第23話 保護拘束
「保護拘束」
父の口からその言葉が出た瞬間、書斎の空気が凍った。
保護。
拘束。
矛盾した二つの言葉を繋げた瞬間、いちばん厄介な形になる。
“守るためだから”で、何でもできる。
エリオットが封筒を受け取り、封蝋と印を確かめる。視線がほんの少しだけ鋭くなった。
「……王城法務官の印。しかも“緊急”。これは、今日中に執行されます」
カイルが一歩前へ出る。
「理由は?」
エリオットが文面を読み上げる。
「『祝福の儀における混乱、および心身の不調により、令嬢の判断能力が損なわれている可能性がある。公序維持のため、一時的に保護する』」
心身の不調。
(削りの匂いを嗅がせた上で、これ)
流れが見えすぎていて、吐き気がした。
リュカが短く言う。
「つまり、お前を“喋れない場所”に閉じ込める」
「公開鑑定の前に、消す」
エリオットが淡々と補足した。
「本人がいなければ、告示は『暴走した令嬢の妄言』にできる。――そして公開鑑定は延期、もしくは中止」
父が机を叩いた。
「ふざけるな! 王城が教会の手先になるのか!」
「怒りは後です」
エリオットが冷静に言う。
「今必要なのは、拘束の形式をこちらで縛ること」
私は息を吸った。胸の奥が冷たい。でも、冷たい方がいい。熱いと判断を誤る。
「拘束される前に、何を残せる?」
エリオットは迷わなかった。
「二つです。
①拘束の“執行者名”と“場所”を確定して記録に残す。
②拘束の理由が『判断能力』なら、逆に“判断能力がある”証明を公の形式で出す」
「……証明?」
「医師ではなく、王城記録官です」
エリオットが言う。
「記録官の前で、あなたが自分の意思で告示し、申請し、署名できることを確認させる。つまり『正常に手続きできる』を記録に落とす」
私の喉がひりついた。
(署名)
また署名。
でも、これは誓文じゃない。私を縛る署名じゃない。私を守る署名。
私は手袋の内側の爪痕を押して、頷いた。
「やる。今すぐ」
カイルが言う。
「護衛を付ける。俺が同行する」
リュカが私の手に金属片を押し込んだ。受領番号の刻み。
「握れ。ぼやけたら戻れ」
ノアがいない。教会内部の味方は見えない。だから、国の形式を最大にする。
王城文書所。
昼前の廊下は、人が行き交い、紙の匂いがする。
私はその匂いに少し救われた。祈りより、紙の方が現実だ。
「アルヴィス伯爵令嬢、セレナ様」
記録官が無表情で頭を下げる。
エリオットが先に言った。
「“保護拘束”の手続きが回っている。執行前に、令嬢が判断能力を保っていることを、形式として記録に残したい」
記録官の目が僅かに動く。
「……内容は?」
私は短く言った。
「私は公開鑑定の告示を出しました。今後も手続きで争います。拘束に同意しません。――以上を記録してください」
記録官が頷き、紙を広げる。
「口述記録として作成します。署名を」
(署名)
私は深呼吸し、ペンを握った。
その瞬間、鼻の奥に甘い匂いがした。
(来た)
祈りの匂い。削りの匂い。
ここは王城なのに――。
視界が滲む。言葉が薄くなる。
(私は……何を書こうとしてる?)
手が止まる。
そのとき、カイルが私の手首に指を置いた。
強くない。逃げないように固定するだけ。
「息を吸え。名前」
命令形。短い。
私は金属片の角を握り、痛みで戻って、声に出した。
「セレナ・アルヴィス」
「書け」
私は書いた。
セレナ・アルヴィス。
署名が紙に落ちた瞬間、霧が少しだけ引いた。
(よし。残せた)
記録官が淡々と読み上げる。
「令嬢は公開鑑定の告示を行った。拘束に同意しない。判断能力は保たれている――」
エリオットが即座に言う。
「控え二通。封印。受領証」
記録官は頷き、封蝋を押し、受領証を出す。
数字。受領番号。
(数字が、私を繋ぐ)
私は受領証の番号を見て、息を整えた。
帰り道、王城の回廊で、法務官が待っていた。
青い顔。けれど、職務の顔。
「セレナ様。……保護拘束は、本日夕刻に執行されます」
「執行者は」
私はすぐに問う。形式を確定する。
法務官が渋る。
「……王城治安局と、正教会立会いの共同」
共同。
(国の形で、教会を入れる)
私は頷いて見せた。
「場所は」
「……北塔の保護室」
北塔。
閉じた場所。喋れない場所。
エリオットが静かに言った。
「今の発言も記録官に」
法務官が顔色を変える。
「……そこまでは」
「そこまでです」
私はきっぱり言った。
「執行者名、場所、時刻。――それがない拘束は誘拐と同じです」
法務官は唇を噛み、結局、口述記録に応じた。
紙に落ちる。封印される。受領番号が付く。
(鎖が増えた)
伯爵邸に戻ると、夕方の光が長かった。
でも、長い光は落ちる。
夕刻は来る。
カイルが私の前に立ち、低く言う。
「令嬢。夕刻の執行、俺は止められないかもしれない」
「分かってる」
私は頷いた。
「止めるんじゃなくて、縛る」
リュカが短く言う。
「拘束されるなら、拘束先に“封印”を仕込め」
「……どうやって?」
リュカは私の掌に、小さな粉袋を乗せた。
「封印粉。床に撒けば、術式が残る。誰が出入りしたか痕跡が出る」
エリオットが続ける。
「拘束中に“何が起きたか”を後で証明できる。――それが重要です」
私は粉袋を握りしめた。
(私が消されても、痕跡は残る)
カイルが、ほんの少しだけ声を落とす。
「……怖いか」
怖い。
でも怖いと言ったら、怖さだけが残りそうで。
私は小さく笑って言った。
「怖いから、形式で勝つのよ」
そのとき、玄関の鐘が鳴った。
重い音。
執事長が青い顔で走る。
「セレナ様……王城治安局が到着しました。正教会の立会いも――」
来た。
私は立ち上がり、粉袋を袖に隠した。笛を胸に確認する。金属片を握る。
そして、門の向こうの足音に向けて、言った。
「……押収調書みたいに、拘束調書を作らせる」
消される前に、署名を残した。
次は――消される場所に、痕跡を残す。




