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旅に生きる

 ◆


 盗賊は無事(?)、従徒と成った。

  狩りのときベッドに置いておく変わり身に、これで困ることはない。体格は違うが従徒はその主人である吸血鬼の姿に変化することは全く問題がなかった。

  与えた名はナバル。

 ファスミラに虫の名をつけてしまったので関連付けて、ナバンスという、こちらの世界の夜蛾の名前をモジって付けた。

  ナバルのボロボロの服を捨てさせて、貴族の従者らしいキッチリとした服を着せた。貧相な男であったが、かなりの上等に仕上げることができたと思う。

 元々、出来が良かったのもあるが、どうやら吸血鬼の力は、姿を美しくする効果もあるようだ。人の群れの中に溶け込むのには、必要な能力なのだろう。

  正直、ナバルを従徒にするにあたり、ただの数合わせ程度に考えていたシアリスだったが、どうやらとんだ拾い物をしたらしい。

  まず、ナバルは吸血鬼の従徒となったことに、なんの戸惑いもなかった。むしろ不老不死の力を得たことに喜んでいた。それならば、デラウの従徒にならなかったことの方を喜ぶべきだろう、とは言わずにおいた。

  盗賊として手荒なことにも慣れているし、影に潜むこともお手の物である。

 もしかしたら吸血鬼にするならば、こういう人間が向いているのかもしれない。元が犯罪者であるから、シアリスの良心も痛まないのも加点対象だ。

  ついで彼は文字の読み書き、数字の計算ができた。

 貧乏貴族の三男として生まれた彼は、ある程度の教養を持っていた。なぜ、そんな男が盗賊の下っ端などやっていたのかというと、家族の借金のカタに売り飛ばされたらしい。その後、なんやかんやあってモキシフに拾われて、重用されていたようだ。オノンたちの襲撃時は、人手が足らないため、隠し通路の見張りをしていたとのことである。

  もうひとつ、彼は魔道具の扱いを心得ていることだ。頭目モキシフが魔道具使いであったため、その近くにいたナバルはそれらの知識を得る機会に恵まれた。これはシアリスにとって、願ってもない収穫である。

 この世界では魔法は限られた者しか使えないが、魔道具は使い方さえ知っていれば、誰でも使えるのだ。ほとんどの魔道具は、出土品としてアトリエから見つかる。中には魔術師が解析し量産可能な物もあるが、そのほとんどは複製不可能な古代の魔術で作られており、市場ではとても高い値段で取引される。

  ファスミラが魔術を使えるのにも驚いたが、ナバルの知識も同等に価値のあるものだ。シアリスはとても運が良い。

  運が良すぎて、運命だと思えるほどだ。シアリスの計画が具体的な形を帯びてきた。


「この魔道具はもう使えないのかな」


  シアリスは指の先で、三角形の金属片をクルクルと回した。モキシフが使っていたトピナを拘束していた魔道具である。他にもいくつかの物品をどさくさ紛れに盗ってきたが、そのほとんどは魔道具ではなく、ただの武器や雑貨だった。

  このモキシフの鱗(勝手にそう呼んでいる)は、オノンの爆破でほとんど飛散してしまったため、残っている原型のある鱗は三つしかない。そして、ナバルやファスミラが扱っても、彼がやっていたようには機能しなかった。


「ワタクシが思うに、やはりすべての鱗が揃わないと機能しないのかと。それに遠隔で操作する魔道具には、それを操作するための起点となる魔道具が存在するのです。おそらくカシラが……、モキシフが付けていた指輪のひとつがそれだったのだと思います」


  ナバルはほとんど盗賊らしさが抜けて、貴族の従者らしさが板についていた。この適用能力は元々の年齢も関係しているのかもしれない。

  モキシフは確かに宝石のついた首輪やら指輪やらを、かなりの数付けていたのを見ている。あれがすべて魔道具だったのなら、惜しいことを……、かなり惜しいことをした。オノンたちに渡してしまったのは失敗だったか。

