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道連れ

 ◆


 オノンもルシトールも、シアリスの顔をまじまじと見た。その表情からは考えを読むことはできないが、嘘をついているようにも思えない。


「……さっきから訳が分からん。オレは一体何と話をしているんだ? こいつはなんなんだ……」


  ルシトールはただただ困惑するばかりである。シアリスの目的が全く分からない。

 彼がルシトールを殺そうと思えばいつでも殺せるのかもしれないが、その様子は全くない。取り入って何かを成そうとするには遠回りすぎるし、代償に対しての利点が少なすぎる。

 魔物の考えていることは人には理解できないはしないだろうが、メネル社会に溶け込もうとしている吸血鬼ならば、ある程度の思考は読める。多くの吸血鬼を狩ってきたルシトールならば尚更だ。


「理由はなんだ。なぜそんなことをする」


  シアリスはルシトールの目をしっかりと見た。


「あなたは……、あなたには信じていただけないかも知れませんが、僕には良心と理性が存在するのです。僕には人として生きていたときの記憶が残っている。人としての倫理観がある吸血鬼が、毎日どのような苦しみの中で生きているか……。いえ、すみません。それはどうでも良いことでした。僕の言いたいのは」


  シアリスは少し言葉に詰まった。

 何かを思い出したかのように表情を厳しくすると、それを隠すように掌で覆った。そして自分の額から口元まで、その爪をもって引き裂いた。血は吹き出さず、その切り傷からは暗い闇だけが覗いた。


「許せないだけです。ヤツはメネルを家畜としてしか見ていない。虐げ、犯し、食らう。ヤツと同じ空間にいるだけで反吐が出る。私は奴が、生きているだけでも耐えられない……。理由はそれだけです。それに、あなたは吸血鬼を害獣と呼びました。人を殺した害獣駆除に、他の理由が必要ですか」


  手を下ろしたシアリスは、傷ひとつない姿に戻っていた。

  ルシトールは何かを言おうと口を開けたり閉じたりしているが、言葉が見当たらないらしい。オノンはシアリスを真っ直ぐ見つめているが、何も言おうとしなかった。トピナは、船を漕いでいたのが、いつの間にかソファに横たわって完全に寝る体勢だ。

  シアリスはその様子を見て、なんとも言えない顔をして言葉を続けた。


「もちろん、協力してくれるのであれば、あなたたちにも利点はあるはずです。僕の渡せるすべてを、差し上げましょう」


  ルシトールは口を強く結ぶと、出口の方に歩き出した。シアリスは立ち上がると、取り上げていた剣の柄の方を差し出した。ルシトールは横を通り過ぎるとき、取り上げられた剣を受け取ると鞘に収める。


「ルシトールさん、帰られるのであれば、ひとつ……。あなたたちはデラウに目を付けられています。しばらくは行動に気を付けておいてくださいね」


「……。お前の言っていることのほとんどが理解できねぇ。けど、とりあえず、今は殺さないでおいてやる」


  ルシトールはそれだけ言うと、扉を乱暴に閉めて出て行った。シアリスと見送ると、再び席に着く。


「ふーむ。フラれてしまいましたね」


  シアリスは残った彼女の返事を待つ構えだ。部屋に沈黙が訪れる。


「トピナ、どう思う」


 名前を呼ばれたトピナは跳ねるように目を覚ます。オノンは振り返った。


「まさか……、寝てた?」


「な、なに? 寝てないぞ。全部聞いてた……!」


「あんたね……」


  シアリスは二人のやり取りを眺めて、この奇妙な組み合わせを不思議に思う。

  彼女たちと出会ったあと、エルフについて図書室にて調べてみた。

 エルフという種族とメネル族の関わりが絶たれてから永い時間が経っており、蔵書はほとんどなく、神話か物語のような語り口のようなものばかりであった。

  その昔、エルフは世界を支配し、メネルは力なき民『小人ナヌス』、あるいは奴隷のように扱われていた。

 エルフとメネル……。いずれ争い合うことになるのは必然だったとされる。魔術が開発され、力を得た者たち、メネルの魔術師は、争い・殺し合い・種族を分断する酷い戦争を巻き起こした。だが、メネルは敗れ、古代の魔術師は滅ぼされ、ほとんどの魔術は継承が途絶えた。

  だがしかし、その後のエルフとメネルの隆盛は、逆転することになる。

 それまでは永遠に近い生命力と、精霊を操る力、そこを根源とした知識により、エルフはメネルを下等な種族として扱っていた。しかし、戦争により数の激減したエルフは、メネルの繁殖能力に負け、その生息地を追われたのである。

  エルフは寿命が長い分、出生数は低い。新たな子が産まれるのは、数十年あるいは数百年に二・三人とだという。戦いのない時代ならばそれで問題はなかったのだが、戦時においては致命的である。

