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吸血鬼は笑えない

 ◆


 ミラノルはじっと、エヴリファイが戻ってくるのを待っていた。

 オノンは朝日が昇るのを見て、眩しさで目が眩み、自分の右腕をかざす。

 闇で象られたそれは、未だ形を失うことなく、右腕としての機能を果たしている。自分の髪が黒くなったことにはまだ慣れないが、いずれ気にいることができるはずだ。

 ルシトールは、しばらくは城の瓦礫にもたれて、ミラノルを見守っていたが、疲労と眠気がピークを迎え、浅い眠りについた。トピナもその脇で休み、ときが来るのを待っていた。

 にわかに山の下がほうが騒がしくなる。

 何十人もの兵士が城への道を登ってくるところである。それはデラウの部下たちである。

 彼らは城のアトリエから脱出した奴隷たちを、安全な場所まで移動させていた。それはシアリスの指示である。シアリスによって説得された筆頭執事が、事情もわからないまま、その命を負っていた。彼らに事情を話さなければならない。

 騒ぎに目を覚ましたルシトールが立ち上がり、その肩に頭を置いていたトピナも、眠気眼をこすりながら起き上がる。


「オレが話す。ミラノルのこと以外は、全部隠さずに話すが、良いか」


 ルシトールがそう言ってミラノルとオノンを見た。二人は無言で頷き、彼に任せることにした。


「この件は、大事になるはずだ。オレは王に直接、このことを話す。吸血鬼の上位種がいることを、世界に知らせないといけないからな。謁見できるかわからないが……」


「本気か? 隠蔽のために殺されるかもしれないぞ」


 トピナが言う。

 貴族の中にまだ魔物がいるという可能性が浮上すれば、この国はさらに不安定になる。ただでさえ、大貴族の一角が崩れたばかりだ。口封じをされる可能性は大いにあるだろう。


「だからこそだ。デラウたちに捕まっていたやつらを放っておけば、口封じされるかもしれねぇ。誰かが代表して、始末をつけないとな」


 ミラノルはルシトールの言葉を聞き、頷いた。


「だったら、わたしも行くよ。わたしなら説得もできるはずだから」


 古代魔術のことを言っているのだと理解したルシトールは、その言葉を否定した。


「絶対にダメだ。王城で魔術なんか使って見ろ。言い訳する間もなく殺されるぞ。それにお前が古代魔術を使えるホムンクルスなんてバレたときには、死ぬよりも酷いことになる。お前は、絶対に一緒に来るな」


