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第五章 月読会の決まりごと(四)

 月読会に参加するために月浄が御住職の部屋に行くと、御住職が腰を辛そうにして身を屈めていた。

「大丈夫ですか、御住職。腰が大変お辛そうですが、愚僧が少し腰をお揉みしましょうか」


 御住職は痛さのせいか、顔が歪めて答ながら、首から提げた鍵を差し出した。


「腰の心配は無用。いましがた座ったときに響いただけじゃ。それよりも、月読式目を箪笥にしまい、鍵を掛けてくれまいか」


 御住職の腰は立ったり、座ったりした時に、痛む時があるらしく、時折、強く苦しまれた。

 月浄は言われた通りに、月読式目をしまって鍵を掛け、他の僧が集まるのを待った。


 月浄の次に入ってきたのは、月雲だった。月雲もまた御住職の腰の状態を心配したが、御住職は「心配無用」と強く宣言した。


 心配無用と告げられ、あまり御住職を心配げに見ると却って気を悪くすると思ったのか、月雲は月浄に顔を向けた。


 月雲と顔が合ったので、月浄から月雲に話し掛けた。

「お務め、ご苦労さまでした。三戸口は、どうでした」


 月雲は顔を曇らせ、哀れむように口を開いた。

「今年の南部は寒い。地元の百姓とも話したが、例年にない寒さだそうだ。あれでは稲が育たず百姓が苦労するぞ。餓死者など出ないといいが」


 南部はこの時代、稲の栽培北限に位置する。そのため、夏に気温が上がらなければ、稲が育たない。稲が育たなければ、それは飢饉へと繋がる。


 月浄がもう少し話を続けようとしたが、月崔を筆頭に月命、月玉、月念が入ってきた。


 月崔もまた、御住職の腰の心配をするが、御住職は「心配無用」と強く言い張った。だが、誰の目にも今日の月読会を長くは開いていられない状況なのは明らかだった。


 御住職が顔を苦痛に歪ませながら、全員を見渡して宣言した。


「今宵の議題は、前回の続きじゃ。月明の件は惜しいとは思うが、なってしまったものは、しかたない。それで、これから先も月光送を続けるかどうか、じゃ」


 月念がさっそく口火を切った。


「拙僧は前回も申しましたが、月光送は早急に中止すべきものと存知あげます。月光菩薩様にお仕えする人間は毎年のように、隔月で送っております。月光菩薩様にお仕えする人間はもう充分に足りていると思われますが、いかがか」


 月浄が月念に続き、平伏して上申した。


「愚僧も、月念様の御意見に賛成でございます。師が月光送を拒絶し、灰に成られた事実は皆様方のお耳には、もう入っているとは思われます。師から最後に聞きましたが、二年前にも月光送の時に逃げ出した人間がいたと聞きました。おそらく、逃げ出した方も灰になられたのでしょう。殺生厳禁。これはお釈迦様の教え、月光送は中止すべきと考えまする」


 月光送の中止の意見に続く者がいない展開は、前回と同じだった。

 でも、今回は月崔が皺のある顔を顰め、ぼそぼそと口を開いた。


「十三湊の発展はなんとする。今日まで十三湊が発展してきた理由は、月光菩薩様のおかげではないのかの。月光送を止める。即ち、十三湊を捨てる事態になるのではないのかの」


 月念がすぐに毅然と反論した。

「おそれながら、申し上げます。十三湊の繁栄は御屋形様を始めとする交易のおかげと拙僧は考え申す」


 月崔が顰め面のまま、大きな声で言い返した。

「それは銭の話、目に見える話じゃ。全てが人の手によるものと考えるのは、傲慢ぞ。月光送を止めて十三湊が滅びたなら、なんとする」


 月念が再び理で言い返しそうとしたので、月浄は月念を強く見つめた。

 見つめられた月念は月浄に考えありと察したのか、発言を月浄に譲った。


「愚僧に考えがあります。月光送について書かれた月読式目によりますと、封印しても解除ができます。一度、止めてみて、十三湊に異変あるならば愚僧が一命を賭して封印を解除しますゆえ、どうか一度、封印の実行をお認めください」


