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魂移しと絵の少女

作者: 山田劉児

「師匠どうしましょうか。」

僕の言葉に師匠は答える。

「どうしようかねぇ、まぁ初めてじゃないしどうにかなるじゃないの?」

「気のせいってことは無いですよね。」

「何言っちゃってるのよ、俺も実体化できてるわけだしさぁ。」

確かに師匠は実体化していた。スーツにシルクハット、口ひげを蓄え、手にはコンドルの頭が意匠として施されたステッキを持った姿だった。

「せっかく実体化したんですから、恰好変えてみてもいいじゃないんですか?」

「でも、もうおじさんだからねぇ、下手に冒険はできないのよ。」

見た目の年齢だけでいえば壮年の男性だが、師匠が死んでからもう600年近くもたっているため、爺も真っ青の爺さんだろと思ったが、言わないでおいた。そもそもの話をすれば、

師匠自体は、絵の中では少し膨らんだ生地にブーツ、マントを羽織ったような恰好だったし、今の姿は僕が描いた絵の中の格好だということもあったが、面倒だったので言うのを辞めた。

「それで、どうしましょうか。」

「どうするかねぇ。」

「少し探索でもしてみましょうか。」

僕たち(もっとも師匠は絵の中にいるが)が絵の中に入り込んでしまうことは、始めてのことではなかった。相手がまるっきり絵だったこともあったし、今の師匠のように実体化していることもあった。

「しかし、あの絵、というか今いる絵はなんなんでしょうかね、そこまでいやな雰囲気はしなかったんですけど。」

「ああ、いやな雰囲気はしなかったが、まるで棺だったね。」

「棺かぁ・・・。」

絵は、城の一室だろうか石造りの壁を背景に椅子に座った少女を描いたものだった。白銀の髪にアメジストの瞳の可憐な少女だった。

「あの絵の前に立ち止まらなければよかったですけど。」

「君はあの絵に心を奪われていたからねぇ。」

「久しぶりにあんなにきれいな少女に会いましたから。」

師匠はやれやれといった風に息をつきながら言った。

「君の恋は実らないものばかりだねぇ。」

僕たちがいたのは城の廊下だった。廊下長く続き壁にはドアらしきものがいくつか、城の中では物音ひとつ聞こえなかった。

「誰もいませんね。」

「誰もいないねぇ。」

僕はドアらしきものの一つに手を掛ける。押しても引いてもびくともしない。どのドアも同じようだった。城の廊下を歩いていくと、突き当りに扉が見える。その扉は他の扉と違いひときわ豪華なものだった。

