屍の先で
◆
目を覚ましたミラノルは、立ち上がった。
手負いのエヴリファイであったが、それでも彼女を庇いながら片膝をつき、手を差し伸べ助け起こす。ミラノルはその彼の怪我を見て取ると、それが致命傷であることを悟った。
すでに血は流れて出ておらず、彼自身は平気そうな顔をしている。しかし、ホムンクルスの構造は、メネルとほぼ同等である。ある程度の自己治癒はできても、これほどの深い傷を自らで治すことはできない。
「ありがとう、エヴィ。助けてくれて」
ミラノルが怪我に手をかざすと、エヴリファイの胸の裂傷は跡形もなく消える。呪文も唱えることもなく、それはもはや魔術と言うよりは、神の奇跡である。
「ミレイ……、あなたは……」
たった一言のやり取りで、エヴリファイは自らが作られた目的が成就されたことを知った。ミラノルの瞳には、深い悲しみと、叡智の光が宿っていた。彼女が、野呂美玲の記憶を完全に取り戻したのだと悟った。
「いいえ、エヴィ。わたしはミラノルだよ」
ミラノル《MIRANOR》という名は、彼女を封印していた腕輪に書いてあったミレイノロ《MIREI NORO》という古代文字を、ルシトールが読み間違えてしまったところからきている。
だが、エヴリファイはそれを訂正しなかった。それは彼女が本当に美玲として、完成するのか分からなかったからだ。
しかし、彼女は今でもミラノルだと名乗る。エヴリファイはその意思を尊重した。
「ミラノル、王からの伝言が……」
エヴリファイが言葉を伝えようとするが、ミラノルはそれを遮った。
「ええ、そうだよね。わかってる。でも、今は目の前のことに集中しないと」
ミラノルはシアリスを見つめる。
◆
シアリスはオノンの攻撃を躱すと、手を突き出して力を使った。地面を通して放たれた影の力は、幾本もの棘と化してオノンたちを襲う。
不意打ちで地面から突然と生えた無数の攻撃を、すべて躱すことなどできるはずもなく、オノン、トピナ、ルシトールの三人は、体を刺し貫かれる。
皮膚が貫かれ、血液が飛び散り、三人の心臓は停止する。シアリスは影が彼らを貫いたのを感じた。そのはずだった。だが、その影の棘に磔にされたのはシアリス自身である。
驚くと同時に次の行動に移っていた。破壊された肉体を捨て、別の場所へと出現する。
今度は少し距離を離した。何が起こったのか確認するためだ。
そのシアリスの思惑とは裏腹に、再形成された瞳に映ったのは、ルシトールの巨大な肉体から放たれる、大上段からの斬撃である。
新たな肉体を作り出すのに、一秒もかからなかったはずだ。いくら霊薬を飲もうとも、別の場所に構成される肉体を、完璧に補足することなど不可能だ。それなのに、不死斬りは、正確にシアリスの出来かけの脳を破壊する。
思考が纏まらない。無駄なあがきだ。いくら破壊しようと、先に力尽きるのは彼ら。再生が阻害され、不死斬りの力が毒のようにシアリスを蝕むが、それも数秒後には無意味と化す。
破壊された脳の接続が切れる前に、その眼球に捉えた情報を整理する。
ミラノルが立ち上がり、攻撃を指示している。ミラノルが指を差すと、他の者たちが声にも出さずに攻撃に移る。
それはひとつの群れ、生き物だ。言葉なくとも、伝わる意思。さっき、シアリスの影の攻撃を乗っ取ったのも彼女だろう。
(厄介なやつだ)
新しい体がまた構成される。
不死斬りの力を、無理矢理に突破する。不死斬りの力は、細かな棘のようなものだ。
触れると皮膚に刺さり、抜かない限り痛みが続く。その棘を下から持ち上げるように再生して、自然に抜けるようにすれば良い。大量の生命力を注ぎ込むことになるが、再構成に問題はない。
シアリスは破壊される前の数瞬の間に、影の力に別の指示を与えておいた。無数の肉体を作り出すことだ。どれかひとつでも残すことができれば、時間を稼ぎ、思考を維持するための脳を残すことができる。
数体の肉体から本物を見分けることは、ミラノルにもさすがにできなかったらしい。
