美女とディナー
渡りに船だ。
俺は上代さんの申し出を受けることにした。
リムジンタクシーに乗り20分ほど。
着いた先は中華料理屋だった。
「なんだ、中華料理かよ。好きだけどわざわざ外国で食べるもんか?」
「中国移民、華僑は世界中どこにでもいるが、現地現地で味は違うものだよ」
まあ、一言に中華料理って言っても四川料理や上海料理とか色々あるしな。
赤を基調にした店内は、みるからに高級そうな雰囲気があった。
龍が描かれた壺にでっかい提灯、瓦屋根の門。小川が流れていて小さな橋なんかも架かっている。
案内されたのは、奥まった個室だった。
2人掛けのテーブルに腰かけると、ほどなく料理が運ばれてきた。
「注文してないけど」
「予約してあったんだよ。食べるものは決まっていたから」
出された料理は、満貫全席のような多品目のコース料理ではなく、なぜか鍋だった。
「これが食べたかったんだ、さ、食べてみてくれ」
上代さんは鍋をよそってくれた。ニンニクのいい匂いが鼻に付く。
「これは?」
「バクテイ。骨付き豚肉を漢方で煮込んだもの。たっぷりのニンニクと香辛料で味付けしたスープもおいしいんだ!」
上代さんは楽しそうに俺の顔を覗き込んでいる。
俺は、バクテイを食べてみた。
「これは……おいしいけど、癖が強いな!」
「あはは! そうだろう。癖が強いのは日本人好みに味を調整していないからで、ま、旅の醍醐味だね!」
骨付き肉に齧り付くとジュワっと熱々のスープが口内に溢れる。肉は柔らかく、噛まないでも呑み込めた。
う~ん、人間ってのは一番簡単に幸せになる方法はうまいものを食うことだって誰かが言っていたけど、実感できるなあ。
しばらくは賞味の時間。運ばれてきた副菜なんかにも舌鼓を打つ。
上代さんは地ビールを飲みながら優雅に食事を楽しんでいた。
「佃島女学院の飯ってのはこういうのも出るの?」
「たまにはね。専属のシェフが丹精込めて作った料理だ。味は劣らないが、やはり現地で食べるものは格別だ」
「エトが前に言ってたぜ。寮の食事はうまいけどラーメンとかは食べさせてもらえないって」
「ラーメンか。実は私は週1で食べているんだが、寮生にはとても話せないな」
俺はウーロン茶を一口飲んだ。
「あんた、案外砕けてるんだな。もっと固いイメージだった」
「今はオフだからね。それに固い、というのは間違ってない。寮では鬼のオールドミスで通っているからね」
「独身なのか?」
「突っ込んでくれるな。さすがにアラフォーになると男でも女でも苦虫を噛み潰した経験には事欠かなくなるもんさ」
そういうもんかね。
上代さんは手酌でビールをコップに注いだ。
「君たちもなかなかに面白いことをやっているみたいだね」
「そうか?」
「普通の高校生は武器の国際市場などに顔は出さないものさ」
まあ、言われてみればそうかもな。
学生なんて基本金がねえし、あってもこんな偏った海外旅行には使わないだろ。
しかも、俺たちの目的は見学じゃなくて実際の買い付けなのだし。
「エトも来たがってたけどな」
「彼女は今ご両親と一緒にヨーロッパだな。普段寮生活で寂しい思いをしてる分、思いっきり両親に甘えているだろう」
「エトってやっぱり金持ちのお嬢ちゃんなの?」
「聞かないほうがいい。住む世界が違いすぎるからね」
俺たちの数少ない共通の話題といえばエトのことになるわけで、自然とそのことで盛り上がった。
天然なところがあるがけっこう我が強いとか、物怖じしないため年上や年下から好かれるが、結果として贔屓されるため同僚から妬まれる部分があるとか。
「私から言えるのは、あまり悪の道に導いてくれるなってことかな」
「俺たちがまっとうじゃねえのは自覚してるよ」
食事を終えた俺たちは店を出てリムジンタクシーに乗った。
「どうする? どこかで遊んでいくか? 気になる『夜の店』があるなら送っていくけど」
「やめとくよ。明日仕事なんで」
「意外と真面目だ」
そう言って上代さんはクスクスと笑った。
ま、その後の展開を考えて内省するならお互い油断していた、とは言えるかもしれない。
が、それを誰かに指摘されたのなら、毅然と反論するだろう。
まさか、信号待ちの間にリムジンタクシーの横っ腹を突っ込まれるなんて、誰が想像できるものか。




