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私とわたしとワタシの日常  作者: 凪司工房
11/24

3

 休日の円山公園には一週間ぶりの日差しの所為せいか、人が多い。

 私は病み上がりの中、何とか風邪薬を飲み、マスク姿で幸子たちの後ろの木陰に立っていた。


「別に休んでも良かったのにさ」

「倒れるほどじゃないから」


 砂山幸子は心配そうに私を見たけれど、ゴミ袋と火バサミを持って現れた椚木くぬぎ先輩たちの姿に緊張気味に頭を下げた。


「おはようございます、先輩」

「おはよう砂山。みんな来てる?」


 先輩は人差し指を立てて人数を確認しているが、足りなかったのか周囲をきょろきょろとする。

 幸子はブルーのショートパンツにオレンジのパーカーという、どう見ても軽いレジャーに参加しますという格好だけれど、先輩たちも私も下はズボンで上も薄手の長袖のシャツといった地味な服装だ。それでも椚木先輩だけは何だかそれが様になって見える。体型なのか立ち姿なのか、ちょっとした仕草も決まっていて、やはり憧れが湧いてくる。


「あと二人だね……ああ、こっちだよ松本」


 大きく手を振った先輩の視線の先を振り返ると、黒のタンクトップを着た大男と、その三歩ほど後ろにちんまりと俯いて歩いてくる二人の姿が見えた。一人は確かに松本だったが、もう一人、暑そうな白のふわりとしたブラウスを羽織ったデニム地のロングスカートの眼鏡の女性は、どうやら私のよく知る人物らしい。

 こちらに気づくと表情をぱっと明るくして、小走りになって松本を追い抜いてやって来る。


「来ちゃった、岩根さん」

「斉藤さん……どうして?」


 小息を切らせて私の右隣まできて腕を取ると、彼女は悪びれた風もなく「同じサークルに入ったの」と答える。

 その言葉に幸子は「だれ?」と目線を投げて寄越したけれど、私は彼女のことを説明する気力がどうしても湧かず、ただ曖昧な苦笑を返した。


「あ、そうそう。彼女、斉藤三紀さんだけど、我がカンポカに入部してくれることとなりました。拍手」


 紹介の声の大きさに顔を赤くして俯きながらも彼女は、私の隣で疎らな拍手を受ける。


「自己紹介はまた次の例会でやるとして、今日はそうね……岩根と一緒に活動して」

「は、はい。分かりました」


 宜しくね、と小声で付け加えて私に会釈をする斉藤さんに色々と尋ねたいことがあったが、椚木先輩たちが班分けをし始めたので、黙ったままその動向を見守った。


「それじゃあ岩根と斉藤さん、それにあと松本。その三人で東側回ってきて」

「……はい」


 椚木先輩からゴミ袋と火バサミを受け取りながら、内心ではどうして松本なのだろうと文句がもたげた。


「あの」

「何だ松本?」

「不慣れな俺と斉藤さんのお守りを病み上がりの彼女に任せるの、流石にアレなんじゃないすかね」


 普段なら誰も口答えしようとしない椚木先輩に対して臆することなく言った彼の、ちょんと伸びた顎髭が何だかたくましく見える。


「良い着眼点だな松本。だが女性ばかりになるより男性が混ざっていた方が色々と面倒なことがない。そうでなくとも二人とも声掛けられ易そうなタイプなんだから、強面一人つけるのは当然だろう?」


 先輩に言われると説得力がある。

 ただ強面と言われた当の本人は私たちを見てから自分を指差して沈黙の抗議をしていた。


「それじゃあ一時間後に再びここに集合ね。何かあればLINEに……岩根たちは電話でもいいけど、松本に連絡係やらせてもいいよ」


 はいはい、といった体で彼は頭を掻く素振りを見せると、私と目線が合って何故か軽く会釈をした。よろしく、の意だろうか。


「けど良かったあ」


 先輩の「開始」という声でバラバラと班に分かれて歩き出すと、すぐに斉藤さんが隣にやってきて安堵の息を漏らす。


「よく私が環境保全同好会だって知ってましたね」

「教えてくれたの岩根さんだよ? だって昨日話してくれたじゃない?」


 ――え?


「だからわたし、思い切って椚木さんに連絡して今日入れてもらった訳だし」


 彼女が嘘を言っているようには見えなかったから、私は余計に混乱する。昨日は風邪で寝込んでいたから覚えていないだけだろうか。

 私は携帯電話を取り出して、慌てて履歴を確認する。


「なあ。それって俺が持った方がいいよな?」

「それ?」


 急に頭の上から低い声がして驚いたけれど、松本がすっと手を出して私からゴミ袋と火バサミを取ってくれた。


「ありがとう」


 おう。ただそれだけを返して私と斉藤さんの前に出ると、彼は一人で足元のゴミを拾いながら歩いていく。

 私は途中だった電話の確認をしてそこに斉藤さんからの着信履歴があるのを見つけると、立ち止まって空を見上げた。真っ白だ。雲が広がっている。


「どうかした?」


 いつまでも歩き出さない私に当の斉藤さんが声を掛ける。彼女に視線を向けた私は軽く首を横に振ると、一人でゴミ拾いをしながら進んでいく大男の背中を小走りで追いかけた。


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