「あそこなら開きますかね。」

「かもね。」

扉を開ける。そこには少女がこちらに背を向けてたたずんでいた。

「お待ちしておりました。」

少女が振り返る。絵の少女だった。

「えっ、えっと、どういうことかな。」

僕の声は少し震えていた。第一印象は大事である。ここは外してはいけない。

「私は一人しかお呼びしていないはずですが・・・、まあいいでしょう、そちらにおかけください。」

そう促され、僕たちは席に着いた。僕の言葉無視されたのだろうか。

「それで一体どういうことかな。」

師匠が少女に聞く。

「その前にお互いの名前を知らなければ不便でしょうから、私、ミティア・マルガストムと申します。」

「ご丁寧にどうも、俺の名は、ディルク・オーダム、隣にいるのは弟子のマルク・オーダムだ。」

「ありがとうございます、ディルク様、マルク様、さっそくですが、お願いがあるのです。」

彼女はそこまで言って言葉を切る。

「実は私はこの絵の中に閉じ込められてしまっているのです。」

「そうかそれは大変だねぇ。ところで飲み物なんかは無いのかい。」

師匠がのんびりいう。

「えっ、そうですね、お客人に何も用意できず申し訳ありません。」

そういって彼女は手を叩く。そうすると、目の前には、湯気を立てる紅茶が現れた。

「ありがとう、頂くよ。」

そういって師匠は紅茶を飲む。僕は空気になっていた。僕は言った。

「それで、閉じ込められているって言ったけど、お願いっていうのは?」

「私をこの絵から解放してほしいのです。」

なるほど、そういうことかと納得する。絵から解放してほしいというのは初めてのパターンだった。

紅茶を楽しんでいた師匠が彼女に話かける。

「君はどうしたら、絵から解放されるのか分かっているのかい。」

「実は私、記憶がないのです、記憶を取り戻せば、この絵から解放されるのではないかと思っています。」

「なぜそう思うんだい?」

「そういう気がするのです。」

彼女の言葉は力強いものだった。

「なるほど、分かったよ、ただ今日はもう疲れてしまったね、どこか休む場所は無いかな。」

「ああそれなら。」

そういって彼女は手を叩く。

「この部屋の隣の部屋を使えるようにしました。自由に使ってください。」

「ああ、ありがとう、あとここは日は沈むのかな?」

「はい、夜はきます。」

「そうか、助かるよ、マルク少し部屋で休もう。」

師匠に促され、僕も部屋をでる。結局紅茶は飲めなかった。

 僕たちは用意された。部屋で落ち着いていた。

「マルク、どうする?」

唐突に師匠はいう。

「助けるしかないんじゃないですか、そうしないと僕たちもここから出られないでしょうし。」

「そうだね、ところで彼女のことはどう思う?」

「やっぱり生で見ると可愛いですね、はじめきょどっちゃいました。」

僕の答えに師匠は目を細める。師匠が聞きたいことは、たぶんそういうことではないだろう。

「そうだね、まったく君は惚れっぽいんだ、気を付けなよ。」

「大丈夫ですよ。」

そんな話をしていると日が暮れてくる。

「確かに、夜が来るようだね、昼も来てくれるといいんだけどねぇ。」

「ああ、聞いてませんでしたけど、食べ物ってどうなんでしょうか。」

「大丈夫だよ、きっと用意してもらえるさ。」

師匠のいう大丈夫を聞いて安心した。師匠が大丈夫というからには「大丈夫」なんだろう。

「彼女のところに行こうか。」

「そうですね。」

僕たちは彼女がいる部屋へと向かった。

扉を開けようと思い、ふととどまる。女性の部屋をノックもなしに開けるのは失礼だろう。ノックをする。

「どうぞ。」

僕はドアを開けた。

「あの、御飯なんていうのは。」

「ああ、そうですね、人と食事なんて久しぶりです。普段は食べなくとも差しさわりがありませんから。」

そういって彼女は手を叩く。机の上には料理が並ぶ。

「私はこの部屋を出ることができませんので、この部屋で失礼しますね、それとも、自分の部屋で食べられますか。」

そういいながら彼女はこちらに微笑む。

「いえ、ぜひご一緒させてください。」

僕の言葉に彼女は笑みを深めた、

「じゃあ俺は一人でたべさせてもらうとするかねぇ、仲良くねお二人さん。」

そういいながら、師匠は部屋へと戻っていった。師匠の気遣いに感謝をしながら、彼女と机を囲む。何か話しかけようと思ったが、何を話していいかわからない。もじもじしていると彼女の方から話しかけてくれた。

