新たなステップ
暖房の効いた部屋に居ると、外が寒い事を忘れる。
4月前の東北はまだまだ寒く、少し薄手のアウターでは辛い。
「今日も寒いね!」
ひなは袖の中に手を隠し、寒そうに肩を縮めていた。
「まだまだ東北は冬だよね!」
"サカナ"と西田さんと別れ、きょうもCD屋さんにチケットを売りに出かけた。
前回の様にかなと二手に別れ、CDを見ている人に声をかけた。
ふと、インディーズの並ぶラックに目をやると、見た事のある帯が目に付く。"ブリーズヘッド"のCDが一枚色々なアーティストが詰められた欄に並んでいた。
俺は無意識に手に取っていた。
「まーちゃん? そのCDが気になるの?」
「あ、うん。 明後日時子さんと見に行くライブに出てるバンドなんだ。」
「そうなんだ。 なんかあんまりまーちゃんが聞かなそうなジャケットだね」
聞かなそう……か。
俺はこのバンドを15年やってたんだけどな。
2ndアルバム。8年以上も前のCDが未だにあるんだな。
「ほらほらまーちゃん、CD見てる人がいるよ! 声かけなきゃ!」
「う、うん。そうだね! 行こう!」
帰り道にかなが行ったCD屋さんの前に行くと、CD屋さんの人と話していた。
「……お姉さんけっぱってね!」
「ありがとう! 友達来たからいくわ!」
「かなCD屋さんと話してたの?」
「うん、"サカナ"と回ってるって言ったらちょっと盛り上がっちゃって! 時子さんたち先に来てたんだって!早いなぁ……」
この日は俺たちが5枚、かなは8枚売れたみたいだった。やっぱりかなはすごいな。
広島の時より長く居たのに少ないのは、まだ"サカナ"が特集されてなかったからだろう。
西田さんたちと合流し、みんなでお昼は冷麺を食べるとスタジオに向かう。入れ替わりを待っている間に、ひなのノートを見てストーリーを確認した。
「これ、バラードの前って私がずっとループして弾くの?」
「そう! 前の曲のアウトロでも弾きつづけてかながまーちゃんのギターのボリュームをさげるの!」
「うちが曲が終わってループしてるまーちゃん所に行けばいいんやね!」
「そう! でボリュームを下げてボリュームを上げると次のイントロが始まるの!」
「すごい! 面白いよひな!」
ボリュームを使った演出があるのはひなに伝えたけど、まさか、かなにボリュームをいじらせるとは思っても居なかった。
それでこの曲構成なのか!
正直アルペジオで終わってアルペジオで始まるのが気になってたけど、フェードアウトからのフェードイン。これなら使える!
ライブの曲を3回ほど通して確認すると、細かな繋ぎを練習する。ボリュームをいじるかなの感じが面白可愛い!
内容が決まると後30分。
「1回新曲やってみよっか? ひな、かな出来そう?」
「大丈夫!」
「OK!」
俺はクリーン寄りに音を作ると、弾き語りを始める。
この曲は俺たちの曲では初めてのサビから入る曲。
1フレーズ弾き語ると、イントロに入る。
ベースが入るならフルコードにしない方がいいな、メロディーのリフに変更。
俺は演奏を止め、変更する事を伝えると、もう一度最初から始めた。
うん、こっちの方がしっくりくる。
こんな音数で弾いた曲は久しぶりだな。
イントロが終わると衝撃が走る。
ひな?俺はまた、演奏を止めた。
「どうしたの?まーちゃん?」
「今の、もう一度叩ける?」
ひなの緩急をつけた細かく繊細なドラムが響く。16ビートと、ドラムロール、リムを交えたドラムのリズムがAメロにしっくりきたのだ。
Aメロは飾り程度のリフにした方がいいかも、それにしてもこんなドラムパターン
いつ考えてた? というかいつのまに叩けるようになってたんだ?
「ダメ……だった?」
「いや、すごくいいよ。いつこんなフレーズを練習したの?」
「この曲を聴いた時にね、これだ!ってまだちょっとブレちゃうんだけど……」
これでいい!もう一度Aメロまですると、止め過ぎたのかスタジオ終了の時間が来てしまった。
明日のライブ、新曲。
俺は内心のワクワクが止まらなくなっていた。
◯用語補足
・フェードアウト、フェードイン
アウトは徐々に音が小さくなっておわる。インはその反対で徐々に大きくない始まる。
・リム
ドラムのスネアの縁。叩くとカツッと音がなる。
・クリーン
ギターの歪みを出さない音。生音に近い!
・ドラムロール
マーチングなどでやるドルルルってやつ!
・アルペジオ
ギターのコードを1音づつ弾く奏法。