表裏
暇つぶしにどうぞ
8月21日 夏のとても暑い日
僕の妻は人身事故で死んだ
駅のホームでふざけていた学生とぶつかり線路に転落し、運悪く快速の電車が来たのだ
真紀という、気が良く、とても綺麗な優しい女性だった
真紀と僕はこの時21歳、高校一年生の、ちょうど今頃に付き合い、20歳で結婚した
たった一年の新婚生活、とてもとても幸せだった
仕事を終えて家に帰ると温かいご飯と、彼女の笑顔が出迎えてくれた
そして朝は僕よりも早く起きて用事をして、「いってらっしゃい」と笑顔で送り出してくれた
なによりも、彼女に「悠人くん」と呼ばれるのがとても心地よかった
だから そのやりとりも、今朝が最後だなんて思っても見なかった
数日後に葬儀をしたが、体のパーツはほぼ見つかっておらず、顔は花で覆われて見えなかった
そのせいか、妻が死んだという実感はなかった
学生たちの親が謝罪したいと言っている、という連絡が警察から来たが、拒否した、
「謝ってもらっても真紀は帰ってこない」
なんてご立派なことを言った気がするが、今思えばただ現実を受け入れたくなかったのだと思う
それから1年が経ち、僕は仕事以外での人間関係をほぼ全て断ち切っていた
また、大切な人ができて、その人を失ったらどうしようという考え頭をよぎる、なにより、真紀を忘れるのが怖かった
ある日
仕事の行き帰りに使っている細い路地を通っていた時のこと
「........なんだ?」
道の端に何かが倒れていた、近づいて良く見てみると、それは若い女の子だった
「ちょ......ちょっと!大丈夫!?」
普段は道端で酔っ払ってるサラリーマンも放っておくのだが、さすがに驚いて声をかけた
すると女の子はゆっくりと目を開けた
「よかった......なんでこんなところで、いやそんなことよりこんな時間に危ないよ?」
今現在、時刻は20時、女の子はブレザータイプの制服を着ており、学生であるのは間違いない、だとしたらこんな時間に、ましてやこんな場所をうろつくのはとても危ない
「保護者さんとか友達とかは?まさか1人?」
女の子はなかなか口を開かなかった
が、なぜか僕の顔をじっと見つめていた
「なに.....?顔に何かついてるかな.......?」
それでも女の子は喋らなかった
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夏のとても暑い日、蝉の声に殺意を覚える頃
私が通う中学校の一室で先生の出席確認の声とそれに合わせて各々面倒臭そうな返事だけが響いていた
「里田」
「はい」
「須藤」
「はい」
みんなにとっても、私にとっても、なに1つ変わらない、いつも通りの日常
そう、いつも通りの
「寺井」
「はい」
名前を呼ばれ反射的に先生の方へ向き返事をした
何度か呼ばれてたらしく、先生はわざわざ私の席の方まで来ていた、それに気づかなかった私は、よほどぼーっとしていたのだろう
すると先生の背後の席からこっちを見てニヤニヤしているクラスメイトと目があった
しかし、私はそのまま目をそらした
そのあとそのクラスメイトがこっちを鋭く睨んでいたことは気づかないふりをした
放課後
「寺井ィ〜」
驚いた、なにに驚いたかというと、まぁ突然背後から背中を蹴り飛ばされれば私だって驚く
振り返ってみてみるとそこには私より少し背の高い女の子が3人立っていた
その真ん中、おそらく私を蹴り飛ばした張本人がクラスメイト橋本さん
クラスの中でも、真面目で運動神経が良くて人望もある、模範のような生徒だ
両脇にいる2人も普段はとても真面目な生徒だったが、地面に倒れる私をニヤニヤと見下していた
私の目の前で今立っている彼女達に、普段の面影はなかった
私は立ち上がり橋本さんに言葉を投げかけた
「なんですか?突然」
「寺井ィ、お前朝私と目があったのにシカトしたよなァ?」
「そうでしたか?すいません気がつきませんでした、以後気をつけます」
とりあえずこの場から去りたかった、逃げるように歩き出そうとしたその時
「ウッゼェンだよ!」
背後から何かが飛んできて頰をかすり地面に落ちた、よくみると、それはハサミだった
すると橋本さんはそのハサミを拾い
「次ィまたシカトしたら、ぶっ殺すから」
そう言って、ここまでただニヤニヤするだけだった残り2人を連れて、私とは逆方向に歩いて行った
私の頬からは軽傷と呼ぶには多い量の血が流れていたが、とりあえずハンカチで抑えて帰ることにした
「ただいま」
と、口には出すが返事は期待していなかった
が、珍しく返事が返ってきた
「チッ......帰ってくんのが早ぇんだよ......」
このおおよそ自分の娘にする返事としては赤点の返事をしているのが私の母
父は私が生まれてすぐ何処かへと消えてしまった
「ん?あんた!なに!?それ!」
私のことを見ながらそんなことを言った
そうだ、私の頬は血だらけじゃないか、そりゃこの親でも心配くらいするか
「ふざけんじゃないよ!あんた!その服自分で洗いな!」