 ルシトールの断固とした言い分は、一理も二理も分があることだった。

 ホムンクルスは魔物であり、吸血鬼はホムンクルスであると話すつもりなのだ。そこに古代魔術を使えるホムンクルスなど連れて行くなど、正気ではない。


「だったら、あたしが付いていくよ」


 トピナが言う。


「あたしはこれでもそれなりに有名な魔術師だから、貴族たちも少しは話を聞くはずだ。ひとりで行かせたりはしないから」


 ルシトールは少し戸惑ったが、少ししてからトピナに感謝の意を込めて頷く。そのあと、オノンを見てか言う。


「オノン、ミラノルのことを頼む。こいつの世話は大変だろうが……」


「ちょっと! 言っておくけど、わたし、ルーシーより年上だからね⁉」


「こういうやつなんだ……。よろしく頼む」


 オノンは苦笑いして、肯定した。トピナがオノンに言う。


「もし、あたしたちが帰ってこなかったら、助けに来いよな」


「わかってる。でも、静かに救出なんてできないから、覚悟はしておいて」


 トピナはオノンを見つめる。


「前のオノンも綺麗だったけど、黒いオノンはもっと神秘的だな。神話に出てきそうな雰囲気だ。どうしてそうなったのか、終わったらゆっくり聞かせてくれ」


 オノンは微笑して頷いた。

 ルシトールが振り返って歩き出そうとしてところを止め、ミラノルは彼に抱きつく。ルシトールは驚くが、ぎこちなく彼女の背中をやさしく叩いた。

 ルシトールとトピナは連れだって、デラウの部下だった者たちの元に向かった。デラウの部下たちは跡形もなく消えた城を見て、呆然としている。

 オノンとミラノルはすぐに身を隠しながらその場を離れた。兵士たちは全員を連れていこうとするだろうから、厄介ごとになる前に消えたのだ。


 城のある山を下りたところで、オノンとミラノルは足を止めた。


「かなり離れてしまったけど、大丈夫なの?」


 オノンは魔術を使って飛ぶように歩くミラノルに後ろから訊ねた。もし、ルシトールたちが危険な状況になったら、すぐにでも駆け付けるつもりなのだ。


「問題ないよ。さっき、抱き着いたときに、ちょっと仕掛けをしておいたから」


 油断も隙もない。ミラノルは今や完全に魔術を使いこなしている。これだけ無制限に魔術を使える者を、オノンは見たことがない。わずかな不安がオノンの中にあった。


「これからどうする? しばらくは、どこかに隠れる?」


 もしかしたら兵士が捕えに来るかもしれないとの懸念を、ミラノルは言っているのだ。しかし、オノンは別のことを考えていた。


「あなたは……、あなたは、魔王なの?」


 静かに立つオノンは、どこか困惑したような顔でミラノルに訊ねる。ミラノルは振り向いて、オノンを見た。


「……違うよ。わたしは魔王じゃない。けど、それに近い、かもしれないね。前のわたしは、この世界がこんなに変わってしまうことになるなんて、考えてもしてみなかった。エルフたちには本当に悪いことをしてしまったと思ってる」


 魔王は、古代魔術を操り世界を一変させた、エルフの仇敵である。

 三千年も前の人物ではあるが、その影響が未だに世界に残り続けているのを見れば、その強大さが伺える。


「何者なの?」


「王の、あなたたちが魔王と呼んでいる人に、魔術を教えた人、師匠と言えばいいかな。そういう人だったよ」


「魔王の……」


 魔王を巡って、エルフは戦争を起こした。結果として魔王を倒すことは叶ったが、エルフは絶滅に近い状況に陥った。

 魔王のことはメネル社会には伝わっていない。だが、古代魔術師が社会に与えた影響は計り知れない。魔物が蔓延ハビコり、死者は必ず火葬し、アトリエは経済を支えている。

 これが突然この世界に現れた、別世界からの転生者の影響であることは、エルフの長老ですら知らないことだ。


「わたしを恨んでる?」


 オノンは首を横に振った。


「もう何千年も前の話よ。私が生まれる、ずっとずっと前の話。私には関係ないわ」


「そうなの? 五千歳くらいだと思ってた」


 オノンが叩くゼスチャーをして、ミラノルを少しだけ追いかける。


「それよりも、その体、どうするの? わたしが治そうか? できるかどうかわからないけど……」


 オノンが右手を軽く上げて見た。黒く闇を纏ったその腕は、時折、何かを探す様に脈打っている。


「これは……、問題ないよ。精霊さんからの贈り物だから」


 オノンは言うが、ミラノルが指したのは別のことである。ミラノルは両手の人差し指を立てて、自分の上の歯を指した。


「こっちのことだよ」


 オノンは変異した自分の犬歯を触った。異様に長く鋭く発達したそれは、吸血鬼のそれと酷似していた。意識するとそれは歯茎の中に収納される。


「……これは、どうなのかな。今のところ、あなたや他の誰かを食べたいとは、全く思わないけど」


 シアリスに噛みつかれた傷は、既に完全に塞がり、ウズきもなくなっている。吸血鬼と化した者特有の、血への渇望は感じない。


「そっか。それなら、良いんだけどさ。わたしを襲おうとしないのなら、大抵のことは大丈夫かな」


 ミラノルの吸血鬼に対する効果は、証明済みである。もし、オノンが吸血鬼となっていたなら、彼女の理性はなくなっているはずだ。オノンは疑問に思っていることが口から出る。