「マルク様でしたね。」

「ええ、そうです、マルクって言います。ミティアさんって呼んでもいいですか?」

「ええ、ミティと愛称で呼んでくださって結構ですよ。」

そういいながらミティアさんはふふっと笑う。ただ愛称で呼ぶにはハードルが高すぎた。

「ミティアさんは、どうして僕たちを呼んだのですか?」

「ミティとは呼んでくださらないのね。」

「かっからかわないでください。」

「ふふっ、そうね、なぜ呼んだかだったわね。」

そういいながら彼女は窓に目を移す。

「あの窓はね、あちらの世界を写すの。」

そういって彼女は手を叩く。

窓には、電気が落ちた暗い美術館の様子が写っていた。

「マルク様、私のことをよく見てくださってたでしょう。」

「気づかれてたんですか。」

「もしかしてマルク様なら私を救ってくれるかもっと思ったの。でもマルク様一人を読んだつもりがディルク様までいらっしゃったなんて。」

「師匠は、影が薄いですから。」

「そうなのね。」

我ながら、残念な言い訳だった。

 彼女と別れ部屋へと戻る。師匠は、すっかり寝る支度をしていた。

「食事はどうだったかい。」

「楽しかったですよ、彼女のこともっと好きになってしまいました。」

「あんまりはまらないようにね。」

「分かってますよ、じゃあおやすみなさい。」

「ああ、お休み。」

 次の日、日の光で目が覚めた。絵の中なのにまるで本物の日の光の中にいるようだった。

「おはようマルク。」

「おはようございます。」

師匠はもう起きていた。

「よしじゃあさっそく彼女のところに行こうか、記憶を取り戻すって言ってもなにをしなければならないか分からないからね。」

師匠とともに彼女の部屋へ向かう。彼女ももう起きているようだった。

「記憶を取り戻すっていったいどうすればいいんだい。」

師匠の言葉に彼女は答える。

「絵を完成させてほしいのです。」

「絵?」

「そう絵です。そちらの絵を見てください。」

そういいながら彼女は部屋に飾られた額を示した。どの絵も部分的に完成したパズルのような虫食い状態になっていた。

「この絵は私の記憶と繋がっているみたいなのです。」

「それで具体的にはどうすればいいのかい。」

「絵のかけらはいろいろなものの形をとっています。それらを探してきてほしいんです。」

「そうか、分かったよ。」

「廊下の部屋はすべて開くようにしました、どうかよろしくお願いします。」

僕は言った。

「大丈夫ですよ、きっと僕たちがあなたを解放してあげますからね。」

「ありがとうございます、これが探してほしいもののおおよそのメモとなってます。」

「ああ、じゃあ探してくるよ。」

 そういって僕たちは彼女に別れを告げると、捜索していくことにした。

「師匠、でどうしましょうか?」

「そうだねぇ、この廊下には部屋がいくつあるんだっけ。」

「大体、五ぐらいってとこですかね。」

「そうかぁ、まぁ、焦っても仕方がないし、一つづつみていこっかねぇ。」

「そうですね。」

最初に見たのは僕たちが泊まっている部屋の向かいの部屋だった。

「ここは・・・。僕たちの部屋と一緒みたいですね。」

「そうだね、特に変わったものは無いしねぇ、探し物は何だっけ?」

「えー、馬の置物、五本足の椅子、鉄の棒で刺された球です。」

「ここにはなさそうだねぇ。」

「そうですね、他の部屋はどんな感じなんですかね?」

残り2つの部屋のうち1つは同じ客間となっていた。

「ここが、えーっと、4つ目の部屋ですね。入ってみましょうか。」

そういいながら僕はドアを開ける。

「ゴホッ、ゴホゴホ。」

開けたときに埃を吸い込んでしまいせき込む。見たところ部屋は物置のようだった。

「なんかここありそうですね、ここから探してみましょうか?」

僕の提案に師匠はうなずいた。

しばらくごそごそとやるもなかなか見つからない。そうこうしているうちに窓から日が沈むのが見える。

「そういえば、昼食べてないですね。」

「ここじゃ、おなかは空かないしね。」

「師匠はどこでも腹減らないでしょ。どうしましょうか、今日は切り上げて夕飯にしましょうか?」

「そうだねぇ、それを言えば寝る必要もないしねぇ。」

「人間を忘れないためですよ。」

師匠と会話しながら、彼女の部屋の前まで行く。

コンコンとノックをすると、中から返事が聞こえる。

「入りますね。」

そういって僕は扉を開ける。

「どうなさいましたか?」

「えっと、夕飯にしませんか。」

「ああ、そうですね、今日はどちらで?」

「今日もご一緒しても?」

「もちろんです。」

彼女が笑顔で答えてくれたことに少し喜びながらも、師匠に聞く。

「師匠は?」

「俺はまた一人で食べるから気にしなくていいよ、仲良くねぇ。」

そういいながら師匠はドアを出ていく。

「では、あちらにも用意しますね。」

そういいながら彼女は手を叩く。目の前に食事があらわれる。きっと師匠の前にも表れているのだろう。

「では、いただきましょうか。」

「そうですね。」

彼女と夕飯を食べながら、僕は彼女に話しかける。

「ここにはミティアさんしかいないんですか。」

「どういう意味ですか?」

「あの、えっと、深い意味は無くて、手を叩くとなんでも現れるので、実は目に見えない誰かでもいるのかなって。」

「ふふっ、ここは絵の中ですから、思ったことは何でもできるんですよ、この部屋を出る以外は。」

そういって彼女は悲しそうな顔をした。

「あの、この部屋を出られないっていうのは?」

「ああ、まだ見せてませんでしたね。」

そういって彼女は立ち上がり、ドアの方に進む。そしてドアを開けようとしたが、ドアはびくともしなかった。

「私では開けることができないのです。」

「もしドアが開いているままであればどうなるのですか?」

「そうですね、その時はドアは閉じてしまいます。」

彼女の言葉を聞いて、ここに来たのは僕たちが始めてでないことが分かり、少し残念に思った。

 部屋に戻ると師匠がコーヒーを飲んでいた。

「そのコーヒーどこから出したんですか。」

「ここは絵の中だからねぇ、大体のことは何とかなるよ。君もいるかい?」

そういいながら師匠は指を鳴らす。

そこにはマグカップになみなみと注がれたコーヒーがあらわれる。マグカップの取っ手は龍の形を模していた。

「生きている時には彫刻もしたのだがね、いかんせん残ってなんだよ。」

師匠の言葉を聞きながら、いよいよ自重しなくなってきたなと思った。

 次の日で正しいのか分からないが、再び朝日が昇ってきた。しかし、外はしとしとと雨が降っているようだった。

「おはよう。」

「おはようございます。」

師匠は僕より先に起きていた。

「今日、どうしますかね?」

「そうだねぇ、椅子と馬と球体だっけ、昨日探してないってことは、案外その辺にはいっているのかもよ。」

そういいながら、師匠が部屋においてある机の引き出しを開ける。

「ほらね。」

そこには馬の置物が入っていた。

「ミティアさん、おはようございます。」

「マルク様、おはようございます。」

「どうなさったのですか。」

「実は一つ見つかりまして。」

「そうなのですか。」

彼女は驚いていた。

「はい、これではないですか。」

そういって僕は馬の置物を渡す。

「ええ、確かにこれです。」

そういって彼女は絵にそっと馬を近づける。馬は絵に吸い込まれ、虫食いになっていた部分が、埋められた。

「この調子で、どんどん見つけますから、期待してくださいね。」

僕の言葉に彼女は微笑んだ。僕は彼女の部屋を立ち去ろうとして、足を止める。

「どうなさいましたか?」

「えっと、朝食も一緒に食べませんか?」

彼女はおかしそうに笑ったのだった。

彼女と朝食を食べ終え、僕は探索を始める。師匠はもうとうに始めているようだった。

「朝食はどうだったかい。」

師匠に話しかけられる。

「楽しかったですよ、彼女はとても楽しそうに僕の話を聞いてくれるんです。」

「すっかり惚れ込んじゃったねぇ。」

「ええ、きっと彼女をこの絵から解放してあげますよ。」

「じゃぁ、頑張らないとねぇ。」

客間にある引き出しは手あたり次第開けてみたものの、探しているものは見当たらなかった。

「やっぱり、あの物置にある気がするんですよね、ちょっと探してきます。」

「気を付けてね。」

師匠に見送られながら、僕は客間を後にした。物置は相変わらず埃っぽかった。物置の中を見渡す。上の方までものが積み上げられおり、今にも崩れてきそうだった。ごそごとしていると、5つの足に支えられた大きな水晶玉が奥の方にあるのが見える。

「もしかして・・・。」

そうつぶやきながら、足を進める。何とかそこまでたどり着くと、僕は水晶玉を持ち上げる。その時、上の方がぐらぐらと揺れ、ものが雪崩のように落ちてきた。僕は水晶玉を、戻すと体を小さくして、足と水晶玉の間に潜りこむ。ごとごとごとと音が鳴り響き、少しすると、音が止まった。

