それぞれのデビュー
ジリリリリ……
バンっ!
この目覚ましの音も久しぶりだな。
俺は目を覚ますと、ツアー後半の準備をはじめる。
今日は、曇り日差しも強くはなさそうだ。
準備をしてると兄が部屋に入ってきた。
「まひる、今日もライブ?」
「うん、夕方から浜松で」
「浜松かぁ俺もやりてえ!」
「兄ちゃんはその前に練習だね!」
「くっそー、調子に乗りやがって〜上手くなってやる」
「あはは、でもありがとうね。こうやっていけるのも一緒にママに言ってくれたのが大きいと思ってる」
「まぁ、妹がやりたい事……だしな」
兄は照れくさそうに言った。
「あのさ、お土産なにか欲しい? 簡単に買えるのなら買ってくるよ?」
「最後東京だっけ? よくあるシュウマイがいいかな?」
「OK、買ってくるよ!」
「それじゃ、気をつけてな!」
ツアーの荷物を抱えると、俺は西田さんとの待ち合わせに向かった。
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待ち合わせに場所にはいつもながら、ひなと西田さんが先についていた。
言っておくが、俺は10分前に着く様にしているがこの二人はさらに早い。
5分ほどして、かなも付いた。
「西田さんしか居ないのがちょっと新鮮だね!」
ハイエースはいつもより広い。座りやすい反面ちょっと寂しい感じもした。
「荷物は、積めたかい? そうしたら浜松に行こうか!」西田さんは気合いを入れていう、やっぱり雰囲気って大事だと思う。
"サカナ"が居ないので、今日は俺が助手席に座る、俺はこのタイミングでレーベルの件で西田さんにアプローチして見ようと思っていた。
「まひるちゃんが隣とかなんか新鮮だね、昨夜は良く眠れたかい?」
「はい、久しぶりの実家で!」
「後半もあるけど、今日、明日は多分綺麗なホテルだから安心してよ! ところでさ……」
西田さんは少し黙ると、口を開いた。
「本当はまだ言ったらダメなんだけど、君たちは関係があると思うから伝えとくね」
「言ったらダメな事? なんですね……」
「今は、なんだけど今回のツアーを最後に"サカナ"はシーサイドレコーズを卒業する事になってるんだ」
ひなや、かなは驚いた様子で聞いている。
「メジャー、デビューですか?」
「そうだね、CMでのタイアップも、もう決まっているみたいなんだ」
「そうなんですね! おめでとうございます!」
西田さんは少し悩み、俺に問いかけた。
「H.B.Pはシーサイドレコーズでやってみないか?」
俺たちは、驚き、声が出なかった。
「もちろん、良かったらなんだけどね。 正直"サカナ"という看板のバンドが居なくなったうちは、今みたいな環境では出来ないかも知れない。でも出来る限りの事はしようと思っているよ」
「はい、出来るなら。 先日ひなとかなとも話して居るんですが、わたし達はシーサイドで出したいと思っています」
「西田さん、お願いします!」
「うちも、西田さんとこがええなって思ってたんです!」
「ははは。そんな風に思ってくれていたのは嬉しいね!」
西田さんは覚悟と、笑顔が混ざったような、そんな表情を浮かべた。
「でも、うちらはなにしたらええの?」
「契約に始まり、音源、流通、宣伝なんかがあるけど、テレビや、タイアップなんかは正直難しい。 最初はかなり地道にやって行く事になると思う」
「音源、今のじゃダメなんですか?」
「音源は凄くいいけど、曲数が欲しいね。そうだなぁ、後10曲以上は入れてお得さも出したい」
曲数、アルバムで出すなら大体10曲、確かにお得感だすなら13、15は欲しいな。
「ところで、あのCDのレコーディングはだれが?」
「CD? リクソンさんに録って貰いましたけど……」
「リクソン? どこの人かな?」
「エメラルドホールのPAされてる」
西田さんは、はっ!とした様に。
「フリーサウンドのリクソン君? 本当かい? 幾らかかったの?」
「値段ですか? 3曲で5万、売れてから払っての出世払いです!」
「安い! それはすごいな……どおりで、このクオリティな訳だ……」
かなは気が気じゃない様子になると、そっと西田さんに聞いた。
「リクソンさんってすごい人なんですか?」
「元VIPスタジオのエンジニアで、過去にはメジャーのアーティストも沢山手がけている、今は独立して半フリーでスタジオを運営して、PAをしながら気に入ったアーティストしか録らないんだ」
「うちらは、気に入って貰えてたってことなんか……」
西田さんは、
「売り方含め、レコーディングもしっかり考えるからちょっと時間が欲しい」
と言った。「うちらもこれからが大事やなぁ」
かなは、そっと呟いた。
ただ、俺は転生前の記憶から"サカナ"がデビューするのも、タイアップが何かも、そして年末には日本の顔となるアーティストになって居るのも知っていた。
その頃のシーサイドレコーズってどんな感じだったのだろう?
俺たちはいたんだろうか?
この後、バンド内で事件が起こるのを俺はまだ知らなかった。