 ファスミラが話を引き継ぐ。


「おそらく、これは魔力を解放するための道具です。それがどんな仕組みかまでは……。けれど、この力に晒されれば、魔力が暴走することになるはずです。あのトピナとかいう女魔術師は、暴走する魔力を無理矢理消費することで身を守ったようです。普通の魔術師にできる芸当ではありません」


  彼女も従者らしい話し方がかなり板に付いてきた。シアリスにも慣れてきたのか、従徒であることに諦めを感じたのか、色々と話すようになってきていた。


「なんとか修理することはできないものかな」


  シアリスが何気なく訊ねると、ファスミラとナバルは顔を見合せた。


「なんだ?」


「その……、壊れた魔道具を修理できるような者は、既に絶滅しています。国内最高位となる筆頭宮廷魔術師でも、こういった特殊な出土品を修復はできない、と思って頂いた方が良いかと……」


  ナバルが言う。それはそうだろうなとシアリスも思ってはいた。修理できるならば、仕組みが解っていることになる。そうなれば応用して新規の魔道具を生み出し、複製品がそこら中に溢れているはずだ。


「それって、常識だろ、ってこと?」


「端的に言えば、そうです」


  シアリスはまだ生まれて数ヶ月である。この世界の常識をほとんど知らない。


「不思議なのですが、シアリスさまからはかなり知的な雰囲気を感じます。言動も行動も、教養と自信がある者、特有の気配がします。それなのに知識の欠落があるというのが不思議なのですが。生まれたばかりの不滅者というのは、みなそうなのでしょうか」


  ナバルは恐れずに何でも訊いてくる。今までひとりで考えることが多かったので、何でも言葉にしてくれるのは思考の纏まりを得るのに役に立つ。


「さぁ? でも、生まれてすぐに何でも知ってる生き物の方が珍しいんじゃないか」


  シアリスは適当に話をはぐらかした。前世の記憶が残っていることや、それが別の世界のことであること、身体は吸血鬼だが人間(・・)を自認していることは、話す気はない。


  ◆


  まだ日の高い午後に、暇を持て余しているとき、シアリスはデラウに呼び出しをうけた。


「お前もそろそろ社交界に立つときが来たようだ」


  デラウはいかにも高級そうな手紙を読みながら、シアリスに言った。


「社交界? なにをさせるおつもりですか」


「パーティだよ。魔道具のオークションが開かれることになったのだ。兵や功労者の慰労会も兼ねて、大きなパーティが開かれることになった。なに、商人や位の低い貴族も来る、比較的大人しいパーティだ。お前の初めての社交界には、うってつけだと思ってな」


「なるほど。パートナーは必要ですか?」


「いや、成人前のお前には必要ない。私は……、愛妻家として通っておるから、連れてはいかん」


  愛妻家とは皮肉ですね、との言葉は飲み込み、端的なやり取りで済ます。


「日時と場所は」


「七日後の夜、ミクス領オナイドの街だ。二日後の昼にはここを発つ」


「かしこまりました。準備を整えておきます」


  吸血鬼としてのお出かけ以外は、城下町をお忍びで探索したくらいしかない。遠出の旅は初めてである。

  オナイドはここから馬車で二日ほどかかる。山道を越える必要はあるが、街道も整備されているし道中には旅籠や砦もあるので、比較的安全だ。問題はとても退屈な旅になることだろうか。空を飛んで行けば、数時間で済むのに。

  当然、昼間の活動が制限される従徒たちは、連れていくことは適わない。留守を任せるか、ずっと自分の影に隠しておく必要がある。そうなれば正体が明かされる危険は増す。余計な荷物は持ってはいけない。

  そんなわけで、いつも静かな城内がにわかに騒がしくなった。

 連れていく従者、護衛の兵士の準備、十分な食料・衣服など、様々な物品が運ばれ、荷馬車に押し込まれていく。

  こういったことはもっと前から準備するものなのではないだろうかと思って、休憩中の家令に訊ねてみると、その通りだとのことだった。

  どうやら主催のクライドリッツ公爵(オルアリウス家の直属の上司である)は、思いたったら吉日、割といつも容赦なく日程を組むらしい。それに巻き込まれる部下たちはたまったものではないが、名君としても慕われている。王家の血筋であるのに、身分に貴賎キセンなく寛容なので、領民・貴族ともに、公爵家は支持されていた。