「どうして、デラウにはあれだけ効いたのに、シアリスには効かなくなったのかな」


 吸血鬼はミラノルを襲う。それは変えようのない作用である。それをシアリスは克服した。一体どうやったのか、完全な回答を得るには、シアリスに直接聞くしかない。


「多分だけど、シアリスには効いていないように見えただけで、力は効いていたんだと思う。デラウのようには完全に正気を失うのではなくて、本人の自覚なく……。そうじゃなかったら、シアリスはただ逃げるだけで良かったはずだもの。逃げて、わたしたちが油断しているときに闇討ちすればいい。吸血鬼らしくね。そうでしょ?」


 ミラノルはどこか茶化すように、オノンに同意を求める。


「私にはわからないわ。けど、もしそうだとするなら、シアリスは本能に逆らおうと苦心していたようにも思えるわ。彼の言葉が、全部嘘だったとは、信じたくない」


「……」


 オノンの言葉に、ミラノルは考え込んでしまった。しばらく無言で歩を進めて、ミラノルは立ち止まった。


「そうかもしれない。もしかしたら正気を失っていたのかも知れない。後悔していたのかも知れない。けど、シアリスがやったことには変わりはない。だから、わたしは彼を許さない。もし、反省していたのなら、それは罰を受けてからするべきだと思う……」


 ミラノルは大きな溜息を吐いた。


「シアリスが殺した人数に比べれば、わたしがこの世界に与えた影響のほうが、ずっと罰に値するかもしれないけどね。もしかしたら、罰を受けるために、また生まれてきたのかも知れないけれど……」


 前に生まれたときから、三千年以上の時間が経ち、愛する者は誰もいなくなってしまった。

 過去に自身が行った行為で、世界が一変しており、多くの人が不幸になったことを知った。

 そして、自分と家族を殺した者と知らずに、彼に少しだけ親愛の思いを抱いてしまった。

 この世界に様々な影響を与えた。そのすべてが悪であったわけではない。

 それでも、この世界を混乱に陥れた野呂美玲という人物が、再びこの世界に降り立ったことを、どう受け止めるべきか、ミラノルは考えていた。

「ミラノル」


 オノンはミラノルを見つめた。


「生まれたことが罰なんてことは、絶対にないわ」


 それはオノンの慰めの言葉なのだろうか。ミラノルは微笑すると、話題を変えた。


「そういえば、ソラルのこと、言うのが遅れてしまってごめんね。リッチからあなたを救ったときに、あなたの精神世界でソラルが助けてくれた。彼がシアリスのことを教えてくれたんだ。だから、完全に信じてしまうことはなかった。わたしも彼を探すのを手伝うよ。ソラルにお礼を言わないとね」


 オノンの弟であるソラルは、行方不明である。

 オノンは彼を探して、謝罪をするために旅をしているのだ。ミラノルが精神世界で会ったというソラルに、オノンは少しだけ懐疑的である。


「それはただの私の記憶じゃないのかな……。だって、ソラルは……」


 自信なさげに言うオノンは、長く生きたエルフとは思えぬほど幼く見えた。ミラノルは否定する。


「彼はあなたの精神が、完全に乗っ取られることを防いでいた。わたしにシアリスが敵だということを教えてくれたわ。あのときの彼が、あなたのただの記憶だったとは思えない。多分、彼は離れていても、あなたのことを守っているんだよ」


 オノンは空を見つめる。日が昇り明るくなった空は、さわやかな色をしている。

 オノンはソラルを探しながらも、彼に会うことを恐れていた。その気持ちが、少しだけ晴れた気がした。


「そっか。そうだとしたら、うれしいな……」


 それから二人は何も言わず、歩みを進めた。後悔ばかりかも知れないが、それでも歩き続けるしかないのだ。


「それで……、ひとつ訊ねたいんだけど……。そのエヴリファイの腕、どこかに埋葬しないと、さすがにそれを持ったままじゃ、人里には下りられないわ」


「腕?」


 オノンはミラノルの腰に引っ掛けてあるものを指した。ミラノルの帯に()がかかっている。ミラノルは何のことかわからず、自分の後ろ腰に吊り下げられたものを手に取ってみる。

