死蔵
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影となった不滅者のために作られた通路を進む。厚紙程度しかないその隙間の道は、城中に張り巡らされており、デラウとシアリスの秘密を守っている。
影の力はとても便利なものではあるが、便利すぎて頼りすぎになってしまうきらいがある。
肉体の維持・変形・再生、物質化しての攻撃・防御、影となっての受け流し、様々なものの収納、自身が影となっての移動等々。影の力の汎用性は多岐に渡り、吸血鬼の吸血鬼たる所以といっても過言ではない。
それは吸血鬼としての特徴でもあるが故に、同時に弱点にもなりうる。
人前でこの力を使えば、吸血鬼であることを悟られてしまう。影の力に頼りきりでいると、人前での行動に慣れることができない。
そのためデラウはシアリスに、自らの部屋と、人間の入り込むことができない地下、その二つの場所でしか使用しないように言いつけていた。
慎重なデラウらしいやり方だ。シアリスとしては慎重すぎると思わないでもないが、二千年を生きてきた魔物の助言を無下にするほど愚かでもない。
長い隙間の道を進んで、二つ目の角を曲がり、今度は上に上がっていく。隙間は迷路であるが、吸血鬼の記憶力があれば問題にならない。そのままデラウの部屋まで来ると、実体となって出現する。
デラウは執務机に向かい、まだ何事かの仕事をしているようである。ここ数か月の国内のゴタゴタのせいで、仕事は山積みである。そのため狩りにも行ってはいないようだ。
疲労を感じない不滅者であるが、フラストレーションは溜まる。少しイラついたような口調で、書類から顔も上げずにシアリスを出迎えた。
「用があるなら、手早くな」
「では、本題から。完全な不滅者を作るには、エルフが必要なのでしょうか」
デラウがはたと手を止め、シアリスのほうを見る。
「どこでそれを知った」
予想は当たっていたようだ。
リッチがエルフの肉体を欲していたところからの予想である。だからどうだというわけでもないが、なぜ、デラウはシアリスにそれを教えようとしなかったのかは気になる。
「事前に教えておいていただければ、貴重なエルフの確保を優先できましたのに。仲間を増やすのに必要なことならば、私も協力を惜しみません」
デラウは何のことかと束の間考えてから、大口を開けて笑い出した。
「おお、やさしいシアリスよ。仲間とは、他の不滅者のことかね?」
シアリスは何が可笑しいのかと、怪訝そうにデラウを見つめる。
「いや、すまない。お前を相手にしていると、まだ生まれたばかりの赤ん坊だということを忘れてしまうな。よろしい、せっかくの機会だ。話しておこう。付いてきなさい」
赤ん坊だと言われるのは腑に落ちないが、まだ二歳であることを考えれば仕方がない。
デラウが影となり隙間の道に消えたので、シアリスもそれに倣い後を追う。
道は人間牧場である地下のアトリエにつながる道である。アトリエ内部は別の次元にあり、密談をするにはうってつけの場所だ。
一度、影化を解き、廃棄された地下牢に偽装した扉を開ける。アトリエの中に入ると、中はまだ昼だった。
面白いことに、このアトリエ内部が夜になることはない。それでも従徒たちが問題なく活動できるところを見るに、地上の昼とは少し違うらしい。農業もできるところから日光としての効果はあるようなのが、不思議なものである。
そしてその摩訶不思議な空間を、長閑な田園風景に変えてしまった奴隷たちの根気には脱帽だ。
このアトリエを管理している従徒のミグシスが出迎えた。彼はどの時間に向かっても、必ず出迎えてくれる。何か不思議な勘を働かせいているらしい。
デラウは彼に下がるようにいうと、奥へ続く道を歩き出した。
内部は昼が続くとはいえ、人間たちには休息は必要である。
アトリエの外が夜であれば、こちら側も夜の休息時間……、というわけでもない。昼夜、交代で農業は続けられ、保存食などの加工や工芸品の作成が行われている。
奴隷たちの活動時間をずらすことで、一斉蜂起による脱走などを防ぐ効果もあるらしい。
自らの食料は自らで作らせ、勝手に繁殖し、外で使う戦略物資の生産も行わせる。恐ろしくも、効率的なことだ。
彼らは食用の家畜であり、労働力としての奴隷でもあるのだ。
整備された林の中を進む。太陽がないので方向を確認することはできないが、こちら側は人間たちの住む村の方角ではない。
