死の舞踏
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オノンとしてはここまで関わるつもりはなかったのだが、トピナの口車にまんまと乗せられる形となった。トピナはドレスが着たいだけだ。
先日のボヤ騒ぎの後、盗賊団ノヴァトラの頭モキシフを衛兵に突き出したオノンとトピナは、何のかんのと足止めされて、結局領主である貴族との面会を求められた。
逃げてしまっても良かったが、エルフと魔術師の組み合わせなど、まず間違いなく自分たちしかいないので、見つかるのは時間の問題である。それに貴族の誘いを一般人が断るなど、それだけで犯罪である。
やましい事がある訳ではないのに逃げることは、痛くもない腹を探られることになりかねない。
色々と誤算だったのは、ノヴァトラがかなりの大規模な組織だったということだ。
いくつもの街に拠点があり、恐喝、強盗、密売、八百長賭博、横流し、人身売買。
ありとあらゆる犯罪に手を染めていて、今まで捕まってなかったのが不思議なくらいの組織だった。貴族たちも頭を悩ませており、治安に責任を持つ騎士団は、血眼になって追っているところだったらしい。
しかし、騎士団内部にすら内通者の存在が疑われることから、捜査の方は遅々として進んでいなかった。ここまで来ると、かなりの大物の存在を感じざるを得ない。貴族、それも強い権力を持つ名家。盗賊団の頭はモキシフであったが、それを影で操るものの存在が疑われた。
そんな中、巻き起こったボヤ騒ぎ。
小さな火だったが、オノンが精霊にお願いしたことは確実に履行されたようだ。
組織は日の下に晒され、小さなボヤで壊滅的な被害を受けることになった。魔術師とエルフを敵に回したツケだ。精霊はそんなことまでしてくれるわけではないのだが。
事件解決後、様々な盗品が押収された。持ち主がわかる物品は手続きを経て返却されたが、ほとんどの物は不分仕舞いとなる。
アーティファクトは国が厳粛に管理しており、登録のないものは不法品となり宙ぶらりんとなってしまう。大量に手に入った押収品を、その土地の貴族が懐に入れてしまうことは可能だが、そんなことをすれば他の貴族からの不興を買ってしまう。そこでクライドリッツ公爵は、その押収品オークションを開くことに決めた。
慰労会という名のオークションパーティは、有力な商人や多くの貴族に招待状が送られた。
そこで得た資金は、兵士たちや被害者たちへの援助に当てられる。そして、電光石火で開催することで、腰の重い貴族たちや他領地の商人たちはほとんど参加できず、地元の有力者たちがアーティファクトを合法的に手に入れられる。
もちろんそれは、ただの兵士たちの慰労会であるので、他領地の身分の高い貴族たちは参加などせず、気を使って断るのが筋なので、参加できないとしても仕方の無いことなのである。
メネルが考えることはよくわからないが、トピナの解説によるとそういうことらしい。一石二鳥だとか、三鳥だとからしいが、オノンにとってどうでもよいことだった。
それでもこの慰労会に参加したのは、オークションの売り上げの一部を今回の褒賞金に上乗せしてくれるからだ。
すっかりメネル族たちの社会に馴染んだエルフは、金があれば様々なことができると学んでしまった。そういうわけでトピナとともに、兵士・商人・貴族に混ざって、功労者として参加したわけである。
立食パーティだったが、ドレスを着てドカドカと食べるわけにもいかないのが窮屈だ。
トピナは色々な人たちと話しているが、オノンは遠巻きにされている。
彼女自身もとくに馴れ合うつもりはなかったので、ちょうど良い。独りで葡萄酒を呑んで暇を持て余していたのだが、平和なときは唐突に終わりを迎えた。
「初めまして、エルフのお姫さま。シアリス・オルアリウスと申します。よろしければ、少しお話しをいたしませんか」
妙に可愛らしい声が、低い位置から届いた。
「シ……シアリス……?」
「ええ、初めまして!」
数ヶ月前とは雰囲気も髪色も違う。あのとき、盗賊団に捕まっていたところを助け出されたときは、吸血鬼だとすぐにわかった。いや、相手が隠す気はなかったからだ。
今は違う。近付いてくるのさえ感じなかった。
赤銅色の髪に、青く澄んだ瞳。吸血鬼だと認識した今でも、メネルにしか見えなかった。もし、シアリスという名を言われなければ、すぐには気付けなかっただろう。
「どうしましたか? 顔色が悪いですよ」
