裏
短いです。
指須瀬蔵の家は駄菓子屋の前にあった。とは言ってもちょうど正面に玄関があるわけではないが、2階の窓からは駄菓子屋が覗けた。瀬蔵は今日も外を恨めしそうに眺めていた。自分は簡単に外に出ることは出来ないのに駄菓子屋で遊ぶ同じくらいの歳の子どもを見ると嫉妬に似た感情が湧くのである。
昼が過ぎて腹痛を感じながら窓の外を見ていると、2人の少女が駄菓子屋にやってきた。それと同時にギシギシと木が軋むような音が響いて瀬蔵の元へと近づいてくる。瀬蔵は瞼を落とし虚な目をし、無表情に窓から目を離した。
ガチャリと音を立てて部屋の扉が開かれる。見ると白いくたびれたシャツをきた男が入ってきた。手にはビールの空き缶とビニール袋の中に酒瓶が入っている。男は何かを呟くといきなり瀬蔵を殴りかかった。
ドッと鈍い音を立てて瀬蔵は転がった。頬は腫れて頭を堪えるように目には涙が浮かんでいる。その目を反抗的だと捉えたのか男は瀬蔵を何度も殴り出した。その時だった。外から少女の声が聞こえてきた。
「んーハズレか」
たいしてどうでもいい声が、瀬蔵の耳にはっきりと聞こえた。その後に続く馬鹿みたいな発言も。
「時よ戻れ」
戻せるなら戻して欲しいよと瀬蔵は思い、実の父である男の拳を我慢しようと目を瞑った。しかし、痛みはなかった。おかしいと思い恐る恐る目を開けて確認すると部屋には誰もいなかった。時が戻った……。瀬蔵はそう認識し、わずかに胸が熱くなるのを感じたのも束の間、ガチャリと音がし男が入ってきて殴られた。今度は頬が熱くなる。さっき受けた衝撃とおなじであった。男はさらに殴り続ける。
「時よ戻れ」
少女の声と共に衝撃と痛みは消えた。瀬蔵は時間が戻ったのだと確信したが、それがなんだというのだろうか。いくら時間が戻ってもまたすぐに父が来て殴られるのだ。どうせならもっと昔に戻して欲しかった。瀬蔵の想いも虚しく、三度扉が開かれ殴られる。今度は避けようと試みた。が、避けようとしたのがわかると男は瀬蔵を掴み、馬乗りになって顔を殴った。
時が戻った。どうすることもできなかった。部屋から出てもすぐそこに男が来ている。それに逃げようなんていつも思って失敗し、その度に殴られる。今日は特にひどい。殴られた精神が時間が戻るごとに狂いそうになる。また扉が開かれた。
殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた。時間が戻った。殴られた――――。
これで今日だけで何度殴られたのだろうか。痛みは戻るごとになくなるが、それでも狂った精神が普段よりも何倍も苦痛を感じさせていた。
いつのまにか駄菓子屋の前の少女達は居なくなって、窓から赤い夕焼けが見えた。父は一階に降りて酒を飲んでいる頃だろうと瀬蔵は思った。逃げるならなんてもう考えていない。
一階の父が何か叫び声を上げて、階段を登る音がした。もうどうでもよかった。今日だけで一生分殴られた。疲れた身体を動かすこともできず瀬蔵はゆっくりと目を閉じた。
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