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短編集【ホラー】

線香花火

作者: ポン酢

山間部にある故郷の昔ながらの夏祭り。

蝉の声に交じる祭囃子の笛の音。

入道雲を背負う小さな村の神社の神体山。

その山を振り返り汗を拭う。


陽気な人々の笑顔の中で、俺は遠い記憶の中にある哀愁に浸った。


同時に蘇る色褪せない恐怖。

目に焼き付いて忘れる事のできない悲劇。

未だに魘されてもがき苦しむ夜がある。


それでも……。


「……忘れない。それがたとえ苦痛と共にあろうと、決して……。」



リン……。



微かな鈴音がした気がしてハッと振り返る。

どこかの飼い猫か、きょとんと俺を見上げた後、大あくびをして顔を洗って毛づくろいを始めた。

それを苦笑して見つめる。


猫の目が俺を見る。

人とは違う、独特な瞳。


きゃはは、と笑いながら幼い子どもが数人、俺とぶつかりそうになりながら走り抜けて行く。

思わずおぉ?!と声が出た。

浴衣や甚兵衛を着せてもらって嬉しいのだろう。

お囃子に引き寄せられるように掛けて行く。

それを苦笑いしながら見送った。


その中の女の子の赤い兵児帯が、金魚の尾の様にゆらゆら揺れる。


盆地の夏は暑い。

俺はまた汗を拭った。


ふと見ると、子供に驚いたのか猫はいなくなっていた。









野山を駆け回って遊ぶ事がまだ楽しかった頃、遊び仲間の中にある女の子がいた。

特別、意識していた訳じゃない。

仲間の中の一人に過ぎなかった。

だからどんな子だったのかと聞かれると、実はあまりよく思い出せない。


思い出せるのは祭りの夜。

浴衣を着てきたその子がとても可愛かったと言う事だ。

それまで皆の中の一人だと思っていた悪ガキどもの俺達は全員、その子を初めて意識した。

だから少しだけ顔を出して、花火が終わったら帰ろうとしたその子をよってたかって引き止めたのだ。


「でも……帰りなきゃ……。」


「ええ~!後ちょっとだけいいじゃん!!」


「でも……。」


「ねえねえ!俺!!花火持ってきた!!これやってからにしようよ!!」


「……花火?」


俺はそう言って家から隠し持ってきた花火を見せた。

子供だけで花火をすると怒られるので大きな物は持ってこれず、手にしていたのは線香花火だった。


それを見た皆は盛り上がった。

我先にと手が伸び、線香花火を持っていく。

誰かの提灯のろうそくでそれに火をつけた。


ぱっと弾ける小さな火花。

皆の笑い声が夜の石畳に響く。


だが、線香花火の小さな火花を見てその子は後退った。

横にいた俺は不思議に思って声をかけた。


「どうしたの?火花が怖いの?」


「うん……。」


「平気だよ、線香花火だもん。危なくないよ。」


「違うの……あの花火が怖いの……。」


そう言ってその子はギュッと俺にしがみついた。

意識していたその子にしがみつかれ、俺は有頂天になった。


「大丈夫だって!!でも怖いならここで見てればいいよ。」


「……うん。」


その子は怖いと少し体を強張らせながら、それでも魅入られたように皆がやっている線香花火の火花を見ていた。

俺は役得とばかりにそんなその子を見つめる。


火花を映す、その子の瞳。


その目がなんだかとても不思議なものに見えた。

俺は目をぱちくりさせてその子を見つめる。

でもどう見ても妙なのだ。

何というか……人の目じゃない。

どう違うかと聞かれても困るのだが、そう見えたのだ。


俺は急に少し怖くなった。

でも、夜の暗い参道にいるから、変なふうに見えるのだと自分に言い聞かせた。


「……あ!!あ~あ!!玉が落ちた!!」


「シゲちゃん下手くそ~!!」


笑い声と共にそんな声が響いた。

どうやら最後まで行かず、途中で火薬玉が落ちてしまったらしい。

あいつはじっとしてられないからなぁと俺も笑った。


「……駄目!!」


突然、俺にしがみついていた女の子が叫んだ。

その声にびっくりして皆が振り返る。



ゴト……。



そんな音がした。


今度はその音に皆が顔を向ける。

暗い闇の中に、何か大きなものが転がっている。


なんだろうと皆がそれをよく見た。



「いやあぁぁぁっ!!」


「うわあぁぁぁっ!!」



そして上がる叫び声。

その子と少し離れたところにいた俺はよくわからなくて、持っていた懐中電灯でそれを照らした。



「ぎゃああぁぁぁぁっ!!」



そこには、さっき線香花火の火薬玉を落としたと騒いでいたシゲちゃんの頭が落ちていた。

