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死への渇望

 

  ◆


  初めての狩りは充実したものとなった。

  野営していた傭兵か、あるいは山賊だろう。四人は火を囲んでいる。どこからか攫ってきたであろう女を犯し、殺したあとだろう。死体はなかったが、臭いでわかる。精液と若い女の血の臭いだ。

  だから躊躇はしなかった。

  筋肉のある首は、皮膚を破るのに力を必要とした。手加減はしないが、噛みちぎってしまっては血を吸いづらい。現に父は見事な手際で、二人の屈強な男を打ち倒し、最後に残った者へ、その接吻セップンを与えた。

  シアリスはと言えば、ひとりにすぐに噛み付いて、それで終わりだ。いきなり噛み付いてしまったら、他の者への対処ができない。

  そして、気付いたことがもうひとつ。

  死んでしまわないように気をつけて飲んだはずだが、男はすぐに絶命してしまった。従徒にすることはできなかった。

  デラウ曰く、従徒となる条件は、自分も知らないらしい。

 なんでも吸う者と吸われる者の相性が良くなければいけない、とのことだ。吸血鬼からすれば、従徒にできる人間は、とても魅力的に映る。もちろん魅力的とは「美味しそう」あるいは「美味しい」という意味である。

  だから例え、噛み付く前に従徒にできると気付いたとしても、欲望に負けて吸い尽くし殺してしまう。欲望に打ち勝ち、死んでしまう前に牙を抜いても、生き残るかは運次第ということだった。だから、従徒は増えすぎるということはない。それでも長く生きた吸血鬼のなかには、数千人の従徒を従えた猛者もいるらしい。

  今、デラウが飼っている従徒は、たったの三人。三千年近く生きたにしては、かなり少ない。

  それもそのはずである。父は巣の周りで自分の正体が知られ始めると、従徒を身代わりにして生き延びてきた。場所を移す度、従徒の一人が犠牲になるのである。定期的に従徒を補充しなければ、数は増えないのだ。

  父は慎重な性格だ。そのおかげで長く生き延びたのだろうが、不規則に巣を変えるために、従徒は減っていくことになる。

 ただ、この城、この土地には思い入れがあるらしく、様々な工作をして、長く居付いている。シアリスの偽の生い立ちも、その一環である。

  その工作が功を奏して、今や、狩人や民間人が持っている吸血鬼の知識は、吸血鬼の殺し方ではなく、吸血鬼の従徒(レッサーヴァンパイア)の殺し方にすり変わっている。

 従徒は、陽の光を浴びると弱り、知覚過敏のせいでニンニクの臭いを嫌う。心臓に杭を刺されても完全に死ぬわけではないが、そのまま再生できなければ、腐り落ちて死ぬらしい。残念ながら十字架の話は出てこなかった。この世界には、それを象徴する宗教がないようだ。

  これは父たち(・・・)の遠大な計画だ。

 吸血鬼について正しい知識を広めないことで、優位に立つのだ。

 中には吸血鬼をテーマにした小説を、冒険譚ボウケンタンと偽って書物にしたり、吟遊詩人ギンユウシジンに歌わせたりする者もいるのだとか。

  吸血鬼たちは孤高の存在というわけではない。その存在は珍しいが、決して横の繋がりがないわけではない。何年かに一度、集まって会議を開くそうだ。(デラウの言う「何年」は、おそらく何十年、何百年という単位の気がするが)

  というわけで、各国・各地に存在する吸血鬼の伝承は、虚実の混じり合うものとなった。これにより不滅者の存在は、世間に認知されていない。従徒こそが、吸血鬼として認識されていた。


 ◆


  二日目の朝となった。

  どうやら吸血鬼の体は睡眠を必要としないらしい。長い夜を暇だが、ジッとしているのも全く苦ではない。そして、棺桶も必要ない。

  父との初めて朝食、人間としての朝食である。

  シアリスは、貴族らしいマナーは知らないが、それなりに行儀よく食べることができたと思う。前世からの教養と、観察眼、そして、それをコナすことができる肉体のおかげだ。

  吸血鬼には人間の食事は必要ないが、食べても問題はない。だが、排泄はしないので、どこに消えるのかは謎のままだ。それでも偽装のために、定期的に手洗いには行かなければならないのがワズラわしい。

  この城に住む人間たちとはじめて顔合わせすることとなる。

 自分はこの城に住んでおらず、どこかの別荘で軟禁状態だったことを皆が承知していた。しかし、それがただの偽装であるとは、知るものはいない。

 騙すのは心苦しいが、吸血鬼であること知られれば、殺さなければならないのであれば、これも彼らを守るためと納得できる。慎重なデラウなら身近な人間を簡単に殺すようなことはしないだろう。

