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死海

 ◆


 ミラノルがエタノリスに取り憑かれたオノンに触れた瞬間、二人は糸の切れた人形のように力なく瓦礫の上に倒れてしまう。その二人を守るために、シアリスたち四人はスケルトンを倒すことに集中していた。


「いつまで続くんだ!」


 ルシトールが悲鳴に近い声を上げた。シアリス、トピナ、エヴリファイはその声を無視して、自分の場所を守ることに集中する。

 彼らの周囲一面は、完全にスケルトンに包囲されており、逃げることも退くこともできない。城の瓦礫の足場の悪さが、スケルトンの行軍を遅らせており、たった四人による陣地防衛は何とかなっている。が、今にもその防壁は崩れ落ちそうである。

 スケルトンはほとんど腐った骨格だけの魔物という特性から、その重量は軽い。突撃してきても、払い除けるのは容易である。

 しかし、払い除けてもスケルトンは骨格の形を崩して、その衝撃を受け流す。しばらくすると、散らばった骨がまた集まって形を元に戻す。

 とどめを刺す方法として、脊柱を完全に踏み砕くというのが主流であるが、この状況ではそれをまともに行うことはできない。深い追いすれば、防御を崩すことになる。

 さらに厄介なことに、砕かれ使用できなくなった部分を、ほかの動けなくなった骨格から流用して動き出すという、共食い整備のようなことまでやってくるのである。

 一向に減らない敵の数に、ルシトールが嘆くのも無理はない。四人の体力は無限ではない。

 吸血鬼であるシアリスでさえも、その力を使わぬようにしているため、疲労を感じていた。

 その中でも特に疲労しているのは魔術師トピナである。もはや魔術のストックは尽き、今は奪い拾った槍を振り回しているが、普段から使っている得物ではない。霊薬を飲んで身体能力を上げてはいるものの、疲労は溜まる一方だ。

 誤算だったことは、ミラノルが触れた瞬間、すべてが解決するだろうと、甘い考えをしていたことだった。ミラノルもオノンも目を覚まさず、エタノリスの力によって操られているスケルトンは動いたままだ。

 シアリスの手の皮は、既にマクヤブれ、ほとんど残っていない。握力がなくなってきたのを感じる。このままでは数にされ、シアリスは死ぬことになる。

 そのまま死んだままでいれば、ミラノルの力で暴走することはないかもしれない。だが、暴走しないようにしていたのは、ミラノルたちを攻撃してしまわないようにしていたためだ。それでは本末転倒である。

 このままシアリスが倒れてしまえば、五人とも命はないだろう。一か八か、吸血鬼の力を使うしかないと思い始めていた。

 そろそろ戦い始めて一時間は経つだろうか。ルシトールとトピナが飲んでいた霊薬の効果が切れた。つまり、まだ十分程度しか経っていない。体感時間はそれほど長い。

 なんとかその力で保っていた戦線が崩れる。

 一体のスケルトンが、這いながらその隙間を抜けた。錆びた剣をミラノルに突き下ろそうとするが、シアリスの切り払いがその上半身だけのスケルトンを吹き飛ばす。最早、剣に切れ味はなく、潰れた刃が骨を砕いた。

 そこからはもう瓦解するしかない。シアリスを狙った攻撃をルシトールが剣で防ぐが、その背中にスケルトンの錆朽ちた剣が振り下ろされる。ルシトールは倒れるも、なんとかミラノルを守ろうと、その小さな体を巨体で覆い隠す。

 シアリスは横薙ぎに、潰れた刃でルシトールを狙った二体のスケルトンを吹き飛ばすが、その刃も限界を迎え、根元からなくなってしまう。

 振り下ろされたスケルトンの剣を右腕で受けると、骨の砕ける嫌な音が響く。シアリスを狙った次の一体に、トピナの槍が振り払われものの、その力はなくスケルトンの胸骨に弾かれ、蹴散らすことはできない。

