不慮
◆
オノンの予想とは裏腹に、扱いは丁寧なものだった。
連れてこられた場所はどうやら湯浴み用の部屋らしく、大きな湯船に花びらの浮かべられた湯が張られており、何人かの家政が準備をしていた。
手枷をしたままでは服をぬがせられないと年配の家政がノルバクスに言うと、彼は服を鋏で切るようにと言う。
仕方なくという風に家政が鋏でオノンの服を切ろうとするのだが、ノルバクスとそのお付の兵が部屋から出ていこうとしないので、年配の家政が濡れたタオルを武器にして彼らを追い払った。
ノルバクスと兵士たちが部屋から居なくなると、家政たちはオノンの服をゆっくり、怪我をしないようにと切ろうとした。
「あなたたちはこれから何が起こるのか、知っているの?」
オノンが問うが、家政たちは答えず、申し訳なさそうに目を伏せた。喋るなと命令されているのだろう。
オノンの手足は細く、その肌はキメ細やかな紗のように滑らかである。
彼女を見た者はよく勘違いをするのだが、その膂力は大の男でも敵わぬほど力強い。彼女はエルフなのだ。メネル族とは身体の出来が違う。
本来、知識豊富な魔術師ですら、そのことを忘れてしまうのは、エルフとメネルが交流を絶って、三千年もの月日が流れたからだ。今のメネルの世に、エルフ族について詳しい者など全くいないと言っても過言ではない。
要は、オノンは良く侮られるのだ。
見た目はか弱そうな女にしか見えないのだから仕方ないのだが、それが悪く働くときもあれば、良い方向に作用するときもある。そして、今は後者だ。
ノルバクスはこの手枷を掛けたことによって、エルフを無力化できたと思い込んでいる。これを利用しない手はない。
家政は四人。
オノンは何気ない様子で横にいる若い家政の後ろに回ると、手枷をされた腕で器用に首を絞める。血液が突然止まったことにより、脳がショックを起こし若い家政は一瞬で気絶した。
服を鋏で切ろうとしていたもうひとりの家政は何が起きたか理解できぬまま、その顎を回し蹴りが綺麗に掠め、身を投げ出す形で倒れ込む。もうひとりの家政は悲鳴をあげようとしたが、その口を手で塞がれ、鳩尾に鋭い膝蹴りを喰らい、その激痛で意識が遮断される。
年配の家政が助けを呼ぼうとドアを開けようとしたが、ドアノブに鋏が突き刺さり、手を離した。その家政の背後に回ったオノンは囁く。
「声を上げたら、首の骨を折る」
その声の迫力に、恐怖で染まった年配の家政は、自分の口を押さえ、従うことを身振りで伝えた。
「なんだ。なんの音だ!」
不審な物音に気付いた、外で待っている兵が言う。オノンは年配の家政に誤魔化すように言う。
「な、なんでもありません。床が濡れていて倒れただけです」
「……そうか。気をつけろ」
兵士が警戒を解いたのを気配で感じると、家政の首に手を添えながら誘導する。湯船の湯をかき混ぜて音を立てさせる。
「質問に答えたら無事に帰れるよ。他の者も皆生きているけれど、あなたが暴れればどうなるかわからない」
年配の家政は震えながらも湯をかき回して、オノンの言葉に何度も頷いた。
「ここにはクライドリッツ公爵も来ているの?」
家政は頷く。
「どこに居る?」
「四階の一番奥の部屋に……」
その言葉だけ聞くと、オノンは家政を絞め落とす。
「ごめんなさい」
倒れる彼女をゆっくりと床に寝かせると、少し考える。
黒幕である公爵はここにいる。おそらくノルバクスが唆して、エルフを狙ったのだろう。
まずは目的である公爵にお仕置するか。先にトピナたちを助けに行くか。いや、トピナたちに助けは必要ない。彼女たちならば自分のことは自分でなんとかする。それよりも自分のことだ。
