責任とってくれ
「どうする? このまま1階まで降りるか?」
「いや、非常階段を使おう。そのままメイン通りに出てタクシーを拾う」
俺は上代さんの言に従って建物内を移動した。
が、突然部屋のドアが開かれる。
「カブくん!?」
狭い通路、ドアによって俺と上代さんは分かたれた。
「……あんたらの狙いは俺じゃないだろ」
部屋から出てきた筋肉隆々の男に言う。だが、俺を無視して殴りかかってきた。
「っち!」
バックステップでかわす。だが、狭い通路に加えてごちゃごちゃと物が転がっている。
男は早々と距離を詰め、俺は追い詰められた。
俺は一歩前に出て、男の顎先を叩いた。
拳を握らない、速いだけの当身だ。
当然ダメージはないが牽制にはなった。
一瞬、ほんの一瞬だけ男の視野が塞がる。
そんな状態で放たれたパンチを俺はいなし、男の腕を後ろで極めて肩を押さえた。
さらに膝裏を蹴り跪かせて後頭部に一発、のつもりが、乾いた破裂音と共に男の頭が弾けた。
「……上代さん」
上代さんの手には煙の上がる拳銃。男は上代さんに頭を撃ち抜かれたらしい。
心臓が止まっているため、噴き出すという感じではないが、頭に開いた穴から大量の赤液が零れ落ちて俺の足元を濡らした。
殺すこともないのに、てのは甘い考えなのかね。
「面白い格闘技を身に着けてるな。合気道かマイナーな古武術か?」
「あいにくと超メジャーだよ。日本国内だけで25万人って話だ」
逮捕術。
それが俺の使っている格闘技の正体だ。
警察官が使う格闘技術で25万てのは全国の警察官の数。
相手を制圧することを目的としており、警棒、手錠、縄なんかも使う。
身体的に劣る俺が『狂鼠』なんて呼ばれるほど暴れられたのは、この技術を身に着けていたことが大きいと思う。
その後、俺たちは階段を下りて建物を脱出、無事メインストリートに出てタクシーを拾った。
「ホテルに帰るか?」
「張られている可能性が高い。今日のところは別の場所で過ごそう」
「明日は大丈夫なのかよ」
「明日になればわかるさ」
俺たちは友澤グランドホテルとは逆の道を走り、適当なモーテルを見つけてチェックインした。
「まったく、とんだトラブルだったぜ」
「いやあ、悪かったね。私としても不測の事態だったんだ」
鏡を見ると、顔に赤い汚れが付いていた。
水でこすると、今度は擦った指が血で汚れた。
「……くっそ!」
俺は指を洗った。水が赤く染まり排水口に流れていく。
「カブくん、どうした?」
「どうした、じゃねえよ」
身体が震えだす。さっきまでは一種の興奮状態だったが、それが醒めてしまったようだ。
血、死体、生の死体、死。
命のやり取りには異世界でそれなりに慣れているつもりだったが、それが勘違いだと思い知らされた。
所詮異世界の死体はバーチャル、光の粒子となって消え果てる。
現実ではそんなことはない。
死体は、残る。
俺は顔を洗うと、部屋にひとつしかないベッドに腰掛けた。
天井に備え付けられているファンが空気を攪拌する音だけが響く。
「少しショッキングなトラブルだったかな?」
上代さんは俺の隣に座った。
「少し、な。全然大したことじゃねえよ」
俺は震えの収まらない左腕を鷲掴みにした。
ああ、座禅がしてえ。
すると、柔らかいものが俺の顔に触れた。
どうやら抱きしめられたらしい。
「深呼吸して、自分の心音を数えて、そうすれば落ち着く」
甘い香水の匂いが香る。
心音が、さらに激しくなる。
「今回の件、あんたのせいだよな」
「……否定はできないな」
「それじゃあ、責任取ってもらっていいかな?」
俺が、上代さんを見上げると、彼女は優しく笑った。
だから、俺は彼女をベッドに押し倒した。




