日本に帰還した勇者の今
オレは、かつて勇者として異世界に召喚された。
そして、魔王を倒して日本に帰ってきた。
帰ってきて十数年。
オレは今、宇宙にいる。
「遠いなぁ」
思わず、声が零れ出た。
異世界から日本に戻って、オレは普通の生活を送っていた。
召喚されたその時間に戻ってきたから、何事もなかったかのように、オレは日常に戻っていた。
何となく、物足りなかった。
帰ってきたことを後悔しているわけじゃない。
自分で帰ることを選んで、帰ってきたんだ。
帰ってきて良かった、と思ってる。
帰ってきて、異世界じゃ当たり前だった魔力は感じないし、魔法も使えない。
正直、それは残念だったけど、でも物足りないのは、そこじゃない。
仲間たちが、ここにはいなかった。
※ ※ ※
それは、家族との旅行で、飛行機に乗った時だった。
高く、雲の上まで飛行機が上がった時、思わず外を見た。
異世界で旅をしているとき、ずっと一緒だった、勇者のための武器、聖剣。
その聖剣の気配を、確かに感じたのだ。
気配は弱い。
距離は、ずっとずっと、遠い。
それでも、確かに聖剣の気配だった。
異世界ってどこにあるんだろう、という疑問が沸いたのは、このときだった。
下に降りてしまえば、聖剣の気配は何も感じなかった。
つまり、異世界は上空にあるのだろうか?
そこまで考えて、オレの頭に、突拍子もない考えが浮かんだ。
もしかして、異世界も、この地球と同じように惑星で、広大な宇宙のどこかに存在しているんじゃないだろうか。
そんな考えに取り付かれたオレは、それから勉強を頑張った。
頑張って、最終的に宇宙飛行士になって、こうして宇宙に来てしまっているんだから、本当にどうしようもない。
帰ってきた事を後悔はしていない。
あの世界にいたいとは思えなかったから。
魔王を倒すために世界中を回ったけれど、それでもどうしてもあの世界に愛着を持てなかった。
だから、仲間の一人が帰れる方法を見つけてくれたとき、オレは迷わず帰ることを望んだ。
たった一つの心残りは、一緒に旅をした仲間たちだった。
旅は、辛かったし、苦しかった。痛いことも、悲しいことも、たくさんあった。
それでも、みんなと一緒に笑い合って、バカやって楽しんだ。嬉しいこともたくさんあった。一緒に喜び合った。
魔王を倒した後も仲間たちと一緒にいられるなら、オレはきっと、あの世界に残ることを選んだ。そのくらいには、みんなのことが大切だった。
でも、仲間たちは、旅が終われば元の生活に戻る。
自分のやりたい事、なりたいものを、しっかり持っている人たちばかりだったから、オレとずっと一緒にいるわけにはいかない。
それが分かっていたから、オレは帰ってきた。
帰ってきた事を、後悔していない。
でも、望んでしまう。
みんなに、仲間たちに会いたい。
みんなと過ごした時間は、本当にかけがえのないものだったから。
みんなに会うために、あの世界に行ってみたかった。
ほんの数日程度、あの世界に遊びに行って、みんなと会って、元気な姿を見て、近況を報告し合って、あの頃の思い出話をして、そして「またね」と別れる。
オレが望むのは、そんなちっぽけな事だ。
「遠いよなぁ、やっぱり」
また、声が零れた。
無茶苦茶な仮説だったけれど、的外れでもなかった。
宇宙に来たら、聖剣の気配が少し強くなった。
この気配を辿った先に、きっとみんなのいる世界があるんだろう。
でも、ずっとずっと、先だ。
どのくらい、なんて考えるのも馬鹿馬鹿しいくらいに、ずっと先。
オレのちっぽけな夢は、実はとっても壮大な夢だった。
少なくとも、今の技術で到達するなんて、無理だろう。
そう思えば、諦めもついた。
目を瞑り、かつてみんなと旅した異世界に思いをはせる。
この広大な宇宙の果てに、あの剣と魔法の世界がある。
仲間たちの生きている世界がある。
そう思えば、ずっと感じていた物足りなさが、少し満たされる気がした。
「オレは元気だよ。みんなは今どうしてる?」
帰ってくるはずのない答え。
でも、「元気だ」と口々に返してくれた気がして、オレは口元を綻ばせた。