まぁ、そんなことだろうとは思った
「うん、わかった」
「ったく......いつまでうちにいるつもりだよ...」
家に帰ると、ほぼ毎日これを言われる
愛がないのをわかっていても、辛いものは辛い
とりあえず血のついたブレザーを脱いだ水に漬けておく(これで落ちるのかは知らないが)、代わりにパーティー用のコスプレ衣装、おそらく何かの学園ものアニメのブレザーを着て、母に「出かけてくる」一声をかけると、母はこちらを見向きもせず「好きにしな、帰ってこなくていいからね」とおきまりの返答をしてくる、
行き先はとあるマンション
私の家にはお小遣いという制度はない、だから母曰く「金を使いたきゃ自分で稼げ」とのことだった
だが、中学生の私にできる仕事なんてあるはずもなく、出した答えは売春、いわゆる援助交際だ
と言っても「間違って妊娠しちゃった」なんてのはシャレにならないのでしっかりと避妊はしてもらってた
一回シただけで3万円、中学生の金銭感覚はそれで充分だった
今日は初めて会う客だからその辺の説明をしなければならないが、まぁ大丈夫いつも通りなんとかなる
私のいいところはポジティブなところだと自負していた
いつもうまく行ってる、頑張ればうまくいく、なんとかなる、だから頑張れた
だが、今日はダメだった
結果から言うと、今日の新規のお客は、俗に言う「クソ客」だった
年齢がバレると面倒なので高校生ということにしていたが実際は中学生、色々と決め事をしてこの小遣い稼ぎをしていた
今までのお客はみんな承諾し、約束を守ってくれた、だが、今回の客は違った
話を聞かずに、避妊もしてくれなかった
男は私に通常金額の二倍、6万円を私に押し付けると、すぐに追い出した
いくらポジティブとはいえ、中学生のメンタルにはとても強く効いた
ふと気づくと私は知らない建物の屋上にいた、下を覗くと軽く15〜20mはありそうな建物だった
わたしのあたまにとんでもないことが思い浮かんだ、いつもの私なら絶対にこんなことは思い浮かばない
だが体が言うことを聞かなかった
私の体は勝手に手すりを越え
気づけば右足が宙にあった
もう 間に合わなかった
走馬灯と言うのだろうか、何かの記憶が流れ込んできた
しかし、不思議なことにその記憶は全て見に覚えがなかった
見たことのない男性と幸せそうに笑う記憶
「ゆう......と.....?」
知らない名前だった
そこで私は思考を辞めてしまった
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真っ暗だ、なにも見えない
なんだろう、誰かに呼ばれてる
私は真っ暗なのが目を閉じているからだと言うことに気づき、ゆっくりと目を開けた
すると目の前に見知らぬ男性がこっちを心配そうに見つめていた
「よかった......なんでこんなところで、いやそんなことよりこんな時間に危ないよ?」
この男性は誰なのだろうか、でも、どこかで見たことがある気がする
「保護者さんとか友達とかは?まさか1人?」
どこかで、割と最近で
「なに.......?顔に何かついてるかな.......?」
そこで気づいた、さっきの記憶に出てきた、幸せそうに笑う男性だ
私はハッとなった
「弱ったな......どうしよう、とりあえず警察に」
「あの...」
男性は驚いたような顔でこっちを見た、そしてすぐ優しく微笑み
「やっと口を聞いてくれたね...何かな?」
と呟いた
「えっとですね」
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このまま口を聞いてもらえずだったらどうしようかと思った、少し警戒されてたのかな......?
でもなんだろう、この子、どこかで
するの女の子は
「心配かけてごめんなさい、私は大丈夫、もう帰りますので、ご迷惑おかけしました、後日ちゃんとお礼をしたいので連絡先を教えていただけますか?」
「あ、いやそんなお礼なんて」
「いえ、ちゃんとお礼させてください」
そう言って彼女は微笑んだ
とりあえず電話番号と名前を教えておくことにした
「番号がこれで、坂内悠人って言います」
名前を言った時、彼女の眉がビクついた気がしたが、気に留めなかった
「それでは、また連絡させていただきます」
そう言って歩き出した
「なんだったんだろう......」
そういって帰ろうとした時、彼女の名前を聞くのを忘れたことに気づき急いで呼び止めた
「ごめんね...君の名前を聞くのを忘れてたよ」
すると、女の子はすんなりと名前を教えてくれた
「マキです、寺井茉希って言います」
「!!?」
言葉が出なかった、気づいてしまったのだ
彼女は、茉希は、
一年前に亡くなった妻と、真紀と重なって見えたのだ
ここまで読んでいただいてありがとうございました!
これを読んだだけではまだ何が何だかわからないと思いますが、なる早で2話目を投稿したいと思っているので、お楽しみにしていただければ幸いです!