  シアリスの従徒であるファスミラも次いで紹介される。

 彼女はシアリスの専属の家政として雇われたことになっていた。てっきり従徒の存在は隠しておくのかと思っていたが、同じ城に暮らすのに、それは無理があるということなのだろう。

  兵士も合わせて百人ほどの城に勤めている。彼らは、美少年の跡取りと、そのお付きの美少女の突如の出現に沸き立った。口々に挨拶と祝辞を述べていくので、愛想笑いで誤魔化してやり過ごす。とくに若い家政たちは、熱心にシアリスを眺めている。


(これなら()に困ることはないな)


  という考えを振り払い、別のことに注意を向ける。

  自分は様々な欲望から解放されたが、性欲はどうだろうか、と考えた。

 父が婿入りしてこの城を乗っ取るにも、それなりの期間を要しただろうことから、つまりはそういうこともできるのだろう。ただし、動物の欲求に支配される、というほどのものではない。思春期に入ろうとする少年の体でこうなのだから、完全にコントロールできるだろう。

  さらに言えば、人間との間に子どもはできるのか、という問題がある。

  おそらくだが、吸血鬼は人の死体から作られる。死体に何らかの魔術的な要素を追加し、蘇ったとき吸血鬼となる。

  吸血鬼の正体である姿は、とても人間とは言えないが、生物としての機能は有している。生殖機能もそのままなら、子どもを孕ませることも可能かもしれない。しかし、吸血鬼の作り方が想像通りならば、産まれてくる子どもは人間なのだろうか。それとも……。

  と、ここまでで考えるのをやめた。なるようにしかならない。父に血の繋がった子どもがいないのであれば、避妊も自在なのだ。

  さて、二日目の昼は、城の探索と城周辺の地理の勉強で終わった。実につまらない時間だった。

 だが夜は、打って変わって刺激的だった。デラウに吸血鬼としての戦い方を教わる。これもある意味では、とても人間的な夜だった。普通の吸血鬼は、親から技を教わったりしないらしい。

  吸血鬼には、とても効率的な肉体が備わっている。ただし、それは人間の限界を超えていない。とても強靭で、膂力リョリョクも尋常ではないが、人間でも可能な範囲だ。シアリスの短い手足では、勝てない人間もいるかもしれない。

  次いで、牙、爪、翼。野蛮な野生の力。出し入れが可能で、変形して完全に隠すことができる。そしてこの鋭さ、強靭さは、確実に役に立つだろう。

  そして、もっとも重要なのは『影の力』だ。

  この不定形の力は、色々なことに利用できる。

 手足のように使ったり、プロペラのようにして風を舞い起こすことに使ったり、指先の動きを伝えて蝋燭の火をかき消したり、触覚のような感覚器としても機能する。もっとも有用なのは、自分自身を影の中に隠せることだ。体を紙のように薄くして隠れるのだが、その状態ならば小さな隙間にも入り込める。

  しかもこれは、何時でもどこでも使える。陽の光にあたると影は濃くなるから、さらに強い力を使えるのだ。夜の方が広範囲を支配できるが、昼の方が出力と密度は上がる、と言った感じだ。

  これは吸血鬼の従徒にはできない。せいぜい本体の吸血鬼の周りを影となる程度である。その力は陽の光に当たれば失われ、苦痛とともに、変装が解除される。吸血鬼には影ができない、鏡に映らないなどのウワサも、この辺りから来ている。

  この従徒と不滅者の差異を利用して、偽りの弱点を広めたようだ。多くの従徒を犠牲にして。

  考えてみれば当たり前の話だが、何千年も生きられる、空を飛ぶ地表の生物。それが、いつも地表の半分以上を覆っている陽の光によって弱るなんて、そんな脆弱なわけがない。

  陽の光に弱るのと引き換えに、夜は強くなる? そんな条件付きの強さなのに、負けることがある? 死ぬ事がある? 馬鹿みたいな話だ。

  さて、最強生物に思える父であるデラウだが、弱点もある。というか苦手なことと言うべきか。

  吸血鬼は力が強すぎるし、影の力が便利すぎて、体術について関心がない。格闘については素人に近い。確かに爪と牙の使い方には一家言ありそうだが、足運びや力の加え方は、昨日殺した傭兵の方が、心得がありそうだ。