この複数の肉体による攻撃を試みる。そちらに思考を裂くと、本体の動きが鈍くなる危険があるが、時間稼ぎ程度に使うことはできるはずだ。
分身たちはただ体当たりをするように、ルシトールとトピナに飛びかかった。二人はそれぞれ、その肉体を迎撃する。この作戦はうまくいき、一瞬のときを稼いだ。
その稼いだ時間で、シアリスは影を放ち、無数の斬撃をミラノルへと叩き込もうとする。だが、その斬撃も、斬り裂いたのはミラノルではなく、シアリス自身の体である。
ルシトールがその様子を呆然と見ている。
「なんだ。なんでさっきから自分を攻撃してる……」
様子のおかしいシアリスを見て、もしかしたら本当に良心が残っていて、攻撃をしないように自分を破壊しているのではないか、という希望的な思考を抱いた。しかし、その思いを打ち壊すように、心の中に声がルシトールに届く。
(私の術だよ。シアリスは正気。油断しないで)
それはミラノルの声であるが、音ではなかった。
(ミラノル……、この術。心の中まで読めるのか……)
今、ルシトールたちの思考は繋がっている。
ミラノルによる魔術によって、視界を共有し、さらにその増えた視界を処理するために、脳の処理能力も拡大している。
そして、会話を、空気を通さずにできるように、思考も共有し念話として送ることができる。これにより完璧な連携を可能にするという、精神を司る古代魔術の神髄だ。
(慣れてくれば、思考と伝言を分けることができるはずだけど、今は我慢して)
(思考と伝言を分ける……。思考と伝言を分ける……。思考と伝言を分ける……)
(ちょっと……。頭の中で、うるさい!)
トピナの怒鳴り声が頭のなかに響く。ルシトールの視界はトピナを一瞬だけ捉える。
(うわ、怒った顔も、かわいいな)
ルシトールの思考が、他の皆に伝わり、ミラノルとオノンは噴き出した。トピナは少し呆然としながら、また怒鳴る。今度は念話ではなく、音が出た。
「なんで今、そんなこと言うんだ⁉」
「すまん! 違うんだ! いや、違わないんだけど……」
ミラノルは、正直者にはこの術は突然使うことはやめよう、とも思いながら、トピナが顔を赤くしているのを見て、悪くはない気分になる。
オノンの冷静な思考が伝わり、みなは気を取り直した。
(トピナ、ルシトール。この件は、この戦いのあとに話しましょう)
彼女はしっかりとシアリスを見据えて牽制している。そのおかげか、また新しい体を作り出した彼は、動かずに四人を見つめていた。
シアリスもさすがに攻撃を控えた。何度も攻撃が失敗し、なぜか自身を攻撃してしまったのだ。警戒するのも無理はない。
シアリスは行動を顧みて、ミラノルがどんな魔術を使ったのか予想する。
影の力による攻撃は、なぜか捻じ曲げられて自分に返ってくる。ミラノルの魔術であることは確実だ。
ミラノルのその中に入っている人格が、強大な力を持つことは理解できる。だが、ここまでの魔術を使うことができるとは、想定外だ。
シアリスは魔術については知識が乏しいが、トピナの魔術との比較から考えれば、圧倒的な力量の差がある。
そして、彼女との会話で、彼女が何度か転生を繰り返していることがわかっている。その魂が、三千年も前に造られたホムンクルスに宿っているのならば、考えられる予想はひとつだ。
彼女は古代魔術師だ。
古代魔術師は、この世界において神話的な力を持つ魔術師である。
エルフとの戦争に敗れたものの、未だにアトリエという彼らの遺産が、この世界での商業の一部を担っていることを考えると、その実力は話に聞くよりも凄まじいものだとわかる。彼女は今、この世界で最強の存在となったのだ。
シアリスは彼女を警戒しないわけにはいかない。彼女ら古代魔術師は、吸血鬼を創り出した。もし、ミラノルにもその知識があるのならば、吸血鬼を殺す手段、シアリスすら知らない知識を持っている可能性がある。
シアリスは戸惑う。どうやって彼らを仕留めるか。それだけがシアリスを支配する。