 エルフひとりが倒されれば、メネル一万人分の価値があったという。

  結果としてエルフは歴史の表舞台から姿を消し、戦争に負けたはずのメネルが、世界を席巻した。エルフは森に隠れ住むようになり、いつしか森の妖精と呼ばれるような神話の存在となった。そして、それまで小人ナヌスと呼ばれた種族は、恒人メネルと、名乗るようになる。

  エルフは魔術師を敵対視しているし、魔術師はエルフを恐れているはずである。

 特に長寿であるエルフは、過去を大切にし(あるいは引きずり)、メネルという種族自体を敵視しているということは、書物にははっきりと記されていた。

  それであるのにも関わらず、この二人の関係は良好に見える。


「あ、シアリスだ。おーい」


  トピナは寝起きの瞳にシアリスを認めると手を振ってくる。この能天気さが二人の関係を良好に保っているのかもしれない。

  エルフのオノンは、眉間の強ばりを指でほぐしながら、シアリスに向き直った。


「私たちはあなたに協力するわ。あなたには恩があるし、それほど凶悪な吸血鬼がいるのなら、放っておくわけにもいかないもの」


  シアリスは感謝の意を込めて頷いた。


「あなたならばそう仰って頂けると思っていました」


  トピナが欠伸をひとつして、疑問を呈す。


「吸血鬼? そういえばシアリス、吸血鬼なんだって? あんたみたいな吸血鬼いるんだねぇ」


「トピナ。もうその話は終わったから」


「え?」


  オノンはトピナを置いて、話題を変える。


「もう一つ、あなたには聞いて置かなければならないことがあったの。と言うか本来、そちらが本題だったのだけど……」


「囮作戦のことですね。もちろん忘れていませんよ」


  色々ありすぎて忘れ去られてそうだが、シアリスたちは本来、オノンを狙う黒幕を炙り出すための作戦を行っていたのだった。


「オノンさまを襲った相手は正規軍でした。しかし、ただの正規軍ではありません。この街の守備兵に偽装した正規軍、という少し拗れた話なのです」


「正規軍に正規軍が偽装……。そんなのどうでもいい。誰をぶっ飛ばせばいいんだ」


  トピナが膝を叩いて急かす。


「クライドリッツ公爵ですよ、トピナさま。手を出すはやめた方が無難かと思います。公爵はこの国の五本の指に入る権力者、王家の血筋を引く者です。さっさと逃げた方が無難だと思いますが……」


  そう言い終えるか終えないかのうちに、にわかに外が騒がしくなる。何者かが大勢でこの冒険者商会に乗り込んで来たようだ。他の冒険者たちが慌てる音が聞こえるが、乗り込んで来た者たちはそれを無視し、階段を踏み叩く振動が届いた。

  シアリスたちの居る第二会議室の扉が蹴破られ、すでに抜刀している兵士たちがなだれ込んできた。この街の衛兵のようである。

 オノンもトピナも戦闘態勢を取るが、それが正規軍だと確認すると、すぐには攻撃しなかった。ここで暴れても多勢に無勢である。

  そのまま切っ先を突きつけられたシアリスたち三人に、隊長が言い放つ。


「精霊使いのオノンと、魔術師トピナだな。拘束させてもらう。抵抗せず武器を捨てろ!」


  どうやら黒幕は隠れるつもりすらなくしたらしい。秘密裏に拘束できぬならばと、堂々と捕まえにきた。


「随分と乱暴ですね。この街を救った英雄に対する態度とは思えませんが」


  シアリスは剣を突きつけられながらも冷めた声で言う。


「隊長。子どもも……拘束しますか」


  兵士が一瞬躊躇(チュウチョ)してから、命令を待つ。


「全員、拘束する」


  隊長は躊躇することなく告げる。

  オノンもトピナも大人しくしている。ここで暴れて脱出も可能かも知れないが、抵抗した時点で罪状は確定することになる。とはいえ、ここで抵抗しなければ、トピナやシアリスはいざ知らず、オノンの命はないだろう。


「罪状は」


  オノンが無表情に言う。


「……貴様たちは都市内に魔物を引き入れた罪に問われている」


  馬鹿な話しだ。余りにも突拍子もない。罪などどうでも良いのだろう。とにかく捕らえて、その後、何処かで行方不明(・・・・)にでもするのだろう。あるいは逃走したとでも言って、クライドリッツ公爵の手に渡るのかも知れない。

  シアリスが少し暴れるかと考え始めたころ、オノンが首を振った。


「分かりました。大人しく捕まります。それと私の武器はかなり貴重なもの。丁重に扱ってくださると助かります」


  オノンが弓と短剣を机の上に置くと、頑丈そうな木製の手枷を持った兵士が近付いた。何らかの魔術的な紋様が書いてある。特殊な拘束用の道具のようだ。特に抵抗することもなく捕まったオノンに倣い、シアリスとトピナも手枷を掛けられ、連行されることとなった。



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