 ◆


  三日目、四日目は、読書に費やした。

 この世界の常識を学んでおくことは急務だ。

  この集中力であればと考え、肉体の鍛錬を始めてみた。が、ほとんど、というか全く効果は現れない。筋肉痛になることもない。どうやら筋肉は成長しないらしい。

  もともと吸血鬼の身体は完成されており、これ以上の成長は見込めない。そして、この子どもの肉体は自然とは成長することがない。

  生命力を余分に消費することで、通常よりも筋力の増強をしたり、肉体を変化させて年齢・容姿を調整することは可能だとデラウは言っていた。ただし、元の姿に戻るにも生命力が必要になるので、乱用は避けるようにとのことである。

  今の姿が気に入らないからと、度々、姿を変えていたら、周りの人間に怪しまれることは必至だ。しかし、成長期の年齢に偽装しているシアリスは、都度、人間的な変化をつけていく必要がある。その辺りの塩梅アンバイを違えないようにしなければいけないのが面倒だ。


「シアリス、さま、私も、狩りに行きたい、です」


  週に一度は狩りを行い、五度目の狩りのときである。既に両手の指では足りないほどの人を狩った。

 父は親子での狩りに飽きたのか、既に単独で狩りに出ることを許されている。今日もひとりでの狩りの予定だったが、ファスミラが同行を突然申し出た。

  今まで彼女から名前で呼ばれたことはないし、従徒が要求する姿を見るのは初めてである。

  いつも留守番を強いてきたから、ファスミラは狩りに行ったことはないはずだ。それどころか血を飲んだこともあるのか不明である。

  従徒も血を飲む。不滅者と同様に生命力を必要とするならば、飢餓キガを感じているのかも知れない。シアリスはそのことについて、今まで考え至ることがなかったことを少しだけ恥じた。


「血が飲みたいのか?」


  シアリスが訊ねると、ファスミラは少し体を震わせて頷いた。

 我慢の限界だったのだろう。そういえば父デラウの従徒たちは、どのように血の補給を行っているのだろうか。シアリスたちの狩りに同行したことはないし、デラウの奴隷たちから血を貰っているのだろうか。


「今まで飢えをどうやって凌いできたんだ?」


  純粋な疑問だった。飢餓が限界に達すれば、忘我のうちに人を襲ってしまうかも知れない。


「家畜の血を、モビクさまに分けて頂いてました。足りないときはネズミを。地下室のネズミで……」


  モビクとはデラウの口のきけない女従徒の名だ。どうやら従徒同士、助け合っているらしい。ネズミの血で空腹を紛らわせるとは、哀れにも思える。吸血鬼の従徒にされた者には、好きに食事する自由もない。

  吸血鬼は動物の血で、飢えを誤魔化すことができる。ただし、充足感・満足感はほとんど得ることができない。その違いは解らないが、どうやら人間の血でしか充分に得られない成分があるらしい。


「わかった。連れて行こう」


  どうやら、デラウが着いてこないときを待っていたようだ。この機会を逃すまいと勇気を振り絞った要求なのだろう。無下にするのは心苦しい。

 いつもはファスミラに、シアリスの姿で留守番をさせるのだが、今回はそれができない。どうするかと考えたが、正直、警戒し過ぎだろうとは思っていたので、無視することにする。代わりにベッドには毛布を丸めて膨らませて、布団を被せておいた。子どもらしい可愛らしい偽装だろうと、前向きに考えておく。

  ちなみにファスミラたち従徒の部屋は、従徒だけの共同部屋なので、偽装する必要はない。もし、人間に見つかったとしても、ただの家政が抜け出していただけだ。他の従徒がどうにかしてくれるだろう。

  ファスミラはシアリスの影の中に潜った。この状態であれば、シアリスがどれだけ速く動こうとも、ついてくることが可能だ。もちろん、空を飛んでいるときもついて来ることができる。

 従徒には翼はない。影の力を使って、擬似的な滑空翼を作り出すことはできるが、風を舞い起こすほどの力はなく、空を飛べるわけではない。

  シアリスの部屋にもバルコニーがある。デラウの部屋のものほど広くはないが、飛び立つのには充分だ。

  外の風を受けると、ファスミラが影の中でクルクルと踊った。興奮しているようだ。

 もしかしたらシアリスも、デラウとの初めての狩りのとき、遠足前の子どものようにソワソワしていたのかも知れない。

 この残虐性を制御しつつ、ある程度の発散は必要なことだと割り切った。もし、暴走してしまえば、この城を追われることになる。

 この世界では殺人という秘め事に、同行者が許されるのだ。


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