ドアの外には兵士と魔術師がいる。手枷には鍵穴は無く、繋ぎ目もない。何らかの魔術によって構成されている特別製だ。この手枷によって精霊術は封じられており、自力での解除は困難である。
地下から来て三つの階段を登ったことから、この三階の部屋であることはわかる。窓の外はそれなりの高さがあるものの、オノンの身体能力ならば飛び降りることは可能だ。しかし、窓には鉄格子が嵌められており、密やかな脱出は難しい。
さて、どうしたものか。と、誤魔化すために水音を立てながらドアの様子を伺っていた。すると何やら外が騒がしくなる。兵士が何かを叫び、ノルバクスが言い返している。慌てて駆け出す複数の足音。下階で何が起こったらしい。
もちろん何が起こったかは、考えるまでもない。トピナたちが大人しくしているはずがないからだ。
(残った兵士はおそらく二人か)
オノンはドアに突き刺さった鋏を引き抜く。それを武器に勢い良く扉を蹴飛ばし、部屋の外に飛び出した。兵士は、驚きはしたものの流石に警戒していただけあって、最初の手枷を武器にした一撃を手で防がれる。
もうひとりの兵が抜刀しようと柄に手を掛けるが、そこにオノンの倒れ込みながらの蹴りが差し込まれ、利き手の骨が砕ける音が響いた。兵士はその勢いで壁に後頭部を打ち付け、悲鳴を上げる間もなく気絶する。
倒れ際、持っていた鋏をひとり目の兵士の足甲に突き刺す。体重を乗せた鋏はブーツを貫通し、兵士の足を床に縫いつけた。決して深く刺さってはいないが、一瞬その動きを止めてくれれば良い。激痛と混乱で抜刀し損ねた兵士は、オノンの床から振り上げられた踵に顎を砕かれ、そのまま昏倒した。家政たちへの一撃と違い、容赦はない。
倒れた兵士から剣とナイフを奪う。室内警備のために短めの片手剣に持ち替えられており、オノンの小さな手でも使いやすいのが幸いだ。
ついでに胸元に掛けられた鎖瓶薬を貰い受けると、五本のうちの一本を飲み干す。回復力と持久力を上げる霊薬だ。鎖瓶薬に入っている霊薬は、メニル用に調剤されたもののため、エルフの体には効果が薄い。その中でも比較的効果があるものが、体力を回復させるものである。
他のものは捨て置くと、オノンは階段を探す。廊下には他に見張りの兵士は見当たらない。兵士の数もそう多くはないのだろう。
この城に連れてこられた移動時間から考えれば、ここはクライドリッツ公爵の直接の管理下にある城ではないだろうから、それほど多くの兵士を配置しているとは考え難い。
ほとんど警戒せずに廊下を徘徊し、階段を見つけて登ってみる。段差で身を隠しながら、上階の様子を伺ってみる。
四階は三階に比べて小さなもので、短い廊下に三つの扉があるのみである。その一番奥の荘厳な扉に二人の兵士が立っている。下の様子を伺いたくて仕方がないといった様子で、なにやらそわそわと話し合っている。下階から響く戦闘音は少しずつ大きくなっており不安感を煽るが、彼らは持ち場を離れるわけにはいかないのだ。
ほかの部屋の中にも召使などがいる可能性はあるが、自分の領地から離れたこの城に、そう多くの側仕を連れてきているはずもない。仮にいたとしても非戦闘員だ。
そう判断するとオノンは堂々と階段を登りきる。
片手に抜き身の剣を持った、少女にも見える女が階段を上ってくる光景に兵士らは一瞬息を飲むが、すぐにそれがエルフだと気が付いて抜刀する。
「とまれ!」
そう言われて止まるのはまじめな者だけだ。
走り出したオノンを見て、ひとりは慌てて鎖瓶薬を飲もうとするが、その隙を見逃すほど甘くはない。手に持った剣を横向きに投げつけると、兵士は避けるために鎖瓶薬を飲み干せなかった。