「大丈夫かい?」

そういいながら師匠が部屋に入っていく。

「何とか、大丈夫です。」

そういった僕には師匠はうなずく。

「こんなことじゃどうにもならないと思ってはいたけど一応心配はしたんだよ。」

「ええ、まったくひどいもんですね。」

「ああ、本当にこらえ性が無いよ、君もこんなに小さくなってまぁ。」

そういいながら、師匠が僕を見下ろす。

「君もそろそろ人間じゃないねぇ。」

「もとはといえば師匠が原因ですからね。」

そういいながら、僕は体の大きさを戻す。

「いやぁ、君のあの作品はいつ見ても素晴らしいものだと思うよ。」

「“魂移しの贋作師”の唯一といっていいほどのオリジナル作品ですからね。」

そういって僕は自嘲気味に笑う。師匠がほめてくれている絵『過去、現在、未来』は幼児から壮年に至るまでの三人の僕の自画像を描いたものだった。

「オリジナルより素晴らしい贋作が描けるなんて唯一無二じゃないか。君を育てたかいがあるよ。」

「師匠はあの絵から抜け出したかっただけでしょう。」

「まぁ、そうだけど、それでもその辺のやつらに比べれば君がとびぬけていることは間違いないよ。」

「はぁ、まあいいですよ。そんなことより椅子を見つけたんです。」

「そうなのかい。」

「ええ。」

そう言いながら、ものに埋もれてしまった、水晶玉と、それが載せてあった足を引っ張りだす。水晶玉を取り、足をひっくり返すと、五本足の椅子となった。

「すごいじゃないか、ついでにその水晶玉に鉄の棒でも突き刺せばいいのかい。」

「刺さりますかね?」

「どうだろうねぇ。」

そんな会話をしていると、外が暗くなっていくのが行くのが分かる。

「今日は終わりにしましょうか。」

「そうだねぇ、じゃあお待ちかねの夕食にしようか。」

「からかわないでくださいよ、もう。」

僕たちは部屋から出ると廊下を歩き、彼女の部屋の前までくる。ノックをしながら僕は聞く。

「大丈夫かな?」

「ええ、どうぞ。」

彼女の返事を聞き僕は扉を開く。

「大丈夫でしたか。」

彼女はそんな風に問いかけてきた。

「ええ、音かなにか聞こえてしまいましたか?」

「とても大きな音が聞こえて・・・。」

そこで彼女は言葉を切る。

「とても心配しました。」

「ありがとうございます、あなたに心配して頂けるだけで僕は・・・。」

僕の言葉に、彼女は少し頬を染めたように見えた。

「その、では、夕食にしますか?」

「ええ。」

彼女の言葉に僕はうなずく。

「じゃあ、仲良くねぇ。」

そういいながら師匠は部屋に戻っていった。

夕食中彼女との会話は弾んだように思える。しかし、時折悩んだような表情を見せるのが気になった。

「では、ミティアさん、おやすみなさい。」

「ええ、マルク様、おやすみなさい。」

そういって彼女の部屋を出る。部屋を出ると物置の部屋の前に何か紙が落ちているのが見えた。近づいていきそれを拾う。そこには『彼女は嘘つきだ、ここから出るのはあきらめろ』と殴り書きされているのを見つけた。

「分かってるよ。」

僕のつぶやきは心の中に溶けていった。少しのあいだそこにたたずみ、部屋に戻る。部屋に戻ると師匠が待っていた。

「どうだったかい、いやに暗いじゃないか。」

「いや楽しめたんですけどね、いろいろ気になることが。」

「まぁ、十中八九、あたりだろうからねぇ、それにそんなことは始めから分かってたことじゃないか。」

「いや、分かってはいたのですが・・・。」

「今回が初めてじゃないんだからさぁ。」

「でも今回は始めからもう、あからさまな敵じゃないんで、ちょっと。」

僕の様子に師匠はため息をつく。

「とりあえず明日だね、今日は寝よう。」

「そうですね。」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

雨はいつの間にかざあざあと強く降っていた。

突然、師匠の言葉が聞こえた。

「マルク、起きろ。」

体も揺らされているみたいだ。

「彼女がなりふり構わなくなってきたよ。」

体を起こし目を開けると、剣を持ったプレートアーマーに囲まれていた。

「はぁ。」

僕はひどく落ち込んだ。

「落ち込んでいる暇はないよ。」

そういいながら師匠は指を鳴らす。対抗するように、プレートアーマーを着た別の騎士があらわれる。僕たちを囲んだ騎士たちよりも武器も鎧も強そうだった。

「さあ、ここは俺に任せて。君は彼女のもとへ行くんだ。」

師匠に促され僕は部屋を出る。きっと師匠は傷心の僕を見たくてこんな風にしているのだろう。長い付き合いの僕にはわかっていた。そんなことを考えながら、歩いていると、目の前に先ほどのような騎士があらわれる。

「はぁ。」

僕はため息をつき指を鳴らす。僕の目の前には甲冑をきた武者があらわれる。甲冑のほうが好きなので甲冑を作り出しているが、プレートアーマーの方が強そうだなと適当なことを思いながら、歩いていると彼女の部屋の前につく。彼女の部屋までとても長く感じた。扉をノックする。

「大丈夫ですか?」

その声に彼女は返事をする。

「しらじらしいっ!」

その声が聞こえたかと思うと扉が吹き飛ぶ。僕はとっさに目の前に壁を作ると後ろに跳びのいた。壁が破壊され、彼女があらわれる。彼女の髪は逆立ち、目は爛爛と輝いていたが、それでも彼女は美しかった。