影の力を使えば歩く必要などないのだが、しばらく無言でデラウに付き合っていた。かなり歩いたあと、痺れを切らしてデラウに訊ねる。
「どちらに向かうのでしょうか」
「なに、間もなく着くよ。こうして親子で散歩も良いものだろう」
要は息抜きがしたいのだ。あざとく親子などと言ってくるのも気味が悪い。
そこからまたしばらく歩いて、建物が見えてきた。まるで城から一部を切り取って持ってきたかのようなそれは、巨大な岩を組み合わせ、削って作ったような形をしている。
どことなく見覚えがあるが、記憶とは少し違って見える。
「ここは……、僕の石棺ですか」
「その通り。お前の生まれた場所だ」
古代の遺跡のような正四面体の石造りの建物。
空間を仕切る扉も石でできており、並の膂力では開けることも難しい。だがシアリスの記憶によれば、扉は木でできていたし、石室から外に出たとき、そこは既に城の廊下であったはずだ。
「この部屋、動かせるのですか」
デラウが石の扉を軽々と開けると、中に入る。後ろから追いかけながら話しかける。
「動かせる? ああ、お前が生まれたときは、扉を繋げていたのだ。それで、まるでこの部屋が地下牢にあると思ったのだろう。それについてもいずれ説明しよう」
(扉を繋げる? 魔法ってものは厄介だな)
気にしないことにして、石室の中に入る。
デラウが指を鳴らすと、壁に備え付けられた燭台の蝋燭に火が灯った。今は吸血鬼しかいないのだから、明かりを灯す必要などはないのだが、デラウはどこか律儀なところがある。
人間として生きている時間が長いからか、手癖のようなものかもしれない。あるいは、人間らしい偽装を、常に絶やさないことが長生きのコツなのか。
内部もシアリスが生まれたときとは少し変わっていた。
真ん中の高くなった場所に、シアリスが入っていた石棺がある。蓋も石で作られていたはずだが、シアリスが生まれたときに破壊してしまったから今はない。それは欠片も残さず片づけられている。
そして、その周りを囲っていた血で書かれた紋様も、跡形もなく消えていた。あの紋様は文字のようにも見えたが、図書室などで調べてみても、それらしい記述や文字は見当たらなかった。
「紋様が消えていますね」
それらしいと思われるものは、古代魔術師たちが使っていたという独自の言語だが、それは現在ではほぼ完全に失われている。
アトリエから見つかる書物などは、見つかった時点で、様々な理由で書物としての機能を失っていることが多く、遅々として研究は進んでいないとのことだった。
そういった書物は、古代魔術師の手によって解読されないようにされているらしい。自らの魔術の秘密を守ることは、魔術師にとっての生命線でもあるから、防護のためにそう言った仕掛けがあるのだ。
「消したのだ。あの文字は私の親から受け継いだ。不滅者を作成するための術式。いわゆる古代魔術の一種である。あの文字を覚えているかね」
あの紋様はやはり魔術を執り行った痕跡であった。シアリスの想像は間違っていなかった。
シアリスは記憶を辿る。生まれたばかりのときの記憶のはずが、なぜかはっきりと思い出せる。
「覚えております。もっとも意味や元の形を知りませんので、形を再現するだけですが」
「それで構わんだろう。私自身、意味は知らん。それをメネルの血で描くのだ。おおよそ二十人分程度は必要であったな」
完璧主義のデラウにしては随分と曖昧な話だが、実際シアリスは生まれたのだから、必要充分ということか。
「最後に棺にエルフの死体を収め、石棺を封印し、呪文を唱える」
エルフの死体。死体か。シアリスは少し残念そうに訊ねる。
「死体で良いのですか。生きたままの方が良いのでは?」
「いや、元々のこの術の由来が、死者を蘇らせる術だ。死体で良い」
「エルフの死体でなければいけないのですか。メネルの死体ではどうなります?」
「失敗するだろう。不滅者は誕生しない。生まれてくるものは動く死体……、とてつもなく手間の掛かったただのゾンビ。あるいは、術は発動すらしない」
素材ひとつ違うだけで、そこまでの違いが生まれるものなのか、シアリスは少し試してみたいと思うが、それは心に閉まっておくことにする。
デラウは少し間を置いてからまた話し出した。
「私にとってこの術式の成否は、どうでも良いことであった。だが、それは成功し、お前ほど優秀な不滅者が生まれてきた。