 エヴリファイの指が伸び、絡みつくようにして関節を破壊し、周囲のスケルトン動きを止めるが、苦肉の策である。

 四人の体に、刃物としての役割は既にないボロボロの剣が、幾本も振り下ろされようとした。

 刃が体に触れようとするとき、凄まじい突風が一帯を襲った。いや、これは風などではない。シアリスたちが感じるのは、周囲のスケルトンたちが砕け、切断され、舞い散るときの、衝撃のみである。

 その風が止んだとき、辺りのスケルトンは一掃されていた。


「よく耐えた。あとは私に任せるが良い」


 剣に付いた骨片と泥を払いながら、シアリスたちの前に立った男が言う。


「父上、ようやく来てくださいましたか」


 デラウ・オルアリウスは大剣を肩に置きながら、振り向いて訊ねる。


「ひとつ、聞かせて貰おうか。なぜ、屍霊術師の本体を守っている?」


 まだ身動きの取れるトピナとエヴリファイが、オノンとデラウの間に割って入る。


「ただの屍霊術師ではありません。リッチです。オノンさまがそれに取り憑かれ、助けるために守っているのです」


 シアリスが早口で言う。少し焦る。

 皆、デラウの正体を知っているのだ。そのことを態度に出し、デラウに悟られてしまえば命はない。頼むからおとなしくしていてくれ。


「……まさか、てめぇに助けられるとはな。とにかく、礼を言うぜ」


 意外にも冷静だったのはルシトールだった。ミラノルに覆いかぶさっていたのを解き、起き上がりながら言った。


「ふん、我が子を助けに来ただけだ。お前を助けたのではない」


 内心を知ってか知らずか、デラウは冷徹だ。


「オノン……、エルフか。リッチに取り憑かれたものが生きているとは思えんが」


「いえ、エルフの生命力にリッチも苦戦していたようです。賭けではありますが……」


「良かろう。では、しばらくの間、スケルトンどもの相手は私が引き受けよう」


 デラウは目にも止まらぬ速さで走り出すと、近付いてきたスケルトンが何体も吹き飛ぶ。

 まさに無双の者だ。デラウは吸血鬼としての力を使わなくともここまで強いとは、シアリスも知らぬことであった。

 とりあえずシアリスは胸を撫でおろす。だが、安心はできない。

 このままミラノルが目覚めずにいれば、デラウは躊躇チュウチョなくオノンを殺す。しかし、今の自分にできることはない。

 シアリスはオノンの近くに座り込み、落ちている大腿骨ダイタイコツを拾って、折れた腕の添え木とする。デラウがスケルトンを逃すとは思えないが、なにぶん数が多い。

 トピナも足を引き摺り槍を杖にして、オノンの側に控える。座らないのは、座れば立てなくなる気がしたからだ。

 唯一、まだ二足で立っているエヴリファイに、シアリスは訊ねる。


「こんなにも長く意識を失うものなのですか。今はどういう状態なのでしょうか」


 エヴリファイにも答え難い質問だったようで、首を横に振ると、知っていることだけを説明する。


「私たちはこの力を、『精霊化』と呼んでいる。前に力を使ったときは、一瞬で終わったが、今は何が起こっているのか……」


 そんな話をしていると、ミラノルの眉間に皴が寄った。まるで夢を見ているかのような表情だ。トピナが二人の様子を見て言う。


「オノンとミラノルの魔力のつながりを感じる。もしかしたら精神がつながっているのかも知れない」


 シアリスは少し考え、皆に言う。


「二人に呼びかけ、起こしましょう。このまま目を覚まさなければ、父はオノンさまを殺すでしょう。どんな状態であれ、意識を取り戻してもらわなければ……」


 ルシトールはミラノルの額を撫でると、シアリスを見て頷いた。


 ◆


 ミラノルは声すら出せなくなる。皮膚が乾き、瞼を上げていることも億劫オックウだったが、その瞳に移るものが気になり、目を開けたままでいた。

 その視線の先には、ソラルが何も言わずに立っていた。彼の眼は鯨と化したミラノルを見ているが、その瞳にはミラノルは映っていなかった。ただ、オノンを思っている。


(眠ってしまおう……)