 それはエヴリファイの切断された右腕であった。エブリファイの体は、この腕を除いてすべて消えた。

 ミラノルは、自分が何を手に持っているのか理解できなかったため、呆然とした。その腕が突然、ウネウネと動き出したのを見て、絶叫してそれを放り出した。


「ひっ……あぁっ‼」


 岩に打ち付けられた腕は、また動き出すと、その手の部分で地面を掴んで立ち上がる。

 腕の切断面がミラノルの方を向く。そこには小さなひとつの目と、小さな口がカタドられており、血肉のグロテスクさはないが、不気味さのグロテスクさはある。


「もう着いたのか?」


 それはエヴリファイの声に似ているが、それよりも少しかボソい声で、腕はしゃべる。ミラノルはもはや絶叫ではなく、絶句している。

 オノンは気にせず、その腕を拾い上げる。そのオノンの行動にもミラノルは驚いて、名状し難い表情で固まってしまう。


「エヴリファイ、生きていたのね」


 オノンが訊く。


「そうだ。いや、少し違う。自分はエヴリファイの破片に過ぎない。記憶などはほとんど保持しておらず、肉体のほとんどを失ってしまった。もう、エヴリファイという個体ではない。この変形機能を有する腕部に、ある程度の機能を再現する試みが成功しただけだ」


 事務的に腕は答えた。硬直していたミラノルも、ようやく我に返り、少しだけ迷いながらも、その腕に触れる。


「エヴィ……、良かった……。ほんとに良かった……」


 切断された腕に頬擦りするミラノルを見て、オノンは少し引く。


「エヴリファイ、さすがにその形のままは、まずいわ。絵面が悪すぎる。形を変えられない?」


「待って。わたしが体を再生させる」


 ミラノルが腕に手を添えて、少しの間、目を瞑る。しかし、何も起こらなかった。

「ダメだ……。体を再現できない……」


 ミラノルは悲し気に、腕を撫でた。


「問題ない。形を変えれば良いのだろう」


 腕はミラノルの腕の中で跳ねると、小さな白猫に変化した。


「この姿なら、問題ないだろう」


「わ、わぁ! かわいい!」


 ミラノルはその白猫を愛おしそうに抱きしめる。ただかわいいから抱きしめているのではないのは、その眼にから流れるもので明らかだ。オノンは白猫に話しかけた。


「エヴリファイ、ありがとう。あなたのおかげで、吸血鬼を倒すことができた。あなたの犠牲がなければ、わたしたちは負けていたわ」


 猫は甲高くなった声で答える。


「そんなことを言われても困る。自分は犠牲になどなっていない」


 そのぶっきらぼうな言い方に、オノンは思わず笑ってしまった。つられてミラノルも笑った。早くルシトールとトピナにも、このことを伝えなくては。

 二人と一匹になった道連れは、ゆっくりとまた歩き出した。


 ◆


 シアリスの従徒であるファスミラは、オールアリア城がある内陸部とは真逆の港町に来ていた。

 シアリスの指示により、彼女はなるべく離れるようにと言われていた。その指示に従う必要はもうないのだが、ミラノルというホムンクルスがいる場所にはいたくはない。


(シアリスさまに感謝しよう。わたしに自由をくれたことを……)


 彼女の表情は今、いつもの怯えたような瞳の中に、自由を楽しむ希望があった。

 彼女は従徒の束縛から解放された。シアリスとの繋がりはもうない。

 それは通常であれば、従徒にとって罰以外のなにものでもない。不滅者からの影の力の供給が断たれることになれば、どうなるか。従徒は本能でそれを知り、恐れていた。

 ただの獣になるしかない。日を恐れ、草むらに潜むしかない、か弱い獣だ。

 だが、ファスミラは繋がりを絶たれたあとも、正常な思考で動くことができた。それはシアリスに与えられた、彼の体の一部から供給される影の力によるものである。

 心臓に埋め込まれたシアリスの指を、ファスミラは愛おしく思っていた。やさしくかわいいシアリスからの贈り物だ。

 船に乗り、この大陸を離れ、どこかの都市に潜り込んで力を蓄えるつもりである。何をするにしても、力は必要だ。

 それに船の上は密室に近い。船員、船客を喰らい尽くせば、それなりに腹の足しにはなる。従徒である彼女に飛行能力はないので、海を渡るには泳ぐか、船しか方法はない。

 移動しながら獲物も確保できる船は、格好の狩場である。


(次の陸地の近くまで行ったら、泳いじゃえばいいもんね。さすがにここから泳ぐのは、力尽きそうだし……)