剣を手放したのを好機と見たもうひとりの兵士が、オノンとの距離を一気に詰め、二歩分の距離からその剣を振り上げる。見事な一撃である。向かい合って距離を詰めあった者同士であれば、切っ先が相手を切り裂く。狭い通路での下から振り上げる袈裟斬りであることも、避けることを困難にする。オノンはそれを避けようとはしなかった。
手枷で繋げられた両手を掲げ、その剣の軌道を手枷で遮る。少しでも間違えば手を切り落とされる行為だ。手枷は魔術によって補強されているものの、所詮は木製である。十分な速度に達した金属製の刃であれば破壊できる。
オノンの目論見通り、手枷は両断された。
もし、この兵士が霊薬を飲んでいれば、さすがのエルフであっても見切ることはできなかったはずだ。すぐに距離を詰め、得物を手放すことで敵の攻撃を誘ったのだ。
手枷にはトピナが警戒するような、無理やり外そうとすれば発動するような罠はなかった。オノンはそれに気が付いていたわけではない。上手くいったのは僥倖だ。クライドリッツはオノンを生きたまま無傷で捕らえたいのである。暴れられ、手枷が暴発して死んでしまっては元も子もない。
手枷によって速度を落とした斬撃は、オノンの頬の皮膚を薄く切り裂いたのみとなる。後ろに飛び退いた彼女は、手のひらを二人の兵士に向ける。
「精霊さん、お願い!」
オノンの声が廊下に響いたときには、兵士たちの体は突風によって浮き上がり、廊下に置かれた調度品とともに、奥の扉を打ち破って吹き飛んだ。
オノンは精霊の怒りを感じる。手枷によってオノンとの繋がりを封じられたことに怒っているらしい。
その真心にオノンは感謝すると、奥へと進む。兵士たちは壁に打ち付けられ、完全に伸びている。先ほど投げた剣が、壁と扉の間に突き刺さったままだったので、それを引き抜いて扉の奥へと進んだ。
暗い室内は広く、荘厳な扉に負けないほどの豪華さである。中には大きめのテーブルと何脚かの椅子。そしてその奥には、紗の掛けられた大きなベッドが鎮座している。それであるのに掃除は行き届いておらず、異様な臭気が部屋に充満していた。そのベッドの上で何者かが蠢いている。
肉塊だ。
暗闇のベッドの上に肉塊が蠢いている。それは定期的に動き、何かに覆いかぶさっている。白く細い何かが、ベッドと肉塊の間から伸びているのが見えた。人の脚だ。それは肉塊の動きに合わせて前後に揺れるものの、その動きには血の気がない。それが女の脚であり、肉塊のものではないことは判った。
徐々に暗闇に目が慣れて、肉塊の全容が明らかになる。
それは人の背中。分厚く垂れ下がった脂肪、それを包むために伸びきった皮膚には皴が少なく、筋肉のつなぎ目だったであろう部分に、溝が暗く落ち込んでいるのみである。
かろうじて人の形を保ったそれには、きらめくものが無数に見える。瞳かと思ったがそうではない。それは透明感のある宝石である。
オノンは装飾品に身を包んでいるのかとも思ったが、それも違った。装飾品であるならば、宝石にはそれを体に繋ぎとめるための金属や紐などの台座が必要であるのにも関わらず、その宝石にはそれらがない。分厚く垂れ下がった皮膚の表面にめり込むように、肉体に直接張り付いているのだ。
「魔物……?」
思わず声が漏れる。肉塊の定期的な揺れが止まった。
「なんだ……。さっきから騒がしい」
そういった声色はまるで楽器のように美しかった。それが醜い肉塊から発せられていることを認めるには躊躇いを覚えるほどだ。
「なんだ⁉ ここには誰も入れるなと言ったであろう!」
肉塊がゆっくりと頭であろう部分を傾けた。オノンはその動きを見たことで、ようやく何が起こっているのか理解する。宝石を纏った肉塊は、ピクリとも動かぬメネルの女に乗りかかっていた。扉が吹き飛ばされても気にせぬほどに、それに夢中になっていたらしい。
それから発せられた怒声に、オノンは我に返る。
「あなたがクライドリッツ公爵?」
