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狩り、殺害、捕食、

 ◆


 夜空に飛び立つ。

 今晩は三日月だが、それを背にすると影ができ、空襲がバレる可能性はある。獲物との位置関係に注意しなくてはいけない。

 シアリスは既に空の飛び方を熟知していた。風を読み、風を起こし、翼の形を変え、速度を上げる。羽音は一切たてることはない。その飛び方は蝙蝠コウモリというよりは、凧か、この世界にはないが飛行機に近い。

  ファスミラが影の中で、歓喜に震えた。夜景を見てそう思ったのか、獲物を見つけたのか。


「夜は美しい。微かな輝きがもっとも美しく生える時間だ。こうして化け物となっても、美しいと思える感性を保っていられるのは、ありがたいことだと思わないか?」


  ファスミラの歓喜の震えが止み、恐怖の震えが伝わった。小さく「はい」と聞こえる。ファスミラは肯定しかしないだろう。従徒は主人を否定できない。話しかけても、話を聞いても、つまらないだけだ。

 それでもシアリスは話しかけた。


「君が狩りに行きたいと言ったのだから、獲物は君が決めろ。ほら、そこに手頃そうなのかいるよ」


  シアリスは指差した。その先には、森の中を揺れる明かりが幾つか見えた。街道を外れ、馬車を連れて、夜間を行く武装した集団。恐らく、あの幌付き馬車の中には、奴隷が入っている。奴隷商のキャラバンだろう。

  この国では奴隷制、人身売買は禁止されている。だが、禁止されているからといって、なくなる訳ではない。

 貧しさのあまり子どもを手放す親から買ったり、浮浪児を攫っていったり、小さな村を襲って捕らえたりする。取り締まるはずの貴族たちの中にも、人身売買をする者さえいる。

 商人の中には厄介事の種である浮浪児を、捕らえて更生させていると、胸を張る者さえいる。吐き気を催す邪悪というやつだ。もっとも、そういう国だからこそ吸血鬼などが貴族としてのさばっていられるのだが。

  こういう者たちならば、いくら殺しても心は痛まない。


「血を……」


  ファスミラが静かに呟く。心からの肯定だと受け取る。血であればなんでも良いと伝わってくる。

  シアリスは羽を畳み、キャラバンから少し離れた位置に急降下する。それはただの落下だ。地面にぶつかり、激しい音をたてると思われたが、影となったそれは、森の闇の中に消えただけだった。

  影となり、キャラバンに音もなく近寄る。ファスミラは興奮しているものの、シアリスを差し置いて飛び出すほど狂乱はしていない。

  少し様子を見た。二台の馬車にそれぞれ馭者ギョシャがひとりずつ。様々な武装をした傭兵たちが八人乗った一台の馬車、そして騎馬が四騎、積荷の馬車は小さな物が一台で、他に積荷もない。商人らしき姿見えなかった。

  何か妙だ。

  奴隷商と言うよりは、運び屋に近いのかもしれない。それにして厳重な守りだが、積荷からは人間の息遣いが聞こえる。それは何とか抜け出そうとする狂気を帯びていた。意に背いて運ばれていることは確実だ。

  聞き耳をたてる。蹄の音と、馬車の上で無駄話をする傭兵の小声を聞き取る。


「……あの顔、見たか? あんなもん見ちまった日には、瞼に焼き付いて眠れねぇよ」


「だから見るなっつったんだ。バカタレ」


「はぁ、むしゃぶりつきたいぜ。あの肌、髪、唇」


「やめとけ。やったら、仕置どころじゃねぇ。俺たち全員、生きたまま全身の肉を削ぎ落とされることになる。もしくは……」


「わーてる! わかってるよ! ああ、留守番に残りたかったぜ。はぁ、あれがお貴族さまのペットになるのかよ。あの魔女でも良かったのによぉ」


「はっ、あの魔女が大人しく犯される玉かよ。エルフもな。絶対、噛みちぎられるね」


「噛みちぎる……ね。お前ら、あのエルフがどうなるのか、聞いてないのか?」

  シアリスの影となった耳がピクリと反応した。今、エルフと言った。それに魔女。


「貴族はなぁ、ペットなんかにしねぇよ。エルフと言えば、アレだぜ。あんな、成りでも何百年は生きてるっていうぜ。不老不死ってやつだ。そんで支配欲が膨らんだ高貴なお方が考えることなんざ、知れてるさ」


