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第一章 月光菩薩の導き(四)

 月浄は暗くなった別堂の中で、月明に尋ねた。

「月読の守人になられたのは、御住職様の命令ですか? 他の先輩方も、月光送の儀式はご存知なのですか?」


 月明は提灯を下げたまま、淡淡と答えた。


「月読の守人になるのは、御住職の御命令ではありません。ただ、昔から続いており、愚僧も師からお役目を継いだのです。月光送の儀式については、他の僧だけでなく、十三湊に住む大人たちなら、たいてい知っていますよ。もっとも、子供たちと他国の人間には知られてはいけないという慣わしになっていますが」


 月浄は率直に疑問をぶつけた。


「では、月光送になる人間は、誰が決めておられるのですか。お師匠様ですか? 御住職様ですか? それとも、お城に住まう御屋形様ですか?」


 十三湊は当時、幕府の支配を受けない独立国で、アイヌの血を引く安東氏が治めていた。十三湊には安東氏の居城の福島城があり、御屋形様といえば、惣領である安東(あんどう)康季(やすすえ)を指す。


 月浄は首を振り、静かに述べた。


「いえ、違います。お決めになるのは、あくまで月光菩薩様です。月光菩薩様は、お仕えする人の身体に三日月型の御印を示され、月光菩薩様は啓示を与えます。御印が体に出る場所も、決まってはいません。御印が体に出る人を知る儀式は、月光の呼掛けといい、月光送の前月の満月に行います」


 月光菩薩様が選んでいるのなら、人が選ぶよりも公平なのかもしれない。それでも、釈然としないものがある。


 月光菩薩様ともなれば、痣を残すという粗雑で簡単な方法ととらず、啓示を受けた人間の夢枕に立って、選ばれたが、それでいいか聞くくらいしてくれてもいいのではないだろうか。


「でも、それでは、手の甲や腹などに御印が出ればいいですが、背中や脇腹などに出れば、月光送までに選ばれた事態に気付かないのではないですか。それに三日月の痣だけでは知らない間に体をぶつけたとして、選ばれた本人ですら気付かない可能性があるのではないですか」


 月明は月浄の横を通り過ぎ、台座に備え付けられた石版を提灯で照らした。


「啓示の意味がわからない人間が出ないようにするために、月読の守人は月光送の前の満月の日に予め、目の前にある月の標に向って、月読心経を唱えるのです。すると、お仕えする人間の名が月の標に示されます。それが 月光の呼掛けの儀式です。月読の守人は、月光の呼掛けを行い、月の標に示された人が住む場所に赴き、選ばれた事実を教えて差し上げるのです」


 月読心経を唱えて月光の呼掛けを行い、翌月に月読菩薩経を唱えて、月光送を行う。儀式は交互に行われていた。


 月浄は久々に嫌な気分になった。もし、選ばれた人間が信心深くて、月光菩薩や月の世界を信じるなら、きっと喜ばれるだろう。


 でも、誰もが喜ぶとは限らない、今回だって、選ばれた娘は泣き、両親も泣いていた。


 月浄は悪戯好きだが、人が泣くような悪戯は大嫌いだったし、他の小坊主が人を泣かせるような悪戯をしようものなら、腕ずくでも止めていた。


 月浄は当然の疑問を尋ねた。

「もし、月光菩薩様に選ばれた人間が拒否して、月への扉を潜らないと、どうなるのです」


 月明は月浄に冷たく言葉を返した。


「月光送の時に、月への扉を潜らない人間は、翌月の月光の呼掛けで別の人間が選ればれる前に、黄金の炎に包まれて灰となり、死にます」


 月浄は師の言葉が信じられなかった。人が黄金の炎に包まれ死ぬ状況も信じがたいが、殺生を禁止している仏様が呼び出しに応じないからといって、人を焼き殺すなぞ、明らかに仏の道に反する行為ではないだろうか。