正直な話、対応に困ったぞ。たまたま跡継ぎの偽装工作で使えるものがあったから、お前を息子として受け入れることができたがな。本来であれば従者か、庶子として迎えることになっただろう」
今のデラウの嫡子というポストは、事前に想定されて準備されていたわけではなかった、と言うことだ。シアリスが生まれていなければ、デラウ自身がそこに納まることで、世代交代を演出するつもりだったのだ。
「では……、他の不滅者が増えることを、喜ばしいと思っていないのですね」
シアリスがそう訊ねると、デラウはもちろんと言いたげに頷いた。
「確かに我々には、横のつながりはある。不滅者同士の会議が開かれることも確かにある。
だが、仲間意識があり、助け合っているのかと言われれば、否だ。
利害が対立することになれば殺し合う。例え、不毛な戦いになろうともな。近頃は殺し合いすぎて数も減り、そういったことは少なくなったがね」
不滅者の死因第一位は、同族同士の殺し合いとのことだった。
不滅の魂と再生能力の戦いは、無限とも思える時間が続く。場合によっては一対一の対決が、十年二十年続くこともあったとのことだ。何か決め手がなければ、泥沼になることは確実である。
確かに不滅者の数が多ければ、縄張り争いが発生することになるだろう。吸血鬼は普通の獣とは違って、自分の縄張りではなるべく狩りをしない。巣の位置を悟られないためだ。
そうなると、縄張りが隣り合ってしまえば、自分の縄張りで別の吸血鬼による事件が起きてしまう。他の吸血鬼のせいで、吸血鬼狩りが自分の縄張りを捜索し始めることになる。
リスクを排除するために、他者の縄張りの近くには縄張りを作らないことが必要になる。種族的に自己中心的な吸血鬼が、それを許容するとは考え難い。良質な狩場は限られてくるからである。
「では、なぜ僕を作ったのですか。不合理に思えますが」
「うむ、そうであるな。理由は……ないな。子を成すことに理由が必要かね」
「不滅者であるならば」
デラウは鼻で笑った。
「そうだな。理由を付けるとするならば、本当に作ることができるのか実験しておきたかった。そして、私には作るための施設・素材・知識があった。近頃はこのアトリエの運営も軌道に乗り、刺激がなかったのでな。気晴らしには良い作業だったよ」
つまりは退屈しのぎだったいうことか。だが、子どもを作るというのは、その程度のことかもしれない。余裕があるから作るのではない。暇だから、刺激が欲しいから作るのだ。
「なるほど……。生き物は己の死期を悟ると、子孫を残そうとする本能が強くなると言います。父上もそれが近いのかもしれませんね」
シアリスがそう言うと、デラウは喉を鳴らして笑う。シアリスは彼が笑い終わるのを待ってから、質問を続けた。
「いくつか訊いておきたいことが増えました。よろしいでしょうか」
「よろしい。答えよう」
デラウはシアリスの石棺の端に腰かけると、足を組んでシアリスに向き合った。
「我々は魔術によって創られた。つまり、メネルが作ったということなのですか」
「ある意味では、そうだ。人間の業が生んだものだと言える。だが、不滅者を作る魔術を始めて編み出したのしたのは、エルフだ」
「エルフ? エルフは魔術を嫌っているとのことでしたが……」
「一口にエルフと言っても、住む場所も違えば思想も違うものも居る。居た、が正しいか。メネルに教えを請い、魔術を学んだエルフも居たのだ。そして、そのエルフは、死者を蘇らせる魔術を研究した」
「それは……屍霊術、ということですか」
「その通り。だが、現代の屍霊術と違うものだ。古代魔術の一種であり、現代のように無条件に忌避されるようなものではない。それを禁止にするような組織がなかったから、ではあるがな。
その研究の実験結果として、多くの魔物が生み出された。ゾンビ、スケルトン、ゴーストなどが最たるもであるな」
デラウの講義は書物には書かれていないことも多量に含まれている。悠久のときを生きた吸血鬼は、文字通りの生き字引と呼べる。
しかも、その記憶を呼び起こすための肉体自体も、感情や体調に左右されない完璧なものだ。熱心なメネルの研究者が居たならば、例え死ぬことになろうとも、この講義を聞きに来ることだろう。
「実験の結果、多くの魔物が生まれた。でも、それは失敗作……ですね。死者を蘇らせているわけではない。死体を操っているだけだ。不滅者も同様なのでしょうか」
