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第七章 福島城と城を守る者(一)

 七月十五日【陽暦八月二十日】午前。

 お盆となり、今日は多数の檀家衆が寺に来るので、早朝から大忙しだった。


 檀林寺の玄関で小坊主たちに指示を出しながら、月浄が掃除を担当していると、主水が再び駕籠で現れた。


 主水はいかにも険しい顔で、玄関掃除をしていた月浄を捕まえた。


「月浄殿。御住職は、おられるか」

 月崔から月光送中止の話を聞いて、話が違うと抗議しに来たのだろうと思った。


 寺がお盆に忙しいのは、誰だって知っているはず。寺が忙しい日だと知っているのにもかからわらず、早朝に面会に現れた。よほど票決をしないと嘘を吐いた行為に、刑部が腹を立て主水に抗議させに来たのだろう。


 ただ、御住職の対応を知ったので、また、どうにか、のらり、くらりと、やり過ごすだろう思った。月浄はそれほど深刻には考えていなかった。


「はい、おりますが。お会いになられますか」

 主水は恐ろしいくらい怖い顔で、ハッキリとした口調で伝えた。


「いや、結構。御住職には本日、申の刻【十六時頃】までに、是が非でも福島城に出頭してもらいたい。これは、御城代の海江田刑部様のご命令である。決して遅れることなきようにな。では、しかと申しつけたぞ」


 口上を伝えると、主水はそのまま、また駕籠に乗って帰っていった。

 主水の態度を見て、近くで掃除をしていた海月が、月浄に恐る恐る尋ねた。


「今のお武家様、大変なお怒りのように見えました。それに、お城に呼ばれるとは、何かあったのでしょうか?」

 月浄は他の小坊主たちにも聞こえるように声を出して答えた。


「何かあったかどうかなんて、愚僧はわからないなあ。ただ、御住職がお盆にお城に呼ばれるんだ。きっと他の寺の御住職も呼ばれて豪華な接待を受けるんじゃないかな」


 月浄は心配ないといった口調で、朗らかな態度を装い、付け加えた。


「他人を一目ちらっと見て、怖そうとか、決めてはいけないよ。あのお武家様は、ここだけの話、元から人相が悪くて誤解されやすいと零していたからね。それに、足が悪くて時々病むそうだから、たぶん今日は足が痛くて余計に顔が怖く見えたんだよ。僧になるとするなら、なんでも怖がらずよく観察する行為が大事だよ。わかったかい」


 海月が月浄の誘導を鵜呑みにしたのを確認すると、玄関掃除を任せて月浄は御住職の元に向った。


 遂に安東家の城代家老が動いた。月浄は不思議でならなかった。鍛之介たち町人と武士との間で月光送に関する温度差が有り過ぎる。なぜ、そこまで月光送に武士たちが拘るのか。


 今まで色々な檀家を周ってきたが、武士が信心深くて町人が信心深くない、という事実はない。


 ここまで拘って城代家老が動くという事態になってくると、月光送にまだ何か隠された秘密があるのであろうか。しかし、そんな秘密は月読式目には一切、書いてなかった。


 月浄は直感で思った。


(やはり、月読式目は真実を全て語っていたわけではないのだな。もしかして、月読式目は御住職から以前に見せられた一巻だけではなく、他にも二巻、三巻と存在するのかもしれない)


 月浄は考えて不思議に思った。


(でも、あるとしたら、なぜ御住職は見せてくれず、存在すら教えてくれないのだ。檀林寺の中には一巻のみしか存在しないのだろうか。だとしたら、別の巻は、どこに存在する? 別の寺の中に保管されているとは思えないし、謎だ)


 月浄は疑念を持ちながらも、足早に御住職の許に赴き、主水の言葉を伝えた。

 御住職は真剣な表情で、月浄に命じた。


「あいわかった。申の刻じゃな。愚僧は腰が悪い。最近また、どうも調子がよくない。申の刻までに腰に病が出ると、間に合わない怖れもある。月浄もお供せい」


 月浄はお供する行為が嫌ではなかった。でも、今日は月光の呼掛けの晩である。お城をどの刻限に出るかにもよるが、あまり遅くなると、夜のお務めに間に合わなくなる。


「御住職様、愚僧でよろしいのでしょうか。万一、お城を出るのが遅くなりますと、お役目が果たせません。お盆の忙しい日ですが、月雲様に檀家周りに出る僧の構成と順番を変えてもらいましょう。お供は月念様に頼むか、別な方がよろしくないでしょうか」


