


記録官のペンが走る。


(鎖が増えた)


でも敵は、止められないなら別の手で来る。


――“本人”を潰す。

――“公開の場”を潰す。

――“証拠”を割る。


リュカが私の手の金属片を一度だけ見て、短く言った。


「次は、封印を割りに来る」


エリオットも頷く。


「公開鑑定の当日、搬送中が一番危ない。封印を割れれば『汚染された』と言える」


カイルが一歩前へ出た。


「護送は騎士団がやる。ルートも複数。――令嬢は俺の視界から外さない」


その言葉が、胸に刺さった。盾の宣言。


私は頷き、木枠の刻みを思い出す。


S・A。○。


(私はここにいる)




帰り際、鑑定官が封蝋を押した封筒を差し出した。


「予備所見の写し。封印済み。受領番号付き」


数字が付く。

紙が喋れる形になる。


私は封筒を受け取って、言えないはずの言葉を心の中で言った。


(ありがとう)


口にできなくても、心は残っている。


王城の公告板に、夜、二枚目の告示が貼られる。


《告示:記憶干渉鑑定(予備所見)》

北塔保護室にて、許可なき“記憶干渉”の疑い。香炉残滓に触媒混入。対象者に特定語彙の発話阻害を確認。

本件は公開鑑定に併催し、鑑定官が記録に基づき読み上げる。


ざわめきが起きる。

“奇跡”が、初めて“疑い”として国の文字になった。


その直後。


伯爵邸へ戻った私たちを待っていたのは、新しい召喚状だった。


差出人は――王太子。


内容は、短い。


「公開鑑定を延期する。明朝、王城へ来い」


エリオットが紙を見て、静かに言った。


「次に潰す罠は――“延期”です」


延期は、時間を奪う。

時間を奪われれば、私の記憶が先に削れる。


カイルが私を見る。


「行くか」


私は喉の空白を抱えたまま、金属片を握った。角が刺さる。


そして、頷いた。


(行く)


(延期させない)


――“紙で勝つ”ために、明朝は“王太子の口”をもう一度、記録で縛る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