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死中に

 ◆


 シアリスの社交界デビューは上々の結果だと言って良い。午前は静かなものだったが、午後には多くの訪問者あった。と言っても手紙を届けに来たお遣いか、郵便を生業にしている業者だったため、取り立てて語るべきことはない。

  郵便で届けられた手紙であれば、返事は遅れても問題はないが、ツカいが直接持ってきた手紙に対しては、すぐに返事をしたためて遣いに持たせなければならない。

 それが貴族としての礼儀なのだが、それがなかなかに煩わしい。特に日に何人も手紙の遣いが来ると、ホールは彼らの溜まり場のようになる。

  それはデラウも同様で、シアリスと筆頭執事とともに執務室に篭もり、返事の手紙の作成に忙しくするしかない。

  手紙の内容はほとんどが求婚・縁談・見合いの要求である。

 デラウも独身であるし、シアリスは若く将来有望である。地方の田舎貴族ではあるが、それでも伯爵という位は十分な威力がある。商家の娘に、貴族の血縁などなど、選り取りみどりではあるものの、今回は断りの返事に終始した。

  こういった面倒事を避けるために、貴族は幼いうちに許嫁を親が決める。許嫁の居ないシアリスは、つまりは独身界に現れた超期待の星と言うところなのだ。

 一通りの社交辞令を終え、すっかり夜になってから、残りの郵便を見た。内容は商談か、純粋に交友を深めたいというものもある。

  その中に一通、気になる封書があった。封蝋には『冒険者商会』の文字が打ってあり、差出人はウルトピーノ=オルセウスとなっている。聞いた事のない名前だが、その匂いには覚えがある。魔力の香りとでもいうのか、独特の、影の力に似た香りだ。

  封を切り手紙を取り出す。簡素な紙には何も書いてないように見える。不思議に思ってしばらく眺めていると、インクが染み出すように紙の中央から広がり、それが細く枝分かれし、整列し始め、文字となって一文を作った。


(南門商会支部にて正午)


  本当に簡潔な一文である。時間は示されているが、日は記されていない。既に夜となっているので、今日ではない。どの道、郵便が届いたのは昼過ぎである。

  こんなことをできる知り合いの心当たりはひとりしかいない。どうやらトピナの本名はウルトピーノと言うらしい。本人にしか読めないような魔術がかけられていたようだ。

 この程度の内容ならば読まれても問題ないだろうが、用心してくれることはありがたい。シアリスはそれを影のなかにしまうと、さっさと火を吹き消して、就寝したふりをすることにした。


 ◆


  デラウは朝早くから出掛けて行った。貴族のしがらみと言うやつだ。

 シアリスは体調不良と言うことにして、部屋に引きこもる。昼になる頃に起き出して、こういうときのために用意してある襤褸ボロの服を着て、窓から抜け出した。

 もちろん置き手紙で、執事の心労を少しでも緩和することは忘れない。少しくらいのヤンチャは、これくらいの年頃なら当たり前だ。それにシアリスは少し前までは一般市民のような軟禁生活だった設定だから、貴族生活より市井の生活の方が慣れている、ということになっている。

  収集家襲撃事件から一日明け、街は落ち着きを取り戻していた。

 魔物が侵入したからと言っても、それは既に退治されたことだし、被害もほとんどなかったのだから、無関係の者には雑魚が侵入した程度としか思えなかっただろう。

  正午近くの大通りの人混みはなかなかのものだ。前世のときも人混みに紛れることが多かったシアリスにとっては、この程度の人混みだと物足らないくらいではある。

 それに吸血鬼は普段は目立つ容姿で人の目を惹き付けるが、やろうと思えば誰も気にしないほどに気配を潜め一般人に紛れ込む能力がある。人混みこそ吸血鬼の潜む場所である。

  ミクス領オナイドの市民街の街並みは、色彩豊かと表現するのが良いだろうか。

 至る所に旗や植物が飾られ、色とりどりの看板、街行く人も鮮やかな衣装を着ている。街全体が豊かな証拠だ。

  シアリスの目的地である南門は、泊まっている屋敷から三十分ほど歩く必要がある。子どもの足ならば、四十分程度を見ておけば間違いないだろう。

 土地勘のないシアリスだが、その足に迷いは無い。本来ならば冒険者商会の位置など把握していない。それでも迷わずに来ることができるのは、夜のうちに下見しておいたからである。