魔術によって動く肉体であるゾンビやスケルトンは、自由な意思を持たない。命令に従うだけの人形である。それではとても蘇ったとは言えない。逆にゴーストは肉体を持たない魔物だが、肉体がないということは、記憶も思考もない。精霊に近い存在であり、不気味ではあるがほとんど無害な魔物、と書物には書いてあった。
デラウは首を横に振った。
「いいや。我々、不滅者はあのような、出来損ないの不死者たちとは違う。知能を持ち、自我を持つ。それはお前もわかっているだろう。我々は明確な目的のもと、魔術によって生み出された、生命体だ。命を持たぬものとは、明確に違う」
シアリスは黙ってデラウの言葉に耳を傾けている。
「エルフの魔術師の弟子である古代魔術師たちの手によって、強力な魔物として作り出された我々は、エルフに対抗するための兵器として利用された。
当初の目的である、死者の蘇生というものは忘れ去られ、戦闘人形としての役割を与えられたのだ。その力は強力で、メネルの血の摂取さえ絶やさなければ、不滅の肉体と高度な知能を備えていた。
結果として、死者を蘇らせるという試みは頓挫するが、エルフを滅ぼすための兵器は誕生したのだ」
不滅者を作るには、エルフの肉体が必要。それ自体は想像していた通りだ。だが、エルフが吸血鬼を作り出したというのは、シアリスには思いもよらなかったことだ。
人間の血を燃料にする兵器。
デラウはそれが吸血鬼の正体だと言う。
「けれど、まだエルフは生き延びている」
シアリスが呟くと、デラウが喉を鳴らして笑う。
「その通り。なぜだと思う」
「知能が高すぎたのですね。エルフを滅ぼしてしまえば、不滅者も不要となり、処分される可能性があった」
「そうだ。それに気が付いた始祖の不滅者は、主の命令に従順な振りをしながら、その支配を脱するべく行動した。
自由となった始祖は、多くの仲間を作った。幸いにもエルフの死体はたくさん手元に存在したからだ」
「しかし、仲間だと思っていたものは、仲間ではなく、ただの自分の競合相手だった」
「うむ」
精霊術を使うエルフが、魔術を使ったならばどうなるのか。精霊の力を併せ持った魔術とはどういったものだったのか。
その力を受け継いだ古代魔術師が作り出す兵器、生み出された吸血鬼。それが強力な力を持つのも頷ける。
本来、命を助けるために生み出された吸血鬼は、エルフを殺すために利用された。だが、エルフは滅びず、メネルを喰い殺し続けている。これは禁忌に手を出した報いなのだろうか。吸血鬼を初めて作ったエルフの魔術師は、どう思うのだろう。
ここまでの話で、似たような存在を思い出す。
「我々はホムンクルスの一種、と言うことなのでしょうか」
「ホムンクルス? あんなものとは違う。あれはただの人形。確かに作られた存在という点では似ているが、我々のような知能も力もない。生き物というのもおぞましい」
随分な言い分だ。そこまで拒絶するのは、わかりやすい反応だった。
同じ魔物だとのことだったから、吸血鬼とも同等かとも思っていたが、プライドを刺激する話だったようだ。
「そうですか。最後の質問をよろしいでしょうか。これまでの話とは少し毛色が違いますが……」
「よろしい」
「私の素材として使われたエルフですが、精霊使いオノンの弟なのでしょうか」
「オノン? 弟を探していると申していたな。確かに素材としたエルフは男であったが、弟かどうかはわからぬな。何か気になることでもあるのかね」
「いえ。エルフの肉体が持っていた感情の影響かと思いましたが……。エルフであるオノンを見たとき、殺そうとは思わなかった。食指が伸びなかったのです。本来であれば、エルフを殺すための本能が湧き出るのかと思いまして……」
デラウは少し考えるようにしてから答える。
「ふむ。いや、それはもっと単純な話であろうな。
我々にはエルフを殺すという本能はない。それはあくまでも、後から命令によって付与された目的だ。新しく生まれた不滅者に、その命令は刻まれていないはずだ。
それに素材となった死体の意識に、不滅者の意識が干渉を受けることなどないだろう。私は少なくとも感じたことはない。
もうひとつ、エルフは数が少ない上、手強く、捕らえるのに苦労するわりには、味が良いとも言えない。私もその血を味わったことはほとんどない。
