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異端の奇跡でやり直し。~正教会が世界を染める前に、私が潰します~  作者: 綾瀬蒼


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第17話 封印の束


伯爵邸に戻ると、まず最初に私は机の上へ議事録の控えを置いた。


封蝋。その上の術式印。剥がせば割れる。割れれば改ざんが露見する。


それだけで、胸の奥が少し楽になる。


(私は、もう自分の頭の中だけで戦っていない)


「……これが“王太子の口”か」


父が、触れない距離で紙束を見下ろす。


「ええ。聖女が『提出した』と言った。殿下がそれを“確認した”。――この事実だけで、三日後の舞台は変わる」


言いながら、私は一瞬だけ言葉につまった。


(……殿下の言い回し、正確に思い出せる?)


霧がかかる。細部が滑る。


でも、紙がある。


私は議事録の端を指で押さえ、感触で戻った。


「今は、これが私です」


自分でも驚くほど、声が落ち着いていた。




書斎には、いつもの三人が揃っていた。


カイルは扉の近く。立ったまま周囲を守る位置。

エリオットは机の対面。紙と導線の位置。

リュカは窓際。封印と危険物を扱える距離。


「三日後の祝福の儀、向こうは“提出済み”の体で始めます」


エリオットが淡々と言った。


「つまり最初の一撃は、こうです。『提出したのに反故にした』。――信用を焼く」


「焼かせない」


私は即答した。


「そのために、持ち込み用の“証拠束”を作る」


リュカが目を細める。


「束?」


「開ける順番まで決めた封筒の束。全部、封印して改ざん不能にする。大聖堂で言い逃れされないように」


カイルが短く言う。


「持ち物検査が来る」


「……来るでしょうね」


私は息を吐いた。


(だから“束”が必要)


エリオットが紙を一枚出し、項目を三つ書いた。


「大聖堂で勝つには、“その場で理解できる”証拠だけ持ち込む。長い説明は要らない。名詞で殴る」


そして、私を見て言う。


「令嬢が掲げる名詞は、もう決まっています。――受領証/控え/議事録」


私は頷いた。


「そこに、魔術省の鑑定を足す。黒い触媒(=聖性を上塗りする液体)」


リュカが鼻で笑う。


「そいつは俺が持つ」


「危険だから?」


「危険だから“俺が持つ”」


言い切り方が、支配欲みたいで、でも頼もしい。私は頷くしかない。


「……お願い」


リュカは、封筒を受け取るとき、私の指先に触れないように掴んだ。まるで“触れたら削れる”ことを知っているみたいに。


その配慮が、胸に残る。




そこへ、執事長が新しい書状を持って駆け込んできた。


「セレナ様。枢機卿府より――ノア様からです」


封蝋は無色。個人印。私はすぐ封を切った。中身は短い。


> 統合派、祝福の儀の後に“告解出頭命令”を準備。

> 誓文が成立した体なら、あなたの“署名権停止”を王城へ要請できる。

> 受領証は偽造される可能性が高い。偽造の鍵は“受理簿(=受け取った記録帳)”。


告解出頭命令。


署名権停止。


昨日エリオットが言った“具体”が、教会側の手順として裏づけられた。


私は紙を握る。


(誓文が通る=私は手続きを奪われる)


(それが本丸)


カイルの声が硬くなる。


「……出頭命令。合法の鎖だ」


エリオットが頷く。


「出なければ異端。出れば監視。どちらでも縛れる。――だから、祝福の儀で折るべきは“受領”です」


リュカが低く言う。


「受理簿ってのは、教会側の台帳だな。そこに偽名で書けば、提出済みにできる」


「できないようにする」


私は言った。


「偽造するなら、偽造した瞬間にバレる“針”を仕込む」


エリオットがすぐに拾う。


「王城文書所に、“受領証が提出されたら通知”の手続きを入れられます。提出された瞬間に記録が走る。走らなければ、提出されていない」


「それ、できる?」


「できます。法務官と話せばいい」


よし。小さな勝ち筋。


私は頷き、すぐに言う。


「今日中にやる。――ノアにも返信。受理簿の様式、分かる範囲で教えて」


執事長が走る。




その夜、私は“証拠束”を作った。


封筒は四つ。


1)議事録控え(王太子が“提出済み主張”を確認した証拠)

2)公告板の控えと受領証(私は提出していないと国で固定した証拠)

3)公開質問の控えと受領証(受領証を出せと国で突きつけた証拠)

4)魔術省鑑定書の写し(黒い触媒=偽装の証拠)


それぞれに封蝋。立会い署名。最後にリュカの術式印。


封印が“生きる”小さな音がして、私は息を吐いた。


(これが私の武器)


(同時に、私の命綱)


書き終えるたびに、手の甲が少し痺れる。

記憶の引き出しが、どこかで軋む。


私はそのたびに、カイルが渡してくれた小さな笛を握った。


「合図だ」


昼に彼が言った。


「息が詰まったら鳴らせ。俺が踏み込む。――一人で抱えるな」


笛は冷たい金属なのに、握ると温かくなる気がした。


(……恋愛なんて、余裕ないのに)


(こういうのが、いちばん効く)




そして翌朝。


大聖堂から“正式な通達”が届いた。


白い封蝋。丁寧な文章。だからこそ、罠が混ざる。


執事長が読み上げる。


「祝福の儀に際し、参列者の持ち物を検査する。書類・封筒・記録媒体の持ち込みを禁ず。……また、儀式の秩序維持のため、立会いの同伴は認めない――」


立会いなし。


持ち物検査。


つまり、私から“外部の証拠”を奪い、私を一人にする。


私は笑ってしまった。乾いた笑い。


「……分かりやすい」


エリオットが淡々と言う。


「持ち込み禁止なら、“持ち込まない”で勝てる形にしましょう。証拠束は、既に王城と財務と魔術省に分散預託できる」


カイルが一歩前へ出る。


「同伴不可? 知るか。王城の名で立会いを付ける。拒むなら、拒んだ事実を記録する」


リュカが封筒束を持ち上げ、短く言った。


「これ、俺が預かる。大聖堂の前で必要な分だけ出す。中に持ち込まなくてもいい」


私は頷いた。


そして、自分でも驚くほど冷静に言った。


「次に潰す罠は――持ち物検査と孤立化」


紙が消される。なら、紙を外に置く。

一人にする。なら、同伴拒否を“記録”にして、相手の手続きを折る。


私は手袋の内側の爪跡をなぞり、心の中で固定した。


(私は提出していない)

(受領証を出させる)

(告解の鎖を、ここで折る)


三日後。


大聖堂。


――次は、私の手から紙を奪う“検査”を、私が形式で潰す。

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