 御住職は真摯な顔で命じた。

「心配は無用じゃ。それよりも、是非お前に供をさせたい。いや、供をせい。これは命令じゃ」


 御住職に命令と言われれば、従わなければいけない。


 本来なら、お盆の日は月浄も御住職も予定がびっしり入っていた。とはいえ、城代家老からの呼び出しなので、月雲に後を全て任せて、二人は城に向う準備をした。


 お盆の当日になって御住職と月浄が寺からいなくなる事態に、月雲は頭を抱えていた。

 月浄と御住職は遅れないように、かなり、早めの午の刻【十二時頃】に檀林寺を出て歩いていった。


 町屋地区を歩いている途中で小菊を見かけた。小菊も月浄に気が付いたようだった。

 早く出たので、挨拶するくらいの時間はあった。


 小菊は月浄を見つけると、大股でつかつかと寄って来て、いつになく厳しい表情で尋ねてきた。

「月浄って、ちゃんとお役目を責任を持って、果しているんだよね?」


 唐突の言葉だったが、月浄は信条を胸に答えた。


「もちろん、お役目はきちんと果たしていますよ。お役目は拙僧が果たすべき義務ですから、辛くとも、困難でも逃げたりはしません」


 小菊はじっと月浄の目を見て、真剣な眼差しを向けて、ハッキリとした口調で聞いていた。

「じゃあ、月浄はこれからも、きちんとお役目を果たしていくんだよね」


「ええ、もちろんですとも」


 月浄は即答したが、腑に落ちなかったな。何で今になって、小菊が月読の守人の義務を持ち出して話し始めたのかが、わからなかった。


 小菊はじっと月浄の眼を見据えて確認した。

「月浄を、信じていいんだよね」


 小菊がどうしてこうも頑な態度を取り始めたのか、月浄は理解に苦しんだ。

「信じるとか、信じないとか、いったいどうなされたんですか、いつもの小菊さんらしくないですよ」


 小菊は月浄から眼を背けると、小さな声だが、力の篭った口調で宣言した。

「なら、いいよ。でも、裏切ったら承知しないからね」


 小菊は短くそれだけ言うと、町屋地区に入っていった。


 小菊の態度が気になった。本音を言えば、小菊を追いかけて、もう少し、話を聞きたかった。だが、御住職を待たせるわけにはいかなかったので、そのまま歩くしかなかった。


 僧衣の上から袈裟を着て長い距離を歩くとなると、暑いはずである。だが、立秋を過ぎていたせいか、気温が高くなかったので、汗だくになる事態にはならなかった。


 十三湊を南北に分ける土塁を抜けて、武家町に出た。


 武家町の入口のすぐ北側には、幅約八間の大きな堀に囲まれた御屋形様の館があった。御屋形様の館は十三湊が南から攻められた際、前方の土塁を盾に、出丸として利用して防御に使用できる造りになっているが、普段は住まいとして使われている。


 御屋形様が帰って来ていれば、福島城まで行く必要はなかったかもしれないが、御屋形様は遠く交易に行っている最中だ。帰ってくるのにあと一月以上は掛かると思われる。


 武家町の先にある港湾地区に着いた。十三湊に交易船が戻ってくるのは八月下旬なので、まだ十三湊の港湾地区は閑散としていた。


 礫層の先に造られた桟橋に繋がれた艀の船頭も暇そうにしていた。


 船賃を払って、渡し舟で十三湖を縦断する。福島城に向う側の船付き場から降りた。御住職と月浄は緩い坂道を北へ向いながら歩き、福島城に向う道を登っていった。


 福島城は小高い場所にあるので、十三湊の前に広がる浜はもちろん海まで見渡せた。


 福島城の歴史は古く、築城は一条天皇の頃【西暦九八六~一〇一一】まで遡る。福島城は逆三角形をした広い城であった。

 城の外郭は一辺が十町近くもあり、堀と土塁よって守られていた。特に東側の土塁が高く、大土塁を形成していた。


 城はさらに築城後に、敵の攻撃より防備を固めるために、土塁と内堀を持つ、一辺が約二町四方の内郭が作られ、福島城は外郭と内郭により、二重に守られた城であった。


 御住職と月浄は城の東門から、用件を伝えて入城した。


 福島城の外郭には、留守居役の兵が、ほとんど見られなかった。おそらく福島城の留守居役の兵は四百にも満たないだろう。実際の合戦になれば、戦える兵はもっと少ないと思われた。

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