対黒山羊1
さて、ここで簡単な中学校数学のお勉強だ。
高度1000メートルに俺がいて、1000メートル離れたところに敵がいる。この2等辺三角形の斜面、俺と敵との直線距離は何メートルか?
答えは1対1対√2で、約1400メートルだ。
これだけ離れていると、ゴブリンどもには俺を攻撃する手段がない。
ゴブリンどもの使う弓矢は50メートルも飛ばないし、下級魔法でもせいぜい500メートルだ。中級魔法なら届くのもあるが、発射するタイミングは読めるしかわせる。連射もできないしな。
逆に言えばこちらからの攻撃手段も限られるのだが、ともかく、俺なら専用の対空魔法でも使われない限り安全に偵察ができるってわけだ。
そう思っていた。
「なんだありゃ?」
ゴブリンの厄介なところはその数の多さではない。統率がとれていることだ。
だから俺たちはまずキングやジェネラルといった指揮官を潰して、それから雑草を刈り取るように雑魚ゴブリンを倒すのだが……。
「おい、一茶。様子がおかしいぞ」
『どうおかしいって?』
「ゴブリンども、統制がとれてない。慌ててなにかから逃げてるみたいだ」
『引き続き偵察よろしく』
俺は舌打ちをすると、ゴブリンどもの頭上を飛び越えて先に進んだ。
そして、そいつはいた。
3メートルはある巨大な黒山羊だ。
間違いない、ゴブリンどもはこいつから逃げていたのだ。
雄々しい巻角を振り回し、草食獣らしい臼歯でゴブリンを口の中で磨り潰している。
見た目の特徴はもうひとつ、背中に大きなコブがあり、そのコブには、土偶のように上に目を模したようなふたつの穴、下に口を模したようなひとつの穴が開いている。
その三つの穴が、突然光りだした。
俺は急旋回した。
間髪の間を持って、元いた場所を3発の光弾が貫く。
「おい、エト! こんなのがいるなんて聞いてねえぞ!」
『そ、そんな! 今だって感知出来てません!』
小癪ながら一茶の用心が当たったってわけだ。
基本的にエトの索敵は魔力感知だ。それがわかっていればいくらでも誤魔化す方法はある。俺がダークネスで隠れるように、だ。
おそらく、黒山羊もなにかしらの方法で魔力感知を妨害しているのだろう。
そうなってくると、実際に目で見る偵察が重要になってくるわけで、
『カブ、威力偵察よろしくね』
「うるせえ、バカ野郎!」
俺はさらに飛んでくる3発の光弾をかわした。
「中級レベルの魔法を3発、しかも連射できるのかよ!」
立て続けに放たれる光弾をかわしつつ、高度を下げ、黒山羊に近づく。
「ほら、手の内見せろ、それとも光弾だけのワンパターン野郎か?」
俺は中級魔法を準備しながら黒山羊の回りを旋回する。距離は500メートルほど開ける。
これだけあれば光弾を余裕でかわせるので、安全圏だ。
業を煮やしたのか、黒山羊は足を止めてこちらを見上げた。そして、何度か前足で地面を蹴る。
「突進して距離を詰める気か?」
そう思った時だった。コブから、左右二本の枝が飛び出した。
それは、老婆の腕のように細くしわがれていて、それが、白熱したように光った。
「! 行け、魔弾!」
俺は腕を振り、完成した中級魔法を即座に放った。
俺の放った魔法は『魔弾』、ただ高魔力を発するだけで攻撃力のない魔法だが、大抵の追尾機能を持つ魔法はこれに引っかかる便利魔法だ。この間ケイに殺されかけた経験から覚えることにしたのだ。
案の定、二本の枝から放たれた雷撃は光速を持って魔弾を貫いた。
やばかった、さすがにあれはかわせない。
と、致死の攻撃をかわし一息吐いた時だった。
黒山羊がいない?
否、すぐに見つかった。
俺の真下で、だ。