あまりの事に俺達は全員、固まった。

混乱と恐怖で動けなくなっていたのだ。


「……あっ!」


そしてまた声が上がった。

騒動で隣の家に住むトモコの線香花火の火薬玉が落ちる。


それをスローモーションのように俺達は見ていた。


参道の石畳の上に落ち、冷えて黒く転がる火薬玉。

俺達は息を呑んだ。

そしてトモコを見つめる。



「……いや……そんなの……いや…………。」



つつつ……と、トモコの頬に涙が伝う。

それを俺達は硬直して見つめている事しかできない。


ゆっくりと、ゆっくりとトモコの頭が前に倒れていく。

そして首を曲げるにしてはおかしな角度までいって、ゴトリ……と落ちた。


「……あ……あ…………っ。」


何故そんな事が起きたのかはわからなくても、どうなったらそうなるのか、俺達は理解した。

そしてまだ線香花火を手にしている数人は青い顔をして自分の持つそれを見つめた。


それが自分の命と同じものだと理解していた。

だがこんな状況だ。

当然、線香花火を持つ手は震える。


そこからは思い出したくもない。


ふ……っと吹いた風。

火を付ける為に使っていた提灯のろうそくの火が消えた。


俺は膝から崩れ落ちた。

目の前の光景が信じられなかった。


ただ呆然と転がる遊び仲間の頭を見つめる。


真横であの子がしくしくと泣いている。

俺はと言えば、あまりの事に放心状態で涙も出なかった。


「……さい……ご…な…い……ごめんなさい……。」


小さな声でその子が呟き続ける。

俺はゆっくりとその子に顔を向けた。



「……ヒッ!!」



そこにいたのはその子だけではなかった。


いつの間にいたのか、長い髪の女の人がその子の肩を抱いて立っていた。

俺は恐怖に突き落とされ、腰を落としたと体制のまま後退った。


その誰かは美しく、恐ろしかった。


慈しむようにその子を抱き寄せ、そしてゆっくりと俺に顔を向ける。

その顔は人間じゃない。

人間みたいな顔なのだが、人間じゃないのだ。


俺は再度混乱した。

何が起きているのかはわからなかったが、逃げなければと思った。


なのに体は激しく震え、思うように動く事ができない。

ガタガタと震え、その誰かを見ている事しかできなかった。



それは笑った。

ニヤッとでもなく、静かにほくそ笑んだ。



そしてその長く美しい指が俺を指差した。

そうすると俺の意志とは関係なく体が動き、下に転がっていた線香花火を拾い上げたのだ。


「!!」


それが何を意味しているのかはすぐにわかった。

イヤイヤと首を降るも、手は勝手にそれをつまみ上げる。


「やめて!お願い!やめて!!」


それに抱きかかえられたあの子が泣き叫ぶ。

けれどそれはやめようとはしなかった。


シュッ……と音を立て、持っていた線香花火に火がついた。

火もないのに何で?!とパニックに陥る。

だがもうわかっている。


線香花火の火薬玉を落としたら、首が落ちる。


俺は必死に線香花火が落ちぬよう願った。

体はガチガチで、意識すればするほど手が震える。


「やめて!お願い!やめて!やめてよぉ!!」


あの子が泣き叫んでいる。

俺はその中で丸く玉を作っていく線香花火を見つめていた。


シュッ、と最初の火花が散った。


そしてパチパチと音を立て、火花が咲いていく。

それを俺はガチガチと歯を鳴らしながら見ていた。


当然手は震えている。

持ち手の紐がゆらゆら揺れる。


落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな落ちるな……。


必死に祈る。


だが……。



「……あっ!!」



ビクッと手が震えた時、無慈悲にも火薬玉が紐から離れた。

俺はそれを見つめながら血の気が引いた。


どうして?どうして?どうして?!


悔しさと訳のわからなさで奥歯を強く噛んだ。

いつの間にか涙が溢れ、頬を伝って流れていた。


その子を抱き寄せているそれが満足そうに笑った。


ガタガタと震えながら地に落ちて黒く転がる火薬玉を見つめ、俺は死を覚悟した。




リン……。




その時、小さな音がした。

俺はそれに振り返る。


俺のすぐ脇に、小さな鈴が転がっていた。


「……あ…………。」


それはお守りの鈴だった。

ばあちゃんが持たせてくれた鈴。


『いいかぇ?祭りの日にゃ山神さんが降りて来られる……。いつもは山におられる山神さんが降りてくんだ……。そうすっと、いつもは山と里ときちっと境があるもんが曖昧になる……。山さ行く時と祭りの日にゃ、必ずこの鈴を持ってんしゃい。』