「君はとてもきれいだ。」

僕の言葉に彼女は声を荒げる。

「気持ち悪いんだよ、ずっと。」

ストレートな言葉に僕は傷つく。

「まったく君は傷つきすぎだよ。」

そういって笑いながら師匠が後ろから現れる。

「何なんだっ、いったいお前たちは。」

彼女は怒っているというより、苛立っているようだった。

「何なんだだって、マルク、おかしいねぇ。」

そういいながらなおも師匠は笑っている。

僕は言う。

「経験があるんだよ、すこしばかりね。」

「どういうことよ。」

僕は言う。

「はぁ、だから、何回か絵に取り込まれたことがあるんだよ、今回みたいに。」

彼女は驚いていた。

師匠がいう。

「今までの犠牲者には、経験者が居ないっぽいみたいだねぇ。」

僕は「そんなに経験者が居てたまるか」と心の中でツッコむ。

「それに荒い、荒すぎるぼろが出すぎだよ、まあぼろが出ても今までは抜け出せないから何とかなってたみたいだけどね。」

「ミティアさん、聞きたいんだけど。」

僕は彼女に問いかけた。

「何で、人々を絵に取り込むの?」

「何でって、私を維持するためには生きた人間を養分として必要なのよ。」

僕のなかで疑問がわく。

「普通、っていっても魂が宿った絵がそもそも普通じゃないんだけどね、養分なんていらないんだよね、どうですか師匠。」

「そうだねぇ、俺も絵だけど養分なんていらないなぁ。」

「あんたも絵なの!?」

「ああ、俺も絵だよ、自らの自画像に魂を込めて死んだ哀れな画家さ。」

「そうなの・・・。」

彼女は考え込んでいるようだった。

「あのさ。」

僕は彼女に声をかける。

「君が絵から解放されたいっていうのは本当だよね。」

僕の言葉に彼女ははっと顔を挙げる。

「でも消えたくないわ。」

「うーん、これは予想なんだけどさ、ミティアさん、もしかして生きているかもよ。」

僕の言葉に彼女だけでなく、師匠も驚いていた。

「どういうことだい、マルク。」

「ああ、ほら、グレン、あの画商のあいつ、こういうのすごい好きじゃないですか。」

「ああ、あのオカルト狂いの彼かい。」

「そいつに聞いたんですけどね、養分を必要とするようなものってどっかで本体とつながってらしいんですよ。」

「彼のいうことじゃあてにはできそうにもないけどねぇ。」

「まぁ、でも、今の状況の方がよっぽどあり得ないですから、信じてみる価値もあるのかなって。」

「そうだねぇ。」

「ちょ、ちょっと待ってよ、二人で話を進めないで頂戴。」

彼女が割って入ってきた。

「ごめんね、ミティアさん、それで話は聞いてたよね。」

「聞いてたわよ、でもあり得ないわ、私がこんな風になったのは400年も前らしいから。」

「なんで分かるの?」

師匠が言った。

「分かるもんだよ、外が見えてればね。」

「それにあなたの前に来た人が言ってたのよ、この絵は400年も前のだって。」

師匠が聞く。

「そうなんだ、まあ、そんなことはいいんだ、ここの場所が分かるかい。」

「ここはマルガストム家の城よ、場所は確かティティニア、ムロッソ地方のティティニアよ。」

「師匠知ってますか?」

「いや、分からないな、まぁグレンに聞くのが一番だろうね、彼ならすぐに情報を集めてくれるだろう。」

「そうですね。」

「よし、じゃあ、ミティアさん僕たちを出してくれるかな。」

彼女はまだ迷っているようだった。

「君が出してくれないなら、勝手に出ていくだけだけど。」

「師匠!」

「どういうことなの。」

「慣れてるって言っただろ、それに俺も絵なんだ、勝手は分かる。」

「無理よ、私はあなたたちの名前を知ってるのよ。」

僕は言った。

「実は君に教えた名前は本名じゃないんだ、絵描きとして名前でね。」

「そういうこと、さぁ、どうする?」

彼女は決心したようだった。

「希望があるならそれに掛けたい、頼むわ。」

「分かった、君自身にはあとどれくらい時間があるのかな?」

「正確には分からないけど、外の時間で1カ月ぐらい持つと思う。」

「そうか、今までの犠牲者に感謝だね。」

「師匠、縁起が悪いですよ。」

「縁起が悪くて、すまわないわね。」

「ミティアさんにいったわけじゃないんだ、気を悪くしないで。」

ミティアさんが言った。

「あと、もう一つ聞きたいんだけど・・・。」

「何かな?」

「私って結構価値があるみたいなの、私を持ち出せるの?」

「それなら心配ないよ、ここにいるのは“魂移しの贋作師”だからね。」

「やめてくださいよ、師匠、その名前気に入ってないんですから。」

「どういうことなの?」

「それは出てからのお楽しみさぁ。」

そういって師匠は絵から出ていく。僕も師匠の後を追った。

「やっと外だ。」

美術館のなかで声を出したことでじろじろ見られた。

「そうだねぇ。」

ロケットから声がする。現実の世界では実体化できない。師匠は小さな絵となりロケットの中に入っていた。ロケットは内側から外が見えるが外からは内側が見えない仕様になっていた。

「とりあえずグレンに連絡しましょうか。」

「そうだねぇ。」

僕はグレンに電話を掛ける。

「もしもし、グレンかな。」

「これは、マルクさんじゃないですか。」

「ちょっと相談があってね。」

「ぜひぜひ、マルクさんにはお世話になっていますからね。」

僕はグレンにいままであったことを伝えた。

「ってなると、最初にやんないといけないのは、魂移しですね。いやぁ、マルクさんの魂移しを見られるなんて嬉しいなぁ、ああ、場所の方はちと心当たりがあるんで、とりあえずそちらに向かいますね。」