「なんだよ、もったいぶんな」


「……喰うんだよ。エルフの刺し身がディナーってわけだ。なんでもエルフを喰ったら、エルフの不老不死の力が貰えるんだとよ」


「ほ、ほんとか? 不老不死?」


「気持ちわりぃ話すんな。魔物だとしてもメネルみたいな姿してるやつ喰えるかっての……」


  そこまでで話を聞くのを止める。

  どうやらあの幌付き馬車の中身はエルフらしい。人間以外にも、知性がある種族があるとは知っていたが、会うのは初めてである。吸血鬼をひとつの種族だとするならば別だが。

  しかし、エルフの肉を食えば不老不死になれる? そんな話は聞いたこともない。影の振動でファスミラに確認する。


(聞いたこと、ありません。けれど、私もエルフを見たことがありませんし、おとぎ話に聞いたくらいで……)


(エルフは珍しいのか?)


(大昔に、メネルとエルフの戦争があって、エルフは、ほとんど絶滅したとか。今はどこかの森の奥深くで、ひっそりと暮らしている、とは聞いたこと、あります)


  そういえば本で読んだ。魔大戦。それを読んだときはただの小説か何かだと思って気にも留めなかった。あれは史実なのか。

 昔はエルフもメネルも世界を分けずに暮らしいた。しかし、メネル族が魔術を使えるようになり、それに反発したエルフ族とのいざこざが、最終的にはメネル族もエルフ族も、ほとんどが絶滅するほどの戦いになったのだ。そして、今はメネル族がこの大陸を支配している。メネルが勝ったとは書いてはなかったが……。

  かなり要約して、覚えている内容はその程度だ。吸血鬼の記憶力でも、本の一字一句を覚えられるわけではない。

  兎にも角にも、この機会を逃す手はない。美しいエルフを拝んで見ようではないか。あわよくば、その血を……。と、その思いを振り切って、ファスミラに言う。


「まずは騎馬をやれ。一人生かしてあとは殺れ。啜るのは最後だ。僕は馬車の傭兵をやる。積荷には手を出すな」


  相手はランタンと松明を使っている。明かりを奪うのは難しい。じっくりやっていては対応される。だから今回は素早く一瞬で、残虐に行う。それだけだ。

 ファスミラの気配が消え、馬の嘶く悲鳴に混じって、騎兵たちが地面に落ちる音が聞こえた。シアリスも遅れず、馬車を引く馬と馭者ギョシャを狙う。馬は可哀想ではあるが、逃がせば誰かが異変を察知してしまうかも知れない。

  悲鳴。血。悲鳴。

  傭兵たちはすぐに応戦しようとする。手に手に得物を持ち、落馬しファスミラの手を逃れた者も、荷物の周りに集まってお互いの背を守る。よく訓練された動きだ。


「て、敵襲なのか⁉ なにが襲ってきた!」


「わからん! 矢が飛んでこねぇ。人間じゃねぇぞ!」


「どこにいる‼」


  口々に叫んでは、松明や得物を振り回す。

 意味はない。

 二人を一気に死角から薮に引きずり込む。悲鳴で傭兵たちが振り返るが、そこには既に誰もいない。皆の視線が一方に向いたので、その一番後ろの男をまた引きずり込む。今度は悲鳴を上げさせない。

 獲物はもう充分だ。あとは殺してしまおう。

 

  ◆


  森を出てから、はや十年ほどになる。

  いつもメネルたちの好奇の目に晒されてきた。

 暴漢に襲われたことも、人攫いに攫われたこともある。そのたびに解決していた。だが、今回は分が悪そうだ。

 両手足は丈夫なロープで結われ、狭い金属製の牢内では身動ぎするので精一杯である。こういうときのために、仕込んである隠しナイフも取り上げられた。猿ぐつわまでされて、精霊への呼びかけも、うめき声にしかならない。

  馬車が止まった。乗せられた牢が、ホロの中で少しだけ動く。


(もう目的地に着いたのか?)


