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黒い死に化粧

 ◆


ウルワしき美女の危機に、闇夜仮面マスクオブザダークネス、見参!」


  シアリスが積み上がった木箱の上で、ポーズを取りながらそう叫ぶと、盗賊たちの視線は一斉にそこに注がれた。


(決まった……)


  シアリスの格好は今、黒い覆面にマントに覆面と、一昔……、二昔前のヒーローの姿真似ていた。どうせ、目立つのならば、劇的な方が効果的だ。実利を考えた結果なのだが、視線の反対側、トピナを救出する役の身を潜めているオノンの視線が痛い。


「ガキ……? 誰だ、見張りはどうした! さっさと捕まえろ!」


  手下たち数人が木箱を登ってシアリスを捕らえようとするが、シアリスは木箱を蹴り落として登ってくるのを妨害する。


「ちっ、商品壊しやがって……。おい、ボウガンもってこい、ボウガン!」


  モキシフがヒステリックに叫ぶ。

  突然と現れた小さなヒーローに盗賊たちは翻弄される。近付こうにも、超絶的なバランス感覚で、木箱間を跳び回って逃げてしまう。

 オノンは慌てふためく盗賊たちから隠れながら、トピナになるべく近付いた。彼女の周囲を取り囲み、回るあの魔道具さえどうにかすれば、あとはなんとでもなるはずだ。

  どうすれば良いのか考えている時間はない。トピナの限界は近いし、シアリスの囮も長くはもたない。いや、彼なら問題はないか。ここにいる人間たちをすぐにでも皆殺しにできるはずだ。それをしないと言うことは、こちらに気を使ってくれているのだろう。


「火の精霊よ、力を貸してください。友を捕らえるクサビを飛ばし、破落戸ごろつきに罰をお与えください」


  髪の一房をナイフで切り、それに息を吹き込むと、髪の毛は矢の形となった。それを愛用のショートボウに番える。


「火の精霊よ、お願いします。爆ぜて、燃やして、灰燼カイジンと化して。この倉庫を燃やし尽くして、やつらが二度と立ち直れないように」


  エルフ特有の魔法、精霊術。エルフ族は精霊と対話し、その力を借りることができるのだ。

  オノンは物陰から飛び出し、矢を放った。狙った先は盗賊ではない。トピナである。矢は彼女の張った魔術の防壁に当たると、爆炎を伴って辺りのものを吹き飛ばした。

  衝撃波が倉庫に伝わる。相当な音が響いただろうから、もう隠密はできない。

 火は延焼を始め、ここは間もなく焼け落ちる。これだけいきなり炎が広がれば、その中にいる者はただでは済まない。だが、炎は人を燃やさなかった。近くにいたモキシフは吹き飛ばされただけで、服すら焦げていなかった。

  突然の出来事が続くが、そこは流石の盗賊の頭である。打ち付けた背中を庇いながらも、状況をまとめようする。


「敵襲! 武器を取って……」


  言い終える前に、その顔面は粉塵の中から伸びたトピナの手が、その口を塞いだ。


「いいようにやってくれたな、テメェ……。このモドキ野郎が!」


  モキシフの顔が指の間から血を吹き出して破裂する。皮膚が割れ、骨が露出するが、致命傷ではない。絶叫し、彼は倒れ込んだ。それでも彼の判断力は鈍らなかったようだ。


「槍よ、貫け!」


  拳を突き出して呪文を唱える。モキシフの指輪の一つが槍の形となって、トピナに突き刺さる。いや、それは影に突き刺さっただけだ。

 彼女はそれを紙一重で躱し、槍が握られた手を取る。指先から閃光と亀裂が走り、それが腕の付け根まで届くと、腕はまるでロープのように捻れ、血飛沫を上げながらダラリと垂れた。もはや骨の形は残っていない。

  トピナの得意の破壊魔術である。

  流石のモキシフもその激痛には耐えられず、崩れ落ちるように膝をついた。返り血に染まったトピナが、その割れた顔面に硬いブーツの底を打ち付ける。


「もう少し痛めつけてやりたいが……、相方の方がキレててもう終わりらしい。バイバイ」


  手を振るトピナの後ろには、矢を継がえたオノンが目を光らせていた。紛れもない殺気とともに、矢が放たれる。この距離では避けることも防ぐことも適わない。

 血走ったモキシフの目は走馬灯を見たことだろう。しかし、その目に映ったのは、眼球を貫くことなく止まったヤジリだった。


「なんのつもり」


  怒気の孕んだオノンの言葉が、矢を手で握って止めたシアリスを貫く。


「お二人とも少し落ち着いて。こいつは生かしておかないと、後が大変……ですよ」

 

 オノンとトピナの眼光に睨まれたシアリスが言い淀む。オノンがとフゥと溜息をつく。


「そうね、さっさと脱出しましょう。ここもすぐに崩れ落ちるから」


  盗賊たちは何とか炎を消そうと躍起ヤッキになっているが、炎はまるで意志を持つかのように、荷物と倉庫だけを焼いていく。実際に意志を持っているのかもしれない。


「お、お前、一体」


  モキシフが何か喋ろうとするが、シアリスが指を動かすと押し黙った。意識を失い、昏倒する。


「自己紹介は後でも構わないでしょう、トピナさま。殿シンガリは僕がしますから、オノンさまについて行ってください」


  何やら怪訝そうな顔でトピナはシアリスを見つめるが、オノンが入ってきた通路に戻っていくのに気付いて、それについていく。シアリスはその後を、モキシフを引き摺りながらついて行った。


