忙殺
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「どうやら、あの娘が城下にいるようだな」
デラウの部屋にて彼が言った。シアリスは立ってそれを聞く。
「どの娘のことでしょう」
「魔物狩りの娘だ」
ミラノルのことだ。彼女がいるのであれば、ルシトールもエヴリファイもいる。そして、
この街にやってきた理由はひとつだ。
「ああ、ミラノルさんですか。それは気になりますね。殺しますか」
「随分と物騒な考えだな。もう少し落ち着いて考えてみたらどうだ」
さっさとルシトールを殺そうとしていたデラウに、そう言われるには心外である。もちろん、シアリスは本気で言ったわけではない。
自領内で殺人騒ぎがあることは好ましくないし、それが吸血鬼狩りを専門としている者であれば、なおさらだ。
「では、また捨て置くのですか? 先日の件もありますし、危険だと思うのですが」
魔物リッチとなったクライドリッツを倒したその後、シアリスはミラノルに近付くなとの命を受けていた。
デラウはミラノルが、リッチの力をオノンから取り除くところを見ている。さらに近くで見ていたシアリスが、ここで脅威を指摘しないのは違和感があるから、敢えて言う。
それに、である。
「では、モビクが死んだのも、彼らということですね」
モビクとはデラウの女従徒のことである。不滅者と従徒の繋がりが断たれるのは、死か不滅者が望んだときか、従徒が死んだときのみだ。
彼女は数週間前、デラウの命を受け、混乱したクライドリッツ領に赴き、地下で飼うための奴隷を捕らえにいった。そして、その繋がりが断たれたことを、デラウは感じ取ったのである。
「もちろん、そうであろうな。今は私兵に監視させている。我が領地に入り込んだことも、偶然ではないだろう。シアリス、へまを打ったのではないだろうな」
正体がバレたのではないかと言っているのだ。もちろんバレているが、それを話すつもりはない。
「ありえません。もし、僕を吸血鬼だと思っていたのならば、僕に背中を任せるような真似は、あのルシトールが許さないでしょう。それにこの時期です。もしかしたら、モビクから情報を抜き出したのでは?」
ルシトールはシアリスが吸血鬼であることを知っている。
デラウに対しても敵愾心をむき出しにしていたその彼が、戦いの最中にシアリスを庇うようなことをして見せた。それをデラウは見ていたわけではないが、戦いが終わった後、シアリスの報告を聞いて知っている。
建前とはいえデラウに礼を言われ、驚くルシトールの引き攣った顔は、気の毒ではあるが少し笑えた。
シアリスが致命傷を負い、吸血鬼の力を解放したら、ミラノルの力で暴走し、全員が死ぬことがわかっていたから庇っただけである。
デラウは、ミラノルがどんな力を持っているのは分かっていない。モビクを倒したのが彼らとするならば、その後にすぐ現れたことに因果を求めるのは当然である。
「やはり、そう思うか。なるほど、お前の考えが物騒だと言ったのは、私の間違いだ。やはり、殺すとしよう」
さて、どのように話を進めるか。シアリスは考えもせず、なりゆきを楽しんだ。
「彼らの考えは判りません。行動原理を考えるならば、彼らの生業が狩りであることが、深く関係しているでしょう。しかし、こちらから手を出せば、我々が不滅者であることが公になってしまうかもしれない。
ならば人として、こちらから誘いを掛けてはいかがですか。城に招き、晩餐会でも催しましょう。招待状を送り、行動に釘を刺すのです」
シアリスは名案だという顔でデラウを見た。デラウは慎重な性格だ。魔物狩りを自分の居城に招くなどしないだろう。デラウは少し考える様に立ち上がり、窓の外を見た。
外は満月で、闇と明かりが広がっている。こういうときの闇は、新月よりも濃い。
それは明かりのひとつもないこの部屋も同様だが、吸血鬼の感覚にはなんの不都合もない。
それに吸血鬼たちは音を出して会話しているのではない。影の力によって言葉を伝える念話とも言うべき会話方法で話し合っているのである。暗い部屋は静かで、誰も中で秘密会議が行われているとは思わないだろう。
オールアリア城は、戦時には要塞として、平時には居城として機能し、代々の秘匿であるアトリエの存在を隠すように、増改築を繰り返してできた城である。デラウが城主となってからもそれは行われ、影の道は作られ、従徒とメネルとの生活空間分けられていた。
城に招くことは余計な危険を増やすことになりかねない。もちろん偽装は完璧に近いが、相手は未知の力を持つ敵である。
「釘を指すのは悪くない考えでもある。奴らはお前の恩人でもある。ひいてはこのオルアリウス領の恩人でもあるわけだ。盛大に迎えるのも悪くない」
話が不安定に傾きつつあることを察したシアリスは、怪訝そうに、どうするつもりか、と訊ねた。
「城下街で盛大に歓迎しようではないか。食糧庫を開放し、祝宴を開く。住民にも参加させ、奴らの顔を住民に覚えさせる。
秘めた行動をやりづらくし、常に監視していることに気付くであろう。そして……、この住民がすべて我が人質であり、私に敵対すればその人質が敵になることをわからせてやれば良い。
