ふぐ、食べに行こう1(カブ)
気付けば、俺は自室にいた。
耳を触る。ちゃんとある。
だが、汗と血に塗れ、切り裂かれた服がつい今しがたの経験が事実と教えてくれる。
大きなため息を吐いて布団に倒れこむ。
時計を見れば、日付が変わって土曜日になっていた。
10分ほどそうした後、俺は高ぶった身体と精神を冷ますために水シャワーを浴びた。
そして、作務衣に着替えてお堂で座禅をする。
俺、相田藤次は優婆塞だ。
優婆塞ってのは、わかりやすく言うと在家の仏教信者のこと。
熱心な仏教徒でもない俺がなんでそんなことをやっているのかというと、まあ、なんというか、放り込まれたわけだ。
よく言う「お寺で叩き直す」ってやつだ。
仏教に限ったことではないと思うが、宗教界というのは厳然とした階級社会だ。そんな中で優婆塞という立場は最底辺、奴隷以下だ。
幸いにしてここ、天上天下寺は年に数回しか帰ってこない老師がひとりに和尚がひとり、他は俺と同じ立場のやつが4人だけなので、割と居心地がいい生活をさせて頂いている。
やることといえば朝5時からの掃除と座禅だけだからな。
座禅、というのは精神安定に役立つ。精神が安定すると体調もよくなる。つまり、健康になる。これは実体験による感想だ。
俺は、わかりやすく言うなら貧乏だった。
それをからかわれて苛められた。だから俺は苛めてきた奴を殴った。するとなぜか俺が怒られた。だから俺は怒ったやつも殴った。
小学校のときの話だ。
今考えれば俺は恵まれていた。気に入らなければ大人でも、教師でも殴る俺を、それでも矯正しようと動いてくれてた人がまわりにいたのだから。
小4のときに体育大卒のゴリラ教師をなんとか倒してからは警察の道場に通わされたっけ。
そこでは徹底的に可愛がられたな。扱きって意味でもそれ以外でも。練習後には焼肉とか連れて行ってもらったし。
そんで、小学校を卒業したその日に、事件があった。
母親が轢き逃げされた。
俺の目の前でだ。
それから俺は荒れた。
目に付くやつに片っ端から喧嘩を吹っかけた。
高校生だろうがやくざだろうが。
勝とうが負けようが。
とにかく暴れた。
んで、児童自立支援施設送りになる寸前まで行ったのだが、その代わりとして俺はこの寺に放り込まれた。その背景には警察のおいちゃんたちがずいぶん骨を折ってくれたらしい。
そして、俺はここ、天上天下寺で老師とあった。
老師は、喧しくあれやれこれやれとは言わなかった。ただ、座禅の仕方だけを教えてくれた。
最初は足を崩したっていい。椅子に座ってやってもいい。背筋だけ伸ばせ。
目は大仏のように半目。完全に閉じると寝ちゃうから。
呼吸ってのは吸う吐くじゃなくて、吐いて吸う。ゆっくり呼吸しながら数をゆっくりと数える。
俺は反発しながらも座禅をした。
それを繰り返すうちに自分の感情が落ち着いていくのを感じた。
以来、気が高ぶったり自分の感情が制御できない時などは俺は積極的に座禅をすることにしているのだ。
「あ、びっくりした。藤次くんか」
電気の付けられたお堂。視線を上げると和尚がいた。
この和尚ももとはこの寺に住み込みをしていた優婆塞で相当な悪がきだったらしい。事実、俺はこのひとに殴り合いで勝ったことが一度もない。
「熱心なのはけっこうだけど夜は寝る時間だよ」
「ちょっと寝付けなくて」
「喧嘩でもした? いいねえ、喧嘩。若いうちにやっておくべきだよ。今僕がやったらお縄だからねえ」
「……なんで喧嘩だと思ったんですか?」
「なんとなく。気とかコスモとかジャンルによって言い方が変わるけど、それが高ぶってるのがわかるから。まだ甘いね。それが完璧に抑えられれば一流なんだけど」
本気で言ってるのか茶化されてるのかもわからない。和尚はこういう人だ。
「あ、そうだ。明日、って明けて今日だけど、ちょっと旅行行って来る。日帰りのつもりだけどひょっとしたら泊まりになるかも」
「どこ行くの?」
「下関。ふぐ食ってくる」
「うん。藤次君はバイトばっかであまり自分にお金使わないからね。たまにはそういうのもいいね。お土産は忘れないように」
朝、和尚の許可を貰った俺は新幹線の通る駅で一茶と待ち合わせた。
「おう、さっさといこうぜ」
「ちょっと待って。先に行くところがある」
そう言うと一茶はさっさと駅を出て行った。慌てて後を追う。
たどり着いたのは、小さな古物商だった。
「ここだ」
それだけ言って一茶は足を止める。
「? 入るんじゃねえの?」
「そうだけど……」
「初めての店?」
「救世主創生委員会からの紹介」
「そりゃ怪しいや」
俺は一茶の背中を押して店の中に入った。
店内は、ごちゃごちゃしていて奥に年齢不詳の老婆がひとりいた。