私が生まれたころには、エルフは既に滅びかけていたからな。食べたことのない得体の知れぬものに、食指が伸びないのは当たり前ではないかね。しかも、それがおいしくなさそうだと感じるなら、特に」
少し意外な答えが返ってきた。確かにそうかもしれない。食してみれば意外とハマるかも。しかし、それは共食いに近いことになるのか、などと考えてから、やめた。試す機会は間もなく訪れる。
その後、デラウは不滅者を造り出すための具体的な方法をシアリスに伝えた。
儀式の完了には、約二年の年月が必要だとのことだ。それだけの月日が必要だとすると、安全を確保することは難しい。秘密裏に行うことが求められるならば、このようなアトリエは儀式を行うのに絶好の場所である。
「疑問には答えられたかな」
デラウは興が乗ってきたのか、講義を続けたそうだが、シアリスの興味は既に別のところに移っていた。
「ええ、もう結構です。お時間頂き、ありがとうございます。僕は少しここで考え事をしてから戻ります」
「うむ。では、私は戻るとしよう。帰り道は、わかるな?」
もちろん、わかる。慣用句のようなものだ。父親気取りが板についてきた。
デラウが影となって消えると、シアリスは石棺に近付いた。そして、おもむろに中に入り、寝転がってみる。
シアリスにとっては胎内に似た場所ではあるが、特に何か感情が湧いてくることもなく、落ち着く気分になることもなかった。
(何をまずは考えるべきだろうか)
石の天井を見ながら考える。
吸血鬼は人の手によって作られたものであった。では、自分の意識はどこから来たのだろうか。
この魔術は、本来死んだ者を蘇らせるためのものであり、術者は肉体に入る魂を指定していたはずである。だが、残念ながら願いは叶わず、生まれたものは人食いの化け物となった。
もし、この術が、別の世界から魂を持ってきているのであれば、シアリス以外にもこの世界には、生まれ変わりを経験した者がいるはずだ。
そうなれば厄介かもしれない。不滅者すべてが生まれ変わってきたものであるとするならば、デラウもそうだということになる。そうは思えないが。
吸血鬼と出土品との親和性も納得がいく。その出自が同じであり、仕組みが同じなのだ。
まだ試していないが、古代魔術の出土品を取り込むことができれば、収集家のような能力が使えるかもしれない。それはシアリスの力になるはずだ。
体の中に残る収集家の影の力の残滓は、シアリスにその記憶の一部を与えた。だが、それは完全なものとは言えなかった。収集家は既に壊れていたからだ。シアリスは彼の首に牙を突き立てたとき、それを本能で理解した。
だから、この結果が不確定な出土品の力を取り込むことはやめたのだ。少なくとも今は試している時間はない。
収集家は、吸血鬼の従徒であったが、その主である不滅者はいなかった。とうの昔に、不滅者との繋がりは断ち切られ、収集家ははぐれとなっていた。はぐれになると、従徒は影の力を失ってしまう。醜い不死者としての体だけが残る。
収集家は出土品を取り込むという、自らの技能で影の力の欠落を補っていたのだった。
オノンがこのエルフと吸血鬼の話を知ったら、シアリスをどうするだろうか。
弟の仇として激昂するか。古代魔術を滅ぼすために破壊を試みるか。
ホムンクルスであるミラノルのことを、オノンは気にしていなかった。オノンは古代魔術に対して、過去のエルフほど拘ってはいないのかもしれない。だからこそ、魔術師であるトピナと旅をし、アトリエを探索しているのだ。
いや、考えても無駄か。どのみちこのような考えも神の掌の上ならば、シアリスは邁進するのみである。それこそが神の意志というものだろう。シアリスをこちらの世界に産んだ神の。
(話してみるのも一興か)
シアリスはそう結論付けた。
すべてを包み隠さず話してみるのも面白いかもしれない。いや、それが良い。真の仲間を得るならば、本当に信頼しあった仲間を得るつもりならば、その程度のことを悩む必要もない。
小一時間ほど思索にふけってから、シアリスは出口まで歩いて戻る。ミグシスを見つけ、話しかけた。
「やぁ、ミグシス。父上はもう外に行ったかい?」
「ええ、シアリスさま。お戻りになられましたよ。何か御用がおありですか?」
「いや、用があるのは、君にだよ」
さて、そろそろ引き返せないところまで来ている。事態を動かさなくてはいけない。
その知らせは、次の日に届いた。




