ウェルカムニューワールド2(カブ)
「それで、ブリ子。これからどうするって?」
「とりあえず、森を抜けましょう。それに合わせてレベルアップよ!」
「レベル?」
ブリはにやりと笑い、マイクを天高く掲げて、言った。
「ステータスオープン!」
……しかしなにも変化がない。
「ステータス! オープン! オープン!」
……しかしなにも変化がない。
「なにやってんの?」
「ステータスウィンドウを開こうとしてんのよ! あんたたちもやりなさいよ!」
「やだよ」
俺は一茶を見た。
なぜか少し安堵していた。
「なんでステータスが見れないのよ! スキルは? チートは!?」
「知らねえよ。それより、これからどうすればいいんだ?」
「森を抜けると言ったって、どっちに行けばいいのか……」
「遭難した時って、確か山頂目指すって聞きましたよ」
山頂っていったって、ここは森の中だ。先も見通せないし高低もわからない。
そこでふと気付く。女子中学生改めエトが裸足だったのだ。そりゃ、靴履いて寝るやつはそういないだろうけど。
俺は、脚を振り、靴を思い切り上に放った。
靴は中天を舞い、くるくると回転して地面に落ちた。
その靴の先が示した方向を指差す。
「こっちだ」
「……それもありかもね」
俺はもう片方の靴も脱ぎ、エトの前に置く。
「履けよ」
「え? でも……」
「裸足で森の中歩くわけにもいかないだろ? 途中で足を切ったとかで歩く速度遅くなるほうが迷惑だから」
「でもカブさんは……」
「俺は足袋履いてるから大丈夫」
そう言って俺は自分の足を見せた。
が、まだ不安そうなエト。その理由はブリが教えてくれた。
「うわ~、臭そう。それに水虫うつりそう」
「……」
確かに現場作業靴だから汗と泥に塗れて相当汚いのは認めるが。
「少しは想像力働かせなさいよ。もし泣いている女の子がいて、鼻水塗れのきったないハンカチ渡されて喜ぶと思う? あんた、絶対もてないわよね」
そう言って、右手の小指を立てて口にマイクを当て、左手の人差し指を俺に突きつけるブリ。いちいちむかつく。
「まあ、男同士ならこれでいいと思うけど」
わけのわからないフォローを入れてくれる一茶。
「い、いえ! とてもうれしいです! ありがとうございます!」
慌てて靴を履くエト。その優しさが今は痛い。
「おまえらうるさい! さっさと行くぞ!」
肩を怒らせて先に進む俺。
肩を竦ませてついてくる一茶。
少し困惑しながらサイズの合わない靴に苦戦しているエト。
そして、ウザ女1号。
「ねえねえ。いいことしたつもりだったのに実は悪いことしてたって気付いた時の気分ってどんな感じどんな感じ?」
「なんなんおまえ。俺とおまえって初対面のはずだよな。なんでそんなに慣れ慣れしいの?」
「ほら、あんたって背も低いし坊主だし、不細工じゃ~ん。だから、絶対恋愛に繋がらない気楽さがあるってゆ~か、嫌われてもどーでもいいってゆ~か。あ、もちろん褒めてるわよ」
「ぜったい嘘だ! それのどこが褒め言葉だ! ってなんだよ」
肩を叩かれ振り返ると、一茶が人差し指を口に当てていた。
指差す方向を見ると、緑色の例のやつがいた。
ザ・ファンタジー、ゴブリン。
身長120センチくらいで二足歩行。しわくちゃの顔に長い鼻。格好は原始人っぽく動物の毛皮を腰に巻くだけ。手には棍棒を持っている。
それが前方に3匹ほどいる。
「あれ、精巧なロボットに見える?」
「いや、見えない」
あんなのがいるって、信じたくないが、マジで異世界召喚ってのが現実味を帯びてきた。
「ファーストゴブリン発見ね! いくわよ、皆の衆!」
「は?」
ブリは反応できずにいる俺たちを無視し、ゴブリンに向かって突撃、そして、思い切り蹴りつけた。ゴブリンは曲がってはいけない方向に首をねじ曲げ地面に倒れると、溶けるように光の粒になって消えた。