「場所、分かるんだね!」

「その少女の絵はまぁ有名ですから。」

「そうか、じゃあ頼むよ。」

3時間程するとグレンが来た。

「いやぁ、お待たせしました、マルクさん、ディルク様。」

「ああ、来てくれてありがとう。」

「それにしてもいい経験をしましたね」

「ほんと、久しぶりに実体化できたしねぇ」

「やっぱり自分の絵とは違いますか」

「なんだか人間に戻った気になるよ」

僕は二人に言う。

「グレン、師匠、話はそれくらいにしていきましょう。」

再び美術館に入る。

「グレン、交渉は任せても?」

「もちろんですよ、お任せください。」

少しするとグレンが戻ってきた。

「しっかりと許可を取りましたよ。」

「ありがとう、グレン。」

「ただ、人がいる前で描いてもらうことになるんですが・・・。」

「問題ないよ、大丈夫。」

「キャンバスその他は用意は済ませてます。」

「助かるよ。」

そういって僕は彼女の絵の前のキャンバスまで進むと筆を取った。

「ふぅ、こんなものかな。」

「マルクさん、水です。」

「ああ、ありがとうグレン。」

「いやぁ、すごいですなぁ。」

奥から館長らしき人が出てくる。

「これがかの“魂移し”ですか。元の絵よりも優れてしまうなんてありえないと思っていましたが、実際目にしてみるとなるほどこれは納得せざる負えませんな。」

「ええ、ありがとうございます。ではもう少し絵と対話をしたいので、閉館した後もう少しだけここにいても構いませんか?」

「ええ、もちろんです、いやまったくいいものを見させていただきました。」

美術館の中にいた人は書き終えたばかりの絵を元の絵と見比べながら観覧していく。そうこうしているうちに閉館時間となった。

「どうですか師匠。」

「いやぁ、相変わらずすごいもんだねぇ。」

「よし、では彼女に移ってもらいましょうか。」

そういって彼女のオリジナルの絵に近づく。

「絵を近くに寄せますから、引き寄せられると思うので、それに身を任せてください。」

彼女からは返事はない。僕は二つの絵を寄せるとしばらく待った。

「どうですか、師匠?」

「うん、移ってるみたいだね。」

「終わりましたか、マルクさん。」

「グレン、終わったみたいだよ、どうかな。」

そういってグレンに二つの絵を見せる。

「“魂移し”ここに極まれりって感じですね、元の絵が色あせて見えますよ。」

「グレンが言うなら間違いないね。よしこれを家に運んでくれるかい、ついでに僕たちも。」

「分かりました、家までお送りしますよ。」

グレンに車に乗せてもらい、彼女の絵を乗せたまま僕たちは家に帰った。

「ようやく家だ、なんだか長い旅行した気分ですね、師匠。」

「そうだね、実際楽しかったよ。」

「マルクさん、言われた場所に絵を飾っておきました。」

「ありがとう。」

「また場所について詳細が分かったら明後日にでも報告しに来ます。」

「なにからなにまですまないね。」

「では。」

そういってグレンは帰っていった。

「ふぅ。」

僕は一息つく。もう一仕事待っているこちらの方が僕にとっては、神経を使う仕事だった。

「「お帰り。」」

家に入るとそう声を掛けられる。飾ってあったのは、夫婦の絵だった。

「どうした疲れたようだね。」

男の方がいう。彼の名はクルト、生前は画家だった。

「そうなんですよ、また絵に取り込まれちゃいまして。」

「大変だったわね、それで彼女なのね、取り込まれた絵は。」

女の方が言った。彼女はミルダ、僕は以前彼女の絵に取り込まれた。かつて僕が恋心を抱いた相手でもある。

「見ましたか?」

「グレンが持って入るときにちらっとね。」

「美人だったじゃないか、ミルダには劣るがね。」

「やめてよ、クルト。」

「相変わらずお熱いようで何よりですよ。」

そういいながら、アトリエに入る。そこには彼女が運び込まれていた。

「調子はどうかな?」

彼女が答える。

「すごいわ!」

彼女は興奮しているようだった。

「絵から絵に移っただけだけど、まるで気分が違うわ、あなたってすごい人だったのね。」

「そうか、良かったよ、それでね、君は生きているかもしれないし、こう、師匠みたいに持ち運べるようようにするためには、もう一枚君の絵を描かなくちゃならないんだ。どんな格好がいい?」