その後、奴らを追跡し、寝首を掻いてやれば済むことであるな」
随分と派手なことであるが、陰湿さは実に吸血鬼らしい。シアリスはわざとらしくため息をついてみせる。
「あまりに危険すぎる計画ですね。もし、我々の力が暴走してしまったらどうするのですか。そうなったとき、目撃者を全員殺すにしても、数が多すぎます。それに祭りを開くのに、吟遊詩人はともかく、楽団はどうするのですか」
この世界の祭りと言えば、音楽である。
娯楽が発展していないこの世界では、民衆の楽しみと言えば、小芝居をやる劇団や、吟遊詩人やたくさんの人を抱えた楽団であった。吟遊詩人は領内にたくさんいるので、急な仕事でも集めることは可能だろうが、大規模な楽団ともなるとそうはいかない。
「それに王からようやく支援を取り付けたとはいえ、それに依存する中で祭りを開けば、王も愉快には思わないのではないでしょうか」
デラウの評価は今や、急騰していると言って良い。
混乱の最中にあるクライドリッツ領から逃げ出した人々が、豊かであるはずのミクス領よりも、山の中の田舎であるオルアリウス領を目指している、などと言う話もある。
実際にデラウのもとには、そう言った報告が多く上がってきており、領地運営において頭の痛い問題にもなっている。先日もこの問題について、国王に目通りを願ったばかりである。
今までのデラウは、武勇に置いてのうわさはあったものの、実際にその力を振るう機会は少なかったし、領民のやることに過度に干渉はしないという経営方針であったため、昼行燈(こちらの世界では『真昼の夜光石』だが)のように言われることも多かった。
その評価が、ここに来て一気に変わりつつあるのである。
デラウは自身とも関係の深い、クライドリッツ家の崩壊に関わったということで、処罰を申し出た。しかし、王は逆に、彼にクライドリッツ家の土地の一部を分け与えるようとまでしたのである。それを断ったデラウは、宝物のみを下賜され、領地にさっさと引き上げてしまった。
その慎ましやかな振る舞いに、民衆は好感を抱いたのだ。オルアリウスの領民は、二・三日のお祭り騒ぎが続いたが、クライドリッツ領からの難民流入により、それも長くは続かず、窮屈な生活を強いられることになる。
この困窮を問題視したデラウは、王へ支援の要請をした。褒美の代わりにそれは受け入れられ、この問題は解決に向かいつつある。デラウは今や、国内において最も有力視される貴族のひとりとなった。
クライドリッツ家亡き今、王の後ろ盾を得るのは、オルアリウスにとっても王にとっても悪くのない話なのである。
そういった事情によって、オルアリウス領は現在、浮かれている。民衆の慰労のために、食糧庫を開放することは悪い話ではない。
領民の声に応え、表舞台に姿を示すことも、領主としての立派な仕事であることは事実である。
「どうであろうな。ここで少し無能を示しておけば、この状況を良く思わない他貴族は安心するだろう。それに王も私を与し易いと見て取るかもしれぬ。悪い話ではなかろう」
そういったこともシアリスは良く理解している。
「それについてはもっともな話です。が、それに危険を冒す価値があるとは思いません。 折衷案はいかがですか。別に城に招待する必要はありません。別邸に招待し、そこで様子を見るのです。何もしてこないのなら、それに越したことはないでしょう」
小さな領地とはいえ、他に屋敷がないわけではない。他の貴族が領にやってきたときの宿泊地や、防衛拠点となる要塞なども存在する。デラウは少し黙って何かを考え、鼻を鳴らした。
「やはり、まだまだお前は甘いな。やるのであれば、確実にやるべきだ」
シアリスは大げさに残念がる。そして、最初から狙っていた着地点に、話しを誘導した。
「では、こうしましょう。城に誘い込み、殺す。ですが、別に我々が手を下す必要はありません。奴隷にやらせるのです。
アトリエに放り込み、奴隷どもに殺させれば良い。ミラノルの力はどうやら魔物にしか効かない様子ですから。
奴隷たちであれば、兵士と違って死んでも問題にはならない。アトリエ内ならば外に音も漏れない。城に招かれた無法者が、何人か行方不明になったとして、誰が気に懸けましょうか」
シアリスは言い終えると、デラウの返事を待った。彼がこの話に乗ってくるかどうかは賭けである。
慎重さをなくし、傲慢さを持ち始めた者は、破滅へと足を踏み外す。デラウが良く言っていることだ。だが、そのあとに続く言葉は、大胆さはときに破滅を救う、だ。
「なるほど。良いだろう。面白そうだ。スケルトンでも兵士ではないただの人相手に、奴らがどこまで非情になれるか見ものだな。そうと決まれば、招待状を書かなくては」
乗り気になったデラウに、シアリスは安心した。彼の行動を観察してきたシアリスは、デラウが喜ぶ答えを提供できる。
デラウはもう戻れと、シアリスに言う。シアリスは音もなく、デラウの部屋から消えた。
部屋に戻ったシアリスは、ベッドの中に潜り込むと、考える。
話がうまく回り始め、シアリスは舌なめずりをした。今、デラウの注意はミラノルたちに向いている。その隙を逃すわけにはいかない。