  大きな街ともなると、冒険者商会だけでも二・三の支部を持っており、冒険者たちが持ち寄る出土品の買い取りやアトリエの探索の管理がされている。そういった場所に冒険者たちはタムロし、情報交換や同行者の募集をするのだ。

  建物に入るとき、どこからか視線を感じたが、人が多すぎて誰のものかはまではわからなかった。

 監視役が居るのかもしれないし、もしかしたら罠の可能性もある。だが、シアリスは気にせずに冒険者商会の建物に入った。

 もちろん、そんな所に集まるのは、腕っ節に自信のある者ばかりである。小さな子どもなどひとりもいない。そんな場所へズカズカと入り込んできたシアリスに、皆の視線が注がれるかと思ったが、あまり気にする者はいなかった。用事を言い付かった小間使いとでも思われているのだろう。

  冒険者商会の建物は立派なもので、石造りの一階と木組の二階と三階で構成されており、広いホールと吹き抜けを備えてある。そのホールには何人もの屈強な者たちがたむろしており、報酬を山分けしたり、地図を広げてアトリエの場所を確認したりと、かなり賑やかだ。

  受付らしきところにはカウンター、その奥には事務所があり、何人かの係が書類仕事や出土品の鑑定のようなことをしていた。

 暇そうにしている初老の男に、カウンター越しに話しかける。カウンターには鉄の格子がはめられており、銀行のような厳重さだ。高価なものを扱っているし、報酬用の現金もあるに違いない。

 カウンターは一段高くなっているため、シアリスの背丈ではギリギリ目を出せるくらいなので、背伸びして声を掛けるしかない。


「すみません。ウルトピーノさんはいらっしゃいますか」


  受付の男はチラリと眼鏡越しに誰が話しかけてきたのか見て、カウンターから覗き込むようにシアリスを探してから、何も言わずに書類を引っ張り出して眺める。小さな紙切れは、なにかのメモのようである。

 トピナからの手紙が必要になるかと思い、手に持っていたが、受付の男はシアリスを特に気にすることもなく、上を指差して言う。


「二階に上がって右の部屋だよ。第二会議室って書いてあるところだ」


  簡潔だ。シアリスは礼を言って階段に上がった。二階の吹き抜けのある回廊には、幾つものの頑丈そうなドアが並んでおり、その一つの部屋に第二会議室と書いてあった。

  そのドアの前に立ち止まり、ノックの前に中の気配を探る。人間の肉体の限界まで押し上げた聴覚で音を聞くが、中からは全く、不自然なほど全く音がしない。どうやら部屋自体に防音の結界のようなものが張られているらしい。

 音では気配は感じ取れなかったが、知っている匂いが三つ、感じ取ることができた。トピナとオノンと、狩人ルシトールである。

  ルシトールがいるとなると、穏やかな話し合いにはなりそうにない、とシアリスは思いながらも扉をノックした。扉を叩くと、結界が消えるのが感じ取れた。突如として、中の気配が探れるようになる。


「誰だ」


  オノンの声が聞こえた。シアリスは返す。


「あなたのシアリスです、オノンさま」


  少しキザったらしく言ってみる。ルシトールが立ち上がって抜刀しようとした音がする。それをオノンが制したらしく、ルシトールは後ろに下がった。


「ゆっくり扉を開けて入ってきて。不自然な動きはしないようにね」


  オノンの声から緊張が感じ取れる。警戒されるのは少し悲しいが、仕方のないことだ。

 シアリスは言われた通りにゆっくり扉を開け、中に入る。そこに剣をいつでも抜けるように警戒するルシトール。大きなテーブルの向こうの椅子に、腰掛けたエルフのオノン。その向こうの窓際のソファに、気怠そうに座っている魔術師トピナがいた。

  ゆっくり扉を閉める。わざと背中を見せて、敵意がないことを強調する。振り返って微笑し、丁寧な貴族のお辞儀をする。


「お招きにより参上致しました。歓迎して頂き感謝いたします」


  オノンの横でルシトールは剣の柄に手をかけ、シアリスを睨みつけている。とてもではないが歓迎しているという雰囲気ではない。



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