第14話 公告という刃
「証拠を“見せる場所”を作る」
私の言葉が書斎に落ちた瞬間、誰も笑わなかった。
笑えるはずがない。相手は、出していないものを「出した」と言い張り、紙を消し、言葉を曲げる。
勝つには――皆が見て、皆が覚える形にするしかない。
エリオットが机を軽く叩いた。
「場所は一つ。王城の公告板です」
「公告板……?」
「民が毎日見る掲示です。税も罰も、あそこに貼られた文字は“国が認めた事実”になる」
リュカが冷たく付け足す。
「紙を消される?」
「公告は消しにくい」
エリオットは即答した。
「掲示の控えが文書所に残る。受領証(=受け取った証明)も出る。改ざんしたら役所と喧嘩になる」
カイルが頷く。
「騎士団が警護できる。掲示の瞬間を守ればいい」
父が低く言った。
「教会が怒るぞ」
「怒らせます」
私は言い切った。
怒りは言葉を荒くする。手続きを雑にする。――雑になった瞬間が、こちらの勝ち筋だ。
私は紙に、短く書いた。
『私は誓文を提出していない』
『受領証と控えが出る形以外では提出しない』
「文は短く。言い逃げできない形で」
リュカが目を細める。
「短いほど、変な仕掛け(=術式)を入れにくい」
エリオットも頷く。
「短いほど、民が読む。説明が長いと、読む前に飽きる」
(そうだ)
私は説明で勝つんじゃない。
“事実”を先に打ち込む。
王城前の広場は、人の目でできた壁みたいだった。
城門前。商人、兵、貴族の従者、子どもまで――掲示が貼り替わるたびに皆が顔を上げる場所。
そこへ私が立てば、視線が集まる。
「ここで……やるのか」
父が小さく呟く。
「ここでやる」
逃げれば、教会の噂が先に広がる。
なら、私が先に“国の文字”にする。
文書所の法務官は無表情のまま申請書を受け取った。
「公告申請。内容は」
私は短く答える。
「誓文は提出していない。提出するなら、受領証と控えが出る手続きで。以上」
法務官の眉が僅かに動く。
「……正教会絡みだな」
「はい」
「なら尚更、形式を整える。控え二通。受領証発行。立会い署名」
ペンが走り、封蝋が押される。
受領証が差し出される。
――“提出していない”が、王城の手続きで固定されていく。
リュカが控えに封印印を押した。小さな音。いじれば割れるやつだ。
「これで改ざんは痕跡が残る」
「ありがとう」
掲示係が公告板へ紙を運ぶ。
その瞬間、広場がざわめいた。
「アルヴィス伯爵令嬢だ」
「正教会と揉めてるって……」
「え、誓文出してないの?」
私は掲示板を見上げた。
貼られた紙は、二行。
《公告》
アルヴィス伯爵令嬢セレナ・アルヴィスは、正教会より求められる「悔い改めの誓文」を本日時点で提出していない。
提出を求められても、王城文書所にて受領証と控えが発行される手続きが整わない限り、提出しない。
たった二行。
でも、この二行は強い。
“教会の言葉”じゃない。――“国の言葉”だ。
エリオットが私の耳元で言った。
「これで『提出した』と言い張った時点で矛盾が出ます。どちらかが嘘になる」
「嘘をつけない形を作った、ってことね」
「ええ。嘘をつくのは、証拠を出せない側です」
そのとき、人の輪の向こうで白い外套が揺れた。
聖女エレノア。
ざわめきが波のように彼女へ寄る。
“光”が来た――そんな反応。
聖女は微笑み、私へ手を重ねる。
「セレナ様。……ここまでして争いたいのですね」
私は微笑まなかった。
「争っていません。公告しただけです」
聖女の睫毛が一度だけ揺れる。
「神聖な誓いを、国の掲示板に……」
「形式だけなら問題ないはずです」
私は言葉を被せた。
「形式なら、受領証が出ても困らない。形式なら、控えが残っても困らない」
周囲の囁きが増える。
「形式って言ってたよな?」
「じゃあ何で嫌がる?」
「形式じゃないのか……?」
聖女は一歩近づいた。
あの冷たい空気が肌を撫でる。
「あなたは、繰り返すほど薄くなる」
私の視界が一瞬、ぐらりと揺れた。
(来た)
思考がほどける。今どこにいるのかさえ薄くなる――けれど。
私はもう、紙だけを信じない。
私は、ここにいる“人の目”を信じる。
私は公告板を指した。
「聖女様。あなたが『提出した』と言うなら――受領証を出してください」
空気が止まった。
受領証。受け取った証明。
それがないなら、提出は成立しない。
聖女は微笑みのまま、ほんの少し間を置いて言った。
「受領証は、神の御前では――」
「ここは王城前です」
カイルの声が落ちる。淡々として、だから刃みたいだ。
「神の御前ではなく、国の御前だ。国の手続きに従えないなら、この場に立つ理由もない」
人の波が動く。視線が聖女の背中へ刺さる。
聖女は微笑みを深くして、退いた。
「……三日後の祝福の儀で、お話ししましょう」
逃げた。
でも――逃げたこと自体が、広場に残る。
エリオットが小さく息を吐く。
「今の撤退は痛い。民は見ています」
私の胸の奥に熱が灯る。
(ざまぁは、相手を殴ることじゃない)
(相手が“言えなくなる形”を作ること)
私は公告板を見上げた。二行の文字が夕日に乾いている。
消されるなら、増やす。
奪われるなら、分ける。
信用を焼くなら、先に“国の目”に焼き付ける。
私は小さく言った。
「次は、大聖堂の中で折る」
聖女の“奇跡”を。
そして、私を焼くための色を。