 城に残る従者たちは夜も寝る間もなく準備を進め、その努力の甲斐あって、正午を過ぎる前には城を出発することができた。

  この世界での旅の道中で、特に気を付けなければいけないことは、やはり魔物の存在である。

  一般人たちは旅をするとき、魔物から身を守るために傭兵を雇う。そして、傭兵たちは魔物から雇い主を守るために、鎖瓶薬と呼ばれるいわゆる霊薬ポーションを使う。感覚器や肉体能力を飛躍的に高め、傷を癒し、熱や寒さに強くなるという。魔術によって作られたそれらの薬は、すべからく高価な品物ではある。しかし、命より高いものはない。この世界の多くの戦士が常備している。

  少量で効果を発揮するが、混ざり合って時間が経つと効果が無くなるものあるため、戦士たちは連なるような形の丈夫でカラフルな瓶に入れ、使用時には状況に応じて飲み分けたり、まとめて一息に飲み干せるようになっている。

 その瓶の形からいつしか鎖瓶薬サビンヤクと呼ばれるようになった。魔術師たちの主な収入源で、高位の魔術師の作った霊薬は、かなりの高値で取引される。そして、魔術師は物語のように冒険はしない。魔術師と言えばほとんどの場合、この霊薬を作る者を指すのであった。

  霊薬の材料・作成法・販売は免許制で厳しく国が管理しており、簡単には作ることはできない。

  野盗や山賊と呼ばれるようなメネルの無法者も、そういった霊薬を使用する。が、正規品と比べれば質も劣るし、量も少ない。

 モキシフのようなエセ魔術師が、見様見真似で作ったものである。たまたま正規品を手に入れても、一度でも使用すればそれまでだし、使用期限も短いため、壮大な計画に使用するには色々と問題がある。

  オルアリウス家の騎士たちも、それぞれ鎖瓶薬が支給されており、短時間とはいえ戦闘時には人間離れした能力を発揮することになる。

 現在では、常人が魔物や常人離れした魔術師などを相手取るための、必須手段となっている。父が過剰に人間を恐れ、隠れ続ける理由がここにある。不滅者の実力であれば、戦っても負けはしない。しかし、大挙として押し寄せられれば、どうなるかはわからない。

  メネルはこの霊薬の発達によって、魔物との生存競争に勝ち、吸血鬼さえも敵としない最強の生物となったのだった。

 人が強くなったことで、吸血鬼たちは知恵を付けざるを得ない状況に追い込まれた。そして、吸血鬼の偽情報により、出会っても対処方法が間違っているという状況を作り出した。

 もちろん、そのうちこのことに人間たちもいずれ気付くだろうが、それまでにどれだけの人が犠牲になるだろうか。あまりにも厄介すぎる敵に育ってしまった。

  特にこの吸血鬼、デラウ。

 この期を逃さずに自分だけの血液ストックを作り出し、自分は領地を治める伯爵として安泰の地位にいる。いずれ時期が来たらシアリスは独り立ち(・・・・)し、デラウはシアリスと入れ替わって、またこの地を統治する。その後、また新しい子ども(・・・)を作り出し、同じことを繰り返して、この地を安住の地とするつもりなのだ。

  これは戦いだ。戦争なのだ。

  吸血鬼たちは協力し合っているわけではない。それでも同じ方向性で動き続ける。それは彼らの目的はひとつだからだ。

  生きること。安全。食欲。

  彼らは野生の生き物なのだ。知恵を持った野生生物。人間にとってこれ程厄介なものはいないだろう。


「シアリス……。シアリス? どうした。気分でも優れぬのか」


  馬車の中で二人きりではあるが、ここでは人間として話さなければならない。デラウとシアリスは話すことも尽き、今は黙って馬車に揺られていた。少し考え事か過ぎたようだ。呼びかけられても気付くことができないとは、吸血鬼らしからぬ。


