実験
んで、翌週、俺と一茶は朝から川越街道を成増よりちょっと先に進んだところにある研究施設に赴いた。
「これ、返しておくよ」
亮兄は鞄をテーブルに置いた。中には1キロのゴールドが4本入っていた。
「24金、純度99パーセント以上のゴールドであることは確認できた」
真っ白で清潔でどこか吐き気のする廊下を歩く。この施設でゾンビウィルスを研究していると言われても信じてしまいそうな雰囲気だ。
「脅かすようで悪いけど、失敗は許されないからね。君のキャリアはこの実験の如何によっては完全に死ぬと思ってくれていい」
「なんだよ、亮兄、一茶のこと脅してるのか?」
「こいつと同じでいいんなら気を抜いて」
亮兄は親指で俺を指す。一茶は苦笑して俺の肩に手を置いた。
「なら問題ありません。プレッシャーにもなりませんよ」
後で聞いた話だが、大企業やら官僚やらは、派閥政治が大変で足の引っ張り合いはデフォらしい。
そんな『生き馬の目を抜く』ような中で今回のような根回しもないスタント的な行為は、実は相当リスキーなものだとのこと。
よくわからない世界だ。
俺と一茶は白衣を渡され、これまた白い部屋に通された。天井が高く、2階部分はガラス張りでずらりと白衣を着た人たちが並んでいた。
「カブ、手袋して」
袖の長い白衣を捲くっていると、一茶に手袋を差し出された。医者が手術の時に使うようなぴっちりしたゴム手袋だ。
『それでは工藤清士郎さん。実験を開始してください』
アナウンスが聞こえる。一茶は頷くと、アタッシュケースから拳大の石を取り出した。
硝子のコップやビーカーに水道から水を注ぎ、中央に置いた石の周りに配置する。
その後、俺と一茶は部屋の端に移動。
「カブ、やって」
「あいよ」
俺はモデルガンを取り出すと、石に向かって発砲した。
瞬間、大きなラップ音が鳴り、石は砕けた。
そして、コップの中の水は、完全に凍った。
石は氷結石というもので、異世界から持って来たものだ。
効果は強い衝撃を受けるか魔力を流すと下級魔法『フリーズ』と同じ効果を発動する。周りのものを凍らせるのだ。
『……データを』
『なにかのトリックではないのかね? 例えば水が過冷却水だったとか』
『いえ、実験室の水に手を加えるのは不可能です』
『録画は? 画像はどうなっている?』
なにやらアナウンスから聞こえる声が焦っているのがわかる。
ちょっと気分がいい。
ドアが開き、若い白衣さんたちが凍ったグラスと砕けた石を回収していく。
「カブ、次、行くよ」
「あいよ」
次にやったのは雷を発生する雷結石、その次はちっちゃな竜巻を発生する風結石、体積が10倍くらいになった土結石の実験での白衣さんたちの慌てぶりは正直笑えた。
「カブ、次で最後」
「あれもやんのか?」
アタッシュケースから取り出したのは、柔らかい石だ。なんか粘土みたいな感じ。そのくせどんなに引き伸ばしても千切れないし放っておくと元の形になる。
この石、『硬柔石』という。
俺は、硬柔石を薄く延ばすと左右を万力で挟んだ。
そして、この実験のために持ち込んだ木製バットを振りかぶり、全力で硬柔石を叩いた。
甲高い音が実験室に響いた。
ぽっきりと折れた木製バッド。
まったく変化のない硬柔石。
硬柔石は、衝撃に合わせて硬度が変わるのだ。普段が柔らかいので鎧の可動部分なんかで使いやすそうだとは思う。
スピーカーからの反応は、残念なことにざわめきだけだった。
「カブ、片付けて帰るよ」
「お、おう」
俺は一茶の言に従い片付けを始めた。
「結局どうだったんだよ?」
「うまくいった、と、思うよ」
「そうなのか?」
「現象自体は、実は大したことじゃないんだ。可冷却水というゼロ度以下にした水は一瞬で凍らせることができるし、衝撃で電気を生むものも硬度が変わるものもあるにはある。さすがに無から有を生み出した土結石は衝撃だったみたいだけど」
科学的なことはわからんが、まあ、俺に言わせれば今日の実験は下級魔法でいつも使っている程度のことだし。
「だけど、アプローチが、ね」
「全然意味がわからん」
「あ~っと、つまり、ライター使えば誰でも火が熾せるでしょ? それ自体は大したことじゃない。でも、なにもないところからは熾せない」
「当たり前だろ」
「それが、誰でもなにもないところで出来るようになったら?」
「……すげえじゃねえか」
「でしょ? この実験はその可能性を示唆するもの。ま、今回はパフォーマンス的な意味合いが強かったけどね」
「それじゃあこれって超能力の実験だったのか?」
「もういいよ、それで」
そんなことを話していると、実験室の扉が開いた。
入ってきたのは、亮兄だ。
「なかなか楽しめたよ」
「それは重畳。反応はどうでした?」
「半信半疑。否定するための実証実験も含めこれから忙しくなるね」
「今日見せたのは一例です。望むなら他の品物も揃えてみせますよ」
「対価は?」
「現在僕達のキャパは週にゴールド4キロ、1600万円というところです。それと同程度なら」
「おい、一茶。さすがにガメすぎだろう」
氷結石一個1000ポイントと考えるならゴールド100グラムと同じで、それを4つと考えても160万。10倍の要求はさすがにやりすぎだ、と、思ったが、それを亮兄は否定した。
「今まで未発見の物質を定量確保できると考えるなら、それほど高価でもない。が、金がない」
そう言って亮兄は肩を竦めた。
「でしょうね。文化省の予算に組み込むにも時間がかかる。来期で認可されればいいほう、かな?」
「今から頭を抱えたくなるほどの根回しが必要だねえ。それで、君は有能なようだ。代案はなんだい?」
一茶はにやりと笑うと、宇宙語を話し出した。
つまんね。蚊帳の外の俺は、ひとり黙々と片付けを続けた。




