消えない絆1
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ある日、捜査一課の会議室に花音さんと堀江先生が呼ばれた。会議室には私と御厨さんが待っている。
「今回は、どういった事件なんですか?」
堀江先生が聞く。御厨さんが、重苦しい空気の中口を開いた。
「・・・今朝、ご遺体が発見されました。被害者は、羽山大学の教授で、名前は・・・瀬尾京太郎」
堀江先生が驚愕で眼を見開いた。いつも無表情の花音さんも目を見開いている。
それもそのはずだ。瀬尾教授は堀江先生の恩師である。そして、臨床の精神科医としても活躍していた教授は、花音さんが養護施設に保護された後初めて診てもらった医師でもある。
花音さんのもう一つの人格の苗字が瀬尾なのも、教授の影響だろう。
「・・・そんな・・・先生が・・・」
堀江先生が呟く。
「まだ事件が発覚して数時間しか経っていませんが、お二人が捜査に参加できるよう上司に掛け合っています。・・・お二人が辛いなら辞退なさって頂いて構いませんが、どうなさいますか?」
御厨さんが聞いた。
「捜査に参加します」
そう言ったのは、堀江先生ではなく、花音さんだった。
秀一郎さんモードではない時に、こんなに力強い言葉を発するのを、初めて聞いた
しばらくして、私達は、殺害現場である教授室に足を踏み入れていた。ご遺体は既に運ばれている。
「・・・今朝八時半頃、研究内容について教授に質問しに来たゼミ生がご遺体を発見したようです」
私が二人に説明する。
凶器は、教授室に置いてあった大きめのガラスの灰皿。撲殺だった。犯人が灰皿を持った時に落としたらしいタバコの吸い殻の灰が、まだ床のカーペットに残っている。床に落ちていた吸い殻は鑑識が回収したはずだが、灰までは回収しきれなかったのだろう。
死亡推定時刻は、昨日の夜二十時頃から今日の三時頃。
動機がありそうな者も、調べてある。瀬尾教授の患者の母親で、岸本厚子という女性。息子への治療方針に不満を持っていたらしい。昨日も、病院に電話をして文句を言っていたとの事だ。
現場検証の後、私達は岸本厚子の家に向かった。
「昨日の夜から今朝にかけてなら、ずっと家にいました」
アリバイを聞かれた厚子さんはそう答えた。ショートカットの黒髪の四十代の女性。失礼だが、引きこもりの息子を抱えているせいか、年齢より少し老けて見える。
「・・・それに、あの先生を殺したりしませんよ。今まで診てもらった先生方の中では、一番親身になって話を聞いてくれましたから・・・」
厚子さんが、寂しそうに話した。瀬尾教授に文句ばかり言っていたのも、甘える気持ちがあったのかもしれない。
「・・・やはり息子さんに会う事は出来ませんか」
御厨さんが厚子さんに聞いた。息子の良平さんは中学生。二階の自室に引きこもっている。
「・・・ええ、申し訳ございませんが」
厚子さんが、困ったような表情で答えた。
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