*炎雷帝と反逆者達の話(9)
「たすけて」
聞こえた小さな声に視線を向ける。
小さな子供が震えている。
盾にするように首を掴んでいるのがこの建物の責任者だろうか。
可哀想に、小さな子供の足元には水たまりができている。
「化け物め」
吐き捨てられたのは聞き飽きた台詞。
あぁ、そういえばあの人達は元気だろうか。
「お前の力であの化け物をねじ伏せろ、同じ化け物ならできるだろ」
襟首を猫の子のように掴まれた子供を恫喝して恥ずかしくないのだろうか。
いや、今……この男、この子供のことを"化け物"だと言わなかった?
「颶嵐」
呼ぶ、己の異能に付けられた名前を。
意識を伸ばす、普段拒んでいる能力のその奥へ。
引きずり込もうと蠢くその奥の奥へ手を差し入れるように必要な情報をまさぐる。
「……その子も"演者"なのね。
ならば、私が貰い受けるわ」
にっこりと笑って子供を掴んでいる男の腕を斬り飛ばす。
化け物だと呼ばれる子供は私だけでいい。
床に落ちた子供は腰が抜けているのかその場でガタガタ震えたままこちらを見ている。
こんなか弱い生き物は化け物なんかじゃない。
彼らは彼女達は世界の境界を越える災害獣と相対する"演者"だ。
腰を抜かし切れた腕から噴き出す血に絶叫をあげる男の頭を掴み床を引きずる。
何かを喚いている、うるさい。
壁に押し付けた男の足の間から僅かに刺激臭のする液体が広がっていく。
決して、そう、決して殺す為に産まれたような私とは違う。
同じであっていいはずがない。
「死んで詫びなさい」
掴んだ頭を乱暴に振り回して壁に叩きつける。
ぐしゃりと柔らかいものが潰れる音がする。
断末魔は、聞こえなかった。
「た、たすけて……なんでもします、だから、お願い」
「……殺さないわ」
震えてこちらも見ない生き物の手を引いてシャワー室を探す。
幸い、この倉庫には簡易寝所とシャワー室が備えてあるようで子供をシャワー室に放り込む。
その間に寝所の綺麗なシーツを1枚引きちぎる。
シャワー室から出た子供にシーツで作った簡易的な服を着せて手を繋いで外へ出る。
ビクビクしている子供を抱えあげて空へ舞い上がる。
すぐ近くに見える貨物船の屋根へ降り立つ。
足元で響くのは人がミンチになる音と僅かなエンジン音、それから規則的な波の音。
咏が用意した地図を見て最後の仕事先を確認する。
視界の端では先程までいた倉庫からは火の手が上がっていて夜空を赤く染めている。
どうやらこちらの動きに勘づいて自国にでも帰ろうとしたようで沖へ沖へと進む船は私には都合がいい。
抱えている子供は既に気を失っている。
適当な所に置いておいても良いけど、何かあったら目覚めが悪い。
「さっさと帰ろう」
翼を広げて再び空へ舞い上がり最後の目的地へ向かう。
その途中、颶嵐に面白い情報が引っかかる。
どうも最後の標的は車で既に逃げているらしい。
ちょうど真下を走る黒い車に乗って。
「本当に運が悪いのね」
余りにも運が悪すぎて同情してしまう。
でもそれとこれとは話が別なので進行方向と逆方向へ風の塊をぶつける。
予想外の衝撃にハンドルがふらついたところで横から強めにもう一度空気の塊をぶつけ、反対側に真空を作る。
吸い寄せられるように浮いた車はそのまま道の脇にある電柱へぶつかりひしゃげる。
念の為に中の人間の頭は空気を圧縮して砕いておく。
車内で行ったので血しぶきが飛び散らなくて意外と綺麗だな、と思いつつ緋翼で火をつけて車から離れる。
中空で爆発音を聞くがもうそれは私には関係ない。
家にいる生き残りを確かめたら雷寿のプリンが待っているのだ。
一刻も早く帰りたい。
静かな家の中に生きてる気配はない。
口封じされたのだろうか、よく分からない。
子供まで殺されている。
普段ならば鎮魂歌の1つでも捧げているところだが……
雷寿を傷付けた彼らに捧げる鎮魂歌など私は持ち合わせていない。
それよりも仕事は終わったのだ。
帰ろう。
時計を確認する。
出かけてから1時間くらい経ってるのを確認して溜息を着く。
あんまり遅くなると咏が文句を言う。
「……コレは咏に聞くか」
本来ならば抹殺対象だが、異能を持っている可能性がある以上、演者の資質のあるものは少ない故に無闇に殺す訳にはいかない。
一向に目を覚ます気配のない子供を抱えて空へ舞う。
私を愛してくれる、私が愛する人達がいる場所へ帰るために。