男の子と朝チュン(上代貴美子)
けたたましい着信音とじわっとする熱気に私、上代貴美子は目を覚ました。
ぼさぼさの頭と肌を掻く。どうやら蚤に食われたらしい。
「これだから安ホテルは」
隣を見ると目を擦りながら携帯に出る全裸の少年。
「……もしもし? ああ、一茶か。あ? もうそんな時間か?」
私も携帯を確認する。
……着信30件。相手はどれも同じ相手。
悪戯心の湧いた私は全裸の少年と全裸の自分をカメラで収め、写メで送った。
数秒の間を置いて私の携帯が鳴る。
「もしもs『なにあれ! あんたなにやってるのよ!?』」
けたたましい英語。
「まあ落ち着け」
『落ち着いてられますか! あんた、さすがに『そっち方面』の犯罪は看過できないわよ!』
「まあまあ、日本人は若く見えるから」
『……そう言われればそうなのかもしれないけど』
ま、彼の実年齢を教えてやることもないだろ、うるさいし。
「それよりナタリー、返信が早いがひょっとして暇なのか?」
『んなわけあるか!』
彼女の名前はナタリー・コパーズ。アンテナの高い人になら聞き覚えがある名だろう。
今をときめく、アメリカ大統領補佐官だ。
彼女とはかれこれ20年来の付き合いになる。
敵にも味方にもなった。
彼女の『出世』のために何度か非合法な仕事も請け負ったこともある、所謂戦友だ。
「それで、昨日の一件だが」
『わかってる。あれは現場の暴走。もう手は打ったから』
「現場の暴走、などと簡単に言ってくれるな」
『わかってるって! 今回のことは借りにしておくから』
そう言ってナタリーは携帯を切った。
昨夜の襲撃は、現場の暴走だったらしい。本当かどうかは知らないが、以後は大丈夫だろう。
実は、すでに私とCIA、というよりアメリカは手打ちになっている。その背景にはナタリーと共闘した幾つかの事件があるのだが、私が死ねばそれが明るみに出ることになっているのだ。
だから、本来であったら昨晩のようなことは起こらないはずなのだが、まあ、私自身も方々で恨みを買っている自覚があるが、それを許せない連中が行動したのだろう。
「だーか~ら、こっちにも事情があるんだって! わかった。2じ、わかったから、1時間で行く、それでいいだろ!」
そう言って隣の若い燕は携帯を切った。
「あ、貴美子さん、おはよう。わりい、すぐにホテルに戻らなきゃいけなくなった」
「そうか。『オメザの一発』がないのは残念だが、すぐに支度しよう」
そう言うと彼は照れ笑いを浮かべて視線を逸らした。
身体を起こすと腰にぴりりとした痛みが走った。
昨日は久しぶりにゲップが出るほどやりまくった。
小賢しいテクニックこそなかったが、若々しく荒々しく、情熱的に求められた。
すごくよかったがたまにじゃないと身体がもたないな、顔に化粧を塗りたくりながら思った。
本来の宿泊先である友澤グランドホテルに到着すると、そのロビーにカブくんの連れが待っていた。
「カブ、なにやってんの!?」
「だから、こっちにも色々あったって言ってるだろ?」
「言い訳はいいから。さっさとスーツに着替えてきて!」
「へいへい。あ、貴美子さんも行くだろ。着替えたらここ集合な」
「ちょ、カブ殿。無関係な人間はちょっと……」
「なんだ、俺がいいって言ってるのに、おまえらが駄目だって言うのか?」
「……わかったから。えっと、上代さん。申し訳ないけど、なるべく急ぎで」
なぜか一言も喋らないうちに今日の私の予定は決まってしまった。もっとも、別行動だったとはいえ目的地は一緒だから問題ないといえばないのだが。
言われるがままに私は部屋に戻り、スーツに着替え、髪を整えた。
本当なら化粧も念入りにやり直したいところだが、急ぎとのことで断念した。
ロビーに戻ると、すでにカブくんはいた。
こう言ってはなんだが、スーツに着られている感じだ。
おそらく慣れていないのだろう、ネクタイも曲がっているし。
「あ、貴美子さん!」
「これから商談なのだろう? 曲がっていては笑われるぞ」
私はカブくんのネクタイを直した。
「ありがとう。おっし、そんじゃ行くか」
そう言ってカブくんはホテルを出ようとした、が、右肩を一茶くんに、左肩を七三分けの青年(福留くんというらしい)に抑えられた。
「? なんだよ、行かねえのか?」
「そっちじゃなくてこっち」
そう言って一茶くんが指差した先は、エレベーターだった。
今回の国際市場の開催地は友澤グランドホテルの催事場なのだ。
「なんだ、ここだったのか?」
「遅刻しないようにわざわざ現地泊まりまでしたのにね」
「しつけえなあ。ほら、今度こそ行くぞ!」
IDパスを見せてエレベーターに乗る。
「あ、そうそう。一応宣言しておくけど、俺と貴美子さん、付き合うことになったから」
「「「え!?」」」
エレベーター内の4人、内、カブくんを除く3人(私含む)が声を揃えた。
「えっと、カブくん。いつから?」
「なに言ってんだ。昨晩からだろ?」
あ~、10代の恋愛観ってこんなだったかな~、昨晩はやることやっちゃってるしな~。
そんなことを考えていると、隣で一茶くんが頭を抱えていた。
「いやあ、カブ殿、さすがです。凡夫の成すところではありませんな!」
「そんなに煽てんない」
私がなにかを発言する前に、エレベーターは目的の階に到着してしまった。
「さ、貴美子さん」
「あ、うん」
カブくんに手を引かれてエレベーターを出る。
ちなみに身長差は約20センチ、ヒール込みで30センチ、年齢も約30歳違う。
端から見ればどう見えるのか、少々怖いところではあるが、
「案外悪くない」
そんなことを思ってしまった。




