第二章 月読会(二)
十三湊は日本海から注ぐ潟湖と、十三湖に挟まれた縦に長い半島状地形の上にできた港湾都市である。都市は大きく二つに分かれており、境界を示すのが、町を横切る大きな土塁だ。
土塁は版築状【両側を背の低い板で挟んで、上から棒で押し固める工法】に積まれた堅固なもので、長さが十間あり、土塁の南側には三間に渡る堀がある。
防衛施設である土塁の北側には安東氏の館と麾下の家来が住む武家町があった。さらに北には港湾地区があり、十三湖を挟んだ北岸には福島城があり、福島城の北には詰の城である唐川城があった。
土塁の南側が町人たちの住む区域となっており、月浄が向う鍛治町も土塁の南のすぐ下に広がっていた。ちなみに檀林寺は町屋地区から離れており、さらに南に位置している。
街は南から北には大きな中軸街路が走っており、南の檀林寺から北の港湾部まで行くことができるので、武家町での法要があっても不便はない。
町は活気に溢れている。十三湖に繋がる岩木川の水路を利用して石材、木材、米などが運搬され、陸路からは交易品となる漆器、扇子、屏風、毛皮が運びこまれる。
十三湊の近くには砂鉄の産地があるので、陸路を通じて鉄や炭を売りに来る者も多く、十三湊では運び込まれた鉄により、鉄製品の生産も盛んであった。
十三湊には日本海側に面した砂浜と潟湖を利用した港があり、十三湖に浮かぶ船も併せると、大小千隻もの船が泊まっている。
船は海が穏やかになる夏になると、交易品を載せて、五十隻ずつの船団を組み、外国へと向けて漕ぎ出していく。
そうして、夏の間に上げた利益で米や食料を買い、十三湊は冬を過ごすので。雪解けが始まる春の交易前の季節が一番忙しい。
あいにく法要の開始時刻が同じだったために、土塁の北側にある武家町に行く月明は月浄より早くに出て、月浄は時間を少し遅くして鍛治町に向おうとした。
月浄が鍛之介の家に向おうとすると、寺の玄関で上級僧の月念と一緒になった。月念は月明より三つ年上で目尻が鋭く、丹精な顔つきをした僧だ。
月浄は後輩として、挨拶の代わりに声を掛けた。
「月念様、今日は、どちらへお参りですか」
月念は愛想なく答えた。
「潮兵庫様のところだ」
月浄は小坊主の半月時代から、ある意味で月念が宿敵だった。月念は掃除に厳しく、仏様に供えられる水の量が少なかったり、花が少しでも萎れていると、すぐに叱った。
月浄以外の小坊主たちの、ほぼ全員が月念を苦手としていたが、月浄はつまらないことで怒られたと思ったら、ささやかながら、悪戯で抵抗していた。
ただ、月念は細かい事柄が気になる性分のせいか、小さな証拠からすぐに誰がやったのかを見抜き、理ですかさず追い詰めて罰を与えてくる。
月浄はそれでも果敢に悪戯合戦で挑んだが、戦績は負け越しが多かった。
月念に悪戯で挑む小坊主は、月浄以外に、ほとんどいなかった。小坊主たちは月念を嫌っていた。現に、月念を見てから、周囲から小坊主たちの気配がしなくなっていた。
月念と何度も言い合いをした月浄だからわかったが、月念は冷たい人間でもなければ、身分の上下を気にする人間ではない。
ただ、愛想というものが全くなく、理詰めで物を考えるところがある。小さいことでも気になる性質で、心に余裕がないので、相手が小坊主といえど些細な手違いや不始末を怒らずにはいられない性分なのだと知った。
月浄は僧になってからは、他の小坊主たちが月念に怒られている場面を見ると、頃合いを見て助け舟を出して、小坊主たちを小言から解放してやっていた。
むろん、残りの小言は月念に「お前は小坊主たちに甘過ぎる」と月浄が引き受けねばならなければいけないのだが、それも小坊主たちを束ねる上では止むを得なかったし、代わりに引き受けてやらねばと思った。でなければ、小坊主も月念も、不幸になる。
月念に比べて月明は些細な手違いでは怒らず、叱られた時には心に残るような叱り方をしていたので、月浄としては、月明にも悪戯を仕掛けたが、こちらは触合いの意味合いが多かった。
月念自身の檀家からの受けは、可もなく不可もなし、といったところである。
檀家の中には僧侶を指名してこないところも多いので、月念はどちらかというと幅広く檀家を回っているほうだった。
ただ、最近は潮兵庫のところに行くにはいつも月念が指定されているようになった。潮兵庫とは船田潮兵庫利守様を指し、安東家の上級武士だ。
船田家は安東家の家臣の中でも上で、交易の時季になると船団長を務める、大きな家だ。けれども、数年前に船団長の相続の件で、長男の潮兵庫を差し置いて父親が弟の海左衛門吉守を船団長に指名した。
聞いた噂では潮兵庫は相続に不服ありと、潮兵庫の生母で、御屋形様の妾腹の娘である母親を通して相続の件を覆そうそと画策したらしい。
だが、御屋形様から「掟に従え」と言下に断られたため、船田家の兄弟の仲は険悪であった。
潮兵庫としてはそんな家にいたくないのか、はたまた御屋形様への当て付けか、新たに屋敷を土塁の南側に建てた。
そんな真似をすれば、ますます弟との仲も悪くなり、御屋形様も気分を害するだろう。港湾地区と離れればそれだけ不便なので、商売もやりにくくなる。
結局は潮兵庫の没落に繋がるだけであろうが、本人はそれでも新たに屋敷を構えるのを止めなかった。
月浄は嫉妬とは人の目を曇らせる恐ろしきものであると思った。
もっとも、潮兵庫の新しい館は檀林寺から少しだけ離れた場所にあるので、法要に行くぶんには都合がよいのだが。
ただ、そんな潮兵庫に気に入られれば、他の武家町の檀家は逆に、月念だけは寄こしてくれるなと要望するだろう。
お気の毒だとは思うが、当の月念は気にしていないのか、はたまた人物ができているのか、全く気にしている様子はなかった。
同じ中央街路を通って法要に行くので、月念の後ろを歩く月浄だったが、月念からは一言も口を利かない。
月浄としても相手が月明ならどんな話題でも浮かぶが、月念には全く掛ける言葉が浮かばなかった。というより、背後から見ていると、話しかけていいものかすら、迷ってしまう。
下手に話しかけると月浄が昔に行った悪戯の件を蒸し返され説教されたり、稀に小坊主たちが月念に仕掛ける悪戯を黙って見過ごしていた件を持ち出されたりしたら、堪ったものではない。
無言で歩く月念の後ろ姿を見ながら歩くのは、正直かなり居心地が悪かった。でも、もやもやした気分を抱えるうちに、潮兵庫の屋敷の門が見えてきたので安堵した。




