表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端の奇跡でやり直し。~正教会が世界を染める前に、私が潰します~  作者: 綾瀬蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/50

第21話 押収調書


「……私は、受理していません」


その一言で、大聖堂の空気がひっくり返った。


ざわめきが波になり、貴族席の扇が止まり、民の視線が一斉に壇へ刺さる。

聖女エレノアは微笑みを貼り直そうとして――貼り切れなかった。


「誤解が生じました。書記が混乱を避けるために――」


言い訳の言葉は甘く、だから危険だ。

甘い言葉は、すぐ空気を塗り替える。


(塗り替えさせない)


私は台帳――受理簿の机から目を離さず、声を大きくした。


「今の発言を、記録に残してください。『受理していない』――これが事実です」


司祭の一人が息を呑み、護教兵の肩が動く。


次の瞬間、カイルが前へ出た。


「騎士団が預かる」


淡々とした声なのに、槍より重い。


「受理簿は証拠物だ。動かすな」


護教兵が一歩踏み出しかけた。

だが、その前にノアが壇の影から出て、静かに言った。


「触れないでください」


声は柔らかいのに、背筋が冷えるくらい正確だった。


「いまここで取り上げれば、あなた方は“証拠隠滅”になります。信仰の名で、そんなことをしますか」


護教兵の足が止まる。

貴族席の空気も止まる。


(よし)


私はここで、もう一段だけ“鎖”を作る。


「押収調書(=何を誰が預かったかの証明)を作ってください」


司祭の眉が跳ねた。


「ここは大聖堂です!」


「だからこそです」


私は言い切る。


「今、ここには国の民も貴族もいます。勝手に持ち去ったら、また“提出したことにする”のと同じになります。――預かるなら、証明を」


カイルが短く頷いた。


「作る。法務官を呼べ」


すぐ脇にいた王城の法務官が前へ出る。今日の儀に“形式の監視”として来ていた男だ。彼は無表情のまま、紙とペンを取り出した。


「物件名」


「受理簿。日付欄のあるページ」


私が答え、すぐ続ける。


「押収の理由は、“虚偽記載の疑い”。押収者は騎士団。立会いは――ここにいる皆」


法務官がペンを走らせる。

カイルが受理簿の机に近づき、触れずにページの端を示した。


「このページを含む台帳一冊、封印して預かる」


リュカがどこからか現れて、短く言った。


「封印は俺が掛ける。剥がしたら割れるやつで」


「触れるな!」と司祭が叫びかけたが、叫びは声にならなかった。


さっき「受理していない」と認めたばかりの台帳だ。

ここで奪い返せば、“嘘”が確定する。


リュカが封蝋の上から術式印を押した。小さな音。空気が乾く。


「これで改ざんは痕跡が残る」


法務官が淡々と読み上げる。


「押収調書:受理簿一冊。押収日時――」


その数字が耳に入った瞬間、頭の奥がふっと白くなった。


(……日時? 今、何日?)


輪郭が溶ける。

自分の足元が、少し浮く。


甘い匂いがまだ残っている。削りが、薄く息をしている。


私は反射で、握っていた金属片の受領番号を指でなぞった。角が刺さる。


(戻れ)


息が戻った。


その瞬間、カイルが私の隣で低く言った。


「ここだ。戻れ」


命令形の一言が、盾みたいに胸に刺さる。

私は頷き、法務官へ言った。


「控えを二通。ひとつは王城保管、ひとつは私へ」


「了解」


ペンが止まらない。

押収調書が完成し、立会い署名の欄が回る。


貴族が、民が、名前を書く。

“人の目”が、紙に落ちて鎖になる。


ノアが最後に署名をした。枢機卿の息子の名は、重い。


「これで、教会は『知らない』と言えません」


ノアは私にだけ聞こえる声で言った。


その一言が、胸の奥を熱くした。

恋の言葉じゃない。けれど、私を“世界に残す言葉”だった。




受理簿が封印され、騎士団の手に移った瞬間、聖女はようやく壇へ戻った。


微笑みは戻した。戻したが、目の奥が硬い。


「……祝福の儀は続けます。混乱は、神が清めましょう」


清め。


その言葉がまた、甘く刺さる。


(空気で塗り替えるつもり)