 夜の港は暗いが、人気ヒトケは多い。

 忍び込むための船を物色していたのだが、密航は難しいかもしれない。船乗りたちはいつ眠っているのかと思えるほど騒がしいし、すでに空は白み始めている。

 そして、こんなところをうろつくひとりの少女を、放っておくほどのモラルは持ち合わせていなかった。


(あ、食べ物が来た。そろそろ、隠れないといけないし、丁度いいな)


 影の力の供給があるとはいえ、ファスミラが従徒であることに変わりはない。太陽の下では正体を晒すことになってしまう。

 突然、現れた複数の男に、口元を押さえられ悲鳴すら上げる暇すらなく、ファスミラは路地の物陰に引き摺り込まれる。

 三人のやたらとガタイの良い男たちは、彼女の華奢キャシャな腕を捻り上げ、身動きを取れないようにすると、服を破り裂いた。

 白い肢体が影に浮かび上がり、男たちが感嘆の声を上げた。男たちがその肢体をまさぐり、胸にむしゃぶりつこうとしたとき、ファスミラは無防備になった首に牙を突き立てる。立てようとした。

 そのとき、激痛がファスミラを襲い、心臓から血管を伝って、何かが蠢くようにそれは広がり、ファスミラは悶絶し、体は痙攣ケイレンする。

 全身の血管が浮き出て、その異様に驚いた男たちは、ファスミラを手放す。彼女は地面に倒れたあとも、苦痛にのた打ち回る。

 男たちは萎え、奇妙なものを見るように、その様子を何もせずに見つめる。すると、彼女の体が消えた。今までそこにあったはずなのに、唐突にいなくなってしまったのだ。

 その男たちの後ろに、影の力によって作られたドレスを着たファスミラは立っていた。

 彼女が軽く指を振るうと、男たちの体に影が纏わりつき、先ほどとは真逆に、声も出せないように拘束される。


「お前たちは、お弁当だ」


 二人の男が、悲鳴も上げられずに、影の中に沈みこんで消えた。

 残った男はそれを見て、目に涙を浮かべる。目だけでファスミラに許しを請う。それを全く意に介さず、その男に牙を突き立てる。

 一瞬でその血を飲み干すと、死体をその場に捨て置いて、路地から出た。

 朝日が水面から覗いている。空が赤と青のコントラストで彩られた爽やかな海だ。

 影であったドレスは、今は本物のドレスのように色が付き、彼女はただの少女の姿となっている。

 口元についていた血も、いつの間にかぬぐい取られ、寝起きのようにその朝日を見て、背伸びをしたファスミラは、軽い足取りで歩き出した。


「ああ、楽しかった……」


 彼女の顔には、恍惚コウコツとした表情が浮かんでいた。

 ああ、どうしてこんな体に生まれてしまったんだろう。仲間を大切にしたいのに、生まれ変わった先が、吸血鬼は笑えない。これが神の与えた罰なんだろうか。まぁ、どうでも良いことだ。どうせ、自分は好きに生きるだけだ。


「さてと、次は誰を殺そうかなぁ」


 そう言ったファスミラは影の中に消えた。彼女の顔には、もう怯えの色はなく、もう船には乗る必要はない。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。

物語はひとまず幕を閉じましたが、登場人物たちの時間は、きっとこの先も静かに続いていきます。

彼らの物語のどこか一瞬でも、あなたの心に触れるものがあったなら、それ以上の喜びはありません。

またどこか別の物語でお会いできますように。


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