路上のルールーー王子を奪った代償がバトルロワイヤルなんて――
これほどすんなりいくとは思わなかった。クラウディア侯爵令嬢は、殿下の少し後ろを歩きながら、頬が緩むのを抑えられなかった。
権力への最短ルート。第二王子の婚約者に濡れ衣を着せて失脚させ、その座を奪う。相手の令嬢は御幸せに、等と言っていたが、それも精一杯の負け惜しみだったのであろう。
すでに決着はついている。こうして愛しの王子さまの案内のもと、宮殿へ足を踏み入れた彼女は、人の目さえなければスキップでもせんばかりであった。
「王族の一員になるにあたって」
重々しい扉を開きながら、彼はクラウディアに笑いかける。
「知っておかなければならないことがある」
「心得ております。例えどんなものであろうと......」
「それはよかった」
扉の奥は、日の射し込まない暗い通路が続いていた。ヒヤリとした空気に、だんだん歩みが遅くなる。通路の突き当たりに扉を見つけたとき、彼女はそこから漏れる声のようなものに、眉をひそめた。
王子が扉を開ける。
血の臭いがした。
クラウディアは吐いた。濃厚な鉄の臭いが体の中へと潜り込んでくる。
円形の闘技場は、兵士たちの訓練所にも似ている。だが、ここで行われているのは殺しあいだった。
ただの殺しあいではない。広い空間のあちこちで小さな小競り合いが起こっているが、殺しあっている人間は同じ顔である。国王が杖で自分と同じ顔をした相手の顔面をえぐりとり、王妃は鉄が仕込まれた扇子で相手の首を落とさんと振り下ろす。
王子たちも、それどころか、クラウディアが蹴落とそうかと狙っていた婚約者の令嬢たちさえも、土にまみれ、互いの髪の毛を引っ張りあいながら、喉を、眼球を狙って指をつき出していた。
「殿下! これは、一体......」
「帝国はやがて、他のすべての国を飲み込み、吸収する。国家間で行われるそれは、通常戦争と呼ばれる。この国では、力こそ最も尊ばれる」
「そう。この国では血統など、なんの価値も持たない。強さこそがすべてだ。国を率いるためにも、敵国の間者に易々と殺されないためにも、我々は常に、戦場に居続ける必要があるのだ」
しかし、トップがコロコロと変われば、国民が団結して、国家のために戦うのは難しい。
そこで、王家が開発した秘術が役に立つ。
「この国は、影武者をいくらでも作り出せる。そしてここでは、強いものこそが本物になるのだ。ここでの死闘で、帝国はより強くなっていく......王家に加わるのであれば、例外はない」
青ざめるクラウディアの前に、一人の少女が現れる。立ち振舞いからして、平民上がりといったところだろうか。少女はクラウディアと同じ顔をして、大振りの槍を構えていた。その穂先はこちらに向けられている。
「早速君にもこの洗礼を受けてもらう」
「待って......お待ちください殿下!」
クラウディアは、殺意を向けてくる自分の顔から目をそらし、すがるように言う。
「例外はないと仰いましたが、殿下の以前の婚約者である、あの方は......」
「ああ、ナオミのことか。彼女は本物の傑物だった。公爵家に生まれ、そのまま殺しあいで負けなしだった。もっとも、君の陰謀には破れたのだから、その程度の実力だったのだろうが」
クラウディアの脳裏に、追放した悪役令嬢の言葉が思い出される。御幸せに。導き出されるのはたったひとつの真実。
ーー殺しあいから勝ち逃げするために、私の計画を利用したんだ!
「幼少の頃は体が弱かった、なんて王族は、ほとんど入れ替わっていると言っていい。今の王族で、入れ替わりを経験していないものなど、果たしているかどうか。そんなわけだから、君も安心して、殺しあいに臨んでほしい」
どこに安心できる要素がある!? クラウディアは大声で叫びたかった。しかし、すべては後の祭りである。
地面に落ちていた一振りの剣を拾い上げる。先端には、乾いた血がこびりついていた。絶叫と共に、槍を構えた「自分」が突っ込んでくる。クラウディアはただ、生き残るためだけに死に物狂いで剣を振るった。