いつかまた会うかもしれないとは思ってはいた。それでもこれだけ早く会うとは、しかも人がこれだけ多いところだとは思わなかった。
「ええ、ごめんなさい。少し飲みすぎてしまったみたいね。初めまして、シアリス……さま。どうぞ、オノンとお呼びください。お会いできて光栄です」
「では、どうぞ僕のこともシアリスとお呼びください」
儀礼的な挨拶を交わして、二人は当たり障りのない会話を続ける。と言ってもシアリスは、敢えて子どもらしく振舞って、突っ込んだ質問をしてきた。
「冒険者の方を初めて拝見させて頂くのですが、こんなに可憐な方だとは思っても見ませんでした。もっと厳つい、丸太のような腕の方たちかと……」
「……お褒めの言葉として受け取らせて頂きますわ。冒険者のほとんどが、浮き出た筋肉を正義としていますから、認識は間違っていないかと。残念なことにエルフ族は、あまり筋肉が浮き出る体質ではないのです」
オノンは微笑で答えた。シアリスもにこやかに話を続ける。
「そうなのですね。そのドレスも良くお似合いですが、変わった形のものですね。それは一族の伝統のものなのでしょうか」
オノンのドレスは一見するとただのワンピースに見えるものの、よく見るとスカート部分は二股に別れたパンツ状になっており、構造的にはオーバーオールに近いものだ。白一色のそれはシンプルながらもエルフの美しさを際立たせている。
「ええ、その通りです。動きやすさと美しさを両立するように作られています。故郷から持ってきたものの一つです」
目の前の少年が微笑しながらゆっくりと頷く。
「エルフ族の方々は余り社交的ではないと伺っていたのですが、あなたからはそのような印象を全く受けません。やはり書物など当てにならないものですね」
「私が例外なだけですわ。他のエルフたちはみなメネルを恐れていますから」
「恐れる? エルフ族はみなメネルなどよりずっと強いのでは……」
「確かにエルフ族の個々としての能力は、メネル族と比べれば強いものかも知れません。しかし、メネルにはメネルとしての強みがあるのです。エルフはそれを警戒しているのですよ」
「へぇ……」
オノンとしては、何故シアリスがここにいるのかと、今すぐにでも問い詰めたいところだが、初めましてと言われてはそうもいかない。彼は命の恩人である。恩を仇で返すのは信条に反する。例えそれが吸血鬼であったとしても。
二・三言言葉を交わしていると、いつの間にやら周りに人が集まり始めていた。話しかけようとしていた人物たちは、どうやら切っ掛けを探していたらしい。その中に貴族はほとんど居らず、商人や兵士たちがオノンの話を聞きたがった。
「エルフ族は、みな弓矢の名手とお聞きしましたが、本当ですか」
「どうして冒険者なとどいう危険な職業に」
「ぜひともエルフの里と交易をしたいのですが」
それぞれ思い思いの質問をぶつける。みなエルフを見るのは初めてのことである。
エルフ族とメネル族は、交流を絶ってから久しい。
長命なエルフ族には僅かな期間でも、人からすれば戦争の憎しみを忘れ去るには十分な期間である。三千年前の戦争など、メネルにとっては、伝説上か神話の出来事に過ぎない。
すっかり輪から弾き出されてしまったシアリスは、さっさと姿を消してしまっていた。
どうしてここにいるのか、どうしてまた私の前に姿を現したのか、オノンは気になって仕方がなかったが、そこは年の功。なんとか誤魔化して周りの相手を続けた。
そうこうしていると小気味よいベルの音がホールに響いた。皆が話を止め、音のするお立ち台に視線を向ける。
「お集まりの紳士、淑女の皆さま。まもなく別会場にてオークションが始まります。今日は皆さま懐を暖かくして来て頂けましたかな? 今日の帰りには冷え冷えした懐で帰っていただきますぞ!」
笑いが起こる。
スピーチを始めたのは小太りの男であった。ミクス伯爵である。その隣には長身の男が立っている。貴族然とした立ち振る舞いだが、どこか儚げな印象を受ける。オノンはまだ知らないが、彼こそがシアリスの父である。
「さてさて、すぐにでもオークションを始めたいところではありますが、会場の準備に手間取っておりまして、今しばらく葡萄酒をお楽しみください」
やたら大柄なタキシードの似合わない男が、大きなワイン樽を運んできた。
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