「失礼しました。どうやら揺れに酔ってしまったようです」


  もちろん嘘だが、デラウにもそれはわかっている。


「そうか。ここからがミクス領だ。外を眺めてみなさい」


  シアリスは言われるがまま、馬車の小窓を開けた。小気味よい風が中に入り込み、シアリスの赤い髪が揺れた。

  田園が見渡す限り広がっていた。

  稲穂が波打ち、陽が葉に反射して、風が目に見えるようだ。それだけならば見慣れた光景だ。しかし、それが目に見える限り、丘の上さえも飲み込んで、地表をすべて覆い尽くしている。山間部にあるオルアリウス領では、決して眺めることはできない。

  シアリスはデラウの望むことに気付いた。


「わぁ、父上! 見てください! ずっと向こうまで畑が広がってますよ」


  窓から身を乗り出して、子どもらしい反応を見せる。

 デラウは当然知っていることだが、まるでシアリスがたった今、発見したかのように言って見せる。外で守っている護衛の騎士たちが、笑って見守る。微笑ましい光景。


「この辺りは豊かな土地が広がっていて、国境に面している。幾度となくこの平原では戦が繰り広げられた。そして、この平原を突破されたとき、最後の要となるのが、我らが家、オールアリア城となる。オールアリアが抜かれれば、その先は王がおわす首都まで目と鼻の先だ。必ず守り抜くことが、我々オルアリウス家の使命だ。覚えておきなさい」


「はい、父上!」


  そんな茶番を繰り広げつつ、穀倉地帯を抜けた先に、大きな城壁を持つ街が見えた。

 丘の上からそれを見下ろすと、いくつかの城壁に囲まれた区画があり、それぞれが砦としても機能するようだ。その外側にも溢れるように街が拡充しており、さらに多くの人が暮らしている。大きな国同士の戦争がなく、平和な時代が長かった証拠だ。

  城壁の外の街並みを抜け、城門に近くとその門の手前に豪華な街馬車が見えた。先行した物見の兵が、到着を伝えていたらしい。


「ようこそ、おいでくださいました。歓迎しますぞ、デラウ殿! と、そのご子息殿!」


  出迎えたのはこの土地の領主、ミクス伯爵。今回、クライドリッツ公の難題を押し付けられた犠牲者である。デラウたちは馬車を降りて、その歓待に答えた。


「ケーヒト殿、お久しぶりでございますな。手紙で伝えてはおりましたが、ご紹介します。我が家の跡取りとなる息子でございます。お見知り置きをお願いします」


「シアリスと申します。高名なミクス伯、自ら出迎えていただけるとは、恐悦至極でございます」


  シアリスは、丁寧な貴族らしいお辞儀をしてみせる。

  ケーヒト・ミクス伯爵は、茶色のヒゲをたくさん蓄えた、小太りの男である。

 剣を握った時代は若かりし頃に終わり、今ではいかに金銭か脂肪かを貯えるかを競っている。

 同じ爵位のデラウとは、雰囲気も体格も全く違う。これは領地の違いである。貧しく武人肌のオルアリウス領とは違い、ミクス領では金に頭を悩ますことはない。もっともそれはそれで別の問題があるようだが。


「これはこれは、ご丁寧に。まさか、このような立派な子息を隠しておられたとは……。手紙を読んだとき、驚きましたぞ」


  デラウは少しバツの悪そうにしながら、ケーヒトの軽口に答える。


「ええ、その辺りの事情は込み入っておりますので、ここでは……」


「おお、そうですな。ではこちらの馬車にお乗り換えください」


  用意された街馬車は、今まで乗ってきたものよりも小さなものだが、造りは明らかに豪華である。

 財力の違いを見せつけるためかとシアリスは思ったが、どうやら単純にデラウらを持て成すつもりのようだ。会の準備に忙しいはずのときに、領主自らが出迎えるというこの歓待には、裏があるに違いないことは親子二人とも感じ取った。


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