私は一歩前へ出て、最後にもう一つだけ、釘を打った。


「皆さま。今ここで確認します」


声を張る。


「聖女様は『受理していない』と認めました。よって私は、誓文を提出していません」


ざわめきがもう一度、確信へ変わる。


「提出してないって言ったぞ」

「じゃあ“提出した”って誰が……」

「受理簿に名前があるのは何なんだ」


聖女の微笑みが、ほんの一瞬だけ歪んだ。


その瞬間、私の耳元でリュカが低く言った。


「今のうちに出ろ。空気が塗られる前に」


エリオットも、別角度から囁く。


「勝利はここで十分です。次は“場外”で詰めましょう。鑑定と王城記録で」


私は頷いた。


(勝ち逃げじゃない)


(次の勝ち方のための撤退)


カイルがすっと前に出て、人波を割る。

私はその半歩後ろに入った。


――そのとき。


袖が、軽く引かれた。


振り向くと、ノアがそこにいた。人の目がある距離で、でも指先だけが私の袖を止めていた。


「セレナ様」


呼び方が少しだけ柔らかい。


「……燃えないでください。あなたが燃えたら、信仰が汚れます」


胸の奥が、きゅっと鳴った。

私は頷く。


「燃えません。――あなたも、無理しないで」


ノアは一瞬だけ目を見開き、すぐ小さく頷いた。


(恋愛の余裕なんてない)


(でも今の一言は、命綱みたいに効いた)




大聖堂の外へ出た瞬間、空気が変わった。


冷たい風。祈りの匂いが薄れる。

その薄れた分だけ、頭の中の霧が少し晴れる。


私はカイルに短く言った。


「押収調書、控えは?」


「ここだ」


彼が差し出す封筒は、封印済み。剥がせば割れる。

私はそれを胸に抱えた。


(これで、“受理簿があった”ことが残る)


(そして、“聖女が受理していないと認めた”ことも残る)


――なのに。


背後から、聖女の声が追ってきた。


「セレナ様」


振り返ると、白い外套が扉の影に立っている。笑顔。慈悲。

その慈悲が、今は刃に見える。


「あなたは紙で勝ったと思っている」


胸の奥が冷える。


「でも、“奇跡”は紙より強いのです」


その瞬間、風が止まった。


音が一瞬だけ遠くなる。

私の指先から、受領番号の金属が――ぬるくなった。


(……来る)


視界がわずかに揺れ、頭の奥の引き出しが勝手に開きかける。

言葉がほどける寸前。


カイルが、私の前に立った。


「令嬢」


低い声。短い命令。


「息を吸え。鳴らせるか」


私は笛を握り、吸って――吐いた。


(まだ鳴らさない)


(鳴らすのは、“奇跡”が形になった瞬間)


私は聖女を見返し、声を落とさず言った。


「奇跡でも、受領証は出せます」


聖女の微笑みが、冷たく薄くなる。


「……では、次はあなたの“記憶”に出します」


ぞくり、と背骨が震えた。


(目的は最初からこれだ)


紙を消す。証拠を消す。

そして最後に――私自身を消す。


聖女はゆっくり扉の奥へ引いていく。

背中で言った。


「次の儀で、あなたは自分の名前を言えなくなる」


扉が閉まり、祈りの音が外気に遮られる。


私は息を吐き、金属片の角をもう一度なぞった。


(次は“奇跡”そのもの)


エリオットが静かに言う。


「受理簿は押さえました。次は鑑定を“公開”にしましょう。密室では、奇跡に塗られます」


リュカが頷く。


「魔術省で開く。公開鑑定。立会いを付ける」


カイルが一歩前へ出る。


「そして、令嬢を一人にしない。……今度こそ、絶対に」


その言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなった。


私は頷く。


「次に潰す罠は――“奇跡で記憶を奪う”」


紙で勝った。

次は、紙を超えてくる相手に――それでも“形式”で勝つ。


私は封印の束を抱え直し、王城へ向けて歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