「好きな格好を言っていいのね?それなら白のワンピースがいいわ、このドレス、ごてごてしてて嫌いなの。」

「そっか、僕は好きだけどな。分かったよ。」

僕は筆を取ると彼女を描き始めた。

「どうかな、満足かな?」

「ええ、服もすっきりしたし、空でも飛べそうだわ。」

「良かった、この家に居る間は絵の中は行き来できるし、服装も自由に変えられるから、好きに過ごしして。」

「ありがとう。」

「どう、僕のこと格好いいと思ってくれた?」

「・・・」

まだまだ道は遠いらしい。

翌々日、グレンが訪ねてきた。

「ようこそ、グレン。」

「失礼します、マルクさん。」

「それで、どうかな?具合は。」

「おっしゃってた場所、見つかりましたよ」

「本当かい。」

「ええ、実はそのティティニアの中で万年、霧がかかってる場所がありましてね。」

「ほう。」

「そこいらに伝わってる話では、霧の中に城があるらしいんですよ。」

「そうか、もしかしたらそこが・・・。」

「ええ、あっしもそうにらんでましてね。」

「だってさ、それっぽい場所見つかったみたいだよ。」

そういって僕は彼女の絵に声をかける。

「さっそくいってみましょう!」

彼女は息まいていた。

「そこまで行くのには遠いのかな、グレン。」

「まぁ、ちょっとばかし遠いですがね、準備はできてますよ。」

「じゃあ今すぐにでも出発しましょう!」

「ちょっと待ってよミティアさん、準備も出来てないんだ、明日でもいいかな。」

「しょうがないわね。」

「へへっ、マルクさんすっかり尻に敷かれてますね。」

「そうなんだよ、でも悪くない。」

「何言ってるの」

彼女の言葉は冷たかった。

次の日、いろいろと準備をし、最後に彼女と師匠のロケットを首にさげる。

「ミティアさん、大丈夫かな。」

「ええ、この中ってこんな風になっているのね。」

「快適かい?」

「ええ、とっても。」

「それなら良かったよ。」

「仲良しだねぇ。」

「師匠、からかわないでくださいよ。」

「「行ってらっしゃい。」」

ミルトとクルダに声を掛けられる。

「行ってくるよ、留守番を頼むね。」

そういって僕は家を出た。

玄関を出て、少し待っているとグレンがやってくる。

「ここから車で三日ほどです、車の中で休めるようにしてますから。」

「ほんと、何から何まですまない。」

「いえ、いいですよ、マルクさんにはいろいろお世話になってますから。」

僕たちは車に乗り込んだ。車に乗り込み、しばらくするとミティアさんが僕に話しかけてきた。

「ねぇ、マルク、あなたの本当の名前はなんていうの。」

「僕の本当の名前?」

「マルクっていうのは、絵描きとしての名前なんでしょう?」

「ああ、そういえば言ってなかったけ。ゲン・イガラシっていうんだ。」

「不思議な名前ね。」

「異国の名前さ。」

「ふぅーん、そうなのね。」

それっきり、彼女は黙った。僕は師匠に話しかける。

「師匠、帰ってから姿を見なかったですけど、どうしてたんですか。」

「いや、他人の絵に入ったのは久しぶりだったからね、いろいろと創作意欲が沸いてね。」

「ああ、じゃあ師匠のアトリエにこもってたんですね。」

「ああ、眠らなくていいし、お腹も減らないからねぇ。」

「えっと、ディルク様ですよね。」

彼女が師匠に話しかける。

「ディルク様はあの家では形を保てるのですか?」

「なぜ形を保てるかって。それは・・・ああ、俺も名前を言ってなかったね、レンドルト・ウッドワースっていうんだ」

「レンドルト・ウッドワース・・・、どこかで聞いた、あっ、それって、かの画神さまじゃないですか」

「ああ、知ってるんだ。そうなんだよ、のちの世代のやつらに大層な名前をつけられちゃってねぇ。」

彼女はとても驚いているようだった。

「それでなんで形を保てるかだね。俺はずいぶんと絵になって長いし、幾多の人間を取り込んでるからねぇ、あの家の中でなら、形を保てるんだよ。」

「へぇ。」

彼女は納得したようだった。少し説明が少ないような気がするが、納得できたなら構わないだろう。昔、閉じ込められたことがある作品が動く美術館を少し応用したものだったりするのだが。

そんな風に話をしたり、外の流れる景色を見たりしていると三日が過ぎた。

「つきました、一応ここなのですが。」

グレンの言葉に車を出る。

「こりゃ、壮観だねぇ。」

「ほんとですね、師匠、真っ白だ。」

目の前にはもうもうと霧が立ち込めていた。

「この中に突っ込むことになります。」

「本気かい。」

「ええ、話によると、城でもてなしてもらえることもあるそうですよ。」

「へぇ、なんでだい。」

「なんでも眠り続ける娘の魂を探してほしいと頼まれるそうです。」

僕は彼女に声をかける

「ミティアさん。」

「ミティで良いわ。」

「ミティ。」

僕は恥ずかしがりながら彼女を愛称で呼ぶ。

「このへん見覚えがあったりする?」

「分からないわ、私はあまり城から出たことなかったもの。」

「そうか・・・。」

「まぁ、マルク、何はともあれ、いってみようかねぇ。」

「そうですね、師匠。」

僕たちは霧の中にあてもなく突っ込んでいった。しばらく歩いていると何か声が聞こえる。

「何でしょうかね?」

「何だろうかねぇ?」

声は次第に大きくなっていった。

「お嬢様だ、お嬢様だ!」

「早く、お館さまにご報告せねば。」

目の前にボッボッと火の玉が道のように浮かんでいく。

「おおっ!」

グレンは興奮したようにつぶやく。

「この火の玉の案内に従っていけばいいんですかね。」

「そうだろうねぇ。」

火の玉に従ってしばらく歩いていると、城門のようなものが見える。

「ああ、うちの門だわ!」

ミティアさんが声を上げる。近づくと、城門がひとりでに開いた。

「さぁ、早くいきましょう!!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて、ミティ、やっぱりここなんだね。」

「ええ、そうよ、ここよ!」

火の玉は促すように並んでいく。火の玉の示すとおりに、進むと長机が並ぶ広間に出る。食堂だろうか。奥には、ひげを生やした男が座っていた。

「お父様!」

彼女はそういうとロケットから抜け出した。

「えっ。」

横を見ると師匠も幽体となり姿を現していた。

「これはすごいですね。」

グレンは感嘆しているようだった。

「ああミティア、本当にミティアなんだね。お帰り、私の可愛いミティ。」

「ええ、お父様。」

男とミティアさんは抱き合っていた。二人とも泣いているようだった。

「少しいいかな?」

師匠が男に話しかける。

「ああ、すみませんな。お客人も持て成さないと。」

そういって男がこちらに向き直る。

「私はディリアム・マルガストム、この城の主です。もっとも、もはや魂だけの存在ですがね。」

そういってディリアムさんは笑う。。

「あなた方が娘を?」

「いえ、私たちというよりは、彼ですよ。」

そういって、師匠は僕を指し示す。

「そうですか、ありがとうございます、お名前を聞いても。」

「はっはい、僕はゲン・イガラシです。えっと絵描きをしててその時の名はマルク・オーダムといいます。」

ミティアさんのお父さんだということを意識し、緊張してしまった。

「絵描きですか・・。」

ディリアムさんは眉を顰める。

「お父様、あの人は私を絵から出してくれたの。」

「そうなのか、ミティはやはり絵の中に。」

「あの何があったか聞かせていただけませんでしょうか。」

グレンが言った。表に出してないが、グレンはきっと興奮しているのだろう。

「実は・・・。」

そういってディリアムさんの話が始まった。

「自慢ではないですが、私の娘は美しいでしょう?」

僕は答える。

「ええ、分かります。神秘さの中に可憐さを持った、まるで湖の岸辺に咲く花のような女性だと思います。」

「そうなんです、それでですな、娘の姿を残しておきたいと思い、絵を色々と書かせていたのです。ある日、魂までを写し取るという評判の画家がいましてね、その画家に彼女の絵を描かせたのです。出来上がった絵は大層素晴らしいものでした。しかしですね、絵が完成したかと思うと、娘は昏々と眠ったまま起きなくなってしまったのです。」