「いえ~い!」
ブリ子、こっちに向かってピース。
「なあ、あいつおかしいよな。俺が間違っているんじゃないよな!」
「その話は後でじっくりしよう」
「わかったよ、くそ!」
俺も飛び出し、ブリに殴りかかろうとしている一匹にショルダータックル。
軽い。おそらく20キロもない。まあ、身長を考えれば妥当か。
ゴブリンは吹き飛び、木にぶつかって光の粒子になって消えた。
「なかなかやっるじゃ~ん!」
「おまえあとで説教な!」
とりあえずあと1匹残ってる。そう思った瞬間、複数の視線に気付いた。
……囲まれてた。
数は、5,10、20……、もういいや。
「ふっ! 私のマイクヌンチャクの封印を解く時が来たわね」
そう言ってマイクをぶんぶん振り回すブリ。
さすがに我慢の限界だ。俺はブリの即頭部をぶっ叩いてやろうと手を振り上げた時だった。
「なにやってんの! 逃げるよ」
一茶の声に反応して、俺はブリの手を取って走り出した。
「なんで逃げるのよ! あんなのたいしたことないわよ!」
ひょっとしたらそうかもしれない。数は多いが小学校低学年が相手だと思えばなんとかなる気がする。
実際、ブリがどうなろうと知ったことじゃないし、俺と一茶は男だからなんとかなるだろう。
「だけど、エトが無理だ。エトを守りながらこの数相手にノーダメージはきつすぎる」
それを聞くと、ブリは俺の手を振りほどき、一茶の隣へ。
「逃げるってどこに逃げるのよ!」
「とりあえずさっきの洞窟へ! あそこの通路なら狭いから一気に襲ってこれない!」
ブリはひとつ頷き、速度を上げ先頭を走っていった。
その後に続く一茶。
そして、遅れ始めるエト。そりゃそうだ。サイズの合わない靴に路面は柔らかい腐葉土。
まともに走れってほうが無理だ。
ゴブリンはついてきているが、幸いにも機動力は低いようで追いつかれそうにない。
と、思った時だった。
視界の先にゴブリンが映る。
爪先に力を入れ、一歩でエトに並び、二歩で覆いかぶさる。
ぶつり、ゾブリ。
皮を破り肉を裂く。そんな感じの音を聞いた瞬間、左肩に激痛が走った。
矢だ。
ゴブリンのくせに弓矢で攻撃してきやがった。
「あ、あの!」
「黙って走れ!」
俺は涙目になりながらエトの背中を押した。
そのまま洞窟に入り通路を走りぬけ、広間に転がりこむ。
肩で息をするエトを尻目に地面に転がる。
「カブ!?」
「くそ! 痛え!」
見ると肩に2本、背中に1本刺さっていた。
手の届く1本を掴み、無理やり引き抜く。
目の前に火花が飛び、口から悲鳴が漏れる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「これが大丈夫に見えんのかよ!」
矢を投げ捨て、肩から指先に滴り落ちる血を払う。
「打製石器だね。弓が弱かったおかげで深く刺さらなかったみたいだけど、矢の形がスマートじゃない分かえしがあって抜けにくくなってるみたいだ」
「わかりやすくいえよ!」
「えっと、尖った石ってこと」
「原始人が!」
2本目に手をかける。が、一本目の激痛から引き抜くのを躊躇してしまう。
そして気付く。俺を見下ろしている視線に。
広場の中央に鎮座する、女神像だ。
「なんかむかつくな。鼻毛でも描いてやろうか」
「あ、それじゃあ私、額に肉って描く~」
そう言ってブリが台座に手を置く。
その瞬間、世界が一変した。
壁、天井、床。
広間一面に広がる紋様。
『プレイヤーのみなさん、ようこそニューワールドへ。私はこの世界群の監督者、ミシューゼラです』
像の前に突然出現した金髪爆乳の女。
空気を読まないブリは後ろからその女を叩いた、が、すり抜けてしまった。