 馬の嘶き、悲鳴だろうか?何かが落ちる音。落馬したのだ。そして、大勢が馬車を降り、自分が乗っている馬車の周りを取り囲んだ。

  襲撃だ。

  誰かが助けに来てくれたのだろうか。それにしては様子がおかしい。襲撃者の足音が聞こえない。


「て、敵襲なのか⁉ なにが襲ってきた!」


「わからん! 矢が飛んでこねぇ。人間じゃねぇぞ!」


「どこにいる‼」


  賊たちが敵を探して右往左往する気配がある。

  エルフは人間よりも感覚が鋭い。中でも耳はとても良く、精霊たちの声も聞くことができる。精霊たちは突然の暴力にざわめいている。だが、襲撃者のことは語ってくれない。精霊すら正体を知らないのだ。

  また悲鳴が聞こえ、足音がひとつ減り、そのあとすぐ同時に二つの足音が消えた。逃げ出した騎馬の一騎が打ち倒される音が響く。襲撃者は少なくとも二人以上いる。


(まずいことになった。これはまずい)


 まだ脱出の算段が立ってもいないのに、獣の……、おそらくは魔物の襲撃である。

 もし、外の人間たちが全滅したら、次は自分の番である。

 剣が空を割く音。そのひとつが馬車の幌に当たり、外の光が少しだけ見えた。その隙間から、血飛沫が牢を汚す。チラリと松明に照らされ浮かぶ、闇よりも暗い黒い髪。人か。だが気配がない。

 メネルの傭兵のひとりが、悲鳴を上げて逃げ出したのが見えた。


「もう喰っていい」


  冷酷に言い放たれたのは、妙に甲高い声だった。声変わりしてない子どもの声か。

  逃げ出した者に何かが飛びかかった。獣のような暗い影は背中から覆いかぶさり、すぐに人間は動きを止める。だが、咀嚼ソシャク音は聞こえない。

  幌の幕が剥がされ、そこには黒いマントを羽織った黒い髪の少年が立っていた。肌が異様に白く、月光の中に浮かび上がっている。精霊たちが沈黙した理由が解った。

  吸血鬼と言う魔物だ。あどけない少年のような姿だが、その中身は冷酷な捕食者である。


「…こんばんは。すぐに牢から出してあげますね」


  少年が馬車に登り、牢に触ろうとしたので、精一杯の力で叫び、首を振ってやめろと伝える。少年は手を止めてくれた。


「取って食いはしませんよ。って説得力ないか……」


「ご主人さま」


  いつの間にか少年の後ろの地面には、彼より少し歳上くらいの少女が彼を見上げていた。


「この牢には、魔術が、掛けられているようです。無闇に、開けると、危険かもしれません」


  少女はできる限りの小声で喋っている。この少女も白い肌に黒い髪で、影のような異様なドレスを纏っている。そして、その唇と頬には血がベッタリと付いていた。

  二匹の吸血鬼。しかも自分は牢の中で丸腰。すぐにでも脱出して、戻らなければいけないのに。だが、なにか妙だ。敵意、殺意を感じない。


「魔術? 判るのか。僕にはわからないんだが」


  少年が振り向いて少女に問う。少女は恐れるように目を伏せて、震える喉で何とか声を絞り出したようだ。


「その、私は魔術学校に通っていたので……。魔術を、見つける、ことができます」


「へぇ……。じゃあ、魔術で開けることも可能?」


「その、私は……、私には難しい、かも知れません。けれど、鍵が正式な鍵があれば……」


「そっか。とりあえず彼女の意見が聞きたいな。牢に触らずに彼女の拘束を解けば問題ないか?」


「牢に多少触れたくらいでは、問題ないかと、思います。どんな魔術かまではわかりませんが、無理に開けようとすると、発動する類かと……」


  少年が牢に慎重に触れた。何も起こらなかった。

  少年は手には、いつの間にかナイフが握られていた。


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