  ◆


  隠し通路を抜けて、海に出た。既に騒ぎは広がっており、暗いはずの倉庫街に人の怒号が響いていた。

 どうやらモキシフのアジトのひとつであった倉庫は、燃え上がる速度が早すぎて消火ができていないらしい。しかし、その炎が他の建物に延焼しないことを見抜いた者もおり、魔術師を呼べと言う声も聞こえた。

  そんな騒ぎを他所に、オノンたちは少し離れた暗い海岸で向き合っていた。


「それで、このガキはなんなの、オノン。闇夜仮面ってなんなの」


  乱暴な物言いでトピナが言った。オノンは鼻で笑って答える。


「闇夜仮面は私も知らないな。なんなのかしら? シアリス」


  シアリスは臆面もせず、キザったらしいお辞儀をしてみせる。


「闇夜仮面は、仮の姿。正義のためには、正体を隠す必要があるのです。って、そんなことどうでも良くない?」


  シアリスは影で作ったマスクを消した。トピナが妙な顔でこちらを見ている。彼は彼女を見て、ニッコリと笑ってみせる。


「シアリスと申します、トピナさま」


「な、な、な……」


「?」


  トピナはまるで獲物に襲いかかるようなときのように、目を輝かせた。


「なにこのカワイイいきもの! カワイすぎるぅ!」


  トピナがシアリスを抱き上げる。彼女はシアリスよりも頭二つ分は背が高い。オマケに筋肉質だ。オノンは彼女のことを魔術師だと言っていたし、実際に魔術を使っているのを見た。疑う余地はないが……。この世界の魔術師は、みなこんな感じなのだろうか。

  シアリスはトピナの胸の中で、無気力になってされるがままにしている。


「シアリスさまから、手を離しなさい」


  いつの間にやら現れていたファスミラが、シアリスのマントを掴んでトピナの回転を止めた。


「なんなの、この小娘は。人が楽しんでるのに、水を差さないで」


  トピナとファスミラの間で睨み合いが発生し、その隙間でシアリスは無言のまま虚空を見つめている。先程まで命の危機に晒されていたとは思えない、切り替えの速さに感心するべきだろうか。


「……元気そうでなによりね、トピナ。魔力傷が出ているわ。少し深呼吸しなさい」


「ああ、忘れてた! もう恐かったよぉ。ありがと、ホントありがとうね、オノン~!」


  シアリスを離したと思ったら、今度はオノンに抱きつく。オノンは慣れた様子で、背中をやさしく叩いている。


「いつもこんな感じなのですか」


  シアリスが問う。


「……戦いの後はこんな感じね。興奮状態で手が付けられない」


  オノンもトピナにされるがままにされながら、虚無の表情で答えた。なんとも緊張感がない。


「それで? そいつを生かしておいてどうするつもりなのか、聞かせてくれる?」


  オノンが指差して言うので、シアリスは地面に転がったモキシフを掴みあげる。

 モキシフは小柄とはいえ、シアリスよりも十分に大きい。それを片手で軽々持ち上げるのは、異様な光景だ。


「オノンさま、こいつは盗賊団の頭なんですよ? こいつの頭の中に詰まっているのは金のことだけじゃない。

 あれだけの倉庫を持っているのですから、他にもアジトはあるはず。団員の構成、流通ルート、仕入先、納品先、商売敵である他の盗賊団の情報……。殺してしまうには惜しい人材です。

 苛烈な拷問のあとにすべてを吐き出してから、死んでもらわないと。ああ、僕たちが拷問するわけじゃないですよ。憲兵に差し出せばいい。きっと懸賞金も貰えるはずです」


  美しい顔から発せられる冷徹な言葉に、オノンは背筋が冷たくなるのを感じた。トピナも同じだったらしく、少し冷静を取り戻している。


「おまえ、本当に何者だ。ただの子どもじゃないな」


  トピナが鋭くシアリスを見つめた。彼は答えず、貼り付けた笑みでオノンを見た。


「彼は……助けてくれた通りすがりよ。それ以上でも、それ以下でもない。ありがとう、シアリス。この貸しは必ず返すわ」


  シアリスは、オノンがトピナに、シアリスの正体を話すかと思ったが、そうはしないのようである。


「行きましょう、トピナ」


  トピナの手を引き、去ろうとするオノン。この場所も決して安全ではない。憲兵たちに見つかれば、長い時間を取られるだろう。それに早くこの少年から離れるべきだと本能が告げている。


「待って。この人を連れて行ってくださいよ」


  シアリスがモキシフを差し出してくる。


「な……。あなたが連れていくんでしょ。私たちは……」


「僕が連れて行っても怪しまれるだけじゃないですか。僕は子どもですよ。夜明けも近いし、融通の効かない兵士の相手をしている時間はないです。ああ、懸賞金はあなたたちで使ってください。僕はお金には困ってないので」


  オノンが答えに窮していると、トピナがモキシフを受け取ろうとする。


「わかった。こいつは確実に突き出してやる。ただ、懸賞金は山分けだ。必ず受け取りに来い」


「待って、トピナ、それは……」


  オノンが言うのを待たず、シアリスは礼儀正しい一礼を披露する。


「そうですか、わかりました。では、またいずれお会いしましょう。トピナさま、オノンさま」


  モキシフの脂肪のついた体を乱雑に放る。トピナがモキシフを預かるとき、一瞬目を離した隙に、シアリスは影となって消えた。


「で、何者なのよ。あれは。ただの人間ではないのはわかるけど」


  トピナがオノンに訊ねるが、オノンは首を横に振るだけだった。

  海岸線に残された二人は、不思議な少年が消えた海の闇を見つめた。



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