「なんだ? 高度な3D映像ってやつ?」
「ごめん、答えられない。僕の常識は通用しないみたいだ」
『あなたたちの使命は蔓延るモンスターを倒し世界を正常な状態にすることです!』
「……一方的すぎる。拉致って言い方、けっこう的を射ているかもね」
『モンスターはあらゆる手段を使ってこのキュートな女神像を破壊しようとしてきます。女神像が破壊されるとゲームオーバーになるので、なんとか死守してください』
「……今、ゲームっていったか?」
「私も聞いた」
横を見るとブリが立っていた。なぜか片手に缶ジュースを持って。
「それ、どうしたんだ?」
「台座いじってたら出てきた」
熱心に女神の話を聞いている一茶とエトを尻目に、俺は台座の前に立った。
手を触れると、眼前の空間に様々な情報が表示された。それだけ見るとファンタジーというよりSFだが。
カブ Lv1
筋力 6
知覚 7
耐久 8
カリスマ 4
知性 3
敏捷 7
運 2
魔力 0
「ちゃんとカブで表示されてるんだな」
さらに表示を見ると物質交換やスキル取得といった項目があった。たぶん、ブリは物質交換で缶ジュースを手に入れたんだろう。
俺はスキル取得を選択した。
「うを!」
壁一面に広がるスキル群。一万くらいあるんじゃないか?
「多すぎる! とにかく、痛みを消すやつを表示しろ」
そう言うとスキル群はギュッと縮小した。それでも100以上はあったが。
俺は、その中から『ペインキラー』を選んだ。
―このスキルを取得する条件を満たしていません。
「馬鹿にしてんのか! 取得できるやつだけ表示しろ」
すると、スキル群は10数個になった。
ざっと目を通す。
「これだ!」
『体力回復小』
体力、魔力、スタミナの回復に補正。補正量は熟練度に比して上昇。
取得条件 ポイント1500
耐久 4以上
『体力回復小を取得しました。スロットにセットしますか?』
「なんだよスロットって。とにかく早くしろ」
すると俺の左肩は盛り上がり、刺さっていた矢は地面に落ちた。そして、血が止まり左肩は熱を帯びて腫れ出した。白血球が仕事してる感じ。なんでこんなところがリアルなんだよ。
「そういえばゴブリンは……」
見るとゴブリンは広間の前の通路でたむろしていた。どうやら入ってこれないようだ。
「ここは安全地帯ってことか?」
「今だけはね」
いつの間にか俺の横に並んだ一茶は台座に手を置いた。
「今だけってどういう意味だ?」
「カブ、まるっきり話聞いてなかったでしょ」
一茶はため息を吐いた。
「ステータス向上魔力2。スキル、ヒール取得」
そう言って一茶は手を軽く開閉すると俺の左肩に手を当てた。
「ヒール」
すると一茶の手は光り、俺の左肩はみるみる腫れが引いていった。
「これが魔法か。すごいね」
「なんだよ。こんな便利なのがあったのかよ」
「そうでもない。今の魔力だとワンクール2回が限度だね」
「ワンクール?」
「ここに来ること」
「わかりやすく教えてくれよ」
「僕たちはこれから毎週ここに呼び出されるらしい。週に一回3時間、それがワンクール。オーライ?」
「なんだそれ!? なんでそんなことしなくちゃならねえんだよ」
「それは、また次回にでも……」
そういうと、一茶の身体が光り出した。ゴブリンが死んだ時と同じ感じだ。
いや、光っているのは一茶だけじゃない。エトもブリも、俺もだ。
「普段は3時間らしいんだけど、今回はチュートリアルで1時間だけだって。時間だな」
「おい、どういうことだよ。説明しろよ!」
「だから話を聞いておけばよかったのに」
「うるせー!」
俺の身体は光の粒となり足から消え始める。
やがて俺の姿は消え、思考はなくなり、広場には誰もいなくなった。