落下
◆
シアリスたちは初めに駆け付けた数人は対処したものの、その後に駆け付けてくる兵士たちに大いに苦戦を強いられてしまう。
こちらは戦える者は三人に対して、相手は三十人ほどの人数がいるのだ。クライドリッツ公爵は、この城砦に小隊規模の兵士を連れてきていたらしい。
これは公爵の護衛としては少ないくらいだが、生け贄を扱う邪法を行う前提で連れてきた護衛ならば、内部告発の可能性を考えれば多いと言えるかもしれない。
狭い通路にて囲まれるのは防ぐことで、兵士たちは攻めあぐね、膠着状態となる。
武装も整っていない脱獄囚に後れを取ることは兵士の沽券に関わる。そもそも兵士たちは交代でこちらの体力を削り、霊薬の効果が切れるのを待てば良いのだが、たった数人に対して騒ぎを長引かせるなどあってはならないことだ。
というのが、シアリスの用意した状況である。
そもそも兵士たちは気付いていないが、鎖瓶薬による運動能力の底上げをしているはルシトールのみである。
確保した鎖瓶薬は、看守から奪った二つと最初の奇襲で奪った二つの計四つ。
霊薬の効果はひとつにつき、約十五分なので一時間は効果を絶やさずに戦い続けることができる。もっともそんなに長く戦うつもりはない。
要は兵士たちをこちらに引き付け、可能ならば魔術師であるノルバクスも引きつけることができれば、オノンは必ず脱出するというトピナの言に従った作戦だ。
オノンさえ脱出してしまえば、あとはどうとでもなる。皮算用ではあるものの、それを成せるほどの実力をオノンは備えていることを、誰も否定しなかった。
とはいえ、戦えるのは、シアリスとルシトールとエヴリファイの三人しかいない。
「がんばれ~!」
ミラノルは呑気に後ろで応援するばかりで、トピナは手枷をつけたままボケーとしたまま、部屋の隅で戦いを眺めている。
問題が訪れたのは戦い始めてから、最初の兵士が後退したときである。
兵士たちは既に七人ほどが戦闘不能に陥っており、兵士たちはたったの数人を制圧できないことで、焦りを覚えていた。叱責を覚悟で上司に報告に向かった判断は悪くない。遅すぎる判断だが、シアリスたちにとっては悪くない判断だった。
そして、慌てて駆け付けたのは、部隊長と魔術師ノルバクスである。
魔術師というのは敵対するものにとって、とても厄介な存在だ。
遠距離からの防御不能の攻撃、接近すれば罠に近い攻撃・防御、味方の能力を向上させる支援・回復の魔術。
魔術師のよって得手不得手はあるものの、前衛を務める兵士に、後衛の魔術師という状況は、この時代の戦いでの鉄板と言える戦術である。魔封の手枷を付けられたままのトピナを見た兵士たちは、焦りつつもどこか舐めている。
ノルバクスがやってきた今、この虜囚たちはお手上げだろうと兵士たちの間に安堵感が生まれる。
その一瞬の気が緩んだ隙に、シアリスたちは後ろに下がり、奥の来客室になっている部屋に籠もり扉を閉めた。
こんなものは意味のない行為だ。強化された兵士たちにこの程度の扉、打ち破れぬわけもなく、ノルバクスが呪文を唱えれば、部屋ごと吹き飛ばすであろう。兵士たちの間に失笑に近い空気が流れる。
そのとき、突如として屋敷中に響き渡る轟音が部屋から発せられる。部屋の中で何が起こったのかと、すぐに突入しよう先頭の兵士が扉を蹴破った。後ろに押されるがまま、部屋に入った兵士は、そこに有るはずの床を踏み損ねバランスを崩し、悲鳴を上げて下階の床に叩きつけられた。
部屋の中の床は崩れ落ちていた。ここは二階の部屋であるから、一階へと抜け落ちていたのである。上階の床は軽量化のため木製とはいえ、重装の兵士たちが何人乗ろうと崩れないよう、頑丈に設計されている。それをここまで徹底的に破壊するには、並大抵の力では及ばない。
この事態に気が付いたのは、指揮官である部隊長であった。
「退避! 退避しろ!」
そう叫んだときには、既に遅い。
兵士たちがいた廊下の床は、シアリスたちがいた部屋から崩壊を始め、部屋を仕切る重い石の壁も伴って、二階部分は落下していく。筋肉の塊である兵士が折り重なって落ちていき、崩れた石の壁はその兵士たちを襲った。いくら霊薬で強化していようとも、これにはひとたまりもない。
「ちょっと、崩しすぎではありませんか」
埃を払い除けながらシアリスは煙に向かって言う。そこには咳き込むトピナの姿があった。その手には既に手枷はなく、自由の身となっている。彼女の魔術の破壊力は凄まじいものであったが、ここまでとはシアリスも予想していなかった。
どうやって手枷を外したのかというと、牢を抜け出したすぐ後のことである。手枷をどうにかしようとするトピナを見て、ミラノルが言い出す。
「それ、どうにかできるかも知れない」
「どうにか?」
「うーんと、多分だけど、簡単な魔術だから、文字を書き換えれば、はずせるかもしれない」
この魔封の手枷は、出土品を模倣したものだ。トピナも、他の魔術師も、この手枷に書かれた紋様を理解しているわけではない。そういった効果がある、といった漠然とした理解のもと、模倣し使用している。
それを簡単だと言い切るミラノルに、トピナは食いついた。
「古代魔術の知識があるのか?」
トピナの興味が目的より手段に移ったのを見て、シアリスが軌道修正を図る。
「危険ではありませんか。無理に外せばどうなるかわからないのでしょう」
「そうかも」
「いや、やってみてほしい。すぐに見せてくれ」
危険かどうかは二の次で、興味が勝ったようだ。
ミラノルが手枷に触れるのを見て、興味津々といった感じで見つめるトピナ。そして、結果は見ての通りである。トピナは手枷から安全に解放され、魔術の使用を許されたのだ。
「この城が脆いんだ。あたしは別に……」
地響きが異様に続き、さすがにその様子に恐怖を覚え始めたころ、エヴリファイの声が響いた。
「集まれ! ここだ!」
トピナは揺れる床を這うようにして、声のもとに急ぐ。ミラノルとルシトールが伏せるようにしているのを見つけ、トピナも同様にする。
それとほぼ同時に地響きが最大なり、土埃で何もかもが見えなくなる。ミラノルとルシトールの叫び声が、聞こえたような気がするが、崩壊の音がすべてをかき消した。
◆
ノルバクスは崩壊する天井から逃れるため、後ろに下がった。しかし、床が崩れ始め、逃げられぬと悟った彼は、防御のための魔術を使い、周囲に防壁を張る。
大質量には無意味かもしれないが、うまく力を受け流せば生き延びられるはずだ。複数の防壁をタイミングよく作成し、大きな瓦礫はいなす様に斜めに受ける。
この瓦礫を積み上げ屋根を作れば、さらに強固にできる。こんな使い方をしたことはないノルバクスであったが、経験と勘を頼りに、魔術を繰り返し、素早く放つ。
(オルセウスの問題児が……。このボロ城で、破壊魔術を使えばどうなるかくらい、少しは考えろ‼)
怒鳴りたくなる感情を抑え、意識を集中し、瓦礫を選り分け、躱していく。集中していたノルバクスは、自分の足元に小さな人影があることに気が付かなかった。
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