その声に少し驚いたように肉塊が震える。
「誰だ」
オノンはどうするべきか戸惑ってしまう。いったい何なのだろうか、これは。
「……私はオノン。あなたが探していたエルフよ」
肉塊の頭が持ち上がり、振り向くのがわかる。それが歓喜の表情に歪んでいるのが見えた。太く縄で占めた子豚のような腕には、白く生気を失った女の頭が握られていた。明らかにそれからは命が抜け落ちている。
「おお、おお、エルフか! ようやく仕事を果たしたか。でかしたぞ、ノルバクス。おお、おお、美しい娘ではないか。話に聞くよりも美しい。よくやった……、よくやっ……」
肉塊はオノンが一人で立っているとは思いもよらぬようだった。だが、ようやく状況を理解したのか、人のものとは思えぬ顔色を、さらにどす黒く変えて叫ぶ。
「なんだ。ノルバクスはどこだ! 誰か、誰か居らぬか!」
その叫びは空しく響き、誰も駆けつけない。オノンは片手剣を持ち直すと、クライドリッツを睨みつける。
「話を聞くだけに済まそうと思っていたけれど、どうやらそれ以上のことが必要そうね」
ベッドの上で懸命に逃げようとする肉塊は、その体重と柔らかなシーツと、女の死体に動きを制されて、もがく。そして死体と一緒にベッドから転がり落ちた。
◆
時間を遡り、夕刻。
オナイドの街にいるオルアリウス家の筆頭執事は、あらゆる手を使って情報を集めていた。
シアリスの置き手紙を頼りに、ウルトピーノなる人物を探した。そして、デラウにも報告を怠らなかった。と言っても、置き手紙には夕食までには戻る旨と、父には内緒にして置いて欲しいと書かれていたため、報告は夕刻の夕食前にしてしまった。
叱責を覚悟したが、デラウは気にする様子もなく、報告を促した。
シアリスはウルトピーノなる人物に会いに行き、姿を消した。その人物が居たであろう冒険者商会の支部にて、兵士が何人も突入し、彼女を捕らえたと言う噂もあった。捕らえられたものの中には、子どものように小さな人物もいたとのことだ。
「申し訳ありません。わたくしの責でございます」
筆頭執事は再度の謝罪をしたが、デラウは許すとも叱責することもしない。
「出掛ける。付いてこい」
それだけを告げると、筆頭執事と二人の側近の兵士だけを伴って屋敷を出る。デラウが馬首を向けたのは、ミクス伯爵の屋敷である。
先日のパーティから二日、今は静かなものであった。デラウは馬を降りると取次ぎを待つことなく、大扉を勢いよく開ける。そして、ホールで叫んだ。
「ケーヒト・ミクス伯爵! 居られるか!」
いったい誰が殴り込んできたのかと、兵士たちが飛び出てくるが、デラウの姿を見止めると儀礼に沿って敬礼する。しかし、軍人として尊敬されるオルアリウス伯爵は、それを気に留めることせず「ミクス伯は?」とだけ言う。
兵士や家令たちが困惑していると、慌てた様子でミクス伯爵がホールに現れた。
「デラウ殿、如何なされましたかな。私はここに居りますぞ」
デラウはミクス伯に一歩近付く。
「ケーヒト殿、手短に用件を述べさせていただきます。私の息子をどこにやりましたか」
挨拶も無しにそう告げたデラウに、ミクス伯爵は困惑した。デラウの筆頭執事が進み出て、事情を説明する。
「なるほど。では城に連絡して、シアリス殿がいないか牢を確認しましょう」
「すでに確認しました」
「そうでしたか……。では、ウルトピーノと言う人物を探し出し……」
すると衛兵隊長が進み出て、ミクス伯爵に耳打ちするように言った。
「ウルトピーノとは……、トピナ魔術師のことではないでしょうか」
その言葉を聞いて、ミクス伯爵の顔色がみるみる青褪めていく。その変化は心臓発作で倒れるのではないのかと思えるほどだ。