面倒くさいなと思っていた鈴。

その鈴の糸が切れ、俺の横に転がっている。


「……コシャクナ……。」


「!!」


声とは違う、頭に響く声。

顔を向けるとそれが目の前に立っていた。


見下され、得体のしれない眼が俺を包むように見下ろしている。


体がガクガクと震えた。

このまま取り込まれて喰われるのだと本能的に感じたのだ。



「やめて!!」



そう、声がした。

その声に俺とその何かは顔を向けた。


あの子が……。


あの子がぼろぼろ泣きながら、震える手に何か持って立っていた。

線香花火だった。


「……ナニヲ!!」


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……。」


あの子はそう言って、どこから出したのかライターでそれに火をつけた。


シュ……ッ、と上がる小さな炎。

そしてその火は丸まって玉を作った。


「……あ……。」


俺はその子に手を伸ばした。

でも、あの子は弱々しく首を降るだけだった。


パチパチと火花が散る。

線香花火の儚げな火花の花が咲く。


そして……。


その玉は、ぽとりと落ちた。

俺の前でぽとりと落ちた。


俺はあの子を見つめた。

あの子も泣きながら俺を見ていた。


青ざめた顔で怯えながら、それでもにっこりと笑った。



「……ごめんなさい……。」



そう言った瞬間、あの子の頭が首から落ちた。

ゴロリと俺の足元に……。




「あああああぁぁぁぁぁ……っ!!」




俺は叫んだ。

喉から血が出るのではないかというほど……。


そしてその後の記憶はない。













「……お!リョウジじゃん!!帰ってきてたのか?!」


祭囃子に近づくと、櫓の上から声がかかった。

それに合わせて何人かがそこから顔を覗かせた。

俺が見上げて手を振ると、明るく笑って皆が手を振った。


「シゲちゃん、皆、元気だったか?!」


「おうよ!!」


「ヤダ~、リョウ君~。すっかり都会に染まって~。きっと夜な夜な遊んでるんでしょ~?!トモコが悲しむよ~。」


「ちょっと!やめてよ!!そんなんじゃないから!!」


昔と変わらぬ笑顔。

俺はそれを眩しく見つめていた。



皆は、あの時の事を何も覚えていない。



俺はあの後、大きな都会の病院で目覚めた。

毒蛇に噛まれて生死を彷徨っていたと言われた。


夜中になっても帰ってこない俺達を探していた大人達は、山の中にある神社の本堂にいる俺達を見つけたそうだ。

全員、気を失っていたという。

シゲちゃん達は社の中にいたらしいのだが、俺だけは外にいて蛇に噛まれたらしい。


そして、俺はそのまま転校した。

村から離れた都会の街に住む事になった。


ばあちゃんの指示だったそうだ。


俺は山神様に魅入られ、連れて行かれそうになったのだと言われた。

だから少なくとも10年は村に戻ってきてはいけないと言われた。


俺を見つけた時、山神様の社だった事やその側にお守りの鈴が千切れて落ちていた事から、ばあちゃんはそう判断したのだそうだ。


突然、村を離れざる負えなくなり、少し混乱もした。

でも転校しても皆とは手紙や電話でやり取りできたので、少し寂しかったがやがてこっちでの生活に慣れていった。


あんな光景を見たのだ。

皆の事が気になっていたが、あの時の事を覚えていないだけで特に異変はないようだった。



ただ、あの子の事も覚えていない。



ずっと一緒に遊んだのに、誰もあの子を覚えていなかった。

俺もきちんと覚えているかと言われると、名前も思い出せないし、不確かな部分がたくさんある。


ある程度落ち着いてから、俺はばあちゃんに連れられて、どこかの大きな神社に行った。

そしてそこで初めて何があったのかを聞かれ、全てを話した。


そして訪ねた。

あの子は誰だったのか、本当にいたのかを。


それには誰も答えられなかった。


ただ俺の話した内容から、恐らくその子が皆の身代わりになったのだろうと言われた。

元々気に入られていた存在だったから、鈴に守られた俺以外の全員分の身代わりになれたのだろうと。


ただ、神様の元に行くという事は、この世との関わりを断つという事なのだそうだ。

だから、こちら側での存在が消えてしまったのだろうと。


だから、その子が本当にいたのかを確かめる術がないのだ。


もしもそれがあるとしたら、俺の記憶だけだと言う。

俺があの子を覚えている事が、唯一残された、この世界にあの子がいた痕跡なのだと……。









あれから長い月日が流れた。


ばあちゃんもこの世にはもういない。

でもこの村も、神体山も、村の神社も、ここには残っている。


法被姿のシゲちゃん達が楽しげに祭囃子を吹き鳴らす。

俺はそれを少し複雑な想いで見つめた。


「ニャアー。」


その声に足元を見ると、さっきの猫が俺を見上げている。

不思議な瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。


「…………ただいま。」


俺はそう声をかけ、しゃがんでその頭をそっと撫でた。

首元の古びた鈴がリンと小さく音を立てた。

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