 御住職を除く六人が顔を見合わせた。

 どうやら、他の僧は封印が解除できる事実を知らないようだった。


 月崔が険しい顔で月浄に確認した。

「それは誠なのか、月浄。封印は簡単に解けるものなのか」


 月浄は封印の解き方を敢えて伏せて答えた。


「簡単とは申しませんが、方法はございます。ただ、月読の守人の守秘義務がありますので、封印解除の方法を申し上げることは、ご容赦願います」


 今度は月念が険しい顔で、封印方法についても矢継ぎ早に尋ねた。

「では、封印はどうなのだ。檀林寺の全僧を上げて行わねばならないのではないのか?」


「それも心配御無用。愚僧が独りいれば充分です。他の方の手を煩わせる事態にはなりませぬゆえ、心配なさらずとも結構です」


 月浄の答を聞き、一堂が一度、静かになった。

 月浄は安心した。月崔が口を閉じたところを見ると、小菊が経文を欲したのは、やはり罠ではなかったようだ。


 小菊にしても月崔とは顔見知りだったかも知れないが、経文を渡した事実を黙っていてくれたようだ。

 御住職が苦しそうに発言した。


「どうやら、結論を出す時期に来たようじゃの。では、月読式目の決まりに則り、明後日に月読会で票決を行う」


 月浄は刹那だけ、不思議に思った。月読式目は月読の守人しか読むことが許されていないと言っていた。御住職はなぜ、票決の実行を知っていたのだろう。


 月念が珍しく、慌てて異議を唱えた。

「お待ちを、御住職。明後日では短過ぎます。もっと考える時間を頂きたい」


 月浄はまたも不思議に思った。

(月念様は反対派ではないのか。だとすれば、何も考えることなぞないだろうに)


 月浄は他の顔を見た。すると、他の僧も不思議そうな顔をしていた。ただ、月崔だけは目を鈍く光らせて、月念を蛇が睨むように見ていた。


 御住職が言い直した。

「では、七日後。七日後に採決を取る。よいな、では、これにて――」

 七日後と聞いて、月念は異議を唱えなかった。


 代わりに月崔が、御住職が解散と言い渡す前に素早く発言した。

「お待ちを御住職。票決はどうやってとるのですか?」


 御住職が腰を摩りながら俯いて教えた。


「別に方法は決まっておらん。布袋でも用意して、月浄が手を入れ、封印に賛成する者は月浄の手を握り、反対の者は手を握らない。それで票決をとればよいではないか」


 月崔が納得が行かないといった様子で御住職に意見した。

「それでは反対の月浄が票を操作することができるではないですか」


 月浄は心外だといわんばかりの態度を装った。


「月崔様。愚僧は月光送に反対ですが、これでも、師より月読の守人を仰せつかった身。月光送に関しては仏に誓って、不正はいたしませんし、誰がどちらに投票したか秘密も漏らしません」


 嘘だった。本当は御住職の仰る方法をとって欲しかった。月浄としては不正をしてでも、月光送を止めたかった。


 御住職が「あいたたた」と、のたまわって、下を向いたまま、文机の上にあった紙を指差した。


「ああ、では、こうしよう。月浄。紙を取って一枚ずつ、皆に配ってくれ」

 月浄が御住職に言われた通りに、文机の上の紙をとって一枚ずつ配った。


 御住職が辛そうに言葉を紡ぐ。


「賛成の者は○。反対の者は×を書いて、配った紙を八つに折って、当日、持って参れ。当日、持参した紙を袋に一度、入れてから、開票して票決を取る。それでいいな、月崔よ」


 月崔はまだ不満があるとばかりに口を開いた。

「そんな面倒な作業をせずとも、挙手で票決を取ればいいではないですか」


 御住職が異議ばかり唱える月崔に怒ったのか、腰の痛さに耐えかねたのか、大声で怒鳴った。


「いい加減にせい。誰が賛成したか、反対したかがわかれば、後々まで禍根を残す。票決は誰がどちらに入れたか、わからないほうが良いのじゃ、では、これにて解散」


 御住職が解散宣言を出すと、情けない声で月浄に頼んだ。

「ああ、もうダメじゃ、月浄。布団を敷いてくれぬか」


 御住職がすぐに横になりたいのを察して、解散を合図に、月雲がすぐに席を立った。月崔も渋々ながら立ち上がって退席し、月玉、月命、月念も席を立った。


 月浄は受け取った紙を一度、文机の紙の上に戻すと、御住職のために布団を敷いた。

 布団を敷いて、御住職が背を向けて横になったのを確認すると、退席の挨拶をした。


 文机の上の紙はまだ数枚が残っていた。御住職が紙の正確な残り枚数を覚えているとは思えない。とはいえ、残り数枚なので、三枚も取るのはちょっと危険な気がしたので、月浄が戻した紙の他に、余分に一枚多く紙を取った。


 二枚なら、後で紙を一枚多く取った事態が御住職に露見しても、張り付いていたので、つい二枚を持ってきてしまったと言い訳ができる。


 露見しなければ、○を二票、作っておくつもりだった。本当なら、○を三票も作っておけば確実なのだが、四票中の二票のすり替えは、あまりに危険すぎて、できない気がした。


 現段階で封印賛成が確実なのは月浄の一票と月念の一票だけだ。月崔は反対が確実なので、残るは御住職、月雲、月玉、月命の四人。


 御住職、月雲は月光送の封印に賛成してくれそうだが、月命と月玉の考えは読めないし、月崔の巻き返しがあるかもしれない。


 月浄にしても、できれば票のすり替えなんて行いはしたくないし、する機会があるとも限らない。だけども、○を一票多く確保しておくのは、この時、重要な行為に思えた。

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