シアリスは気が付いていなかったが、ミラノルの吸血鬼を惹き付ける力が、効いていないわけではなかった。それは緩やかにシアリスの思考を蝕み、彼から逃げるという選択肢を削り取られてしまった。
なぜ、吸血鬼は彼女を狙うのか。このミラノルというホムンクルスに与えられた力は、あくまでも副次的な効果に過ぎない。
吸血鬼には魂がない。それは吸血鬼の体が、野呂美玲という魂を入れるための器として造られたからだ。
吸血鬼は魂を求め、人を食う。シアリスはそれを儀式だと思っていたが、実際には『転位行動』、つまり、本来の目的が果たせないために、仕方なく別のもので代替する、ストレスの発散でしかない。
本来はその吸血行為は、野呂美鈴ひとりに向かられるためのものだった。吸血鬼の体には、野呂美玲の魂を求める本能が刻まれている。ミラノルが吸血鬼を惹き付けるのは、野呂美玲、その魂が入っているからに他ならない。
この転位行動は、吸血鬼を創造した古代魔術師本人でさえ、知ることのない事実である。ミラノルやシアリスには、今後も理解はできない事柄だ。
完全な不滅者であるデラウに対しては、その効果が特効となった。
影の力から分離された収集家には、ある程度の効果しか発揮しなかった。
そして、魂を持った不滅者であるシアリスには、ほとんど効果を及ぼさなかったのだ。
(みんな、聞いて。影の力による攻撃は、わたしが何とかする。けど、さすがに近い距離からの攻撃は、防げないからそれだけは注意して)
ミラノルが皆に告げる。
彼女の視界は何らかの術によって、シアリスの影の力の動きを追うことができた。それは物質を透過しても感知できるようだ。
この力を使って攻撃を予測し、幻覚と空間操作によって、相手に攻撃を返す術である。しかし、その発生速度には限度があるので、至近距離からの攻撃は防げない。
こういった知識が、会話とともに流れ込んでくる。トピナは自分の知らない魔術の知識に興奮して、ミラノルに絡みたい気持ちを我慢していることが伝わってくる。
(トピナ……)
オノンが呆れるので、トピナは反論する。
(待ってくれ。まだ、何も言ってないだろ!)
トピナもルシトールも、このような力に慣れていないので、本心を隠すことができない。
オノンは精霊術を使うときの、精霊との対話と同じだと気が付いて、完全に操っている。
強敵を前にしてこんなに混乱しているのは危険だが、問題がないのはこの念話が会話よりも瞬間的な意思のやり取りを可能にするからだ。加速した思考が、通常の会話では、何十秒も掛かる会話を、一秒もかからずに終わらせる。さらに想像した画像や、行動する順番などを形而上的に伝えることが可能になる。
ただし、リスクもある。長くこの術を続けていると、人格が他者の影響を受けはじめ、性格や記憶がゆがむ。もし、個を維持し続けたいのなら、使うべきではない術だ。
それもあってミラノルは、少し焦りながら話を引き戻す。
(戦いは長くは続けられない。シアリスの体を破壊し続けても、こちらが先に力尽きる。だから、わたしがあいつを『虚無』に落とす。そこなら、吸血鬼も再生できない)
虚無についての知識が伝わってくる。
魔術師であるトピナは、虚無について知ってはいるが、それについての詳しい知識はほとんど持っていない。ただ、虚無に落ちたものは、肉体だけでなく、精神・魂さえも消滅し、完全に消えてしまうと言われていた。現代魔術においては、それに触れるのは禁忌とされている。
ミラノルの知識により、虚無は世界中に存在して、物質界の裏側のような場所であり、そこは古代魔術師がアトリエの空間を作り出すために利用されるとわかる。
そこに落ちた物質界のものは、虚無と同化して跡形もなく消えてしまう。そうなれば、再生することもなく、消滅するしかない。
この力を使えば、例え相手がどんなものだろうと、物質界のものである限りは、完全に破壊することが可能だ。
ただしもちろん、これにはリスクが発生する。それを伝えようとしないミラノルに、エヴリファイは抗議の意を示した。
(ミラノル、それは承知できない)