そういって言葉を一度切った。彼は当時のことを思い出したのか、顔をゆがめる。

「医者を呼んでもどうにもならない。どうすれば娘が目を覚ますのか頭を悩ませるうちに幾年か過ぎていきました。どうにもならず、まじない師なんかにも相談するようになったんですがね、あるまじなし師がいうのは、絵の中に彼女の魂が入ってしまっているというのです。さらにまじない師がいうには、『私なら絵から彼女の魂を取り出せる』と。報酬として提示してきた額は莫大なものでしたがね、娘が目を覚ますならと思い、絵と報酬を渡しました。そしてそのまま、まじない師は行方をくらまし、私は失意の中に死にました。しかし、ミティアはこの城で眠り続けている、そう思うと死ぬに死ねず、このように城を守り続けてきたのです。」

ミティアさんが言う。

「私は、絵の中からすべてを見ていたわ。まじない師は私に言ったの『すまないね、お嬢ちゃん、でもこっちも金のためだからね、仕方ないんだよ』って。そして私は売りに出されたの。」

「そうだったんですね。」

僕は静かに言った。

「でも。」

そういってディリアムさんは笑う。

「こうやって娘は帰ってきたのです。待っていたかいがありました。」

「今なら私、自分の体を起こせると思うの、行ってくるわ。」

「あ、ちょっと待って、僕もついていっていいかな。」

「ええ、いいわじゃあ一緒に行きましょう。」

「師匠はどうしますか?」

「俺はここで待ってるよ。」

「グレンは?」

「あっしはちょっとディリアムさんに色々とお話を聞いてみたくてですね。」

「そっか。」

僕は二人の気遣いに感謝しながら、彼女とともに部屋に向かった。

「本当に、絵の中の通りだね。」

「ええ、もっとも、他の部屋は全部、使用人の部屋だったり、客室だったりするんだけど。」

「物置は無いんだね。」

「あそこは私が作った部屋だもの。」

ミティアさんと会話していると、部屋の前についた。

「開けるね。」

そういって僕は扉を開ける。中は驚くほどきれいな状態を保っていた。ベッドには、彼女が横たわっているのが見える。かすかに上下する胸からは、いまだ生きているのだろうということが伝わった。

「上手くいくかしら?」

「上手くいくよ、きっと。」

彼女は、自らの体と重なる。幽体は、彼女の体にすっと吸い込まれ、彼女が目を覚ました。彼女が体を起こす。

「おはよう、気分はどうだい。」

「体ってこんなに重かったのね。」

「動けそう?」

「ええ」

「そっか、じゃあ、師匠たちのところに行こうか?」

「そうね。」

そういって彼女はベッドから立ち上がろうとしたがふらつく。僕は彼女の体を支えた。

「エスコートしてくれるかしら?」

「喜んで。」

僕は彼女の体を支えながら、師匠たちのところへ向かった。

師匠たちはとても盛り上がっていた。僕らが広間に戻ってくると、みなこちらに顔を向ける。

「体に戻れたようだねぇ。」

師匠が言った。

「ええ、おかげさまで。」

彼女が答える。

「みなさま」

ディリアムさんが言う。

「食事の用意が出来ました。どうぞ召し上がっていってください。」

「じゃあ頂くとしようかねぇ」

「師匠は食べれないでしょ」

僕たちは席につきながらそんな会話をする。彼女は、父親の近くに座った。ディリアムさんも彼女も話したいことはたくさんあるのだろう。

食事もすみ、しばらくすると、ディリアムさんが言った。

「皆様、本当にありがとうございました。」

ディリアムさんは頭を下げる。僕は言う。

「いえ、とんでもないです、頭を上げてください」

「ディリアムさん、あんたはこの後どうするんだい?」

師匠が言った。

「娘が目を覚ました以上未練はありません。」

「お父様、まだ私にはお父様が必要なの、待ってくれないかしら。」

「いや、私ももうずいぶんとこの世界に留まりすぎた、それにミティア、君にはもう頼れる人がいるだろう。」

そういってディリアムさんは僕を見る。

「ミティアをよろしく頼むよ。」

「はい、お父さん絶対に幸せにして見せます。」

ディリアムさんは、笑う。

「君とも義親子になって見たかった。」

そう言いながら、ディリアムさんは、消えていった。城は見る間に古びていき廃墟のようになった。僕は言う。

「ねぇ、ミティ、ここじゃもう暮らせないしうちで暮らさない?」

「私は当然そのつもりだったんだけど・・」

よっし、僕は心の中でガッツポーズをする。

僕たちが城を出ると、霧は晴れていた。来た道っぽい方を戻ると、車が見えた。僕たちは車に乗り込む。

「ミティが一緒に暮らすなら、いろいろ買わないとね。届け出も出さないといけないし」

「何の届け出なの」

「ここで暮らすっていう届け出さ、名前なんかいろいろと書かないと言けないんだ」

「へぇ、そうなのね、ミティア・イガラシって名前も悪くないわ」

「えっ」

僕は驚いた。彼女は微笑む。僕は幸せすぎて死ぬかもしれない。


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