 この苦しみから逃れるために、自らの死をぼんやりとした思考で考え始めたとき、誰かが体を触った。

 鯨の巨体の脇に聳え立つニレの巨樹の枝葉が、乾燥した肌をやさしく撫でたのだ。この木はなんだったか、なんでここにあるのかと考えたが、思考が纏まらない。

 誰かの声が聞こえた。野太い声だ。

 生まれたときに、初めて聴いた声に似ている。だが、音を捉えるのも億劫だ。


「ミラ……ノル……」


 遠くから聞こえるその声が鬱陶しい。

 眠ることができない。

 今までピクリとも動かなかったソラルが、ゆっくりと振り返って腕を上げる。どこかを指差している。平原の向こう、空の切れ目に横向きの楕円の穴が開いている。


「ミラノル!」


「オノン、目を覚ませ!」


 別の声が聞こえた。誰の声だっただろう。ミラノルって誰? オノン? また木が揺れ、ミラノルの肌を撫でる。それどころか地面が揺れている気がする。


「ちょっと、乱暴じゃないですか?」


「お前が起こせって言ったんだろ! そんなこと言ってる場合か⁉」


「女性を乱雑に扱うのは……」


「あっちは、もっとすごいことしてるぞ」


 穴の奥でトピナがオノンの襟首を掴んで、片手を往復させて両頬をビンタしている。


(トピナ……、あとでオノンに怒られるよ。誰だっけ……)


 そう思って自分を揺さぶる男のことを思った。


(いっつも子ども扱いするよね……。見た目がこんなんじゃ仕方ないけど……)


 自分が誰だったのかを思い出した。

 ルシトールがトピナを見る目は、幸せそうだとミラノルは感じていた。


(彼女を見るたびに、脳内にドーパミンとセロトニンが分泌されて……)


 暢気にそんなことを考える。


(そうだった。こんなことしている場合じゃない!)


 自分自身の姿に戻るときだ。

 意識を人型にする。考えるための人間らしい脳をつくる。手をつくり、足をつくり、目を開けたミラノルはすぐに歩き出した。

 楡の巨樹に近付くと手を伸ばす。

 幹にへばりついて内部に潜り込もうとする、巨大な黒く脈打つ蛆虫をその手に掴む。蛆虫はこの世のものとは思えぬ悲鳴を上げ、黒い液体を吐き出す。

 ひどく不快な触感にミラノルは吐き気を覚えるが、我慢して幹から引き剥す。

 何か気の利いたとどめの言葉を叫びたかったが、出てきたのは何ともつまらない言葉だった。


「この……、害虫!」


 ミラノルは思いっきり振りかぶって、蛆虫を穴に向かって放り投げる。蛆は勢い良く、重力すら無視して一直線に飛んでいく。

 ソラルがその様子をじっと見つめていた。ミラノルは彼に近付くと、静かに礼を言った。


「ありがとう。おかげで自分を思い出せた」


 ソラルの反応はなかった。これはオノンの心が作り出した幻影なのだ。だが、さっきソラルはミラノルを助けてくれたような気がする。反応がなくとも礼を言っておきたかった。

 ソラルはまた指差した。

 空にある穴の先に、ルシトールが抱えるミラノルの体が見える。早く出て行けと言われている気がして、ミラノルは肩を竦める。

 穴の方に向かって歩き始めるが、しかし、かなりの距離がある。


(面倒だ。飛んでいこう)


 そう考え、自身の背中に翼を生やした。

 学んだことは、自身の形を完全には変えてはいけないということだ。形を完全に再現してしまえば、思考までも変身した姿に引っ張られてしまう。肉体の形と、思考は不可分なものなのだ。

 翼は生やしたが、別にその羽ばたきで空気を掻いて飛ぶのではない。

 ただのイメージである。ミラノルは空中へ飛び上がると、穴のほうに向かって飛ぼうとする。その背中に、ソラルの声が届く。


「シアリスは悪魔だ。必ず殺せ」


 えっ、と振り向いたときには、ミラノルの思考は、穴へと吸い込まれていった。



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