エヴリファイは魔術師ではない。魔術を使うことはできないが、アトリエで管理者として造られたこともあり、その知識は持っていた。
ミラノルの考えは、虚無にシアリスを閉じ込めることである。虚無に簡易的なアトリエを創り出し、そこにシアリスを送り込んでから閉じることで、吸血鬼を再生させることなく消滅させる方法だ。
アトリエを創り出すことはとても難しいが、オールアリア城の壊れかけたアトリエを使えば問題ない。だが、それを閉じるには、内部から操作する必要がある。つまり、自身も虚無に消える必要があるのだ。
現在でも三千年前のアトリエが残っている原因である。エルフは古代魔術師を滅ぼしたが、犠牲なく安全にアトリエを閉じる方法を考えつかなかったのだ。
その思念が伝わってくると、ルシトールも、トピナも反対した。オノンは何も言わず、シアリスを厳しく見据えている。
(自分がアトリエを閉じる)
エヴリファイが言った。
(無理だよ。魔術で空間を閉じるしかない。シアリスはオールアリアのアトリエの鍵を受け継いでいると思う。空間に落としても、すぐに出てきてしまう。わたしの力でそれを妨害するしかない)
ミラノルは提案を拒絶するが、エヴリファイは譲らなかった。
(ミラノル、自分にはアトリエの最上位の『鍵』を持っている。これを使えば、シアリスの鍵では外に出られない)
(どうしてそんなものを……。いえ、ネルがあなたに渡したのね)
ネルとは誰かと、思わずトピナが訊ねるが、ミラノルたちはそれを無視した。
『鍵』とは権限のようなものである。最上位の鍵であれば、他の鍵を上書きして、機能停止にすることができる。
オールアリアのアトリエは、ミラノルが創ったアトリエであり、ミラノルの死後は、ネル、美玲の恋人が管理したはずだ。
さらにエヴリファイは自分の胸元についた傷を見せた。先ほどミラノルが完全に治したはずだが、そこにはシアリスが付けた傷跡が開こうとしていた。
(体の限界が近付いている。これ以上、肉体を維持することはできない。自分にやらせてほしい。自分はそのためにここにいるのだと思う。
君の覚醒を見届けたことで、ネル王から与えられた役目は終わった。自分にその役割を任せてほしい)
この念話は、ミラノルにしか聞こえていない。
エヴリファイがミラノルにお願いをすることなど、今まで一度もなかった。エヴリファイが、自分の死に場所を求めていることが、ミラノルに伝わってきた。
ネルによって強制的に注入されたミラノルへの愛情と、自分の使命の重み。三千年の不毛な時間への絶望。そして、終わりを迎える歓喜。
それらの感情がミラノルに伝わってくる。彼女にはそれを否定することはできない。
(本当にあなたはそれで良いの? まだ、何とかなるかも……)
そう言いかけて、ミラノルはやめた。彼はネルを恨んでいる。ミラノルのことを恨みたいと思っている。
エヴリファイの意思を無視した力が、彼を苛んでいる。
そして、彼の最期のこの行動は、彼自身の意思であると同時に、ネルの遺志であると感じる。エヴリファイを作り、ミラノルの蘇らせたネルの遺志だとしたら、エヴリファイは最期まで操られたままだ。
(構わない、それでも)
エヴリファイの意思が伝わってきた。ミラノルはもう何も言い返さず、他のみなに伝える。
ネルのことは伝えず、シアリスを閉じ込めることを伝える。それにはエヴリファイが犠牲になることも伝えた。これにはトピナが他の方法があるはずだと言うが、意外にもルシトールは反対しなかった。
(トピナ。エヴィの覚悟は伝わっているだろ。今、この場でシアリスを倒すしかない。あいつはもうオレたちの手に負える相手じゃなくなっている)
シアリスは今、自分自身の弱点を克服していた。それは、溜め込んだ生命力の少なさだ。これを克服した不滅者に、今や敵はない。
最大の天敵であるはずのミラノルの力が、彼に及ばないとするならば、人類にとって最悪の敵となるだろう。
(だからって……、命を犠牲にしなきゃいけないなんて。それは黒魔術だろうが!)
