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私とわたしとワタシの日常  作者: 凪司工房
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2

 じっとりと汗を掻きながらファミレスに入る。


「今日子、こっち!」


 既に奥の四人席には幸子と斉藤さんが座っていて、私は店員に断ってそっちに歩いていく。入り口を振り返ると松本と椚木くぬぎ先輩が何やら話しながら入ってきたところだった。


「久しぶり」


 そう言って斉藤さんはわざわざ自分の隣を開けて私を誘導する。一瞬迷ったけれど、他にも続けて入ってくる先輩たちの姿を見て、仕方なく奥から詰めて座ることにした。


「斉藤さんが最近返事ないからって気にしてたんだけどさ、今日子ひょっとして実家に帰ったりしてたの?」

「ううん。バイトが忙しかっただけ」


 幸子は少しだけ事情を知っている。私と母親の仲が良くないことや、友だち付き合いが得意ではないことなんかを。

 ほんとに? という彼女の視線に微笑を返してから、私は手を挙げて現れた椚木先輩に頭を下げる。


「これ教室でミーティングしてたら軽くける温度だね。文明の利器さまさまだ」


 先輩たちも珍しく全員揃い、四人席を三つも占拠して店内に賑やかな一画を作ってしまう。それでも他のサークルほど騒ぐ人もいないので、演劇部も掛け持ちしている椚木先輩の声が大きいのが少し迷惑な程度だった。

 全員の注文がそろうと、ささやかな乾杯の音頭と共に椚木先輩のハッピーバースディが歌われる。誕生日そのものは一週間ほど前なのだが全員揃うのが今日しかなかった為だ。


「みんな、ありがとう。プレゼントはまた個別に受け付けることにして、明後日の清掃ボランティアなんだけど、それを最後に私はしばらくサークルに顔出さないことにしたから」

「何でですか?」


 きっと誰もがそう感じただろうに、声を上げたのは私だけだった。


「岩根、ありがとうね。将来のことも考えて、ちょっと本気で演劇に打ち込もうと思って。九月にある劇団のオーディション、受かりたい」


 先輩たちはみんな知っていたのか、黙ってそれを聞いている。

 斉藤さんは当然として幸子も私も勿論聞いてなくて、松本を見ると考え込んだ様子で先輩と私を見ていた。


「そういう事情もあって、部の今後のことを、二年たち中心に話し合ってもらいたいなって思ってる。どうだろうか」


 四年生たちの視線は幸子や松本ではなく私に集まり、斉藤さんがいつの間にか私の右腕をぎゅっと掴んでいた。

 私はすぐには答えられず、代わりに幸子が、


「わたしたちで考えておきます」


 珍しく真剣な顔で答えた。

 椚木先輩の「じゃあ食べよっか」の声で場の空気は元に戻ったように見えたが、私の心の中は波立ったまま落ち着く様子もなく、目の前にしたチキンドリアは熱くて、なんでこんなもの頼んでしまったのだろうという後悔を抱えたまま、いつまでもスプーンを口には運べないでいた。


「なあ」


 ミーティングが解散になったところで松本から声を掛けられた。

 私の頭はすっかりこの後幸子と斉藤さんの三人で今後の話をすることに向いていたのに、彼の重苦しい声に「何?」と振り向かずにはいられなかった。


「ちょっと、きたいことがあってさ」


 そう言って彼が見せてくれたのはまだ小さい頃の翔太郎が写った写真だった。画像ではなく、つるんとした照り返しのある写真。少し古いものみたいで、端の白いところが一部黄色くなっていた。


「えっと……」


 見た瞬間に心は決まっていたけれど、言葉を上手く選べずに視線を前にいた幸子と斉藤さんに向ける。


「あ、じゃあわたしは斉藤ちゃんと二人でデートしとくから、今日子は松本とデートしなよ」


 冗談のつもりなんだろうけれど、突然デートなんて言われて斉藤さんは慌てていた。けれど幸子は強引に彼女の腕を取ると、そのまま連れて行ってしまう。


「岩根さんあとでちゃんと連絡するから!」


 その姿は連行されていく容疑者みたいな有様だったけれど、私は手を振って見送ると、改めて松本に向き直る。


「その写真のこと、教えて欲しい」


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