「買取をお願いします」
一茶に言われて老婆は視線を俺たちに向けた。
一茶は懐から金色の板を出した。
金の100グラムインゴット。異世界で1000ポイントで交換してきたものだ。
一茶曰く、これが一番換金率が高いらしい。
他にもダイヤの指輪とか貴金属もあるにはあるがゴールドの10分の1とかそれ以下とのこと。
老婆はそれを手に取ると、しばらくしげしげと眺めた後、言った。
「本物かい? メッキじゃないだろうね」
「こういう商売してるならわかるでしょ。本物だよ。もちろん混ざり物もなし」
「……10万」
「安すぎるね」
「嫌なら他所いきな」
老婆はインゴットを投げ捨てた。普通にむかつくな、こいつ。
「カブ、他行こうか」
「言っておくけど、どこ行っても同じようなもんだよ」
「僕はそうは思わないね」
一茶は挑発的に座ってる老婆を見下ろした。
店に入るときは躊躇していたくせに。案外度胸の据わったやつだ。
「ちなみに先週の金の相場はグラム4000円超えだった。さすがに4分の1じゃね」
「そりゃ売れねえな」
「うん。そもそもここに来たのは面倒を省くためだ。けど、ここまで買い叩かれるなら手間がかかっても表の買取所でお願いするよ」
「わかったわかった。それじゃあ25万、これでいいだろ」
「35万」
「……」
「来週も持ってくるよ。それなら?」
「……わかった。わかったよ、それでいい」
老婆は指先を舐めると万札を数えて俺たちの前に投げ出した。
一茶はそれを一枚一枚纏めると、さっさと店を出た。
「おい、いいのかよ」
「なにが?」
「こっち、5万も損してるんだろ?」
「まあね。でも必要経費だよ。僕たち、今、身分証を求められなかっただろ?」
「ああ、そういえば」
「表の取引所ではそうはいかない。それに、僕たちはこれから何度も換金することになる。金が一番換金率が高いからね。すると、さすがに目立つことになる。出所を聞かれることになるかもしれない。さすがに異世界から持ってきてますなんて言えないからね。それに……」
「それに?」
「おそらく今後、僕たち以外も同じことをやると思う」
「以外? 以外ってなんだよ。まさか、こんなことやってるのが俺たち以外にもいるってのか?」
「うん、それはほぼ確定でね。台座の機能のひとつで掲示板ってのがあって情報を共有できるシステムがあるんだ」
「マジかよ……」
「ま、別に競争しているわけじゃなし。今は気にする必要ないんじゃないかな」
「今は?」
「将来的にはなにかしら影響があるかもね」
「おまえ、頭痛くならないの?」
「楽しんでるよ、色々と」
途中、チケット屋で下関までの新幹線チケットを2枚買う。
「ところでカブ、ポイントけっこう貯めてるよね」
「ああ。ひとつスキル取ったけど」
「なに?」
「体力回復中」
それを聞くとなぜか一茶は首を振った。
「それ、外れスキルだって。例の掲示板で書かれてた」
まあ、確かに傷はゆっくり直るし痛みが消えるわけじゃない。ヒールなんかと比べると不便だけど。
「俺も魔力上げて魔法覚えるかな」
「それもいいけど、今度の換金はカブのポイントだからね」
「エトとブリは?」
「エトちゃんは今回セーフエリアでけっこうポイント使わせちゃったからなあ」
「ブリは?」
一茶は足を止めて大きなため息を吐いた。
「おーい、遅いぞ、2人とも!」
なぜか、駅前にブリがいた。
「一応聞くけど、呼んだ?」
「まさか。連絡先も知らん」
「だよねえ」
ブリは信号が変わると俺たちの前まで駆けて来た。
「遅かったわね。待ちくたびれたわ」
「ブリちゃん、なんでいるの?」
「あんたたち、ふぐ食べに行くって言ってたじゃない。2人だけでたのしも~ったってそうはいかないのよ!」
「そうじゃなくて、時間も場所も教えてなかったよね」
「ん~、なんとなく」
一茶は寄りかかるように俺の肩に手を置いた。
「ぶっちゃけ、僕の一番苦手なタイプだ。論理的じゃないのに正答を引き当てるやつ。カブ、僕頭痛くなったんで悪いけど2人で行って来て」
「おい」
一茶は俺に10万円と新幹線のチケット2枚を渡してきた。
「残りは、悪いけど前回の支払と次回の用意に使うから」
「前回の支払い?」
「カブが使った銃、あれ、5万以上するから。弾も補充しなきゃいけないし」
「……わかったよ。おら、ブリ、行くぞ。早くしないと日帰りできないからな」
「らじゃ!」
俺とブリは座り込んでしまった一茶を後に新幹線乗り場へと向かうのだった。
金価格、さっきしらべたらグラム4600円くらいでした。
この世界では4000円固定ってことにします。
よろしくお願いします<(_ _*)>。