それはもっともである。黒魔術は、生命を犠牲にする魔術だ。虚無とともに現代魔術に置いての禁忌である。
そこを利用するだけでなく、他者の命を使うことになれば、トピナの倫理観を徹底的に破壊することになる。
オノンが慰めるように言う。
(トピナ、虚無は魔術師協会が語っているような場所じゃないんだよ。この戦いが終わったら、そのことについて話してあげる。エルフが知っている虚無についての知識を教えてあげるわ)
(でも、エヴリファイは……)
それについては言葉にする必要もなく、エヴリファイの思いが伝わってきた。
(あなたの真心は忘れない、トピナ。だが、他に案がないのならば、やらせてほしい。君たちの力になって死ねるのならば、これほど光栄なことはない)
エヴリファイの言葉に心打たれたトピナは、反対するのをやめた。ただ、吸血鬼を倒す方法を考えるのは止めなかった。
この戦いには間に合わなくとも、新たな討伐方法を編み出すことを心に誓った。その思いにエヴリファイは感謝し、ミラノルも同じ思いを心に宿した。
やるべきことは決まった。
シアリスととにかく戦い、エヴリファイがシアリスに取り付く隙を作る。幸いなことに、こういった戦いは、二度目である。そのときは、シアリスは味方であったが。
納得したトピナに変わり、オノンは迷っていた。
今のシアリスが本当に正気だとは思えない。オノンたちを救ったシアリスには、確かに真心があった気がしていた。シアリスを信じてみたいという気持ちが、まだ残っていた。
だが、首につけられた牙の痕が、鼓動するたびに疼き、痛む。
その思いは共有していないつもりだったが、ミラノルの思念がオノンに伝わってくる。彼女は、ルシトールとトピナには話さなかったことを伝えてくる。
オノンの心の中にいた、無意識の存在であるはずソラルが、シアリスを悪魔だと言っていたこと。
ミラノルとシアリスは、かつては別の世界の住人であり、この世界に転生してきたこと。
別の世界でもシアリスは人殺しの悪魔のような存在で、自分のことしか考えていない危険人物であること。
そして、宿った肉体が、その邪悪な魂を助長する吸血鬼であるため、決して理解し合うことはできないこと。
それらを告げた。
衝撃的なことを幾つも言われ、オノンは困惑するが、そこは年の功である。動揺を抑えて、ミラノルに訊ねた。
(なぜ、私にだけそれを話すの?)
ミラノルの思念は穏やかに言う。
(二人に今話しても、混乱するだけだから。それにこの中で生き残る確率がもっとも高いのはあなただと思うの。このことを誰かに知っておいてほしかった。エルフでありながら、魔術を嫌わないあなたに、知っておいてほしかったの)
オノンはミラノルが古代魔術師であることに気にしていない。
他の長寿のエルフたちがミラノルの存在を知れば、また同じような戦争が起こるかもしれないが、オノンはそれを誰かに話すつもりはない。ただし、彼女がある特定の存在であるのならば、話は変わることになる。
(あなたは、また古代魔術を広めるつもり?)
ミラノルは言葉を選ぶように、少しだけ黙った。そして、言葉を紡いだ。
(わたしはこれ以上、誰かに魔術を教えるつもりはない。もう、この世界に影響を与えすぎたから、もう二度とそんなことはしない。
わたしは、この世界に生まれたミラノルだよ。もう、元の世界に帰ろうなんて思わない。わたしは神を信じないから、誰に誓うこともできないけど、どうか信じてほしい)
こうして嘆願されるのは、つい最近にもあったことだ。その人物は今、赤い瞳でこちらを睨みつけている。
五人の視線が、ひとりの少年に集中した。
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