 月光送は本当に、月光菩薩様がお仕えする人間を選んでいる行為なのだろうか。とても月光送の儀式が御仏の意思に叶っているとは、信じられなかった。


 月浄は師に率直に意見をぶつけた。

「月光送は止められないのですか。止めると、なにか不都合があるのですか」


「今日まで十三湊が発展できたのは月光送のおかげだと言われています。もし、月光送を止めれば、港は砂に埋もれ、交易に出た船は戻らなくなり、海や湖の恵みも涸れるといわれています。月光送と十三湊の発展は、表裏一体なのです」


 なぜ、北の果にある十三湊がここまで発展できたか、月浄には説明はできない。神仏のご加護だと言われれば、そうなのかもしれない。


 月浄は心中では、師の説明には納得がいかなかった。けれども、月明の性格から推測して、話した以上の事情を知らないのだと思った。


 月光送に関しては師も月浄と同じ疑問を持っているのだろう。それでも務めを止められないから、悩み、苦しみながら行っているのだ。これ以上の問答は、師を苦しめる状況になるだけだ。


(もし、知りたいなら、もっと僧としての立場を上げ、檀林寺に伝わる秘密の書物を見られる立場になるか、寺に隠してある隠し部屋みたいな場所を探して、自身で調べるしかない)


 月浄はどこまで知ることができるか皆目わからないが、月読の守人を継いで調べられる立場になったら、行く行くは月浄自身の手で調べてみようと思った。


 月明が振り返り、真剣な顔で月浄に釘を刺した。


「月光送の儀式の存在は知られていますが、今ここで見た光景は秘密です。また、月読の守人の後継者として指名を断るのは自由ですが、指名されたのは秘密ですよ」


 秘密と聞くと他人に話したくなる月浄だったが、さすがにお役目は、悪戯とは規模も重みも違う。誰にも話せないし、相談もできない。


 だが、指名を断って良いと聞いて、逆に月浄は月浄自身が役目を継ごうと決めた。

 役目を継ぐことで月明が楽になるなら、それでいい。今まで月明に受けた恩は十三湊の全てを併せたより大きい。


 今まで人に迷惑を掛けた分、他人より重いものを背負わなければいけない気がした。

 それに、師から話を持ち出したのだから、師も他の者ではなく、月浄にやってもらいたいと思っているのだろう。


 月読の守人の後継となる状況で、恩返しができると同時に、月明の立場や心境に近づき、いつかは同格になれる展開を月浄は夢見た。


 月浄は月明に告げた。

「月読の守人、ご指名の件ですが、|(つたな)い拙僧でよければ、拝命させてください」


 月明は突然の申し出に、少し驚いたような顔を浮かべ、うろたえて言葉を発した。


「待ちなさい。すぐに結論は、出さなくてもいいのですよ。月読の守人の後継者になるには、檀林寺の愚僧を含めた七名の僧で構成される月読会で、了承を受けなければいけません。次の月読会が行われるまでに決めてくれればいいのです」


 月読会の構成員である七名の僧のうち一人は月明で、もう一人が御住職なのは間違いない。


 もし、異論が出ないのに、その場で断れば月明の顔を潰す。なら、いつ月読会が行われても同じだ。受けるしかないのだ。


 月明に受けた恩を少しでも返せるなら、この先、何年と掛かろうと、重い荷を背負おう。


 決断をした月浄は、すぐに月明を見据えて、きっぱりと答えた。


「お師匠様、拙僧の腹は、もう決まりました。ですから、もう後継者の件は、心配なさらないでください。今回ばかりは嘘、偽りは申しません。とはいっても、過去の行いから、信じてもらえないかもしれませんが」


 月浄がすっぱりと決断してしまうと、逆に月明が困ったのか、この場を切り抜けるように、言い訳するように話題を変え、階下に向った。


「さすがに、寒くなってまいりましたね。そろそろ、戻りましょう」

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