デラウの嗜虐心がムクムクと頭をもたげた。傍から見れば息子のことに心を痛める父親に見えたことだろう。
「ケーヒト・ミクス。今、私は気が立っている。慎重に言葉を選べ」
デラウが一歩近付いた理由が兵士たちには解った。自らの得物の間合いに、対象を収めたのだ。
対象とは彼らの主人であるミクス伯爵である。
まだデラウは抜刀していないが、ひとたび攻撃に移れば、誰にも止めることはできない。国家最強とも呼ばれる戦士、デラウ・オルアリウスとの戦いになるかもしれないという緊張が、ホールに迸った。
◆
オノンは剣を持ち上げると、その切っ先で肉塊を薄くなぞる。肉塊はそれから逃れようと身を引くが、残念ながらそれだけでは、この弛んだ皮膚は刃を逃れることはできなかった。
痛みで情けなく悲鳴を上げるクライドリッツ公爵に、オノンは口を鳴らして黙らせる。
「情けない。人間をやめても、痛みに弱いなんて。それでも貴族なの?」
刃で刻まれた皮膚はひび割れるが血は流れない。亀裂からはどす黒く形容しがたいうねる蛆虫のようなものが溢れ出し、亀裂を覆うとそれを元の形に戻していく。
「血肉袋かと思ってたけど、蛆虫の袋だったのね」
ベッドから転がり落ち、壁に張り付いて逃げようとする肉塊の脚に、剣を突き立ててその体を床に縫い留める。
「ぎゃああああ‼」
絶叫が響く。
「早く話して」
「何を……、なんなんだ!」
オノンは再度、ゆっくりと質問した。
「私の、弟は、どこ」
水底のような冷たい声色でエルフは言う。
「お、弟? 何のことだ! 知らんぞ。わしは知らん‼ ノルバクスがやったことだ!」
オノンは突き刺した剣を抉るように捻りつつ引き抜く。間髪入れず反対の脚に突き刺す。
掠れた絶叫が城中に響いて、異常に気が付いた兵もいるだろうが、部屋を訪れる者はいない。
「ねぇ、そういうことが聞きたいんじゃない。言葉は慎重に選んで。私の弟をどこへやった!」
クライドリッツ公爵は激痛に耐えながらも、それから逃れるために思考を巡らせる。
「わかった……わかった、待て。そうだ! エルフだな。エルフを捕らえたことなどないぞ! だからお前の弟など知らん……! お前の弟を捕らえていたなら、お前を追う必要などないだろう!」
なるほど確かに、とオノンは一瞬考えたが、別に必要なのはひとりとは限らないのだから、この肉塊の嫌疑は晴れないと思い直す。
「だから何なの? 知らないのなら知っていることを話しなさい」
「何が知りたいのだ! 私が知っていることなど……ぎゃっ!」
「ここで何をしていた。エルフを狙う理由は?」
オノンは踵を肉塊に叩きつけるが、脂肪に弾かれてそれが効果的なのか判らない。それどころか体のどの部分を踏みつけたのかも判断がつかなかった。とりあえずグニグニのそれをねじるように踏みつける。
「わかったっ! 言う! だからやめてくれ!」
この肉塊は本当に痛みに弱いらしい。情けない声を出しながら、身を捩ることしかできない。体を縫い留めていた剣も引き抜いてやると、顔と思わしき部分から大量の体液を流してもうやめてくれと懇願している。
息も絶え絶えといった様子で、クライドリッツ公爵はオノンの方を見上げた。
「エルフの体が必要なのだ。エルフの体を奪えば、わしは不老不死になれる! この体も必要なくなる……」
ノヴァトラの盗賊たちが話していたことは、当たらずも遠からずだったということか。食べるのではなく、体を乗っ取るつもりなのだ。
「体を奪う? どうやって……」
「それは……」
肉塊が突然膨れ上がり、腹である部分が縦に大きく裂けた。黒く蠢く体内をオノンに差し向ける。跳んで避けようとしたオノンであったが、突如崩れはじめた床に足を取られる。
同時に起きた不測の事態が、オノンを襲った。




